第1章 ヤンキー百合 8
幾何学模様に配置された花壇に春の野花が整然と植えられて風に甘い香りを乗せている。元気な日差しを反射して硬質な大理石が艶やかに輝いている。ボッティチェリ世界観の屋上の、英国淑女たちが午後の紅茶時間を楽しむために設えたような金属に板を張った円卓を囲うこれまた金属に板を張った装飾的な椅子に座る。円卓の中心に穿たれた空洞は日射の強い時期にパラソルを差すための穴だろう。ここは有限の時間を蕩尽するための、堕落の園。
私の中の屋上イコール無人のイメージが覆され、謝罪と依頼の場として推挙した際荒木が即座に否定した理由を解する。始業前の今はほとんど人がいないが昼休みは弁当遊民たちでごった返すに違いなかった。
花々の美しさに身を浸しながら、電話を掛ける。暫く鳴ってから声がした。「あんだ花咲、あたしに何か用かよ?」荒木月の荒々しい声。
「重要な判断を下す時は事前に言うように言われたから言うね」
「あぁ?」律儀に横柄な態度を取る。「今登校してる最中なんだけど。後でじゃだめなのかよ?」
「電話で、まあ、内通しておきたくて。完全に透明にはなれないだろうけど、三日連続で荒木月と花咲百合子が教室前で揉めてた、って噂されるよりマシだと思うから」
「あぁ?」と凄んでから、まあそれもそうか、とすんなり納得する。「で、何の話?」
「私にとってもあなたにとっても重要な判断になるから良く考えて答えて欲しい」荒木が立ち止まったのかはあはあ聞こえた呼吸が止む。「本格的に、白洲さんに接近したいと思う。まずは存在を認知してもらわないと何も始まらないから。で、その方法は二種類ある。迂遠なやり方と直撃するやり方。前者は、半月か一年は最低掛かって、最悪永遠に友達エンドを迎えるリスクがある。後者は短期間で接近できる上に告白まで行くから否が応でも黒白がはっきりする」
荒木が息を呑む気配。
「私は直撃を推奨する。一度固定された人間関係は容易に変えられない、友達の席に長居するやり方だと越えて欲しくない一線を作られるリスクが高い。一気の攻めで行きたい」
「もう答え出てんじゃん」安心したような、息の漏れ。
「ただ、直撃を選択すると、広報部があなたと白洲さんの仲を察知する可能性がある。つまり関係が外部に漏れる」荒木が顔を引きつらせる前に語りかける。「でも、でも、ほぼ間違いなく広報部は私たちの味方に回る、荒木さんと白洲さんの関係を言い触らすどころか邪推を打ち消す方向で動いてくれるはず。つまり、逆に助けてくれる存在になると思う。私は不本意ながら広報部として活動させられる羽目になるけど、私はそれでまた別の問題に納得できるし、最優先事項は荒木さんの百合の花を咲かせることだからそこに異を唱える考えはない。だから臆さず直撃を選ぶべきだと思う」
荒木が黙り込む。電話が切れたのかと思い画面を確認するが通話中になっている。理を説いて安心させるはずが逆に警戒を招いてしまったか。吹いた風に野花が音なく揺れる。屋上からの眺望をスケッチブックに描いている遠くの二人が腕時計を見て立ち上がった。私も腕時計を見た。始業時間まではまだ余裕があるのに気分はまるで落ち着かなかった。
「花咲、その……」
「何?」左手が円卓の縁を掴んでこすっている。
「あたし、お前に迷惑かけてねえかな、不本意な活動とか、大丈夫かな」躊躇いを多分に含んだ声。
「私が迷惑だと感じなければ直撃で行くってことでいいのね?」嬉しいんだか煮え切らなさに苛立ちを覚えたんだかよく分からないまま私は円卓をこすり続ける。
「うん」荒木は親に説諭された幼女のような可愛い受け答えをする。
「それなら」私は大きく息を吐く。「直撃作戦、決行よ」
心理学の本で読んだのだけれど、人間、毎日顔を合わせると親近感が上昇するらしいの。それと、動物行動学によると、まずは出会いがあって、そこからディスプレイ、求愛行動に発展して、その先につがい形成があるそうよ。小説でもステップを踏んでから交際にたどり着くわね。総合すると、交際に至るまでにその子が居て当たり前の環境を作り上げることが必要なのではないかしら。
お姉さまの語った正攻法その二。物理的接触の増加と「お隣」の確保。
まずは白洲の中で荒木を赤の他人から友人の立ち位置に引き上げることを目標とする。私は謂わば仲人で、二人の間にお見合いの席を用意しなければならない。
放課後。白洲がオカルト研究会活動室に私と荒木を招き入れる。ラグジュアリーの粋を極めたこの学校にしては狭く縦長の部屋にはインドネシアの仮面やらインカの秘宝めいた頭骨やらその他妖気漂う珍品が所狭しと並べられていた。分厚い黒のカーテンが太陽光を遮光し切った結果大きな壁時計以外に外界の時間を知る術のないこの活動室は扉を閉じると別世界に転移したような錯覚を覚える。出口を出たら冥界でした、という展開も有り得なくもないと思わせるような。
異空間に緊張している私に比して荒木は、白洲紗理奈に取材を掛けると告げた際初めて保育園に連れて行かれる幼女の如く散々泣き言を言った割には今現在彼女のお部屋に初めて招かれた恋人のように目をキラキラさせて白洲紗理奈の世界を享受している。その光景を賞味しつつ腹八分目で打ち切り荒木を肘で突いて現実に引き戻す。
「どうぞ」
