第15話 不死と不老

「え、る、ルークなの?」


 レインはおそるおそる一宮に尋ねる。急に雰囲気が変わり、黒い翼まで生えてしまった一宮に対してレインは目の前にいるのがあのルークだと信じ切れなかった。


「我に名などナイ。それはもう過去のナマエ。我は国を滅ぼすソンザイ『国潰し』。貴様が本当にレインであるかなど我にはもはや関係がナイ。死ぬがヨイ」


 一宮はレインを睨めつける。それだけで目から紫色のよくわからない光線が出る。

 すぐ隣にいたレインはそれをもろに食らってしまった。


「くっ、やるわね。ここはまずいっ!」


 レインの正体は黒い霧そのものなので光線は一度はレインの腹を貫くがすぐに再生してしまった。そして、レインはそれでも流石にヤバいと感じ、逃げようとする。


「させヌ」


 一宮がそう言うとレインはぴたりと体が止まった。すると、アンリに襲い掛かっていた操されている人もぴたりと止まり、白目をむいて倒れていった。


「な、何が起きているの?」


 アンリは訳が分からなかった。記憶喪失の一宮が突っ込み、砂煙の中から出てきたと思えば、翼の一宮がなんか怖くなって出てきたのだ。そして、目から光線だすし、あいつそんなキャラだっけ?と内心焦っていた。


「つ、翼?まさかっ!」

「村上、あいつが分かるの?」


 村上は砂で汚れた眼鏡を服で拭きながら答える。あんたそれ眼鏡のレンズ傷つくわよ?


「前に一度聞いたことがあったんです。彼は向こうの世界では怪物であった時期があるようなんですが、その姿を描いてもらったらドラゴンのようでした」

「ど、ドラゴンってあの?」

「ええ、日本昔話に出てくる奴じゃないほうです」


 お尻を出した子が一等賞のやつね、とアンリはつぶやく。


「でもあいつ翼だけよ?」

「不完全なのでしょう。いや、完全体になられても困りますが」


 村上は眼鏡を拭き終わった。村上の視力が上がった。


 そうこう言っているうちに動かないレインに一宮が近づく。


「貴様はどんな死に方がイイ?我が『再現魔術』で永遠の地獄に堕ちるカ、それとも『死体魔術』の贄にナルカ。嫌いな方を選ばせてヤロウ」

「あいつ友達いないタイプね」


 アンリは一宮=友達いない、と頭にインプットした。


「い、一度は夫婦になった仲じゃないっ!私達っ!どうしてこういう事するのよっ!」


 レインの顔は蒼白になっていた。自身が不死の存在になってもう五百年以上経つが、今まで一度たりとも殺されそうになったことはない。実体のない霧など対処の仕様がないからだ。しかし、いまどういうわけか体が動かないし人を操る霧も無くなっている。生まれて初めての恐怖だった。


「我は不老で貴様はフシ。面白い縁よノウ。時が経てば人はカワル。それは互いに言えるコト。貴様はもう妻ではナイ」

「そ、そんなっ!あ、あなただってその姿になってからは人をたくさん殺してきたのでしょう?あなただって酷い人だわっ!自分がよくて他の人はダメなんて都合が良すぎないっ!?」


 フハハハハハと一宮は笑う。愉快に笑う。


「アア、我が殺すのは我を殺しに来た者ダケ。進んで殺してはおらんが殺しはコロシ。悪なのダロウ。だが我はアク。必要アク。我が正義ではナイ。自覚はアル」


 レインはそんなの傲慢じゃないっと叫ぶ。


「ソウダ。だが正しさだけが人を救うわけでもナカロウ?我は傲慢ダ。自身を傷つけるすべてをユルサヌ。ダカラ」


 一宮はレインの黒い霧を覆うほどの魔法陣を発現する。すると、その魔法陣にズルズルとレインの霧が吸い込まれていった。


「い、いやぁぁぁぁ!死にたくないぃぃぃぃ!」

「まったク。おんなの悲鳴はいつ聞いてもうるさくてカナワン」


 一宮は両手で耳を塞いだ。あんたほんっと鬼ねっ!


