第16話 奥宮ハルの憂鬱

 あの黒い霧が消滅して一か月程経過した。『ブケヤシキ』のメンバーであるレンとカイリューが組織の本部に集まっていた。そこは照明が薄暗く、顔がかろうじで見えるほどの明るさだったが、誰もそれを気に留める様子はなかった。


「おい、レン。結局刹那とジュンからの連絡は無くなったんだな?」

「ああ、音沙汰無しだ。約束の期日をもうかなり過ぎている。組を抜けたといって間違いないだろう」


 カイリューはソファにぐったりと全身を預けながらレンに答える。レンは落ち着いた様子でカイリューの向かい側に座っており、テーブルの上のコーヒーに口を付ける。


「この短期間で三人も抜けるとはなぁ。裏切り者は許しちゃおけねぇが今はタイミングが悪ぃ。どうしましますか?ボス?」


 カイリューがボスと呼ぶ方に顔を向ける。そこには、立派な机と高級そうな椅子に座った一人の男がいた。


「ああ、それは許してはおけないね。でも、今は一つ一つの仕事をきっちりとこなす時期だと私は思うよ?」


 威厳のある話し方でその男は言う。


「ところでボス。海外はいかがでしたか?あちらの支部では何か成果などはありましたでしょうか?」


 レンはボスに聞く。


「何も変わりはないよ、レン。しかし、ダメじゃないか。私の事はボスではなく松条と呼んでくれって言っただろう?」

「し、しかし…」

「いいね?あとカイリューも」

「へいへい」


 松条と呼ばれた男はため息をつく。


「だけど、このままというのもいけないだろう。人手不足は深刻だからね。だから海外で拾った新人を紹介するよ」


 ギィっと松条の横のドアから一人の人間が入ってくる。


「この子はダンテ。ダンテ・アヴェンジャー。異国の地で見つけてね。彼はすごいんだよ?なぜか知らない筈の言葉もすらすら話せるし、何より強い。ちょっと意味わからないことも言っているけどね」


 ダンテと呼ばれた男はすごく風変わりな恰好をしていた。黒い鎧に白い文様。顔まですっぽりと鎧で覆われており、その腰には二本の剣が。身長は百六十センチメートルと少し小柄だが、堂々たる雰囲気を醸し出していた。


「初めまして、お二方。我が名はダンテ・アヴェンジャー。偉大なる英雄の家系、アヴェンジャー家の騎士である。異世界より飛ばされた流浪の身である為、この世界の事は疎い。どうかお手柔らかに頼む」


 そういうとレンとカイリューはポカンと口を開ける。それを気にしている様子もない松条はさらにこう付け加えた。


「それと私は明日から学校にまた通い始めることにしたよ。転校ばかりで学業が疎かになっていたからね。『千の宮高校』へ通うからよろしく。ああ、このダンテも連れていくからね」


 レンとカイリューはもう意味がわからなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 私は奥宮ハルっ!高校三年生っ!実は殺し屋のボスですっ!

 

 そんなこと言えるわけないよねー、と教室の中から窓の外を眺めながらハルは思う。


「まーたそんな顔をして。あんたモテるんだからそんな腑抜けた顔しちゃだめでしょう?」


 目の前の席から後ろを向いて話しかけてくるこの子は私のクラスメートにして高校からの友人である音無玲子。この子も実は陰のファンがいるほど男子に人気があるのだが本人は全く気付いていない。


「そういえばなんか転入生が来るみたいよ?それも二人!一人はハーフっぽい顔立ちで、もう一人は眼鏡のクール男子みたい!気にならない?」

「うーん、そういうのは今はいいかなー。私今気になる人いるし」

「へ?あのあんたが?嘘でしょ!?」


 信じられないといった顔で玲子は私を見る。そりゃそうだ。今まで告白されたことはあるけどオーケーの返事を出したことはないし、自分から告白したこともないのだ。何故かって?殺し屋組織のボスが普通の恋愛できると思う?


