温泉宿、香御堂

 宿の方で準備を終え、現れた客に呆れた風を隠すこと無く、フロントから入り口を眺めるみこと

「相変わらず愛想も糞もないわねぇ、神子みこちゃんは」

 溜息を付きながら腰をくねらせやって来たのは坊主頭に袈裟けさ姿の女のように見えるが決して比丘尼びくにではない房主ぼうず

 みことと親しい仲であり、宿香御堂やどこうみどうの常連客でもある。

 この房主ぼうず廉然漣れんぜんれん管掌かんしょうするのは丞蓮寺じょうれんじという一応一般的には寺と認識されている場所。

 香御堂こうみどうがある山のふもとに存在している。

 建物等の様子から周囲の住民は寺と認識しているが何処の宗派というわけでもなく存在している寺院であり、当然の事ながら寺として正式に認められてはいない。

 其れゆえなのかは不明だがこの廉然漣れんぜんれん、神社の真似事もすれば仏葬もするという節操がない運営をその場所で行っていた。

「私の名前はみことであって、神子みこじゃない。宗教や性別に対して節操がない貴様じゃないんだから妙な呼び方は止めてくれ」

「節操がないんじゃないわよ、失礼ね。オールマイティって言ってちょうだい」

「……それを節操がないと言うんだ」

「違うわよ、一貫性が無いのじゃなくって、どれでもなんでも完璧に完全にこなすことが出来る全能者なのよ、私はね」

「物は言い様だな」

「本当に可愛くないわね」

 にやりと笑って見せたみことに、言っても無駄だったと言う風に肩をすぼめて溜息をついた廉然漣れんぜんれんがすんと少し顎を上げ、周りの空気を鼻に入れて瞳を閉じる。

 辺りを漂うほんのりとした何処か静かな気持ちになる香りがいつもと違うことに気付いたのだ。

「今日は白檀びゃくだんにしたのね、しかも香木の。香木なんてめったに使わないのに珍しい」

「下準備だよ。今日の客、厄介なのが居る上に数も多くてな、どれにでも適したのと考えて白檀びゃくだんの香木にしたんだ」

 みことはため息交じりにそう言って、カウンターから鍵を取り出し廉然漣れんぜんれんに手渡した。

 客室にはそれぞれ鍵がかかる。

 外からかけるのではなく中からかける為の鍵。鍵には木製の小さな板がつけられていて、その絵柄を見た廉然漣れんぜんれんが首を傾げた。

「あら、今日は狐の部屋なの? 出来れば今日は狐じゃなくって別が良かったのだけど」

「そう言ってこの間も狐を避けて勝手に他の部屋のやつと鍵を取り替えたろう、知らないとでも思っているのか? 今日は絶対に狐に入ってもらうぞ、そろそろ報告をして置かねばならんだろうが。現世でやっていきたいなら私の判断に従う方がいいと思うがな。それにさっきも言ったが今日は客が多く、五人も居る。そのうち四人は貴様と違って勤勉な連中で、報告も兼ねて決まった部屋に入ることになっているし、一人は絶対に入ってもらわねばならない部屋に入れる。取り替えはきかんからな」

「へぇ、珍しいわね。五人なんて。先代の頃には普通だったけど、神子みこちゃんになって無理をしなくなったからせいぜい多くて二人だったのに」

「一週間の内、二人以上の日が一日だけならなんとかなる。私もには人に入るからな休息は必要だ。今日はたまたまいろいろ重なって五人になってしまったから仕方ないんだ」

「先代の頃は凄かったものね、一日十人以上が当たり前だったもの」

「ふん、親父が馬鹿だったのさ。何にしても私の体がもつのは一日二人、多くて五人が限度。一人でやっている以上、限度を設けるのは大事なことだ。今日はその限度の五人、だから我儘を言うなよ」

「はいはい、分かりましたよ。でも、一人っていうのは違うでしょ? 私の鼻はごまかせないわよ」

 ちらりと廉然漣れんぜんれん香御堂こうみどうの方角に視線を流し身動きせずに微笑めば、みことは観念したかのように再び腹のそこから吐き出すような溜息を吐いて頷いた。

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