「わ、私が消えれば今病院にいる連中はもうずっと意識が回復しないわよっ!それでもいいのっ!?」

「カマワン。我には関係ナイ。加害者が被害者面するでナイ。この偽善者ガっ!」

「ちょ、ちょっとぉ!それは私たちが困るんだけどっ!」


 アンリは叫ぶ。勿論、六百万の為にっ!


「ウルサイっ!貴様も殺すゾっ!」


 えぇ……暴君過ぎない?、あんたさっき殺そうとしてきたやつだけ殺すとか言ってなかった?と内心ボヤく。


「冗談だジョウダン。あと誰が暴君ダっ!」

「ひぃぃぃぃ!」


 アンリは悲鳴を上げる。心を読むことだけは全ての一宮に共通しているらしい。

 やがてレインの断末魔が終わると、辺りは波の音だけになった。一宮はクルリとアンリの方へ向き直り、ゆっくりと歩いてくる。あ、あれ?なんか怖いんですけど。


「………………」

「………………」


 お互いに無言の時が流れる。そして、一宮がおもむろに話し出した。


「こ」

「こ?」

「ここはドコダ?」

「わかってなかったんかーーーーーーーーい!!」


 そして、タイミングがいいのか悪いのかよくわからない二人組が到着する。


「な、なんか人がたくさん倒れてるんですけどっ!ってこっちも人が埋まってる!?」

「頭だけ出てるのがスイカ割りみたいで面白いさぁ~!!」


 あ、こいつらには報酬の分け前無しね。とアンリは心の中でつぶやいた。



     ◇     ◇     ◇



 一同はその依頼人の『ヴァルキリー』のボスがいるという部屋にリンの案内で来ていた。あのあと、アンがリンに連絡して事の経緯を簡単に話したのだが余計に混乱していたのでとりあえずボスのところに、となったのである。

 ちなみに、一宮の翼は小さくできるらしく、見えないようにしてもらった。


「それで?本当に彼が治せるのですか?」

「わからヌ。だが見てみないことにはわからナイ」

「頼むわよぉ?一宮ぁ。あんたにすべてがかかっているんだからっ!」


 アンリはもう四百万は確定よねっ!と気が気でなかった。


「こちらです」


 病室にはなにやらウーーとかワ――とか叫んでいる黒髪ショートの高校生が寝ていた。


「部屋間違えているわよ?」

「いいえ、合っています。彼女は『ヴァルキリー』のボス。奥宮ハルです」

「は?高校生じゃない」

「はい、高校三年生です」

「マジ?」

「マジ」


 絶句した。

 高校三年生が殺し屋のボスって世も末ねと思ったが私も似たようなもんだったわ、とすぐに考えを改めた。


「フン、なかなか美人ではナイカ」

「ちょっと、この人なんか雰囲気変わってるんですけど?」

「大丈夫よ、雰囲気どころか中身が全然違うから」


 大丈夫とは?とリンは首を傾げたが、今はボスの治療よ、と自分に言い聞かせた。


「これハ………なるほど。そういうワケカ」

「な、治せますか?」


 リンは藁にもすがる思いで一宮に聞く。


「アア、可能ダ。だが時間がカカル」

「ど、どのくらいかかりますか?」


 一同は息をのんで次の言葉を待つ。一方は金を、一方は安否を心配して。


「半日といったところカ。せっかくダ。貴様らも付き合うがイイ」


 へ、付き合う?何すんの?