「だ、誰なのよっ!その相手はっ!」

「うーん、言いづらいよぉー。この学校の人じゃないし、年上だしー」

「年上の魅力ってやつに負けたの?そうなのねっ!?」


 玲子は興奮している。てか説明できないわよ。その人五百年以上生きてて魔術使えますなんて言えるわけもないし。

 あれからリンに色々聞いたのだ。あの一宮さんという人が私を黒い霧の悪夢から救ってくれたということ。異世界の魔術師だということ。一宮さんの事情も断片的ではあるが教えてもらった。最初は正直信じられなかったけど、病院から退院したあと一宮さんのとこへお礼を言うために会いに行き、実際に魔術をいくつか見せてもらったのだ。もう信じるしかなかった。


「そんなんじゃないってばぁ…ほら、ホームルーム始まるわよ。前を向いて」

「えー、つまんなーい」


 すると、タイミングよく朝のホームルームの鐘が鳴る。しばらくして、担任の教師と二人の生徒が教室に入ってきた。


「はーい、ではホームルームするぞぉー、あ、挨拶は省略するからそのままでいいからな?実は今日から転入生がこのクラスに来ることになった。この三年の時期に珍しいが家庭の事情らしくてな。詳しく問い詰めるのは勘弁してやってくれ。では自己紹介を転入生、どうぞ?」


 担任の松永が二人を教卓の前に誘導する。


「初めまして。松条です。松条誠也。一年しか皆さんとは過ごすことができませんが、どうぞよろしくお願いします」

「同じく転入生?のダンテ・アヴェンジャーだ。この国に来たのは最近でな。わからないことだらけで恥ずかしいばかりだがよろしく頼む」


 キャーとクラスの女子が色めき立つ。一気に美男子が二人も入ってきたのだ。一方は眼鏡で高身長のクール系でもう一方は少し身長の低い外国人。しかし、あのダンテという人は日本語がペラペラすぎないだろうか?


「かっこいいわねっ!ハルっ!あんたもうあっちにしなさいよっ!」

「それはないわね……」

「?」


 反応が鈍いハルの様子に玲子は不思議そうな顔をする。あんたにはわからないわよ。そう、私たちは顔見知りなのだ。松条がこっちの方を見ている。あーあ、なんかめんどくさいことになちゃったなーとまたハルは窓の外を眺め始めた。



     ◇     ◇     ◇



「で?なんであんたがここにいんのよ?」

「最近海外支部の定期訪問から帰ってきてましね。こっちに帰ってきたので学業に勤しもうかと」

「松条。このお方は貴方の知り合いか?」


 私は携帯で松条を放課後体育館の裏に呼び出した。しかし、松条だけを呼んだつもりがダンテという男まで連れてきていた。


「てかこいつもあんたの部下なの?」

「ええ、外国で見つけたので拾ってきたのです。ボディーガードのようなものですよ」


 ふぅん、と言いながらもハルは続ける。


「まぁそれはいいのよ。でも別に他の高校だってあったでしょう?」

「ええ、ありますね」

「だったら……」

「家から近かったからですよ」


 いやいや、確かに重要なことだけどさ……


「でも私がいるって知ってたでしょう?組織同士の抗争になったらどうすんのよっ!」

「だからボディーガードがいるのです」

「私の護衛がいないじゃないっ!」

「うん?あれは貴方の護衛ではないのか?」


 ダンテが会話に口を挟んできた。ダンテはハルの後ろの木の上を見ている。


「うん、ちょっとこっちに来てもらおうか」


 ダンテがそういうとどこから取り出したのか。小型の短剣を目にも見えないスピードでその木に投げる。

 キンっ!という音と共に女性が木から落ちてきた。


「やるアルネっ!完全に気配を消していたはずあるガっ!」

「あ、アンじゃないっ!なんでここにいるのよっ!」


 ハルはびっくりした。え?マジでなんでここにいるの?


「この女はずっと貴方を見張っているようだったが?」

「ずっと?てかなんであんたそんなことわかるのよっ!」

「気配で?」

「気配ぃ!?」


 このダンテは気配で隠れている人がわかるらしい。只者ではないようだ。


「アン!なんで私を見張っていたのよ!」

「うう、リンに言われたアルよ…」

「いつから?」

「…………」

「アン?正直に言わないとあなたを解雇するわよ?」

「そ、そんなっ!私にはここしか居場所がないアルっ!」

「じゃあどうすればいいのか、わかるわよね?お嬢ちゃん?」

「……………高校から」

「は?高校何年生の頃からよ?」

「入学からアル…」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 え、マジで?私高校入学から見張られてたの?むしろ私なんで気づかなかったの!?


