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 あまりの気分の悪さに、不平不満はなるべく無しで素直に了承しておくことにしすみませんと謝る。

 その知哉ともやの反応に少し残念そうで少し楽し気に息を吐き出した尊は最後に一言。

「分かっていると思うが、立ち入っていいのは私の部屋の前、廊下だけだ。室内は覗くこともするなよ」

 約束事でもあるし、当然そんなことをするつもりは全く考えてもいなかったのに、どうしてこの人はいちいち一言多いのだろうかと知哉ともやは少々苛立ちというよりは呆れかえる気持ちで「見ませんよ、覗き魔じゃないですから」と返事をして受話器を置いた。

 大量の段ボール箱をそのままみことの部屋の前、広い廊下の窓際の方に並べていく。ある意味芸術的に積み重ねられていたダンボールを慎重に考えながらくずし、さらに考えながら積み重ねなければならない。

 幅が普通の廊下より随分広いとはいえ、廊下は廊下。同じように綺麗に隙間なく積み上げなければあっという間に置き場は無くなってしまう。結局、ダンボール運びにほとんどの時間を費やして、さらにまだそれが三分の二片付いた辺りで時間切れとなる。まもなく香御堂こうみどうの店を開ける時間がやってくるからだった。

「まぁ、まだダンボールの壁が一部なくなっただけでも進んだっぽく見えるからよしとしよう」

 先は長い、重い気持ちと片付けを中途半端で終えなばならない後ろ髪をひかれる思いを残しつつ、香御堂こうみどうへと向かう。

 居住スペースと香御堂こうみどうの間には透明で澄んだ小川が流れていて、空気まで綺麗に澄んでいるような気持ちになり大きな足音を立てていた知哉ともやの足も自然と静かにゆっくり橋を渡った。

 橋の向こうにあるステンドグラスのはめ込まれた扉を開ければ、そこは先ほどまでの大量の段ボールが積み重なる汚い場所とは全く違う、別世界が広がっているように見える。

 静寂。

 その言葉がそのままそこにある様で、ただ物音がしないと言うだけの物ではなく、その場の雰囲気全てが静かだった。

 さらにほのかに鼻に入ってくる香りは言葉に出来ないほど複雑でありながら嫌な感じは全くしない。作務衣に染み込んだ香りに寺の様だと思ったが、そんな風でもなく。甘い香りかと思えば爽やかさもある何とも不思議な感覚だった。

 扉を開いてまっすぐ歩いて行けば座布団がある。

「ここに座って居ればいいのかな?」

 店番についてみことから詳しい事は全く聞いてない。

 スーパーのレジ打ちのバイトすらやったことはなく、当然、個人商店のようなこんな場所の店番は初めての経験。

 どうすればいいのか分からないと少々挙動不審に腰を下ろせば目の前の机にある、レジ横に手紙が置いてあった。


 本日香御堂こうみどうの予約客は無い。

 おそらく客は来ないと思うが、客が来てわからないことがあれば連絡すべし。

 店内に置いてある商品を見てどのようなものがあるか確認しつつ、二階にある本にて勉強。

 各香一つであれば香りの勉強為焚いても構わない。使った香はレジ横のノートに記入すること。

 香りを試す場合は帳場後ろの部屋を利用すべし。


 外見や言葉使いからは想像できないほどに柔らかく達筆な筆文字で知哉ともやがすべきことを書き記して置いてくれていた。

 本当に、先ほどの事と言いこのメモといい、千里眼でも持っているんじゃないかというほどみことは自分の行動の先読みをしてくる。

 少々怖く感じながら、書かれていた通り知哉ともやはまず店内に置いてある商品を見ることにした。

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