 アンリがその言葉を言い終わらないうちに一宮は言う。


「レインが作った囚われのセカイ。肉体と精神のハザマ。魂の牢獄へと招待スル」

「ちょ、ちょっとまっ……」

「問答ムヨウ」


 すると、病室を覆う魔法陣が突如として出現し、全員をのみこむ。

 あぁぁぁぁれぇぇぇぇ!と全員が叫ぶが、その声を聞くものは他にいなかった。



     ◇     ◇     ◇



「ここは……どこなの?」

「うぅ、銀は……いるわね。みんないる?」


 ちらほらと声が上がる。どうやら全員いるようだ。しかし、辺りは薄暗く、人がいるのはわかるが顔は見えない。


「なんダ、闇に眼が慣れぬカ。致し方アルマイ。ホレ」


 すると、一宮らしき人の手から光の筋がヒューっと上に上がるとパンっと弾け、辺りを照らした。光源はいくつも広がり、空に滞空し続ける。


「ちょっと!いきなり飛ばすなんてひどいじゃないっ!」

「それを言うならこちらもいわせてモラオウ。本来我が助ける義理などないノダ。楽して助けてもらおうなど貴様らは都合が良すぎナイカ?」


 うぅ…とアンリはたじろぐ。とりあえず今の一宮はなんか怖かったのだ。雰囲気が。


「あと注意しておけヨ?ここで死んだら帰ってこれないカラナ」

「そ、総員戦闘準備ーー!」


 アンリはもう逆らわないことに決めた。

 しばらく一行が歩くと光の道が見えてきた。


「ここの道をユク。気をつけロ」


 何に?と聞く前に事は起きた。左右から黒い様々な形をした獣が襲い掛かってきたのだ。


「これは侵入者に対する門番ダ。我が片付けながらゆくが万が一もアル。気をつけロ」


 一宮が魔法陣を空中に発現させ、槍を出しながら進んでいく。その後ろをアンリ達が進んでいった。結局、すべて一宮が倒してしまった。


「ここダ」


 いったい何時間歩いたのか、わからなくなるほど歩くと不意に一宮が立ち止まりそう言った。


「何ここ?」


 アンリはそうつぶやくと何も言えなくなってしまった。

 そこには数多くの檻が無造作に置かれており、その中に人が掴まっていたのだ。


「あっちダナ」


 そうつぶやいて一宮はある檻の前で止まる。


「は、ハルっ!」


 リンはそういって病室で寝ていた女の子と同じ風貌の女の子に近寄った。しかし、檻が邪魔で入れない。


「え?リン?リンなのっ!?なんでこんなところにいるのよっ!」

「助けに来たのっ!ああ、かわいそうに!今出してあげますからねっ!」

「そこをドケ」


 一宮がそう言うと、右手が大きく巨大化し、五本の鋭い爪を持った竜のようになった。そして、その手で檻を叩ききつける。


 ドッコーーーーン


 と大きな音を立てて檻は崩れた。

 そして、リンはハルを抱きしめて泣き出す。


「ああ、本当に良かった……」

「リン、会いたかったよぉぉぉぉ!」

「フン。女はめんどくさい生き物ダ」


 こいつマジでひねくれてやがると思ったが口には出さなかった。怖いから。


「ではカエロウ」

「え、他の人は?」

「別に知り合いではないんダロウ?関係ないなら捨てオケ」

「ちょ、それはダメよ!!」

「何故ダ?」


 あ、こいつホントに聞いてる、とアンリは思ったが口には出さない、怖いから。


「と、とにかく全員助けたいのよっ!!」

「ハァ、本当にメンドクサイ。しかし、あとで元に戻った時にもう一人の我が怒られてはカナワン。致し方ナシ」


 一宮の周りに魔法陣が出現する。その中から甲冑や鎧を被った人型のナニカが現れる。


「檻をコワセ」


 一宮がそういうとそのナニカは剣を持って檻を壊し始めた。


「ではゆくゾ」

「ちゃんとあの人達は帰れるの?」

「アア、順番に目が覚めるはずダ。ここでのことは忘れるガナ」

「え?ハルちゃんは?」

「あの小娘は忘れナイ。我らと帰るがユエニ」

「そう、じゃあ帰りましょうっ!」


 アンリは振り返り元来た道を戻ろうとする。


「それとアンリとかいったカ?」

「ええ、どうしたの?」


 振り返らずに一宮に尋ねる。


「また会おウ。次にあった時はよろしくナ」


 それってどういう……

 と振り返って聞こうとしたが、突然現れた地面の魔法陣の光で意識を失ってしまった。


 