「衝撃の事実が発覚したところ悪いのですがね、私はもう帰りたいのですが」

「はぁ、それもそうね。これから地獄の説教タイムが始まるし、今日はここまでにしときましょう」


 地獄の説教タイムと聞いたアンは顔を青ざめながらブルブルと震えている。


「それと、彼女を責めるのはかわいそうだと思いますよ?今回はあなたの護衛があなたを見張っていたので何事もなかったですが、本来あなたは組織のトップ。敵対組織に狙われれば困るのはあなただけではないのですから」


 そういうと松条とダンテは去っていった。アンは松条に対する好感度が三上がった。


 キッとハルはアンを睨んだが、すぐに肩を落とし、ため息をつく。


「だから私に普通の恋愛は無理なのよ……」


 そういうとハルはまた大きなため息をついた。



     ◇     ◇     ◇



「それでねぇ?聞いてくださいよぉ!一宮さんっ!」

「ハル、わかったからあなた声を落としなさい?」

「そうだね、ハル。君はかわいいんだからもうちょっと大人しくした方がいい。アンリみたいな大人になりたくはないだろう?」


 ハルはあのまま帰るのも気乗りしなかったので一宮にメールを送って愚痴を聞いてもらおうと思ったのだ。一宮は大金が入ったとのことで携帯を持ち始め、ハルとはメル友になっている。


「普通ありえます?組織のトップ同士が同じ学校ってヤバすぎでしょう!?何考えてんだか!それにうちのアンもですよっ!護衛するなら護衛するって言ってくれればいいのに…」

「まぁまぁ」


 銀はそのハルをなだめていた。どうやら一宮と銀は二人で買い物中だったらしく、銀も一緒についてきたのだ。


「ていうかお二人ってどういう関係なんですか?付き合っているんですか?」

「ええ、そうよ」

「いいや?違うけど?」


 二人は別々の返事をする。ど、どっち?一宮さんが照れてるだけなの?それとも銀さんが積極的なだけなの?


「いい加減認めたら?あなた?一緒に暮らしているんだから」

「あなたって……君は俺の妻ではないだろう?それに一緒に暮らしているのは家がないからで」


 い、一緒に暮らしているの、この二人!?

 でも一宮の発言から付き合っていないと推測したハルはチャンスとばかりに一宮に詰め寄る


「い、家がないならうちに来ませんかっ!」

「ハルの家?『ヴァルキリー』の?」

「はい!うちの本部が私の家なんです!女性しかいないので私の部下も喜ぶと思いますよっ!」


 うーん、と一宮は真剣に悩み始めた。


「でも銀の家にはたくさんゲームがあるしな…」

「げ、ゲームなら私の家にありますよっ!無かったら買いますしっ!」


 そう?と一宮が揺らぎ始める。


「ハル?一宮さんは私のものよ?ていうかハルは一宮さんが好きなの?」

「も、もちろんよっ!うちの組織は強い男性がいれば助かるからっ!」

「そうでは無くて異性としてよ。どうなの?」


 銀はハルとじぃっと見つめる。あかん、これ答えようによっては私殺されるのでは?

 しかし、女は度胸っ!と自分に喝をいれて一宮に宣言する。


「わ、私一宮さんが好きです!」

「うん?俺も好きだよ?」


 瞬間、心臓が飛び上がりそうになった。え、これって告白成功ってこと!?


「ハル、一宮さんは異性の好きではなく、人として好きと言っているのよ?」


 え?マジで?ハルのテンションは一気に下がった。


「私が聞いてもそうだもの。かずきは私の事は好きなのよね?」

「ああ」

「でも付き合ってって言ったら?」

「うーん、わかんないや」

「ほらね?」


 絶望したー!で、でもまだこれから異性として好きになってもらえばいいわけだしっ!と高校生特有のポジティブ思考でハルは持ち直した。


「でもなんで誰とも付き合わないんですか?結構モテてますよね?銀さんは勿論ですけど、アンリさんも満更ではないようですし」


 一宮はこれまたうーん、と考える。


「以前話したと思うけどね。俺は一度結婚してその後妻を殺されてるんだ。その後は色んな国を潰していくうちに怪物になったんだよ。つまりもう人でなくなったんだ。そしてこの世界でこれだろう?わからないんだよ。この感情が」

「愛よ」

「だったらいいんだけどね」


 銀のそのめげない姿勢にハルはもはや感銘を受けた。


「でもそうかもですねぇ。五百年以上生きていたら色々あるかもですからねー」

「話が逸れたけどハルの愚痴はもういいのかい?」


 そうだった!とハルは話を戻す。


「ですからね、戻ってきたんですよ。松条が。銀さんならわかるでしょう?『ブケヤシキ』のボスですよー」

「帰ってきたのね、あの人」

「銀の元上司ってわけだね」


 そうよ、と銀は平然と答える。よく考えたら銀さんって組織抜けたのよね。ここにいることバレたらヤバくない?