     ◇     ◇     ◇

 


 気が付くと、全員あの病室にいた。

 空はもう暗く、時計を見ると夜の七時になっていた。


「帰ってきたの……?」


 アンリは他のメンバーを見る。全員少し混乱しているようだった。


「え……ここは?」


 ベッドで寝ていたハルが起き上がり目をこすっている。


「あ、ああ!ハルっ!やっと目を覚ましたのですねっ!」

「リンっ!っていうかさっき会ったじゃないっ!」

「お、覚えているのですか?」

「うん、覚えてる。そこの人が助けてくれたこともね」


 ハルの視線の先には一宮が立っていた。


「うん?ここはどこだい?」

「い、一宮さん、元に戻ったんですか?」


 村上が言う通り一宮の雰囲気は元のよくわからない雰囲気に戻っていた。


「え?これどういう状況?」

「い、一宮さんっ!!」


 銀が一宮に抱きつく。一宮は笑う。銀も笑う。


「銀、さっきの俺との既成事実を作ろうとした件について。あとでじっくり話そうか」


 銀の笑顔がひきつった。


「それにしても、あなた方はいったい何なんです?あの空間での事はまるで魔法の世界のようでしたが…」


 リンは今更になって当然の疑問をぶつける。


「魔法?魔術のことなら知っているよ。詳しい話が聞きたいのなら今度聞きに来るといい。おねえさんは美人だから特別に教えてあげよう」


 リンは混乱した様子でアンリに聞く。


「彼は何なんです?多重人格なんですか?」


 そう考えても仕方ないよねーとアンリは笑う。実際、それに近いのではあるが。


「なんにせよこれにて万事解決って奴ねっ!!今日は疲れたからもうここで解散するわよっ!あ、リン!報酬は明日もらうからよろしく!一宮は村上のとこに泊まりなさいね。銀の説教は明日にしなさいっ!それじゃあ解散っ!」


 一同はそれぞれ帰路に就く。帰る途中、意識が戻ったという歓声を聞きながら。病院の中を堂々とした足取りで。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 次の日、アンリと不知火は大学の講義があったので夕方の五時にまた集まることにした。場所は例の如く、『ルノール喫茶』で。


「それではリン?報酬を渡してもらおうかしら?」


 アンリはもう待ちきれないという面持ちでリンに言う。


「あなたって人はほんともう…ええ、依頼の完遂。ありがとうございます。黒い霧の討伐。原因の解明、ボスの治療。全て達成したしましたので六百万円支払わせていただきます。お納めください」


 リンは黒いケースに入った札束を全員に見せる。おぉーー!という歓声が全員から漏れる。


「それで?説明していただけるんですよね?色々と」

「ええもちろんよ。隠すほどの事ではないしね」


 アンリは話す。一宮のこと。魔術師のこと。そして、これからもこの世界にくる可能性があるということを。


「にわかには信じられませんが…実際に見てしまっては信じるしかないですね」

「そうね、私も本音を言えば信じたくないわ」


 一宮を見ながらアンリはつぶやく。一宮は銀に向かって何やら説教をしていた。


「それで?一宮さん?ルークさん?どっちで呼べばいいの?」


 リンが一宮に尋ねる。一宮は銀の説教をいったんやめ、少し機嫌が悪そうに答える。


「一宮だよ、俺は。一宮かずき。間違えないでよね」

「あらごめんなさい。でもどうかしら?あなたさえよければうちの組織に来ない?ボスがあなたを絶対勧誘したいって言っていたのだけれど?」

「ああ、あのハルって子?かわいかったよね」

「ちょ、ちょっと!だから勧誘しないでよねっ!」


 アンリは必至で止める。女だらけの組織なんてこいつ即答で行きそうだわ、と焦りまくりだった。


「大丈夫だよ、アンリ。ごめん、俺はまだこの『必要悪』にいるよ。この組織に俺はまだ必要な悪だと思うからね」

「い、一宮……」


 やっぱりこの一宮が一番落ち着くわぁーとアンリは懐かしい気持ちになった。


「仕方がありませんね。でも、いつでもこっちに来ていただいても構いませんからね?『ヴァルキリー』はあなたを歓迎しますので」

「ああ、その時はよろしく」

「ちょっとーー!」


 あはは、と一宮は笑う。


 リンが去ると、後はアンリ、一宮、不知火、村上、銀、刹那、ジュンの七人になった。


「じゃあ報酬を分けるわよぉー」

「ちょっと待ってください」


 村上がまた以前のように話を遮る。はいはい、このパターンね。知ってた。知ってた。


「今回も例の如く以下同文」

「わかってるわよ。略さなくても。じゃあ一宮。あんたが決めちゃってー」

「うん?俺?」


 一宮はきょとんとしていた。


「でも今回俺は記憶がない部分の方が多いんだよねー。霧を倒したのも人を救ったのももう一人の俺?っぽいしさ。よくわからないよ」


 アンリは目を輝かせた。


「仕方がありませんね。では私が分配しましょう」


 アンリの目は死んだ。もう抗議する気も起きなかった。


「報酬は一人八十万でどうです?あとは一宮さんが百二十万で。異議のある方は?」


 しーんと静まる。


「ではそういうことで。アンリさん。配ってください」


 なんでこういう時だけ私が…とぶつくさ言いながらもちゃんと配る。


「では今後の事について話しましょう。ところで刹那とジュン。あんた達これからどうすんの?」


 今まで若干いないもの扱いされていたので二人は少しびっくりしていた。


「ま、普通に『ブケヤシキ』から抜けてあの町に住むよ。元々そのつもりだったしね」

「抜けるさぁ~」

「そう?あんた達さえよければ正式に雇ってもいいのよ?」


 二人は考え込む。少し迷っていたようだが思いのほか決断は早かった。


「いや、やめておくよ。この組織も楽しそうだけどさ。僕たちは僕たちで新しい事業を立ち上げるよ。前から考えていたんだ。人を殺す仕事は向いてないって。だから情報屋を立ち上げようと思うんだ」

「さぁ~」


 二人は振り切れたような笑顔で答える。


「本当は報酬をもらうつもりはなかったんだ。実際何もしてないしね。でも、もらうことができたしこれを開業資金にさせてもらうよ。これからうちの情報を買うときは安くするよ?」

「それはありがたいわね。なんて組織名にするのよ?」


 刹那とジュンは顔を見合わせるとまたアンリに向き直りこう言った。


「『レイン・ミスト』」


 アンリは吹き出した。敵の名前と霧の英語をもじるなんて、なんて奴らだと思いながら。


「かっこいいね。気に入ったよ。頑張ってね」

「はい!頑張りますっ!一宮さんっ!」

「頑張るさぁ~、一宮っちぃ~!」


 そしてこの男は元妻の名前を使われて思うところがないのかとアンリは一宮の事がわからなくなった。



 そして刹那とジュンが去ると。また最初のメンバーだけが残った。


「最近新生した組織だっていうのになんだか懐かしく思えるわねー」

「そうだよねぇ、事件の次にまたすぐ事件が来るんだもの。落ち着かないよぉ」

「ええ、そうですね。私はバルダとガイウスの件は絡んでいませんのでそこまではないですが」


 『必要悪』の初期メンバーは感慨深そうに話す。


「あんた達おっさん臭いわよ?」

「そうだよ、大変だったのは今回だけだったじゃん」


 新人組は特に何も感じてはいなかった。


「あんた達はほんとにもう…一宮はさぁ?レインが消えちゃったことに何も感じないわけ?」

「うん。本当のレインはもうずっと昔に死んでいるんだ。あれはただの亡霊さ。そう思うことにしたよ。それにさ。もう一人の俺もそう言っているんだし。それでいいんじゃない?」