 まぁいっかとハルは考えるのをやめた。


「それに護衛もつけていたんです。確か名前は……ダンテ。そう、ダンテ・アヴェンジャー」

「アヴェンジャー?」


 一宮と銀は顔を見合わせる。


「一宮さん、その名前に聞き覚えはあるかしら?」

「ある、凄くある。ダンテ・アヴェンジャー。デルマンデ王国の第二騎士団長をしていたはずだ。二つ名は『聖剣使い』『絶対領域』『疾風迅雷』だ」

「え?あの人一宮さんのお知り合い?違う世界の人?」


 ハルはびっくりして聞く。


「ああ、まだ確定はしていないけどね。ハル、その人はちゃんと言葉を話せていた?」

「う、うん。めちゃくちゃ流暢に話していたけど」


 まずいな……と一宮は考え込む。


「どうしたの?何がまずいの?」


 銀が心配そうに一宮に聞く。


「違う国の言葉が話せるってことは本来簡単にできることではないんだよ。バルダは触れた相手の情報を抜き取ったり、俺は死体から情報を抜き取る。レインは黒い霧の能力で相手の恐怖から情報を引き出す。全て邪法なんだ。だからそいつがもし俺と同じ世界から来ていて言葉が話せるということは何かしらの悪に手を染めている可能性が高い」


 そんな人には見えなかったけどなぁ…とハルは内心思う。


「ハル、とりあえずそのダンテって人に会わせてもらえないか?なんでもするから」


 なんでも?とハルは心の中で復唱する。今なんでもするって言った?


「かずき、それはこの世で最も言ってはいけない言葉よ?」

「へ?」

 

 しかし時すでに遅し。


「さっきから一宮さんだか、かずきやら馴れ馴れしくしちゃってぇ!付き合っていないなら私にもデートをする権利はある筈よっ!一宮さんっ!会いたいのならとりあえず今日からうちに泊まってくださいねっ!」

「え?今日からかい?」

「はい!今から!」


 しょうがないなぁーと一宮はぼやく。


「ちょ、ちょっとかずき!今日は私と一緒に寝る約束でしょう?」

「え?そんな約束したっけ?」


 銀は外堀を埋めてから付き合うタイプね、とハルは推測した。


「だまらっしゃいっ!それじゃあ行くわよ!一宮さん!」

「う、うん。またね?銀」

「そ。そんなぁーー!」


 銀の嘆きが後ろの方から聞こえる。


 すべての会話を偶然聞いていた『ルノール喫茶』の店長はため息を吐いて小さくつぶやく。


「もう出禁にしようかな」



     ◇     ◇     ◇



 『ヴァルキリー』の本部はビルを丸ごと組織の構成員の住居兼事務所にしているアットホームな組織だ。全部で十階建てという中途半端な高さと広さを誇り、五十人の構成員がそこで生活している。

 ハルはその最上階に住んでおり、組織のボスといえど末端から幹部まで様々な人がハルの部屋に遊びにくる。そして、そのハルが男を連れてきたらもうそれはみんな来ないわけがなくて。


「あらー、いい男じゃない。ハル?私に譲ってくれない?」

「どこで拾ってきたのぉ?ねぇ、教えてよぉハルぅ?」

「今日は泊まっていくの?私のとこに来ない?」

「ちょ、ちょっとーー!みんな来ないでよぉ――――!」


 ハルの部屋はかなり広い部屋ではあるものの、三十人くらいが噂を聞きつけてハルの部屋にやってきたのでぎゅうぎゅうだ。段々と大人の色気が漂う桃色空間に変化しつつあった。