 アンリは疑問に思っていたことを一宮に尋ねる。


「あっちの怖い一宮とあなたって別々の人格があるの?それに二十歳までの一宮はどうなっちゃったのよ?」

「そうだね、よくわからないんだよね。おそらく、『死体魔術』の影響によるものなんだろうけど……。うん。俺の中には三人の俺がいるらしい」


 は?と全員が心の中で思った。


「二十歳までの記憶を持った『騎士』。色々あって怪物になり果てた『怪物』。そしてこの世界に来て新たな肉体を得た『俺』。意識的に彼らに成り代わることはできないけど、これから何かがきっかけで出てくるかもね」

「あんた不安にならないの?」

「え?なんで?」

「だって自分が自分でなくなる時があるんでしょう?」


 それを聞いて一宮はふふっと笑う。


「そんなことはないさ。俺は俺だし、どの俺でもやっぱり俺なんだ。初めて人に『死体魔術』と使ったときからそれは変わらない」


 一宮の過去を知ってしまった四人はそれを聞くと少し悲しくなってしまった。


「あのさぁ、一宮君は結局レインさんとは何があったの?」


 何てこと聞くのよっ!不知火っ!あんた最低で最高よっ!

 アンリは聞きたいこと聞いた不知火に暴言と賞賛を心の中で送る。


「細かい部分は省くけどさ、俺が留守の間にレインが襲われたんだ。王国直属の暗殺者集団『ゴースト』に」

「え?なんでなのよ?」

「国王には娘がいてね。娘が俺を欲しがったんでレインが邪魔になったんだ。だから俺が王様に呼び出されている間に『ゴースト』がレインを襲ったんだ。それに気づいてレインのとこに向かったんだけど……」

「………間に合わなかったのね」

「ああ、ついた時には体に十二本の槍が刺さっていた。それでも俺のあげた銀のペンダントの治癒魔術が彼女を生かしていてね。とても苦しそうだった。だから俺は止めを刺した」


 一宮は悲しそうに話す。


「でもそのあと王国ごと潰したんでしょう?やりすぎじゃない?」

「ああ、国王だけならまだよかったんだけどね。レインが死んでからすぐに色々と調べたらとんでもないことがわかったんだ」

「な、何がわかったのよ」


 アンリ、不知火、村上、銀は息を潜めて聞く。


「ほぼ全員が俺たちを憎んでいた。俺の出世が憎い人。レインを奪ったと陰でののしった人。『異端魔術』師の疑いをかける人。レインは裏でそれを手伝ってるとか色々さ」


 四人は絶句した。王国というくらいだからその数は数万はいくだろう。そのくらいの人数に憎まれるというのは一体どのくらいつらいのだろうか。


「勿論、俺たちに本当に好意をもっている人はいたんだ。でも少なすぎた、それ以上に俺とレインは憎まれていた。だから潰した」


 しーんとまた空気が静まる。それに耐えかねた一宮が話題をそらす。


「そんな話よりさ。あれを見てよ、傑作でしょ?君たちの作品がこんなに評価されてる」


 一宮がそういうと四人は喫茶店に備え付けているテレビを見る。そこには『黒い霧に続きまたも謎の怪現象!今度は人が知らないうちに砂浜に埋もれるという珍事件!』と映ってあった。


「あれは傑作だったなぁー、前の一宮のお墓もあそこにあるし、見てくれるとうれしいなぁー……」


 誰がそんなもん喜ぶかっ!と全員がツッコんだ。今度は声に出して。もう怖くないから。


 そのニュースが流れ終わると、今度は『黒い霧の犠牲者。全員快方に向かう』というニュースが流れ始めたのだが、彼らの談笑でそれは彼らの耳に入ることはなかった。








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