「うん、みんな綺麗だね。ハルは部下に慕われてるんだなぁー。うちとは大違いだよ」

「だったらうちに来ない?」


 ある女性が一宮を勧誘しようとするが一宮は即答する。


「俺にはまだ返さないといけない恩があるんだ。それまでは抜けることはできないし、したくないんだ」


 おぉーと周りから歓声が上がる。大抵の男であればすぐに食いつく提案も恩とやらできっぱりと断ったのだ。より一層女性陣からの好感度が上がる。


「だったらその恩を返し終わったらうちに来ない?それだったらいいでしょ?」

「そうだねぇ、その時はまた考えるよ」


 一宮がそう言い終わると玄関の扉からザ・仕事終わりという感じのリンが入ってくる。


「ハルー、ただいまー。ちょっと聞いてよー。今日ねー、ってなんなのよあんた達。あら一宮さんじゃない。ハル、とうとう勧誘に成功したの?」

「い、いや違くて。あれ、これどう説明すればいいの?」

「?」

「?」


 ハルとリンはお互いに頭に?マークが浮かんでいた。


「俺には今会いたい人がいるんだ。その人に会いたければ『ヴァルキリー』に泊まれってハルが言うからさ」

「?」


 リンはまだ混乱している。


「と、とりあえずっ!私とリン以外は全員出て行ってよねー!ややこしくなるでしょうっ!」


 そういうとぶつくさと文句を言いながらも女性軍団と一宮はそそくさと部屋を出ていこうとする。


「一宮さんはこっちーーー!」


 だってハルが言ったんじゃないか……とボソッと聞こえない声で言い訳をする。


「で?どういう事なの?ハル?」

「私の学校に松条が来たの」

「は?あの『ブケヤシキ』の?」


 ハルは頷く。


「ええ、海外に行っていたのは知ってるでしょう?でも最近帰ってきたらしくてさ。また学校に通い始めるらしいのよ。わざわざ私と同じ学校じゃなくてもいいってのに…」

「そ、それで?なぜ彼はそんなことを?」

「近いから」


 は?とリンは言う。


「学校から近いからですって!もうあいつなんなの?バカなの?死ぬの?」


 バカだったら死なないといけないのかー、という一宮の発言は今は聞かなかったとにする。


「それでなぜ彼がここに?」

「なんかね?松条ボディーガードつけてたのよ。外国から見つけてきたらしいんだけど、その人が一宮さんと同じ世界から来たかもって話になってね、会いたかったら私のとこに泊まりなさいって言ったのよ」


 自分で言っておきながら後半はおかしくないか?と思っていたのだが何故かリンは歓喜に震えていた。


「は、ハル!あなた前から男の気がなかったのにそんなに立派になっちゃって……」

「ああーーーーーーもうっ!いいでしょうそんなことっ!ていうかアンの件はなによっ!高校入学から護衛つけてたって私知らなかったんだけどっ!」

「ああその件ですか」


 リンは、え?何かまずいことでも?と言いたげな顔をしている。


「なんで私に言わないでそんなことするのよっ!」

「あなたに断られたからです」


 え、ほんとになんで怒られないと思うの?


「わ、私は普通の高校生活が送りたいのっ!」

「送れているじゃありませんか」

「護衛なんていなくても送れるわよっ!」

「いいえ?送れません」


 は?


「あなたは既に高校に入学してから五回殺されそうになっています。すべてアンが裏で処理してますが?」

「………………」

「ハル。君は部下を信用した方がいいね。さっき会った人達も全員なかなかのやり手だったし、『ヴァルキリー』はいい人材が揃ってる。しかもみんな楽しそうだ。これほど恵まれた組織のトップは幸せ者だと俺は思うな」

「で、でもぉ!私普通の学校生活が送りたいのっ!陰から見守られるくらいなら松条みたいに横にいてほしいよぉ!」


 ハルは若干涙目になっていた。


「し、しかしですねぇ、この組織にあなたくらいの年齢の部下はいらっしゃいませんし……」


 それを聞いた一宮がやれやれといった感じでハルに近づいて言う。


「まったく、仕方がないね。本当はこんなめんどくさいことは嫌なんだけどさ。君の学校にダンテがいるというのならちょうどいい。しばらく付き合うとするよ」


 え?とハルは顔を上げる。リンは、お、これは……?とニヤニヤし始めた。


「望んだわけじゃないけどこれからここに厄介になるんだ。今から俺は君のモノ。最強のボディーガードが今日から君につくんだ。安心して学校に通えばいいよ」

「ほ、ほんとにいいの?」

「ああ」


 だって……と一宮はニヤっと笑いながらドヤ顔で最後のセリフを口にする。


「女性の涙は見たくないだろう?」


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