白洲が臙脂のビロードを引いた四角い机の反対側に回り椅子に座り、その向かいの二席に座るよう目で合図する。座りやすいよう予め少しだけ机と距離を開けてあるその席に私が座り、隣の席に荒木が着席したところで「それで、取材とは、どのようなことにお答えすればいいのかしら」と訊く。
「オカルト研究会について、なんだけれど」それはアポを取った時に説明済みだ。「部活動の内容や楽しいところを教えてもらえないかなって。入学間もない私みたいな高校からの子はどの部に入部するか決めきれていないかもしれないから、部活動紹介を記事にして掲載しようかなと考えていて、オカルト研究会って特徴あって面白そうだなと思って話を聞きに来たの」
白洲は私の腕に巻かれた広報部と記された腕章に目を遣り、それから熱の宿らない瞳を荒木に移した。「荒木さんも広報部なのかしら?」
「え、えっと」どもりながらも「ま、まあ、花咲の助手って立ち位置でさ」と指示通りの台詞を口にする。体育館裏での一方通行と違う初めての相互コミュニケーション。初々しい様をご馳走様です、と私は心中で手を合わせた。
白洲は困惑したように眉を顰め、「記憶違いかもしれないけれど、荒木さんは水泳部ではなかったかしら?」と問う。
お見合いに浮かれていた荒木が急激に顔色を曇らせる。訊かれたくない質問を受けた証左。
「へえ、荒木さんのこと、前から知ってたってこと?」私は割って入る。個体認識されていた喜びよりも荒木は水泳部を実質辞めた負い目に目が向いてネガティブな佇まいだ。流れを変えねばならない。
「知っているわ。三年生の時同じクラスだったもの」
さらりと共有されていない重要情報が零れて私も怯みかけるが顔には出さずむしろ楽しげに話しかける。「あ、そうなんだ。第一印象はどんな感じ? 正直に言っていいよ」
「……そうね」言葉を選ぶ様子で目線を横に流し、こちらに視線を戻して「スポーツ少女、かしら」と答える。一瞬盗み見た荒木は余計に苦々しい面立ちを見せた。スポーツ少女乃ち水泳部と情報をリンクしたのだろう。
私は座面に乗る臀部の位置を微修正した。「レジェンドヤンキーマジ怖い、じゃなくて?」
白洲と共に荒木も瞠目して私を見る。「三年の夏に水泳部で何があったか知らないけど」私は攻めに出る。「そこから荒木月のヤンキー伝説が始まったんでしょう? 全生徒が彼女をヤンキーとして語るのに、白洲さんは彼女を善良の象徴みたいなスポーツ少女として語るんだね。どうして?」
「それは」白洲は荒木の顔色を窺う。荒木は苦さを表しながらも白洲がなぜ自分をスポーツ少女と認識したのか、その理由を知りたくて怖いのにホラー映画の続きを見ずにいられない好奇心が薄目を開いている。私は「因みに荒木さんは私がシメて舎弟にしてあるんで、飛び掛かる心配ないから率直に語っていいよ」と半分ほんとの半分嘘で先を促す。
困惑を眉に表しつつも白洲が解題する。「私から見た荒木さんは、体育でなんでも軽々こなしてしまう子、だったわ。体力テストでは平均を軽々超えていたし、短距離走はクラスで一番速くて、飛び散る汗と言うと通俗的すぎるかしら、けれど、その姿は華やかでとても魅力的だった。水泳部に所属していることは他の子が囁き合うのを耳にして知ったので泳いでいる姿を見たことはないのだけれど、泳ぎも速いと聞いたわ」
「なるほど。そういう爽やかな印象が、スポーツ少女の肖像に繋がったのかな?」
「そうね」と白洲は頷く。横目で荒木を確かめると複雑な表情、最後に水泳が絡んだ点に嫌悪はあるが、実は白洲にかなり肯定的に見られていたと知った喜びで表情から険しさが抜け始めている。
「クラスが一緒だったなら、そこからヤンキー誕生の瞬間をライブで見てるはずだけど、印象は変わらなかったの?」荒木の髪を摘まみ、ほら茶髪、とゆらゆらさせると荒木が「やめろや」手で払い除けた。
「そうね」分析するように目を細める白洲。「私は、どうしても荒木さんの、卑俗な言葉だけれど、ヤンキー化、が信じられなくて。七月頃かしら? いろいろ悪い噂は聞こえてきたけれど、どれも内容が空疎というか、如何にも拵えたかのような嘘っぽさで、信用に値しないと私は判断したの」
「清新なスポーツ少女像のおかげ?」探りを入れる。
「そうね。潜在意識でそれはあると思うわ」白洲は頷く。「生活態度に特に問題もなかった生徒が、コペルニクス的転回のようにまるで変ってしまうとは信じ難かったし、真相を唱える掲示物も見かけたし。おかしいと思って私、その時の学校内の気の流れを可視化する水晶占いをしたの」四角い卓の中央に鎮座したガラス玉に視線を落とす。「すると、荒木さんの像が映ったのよ。後頭部だけだけれどその明るい髪色で荒木さんと分かったわ。彼女を中心に淀んだ空気が流れていた。私は心配になって、精霊に荒木さんの運勢をカードで示すようお願いしたの。引いたのが塔のカード。破壊、災厄、様々の意味があるけれど一言で言えばよくないことが起きる、若しくは起きている。他の占いでも荒木さんに凶相が出ていた。それで、彼女の印象を損なう噂を繰り返し耳にしながら私は理解したの、荒木さんは災厄に巻き込まれているのであって彼女自体が変質してしまったのではないのだと」
うんうん。んんん? と思っているのが私だけでないことは荒木の異言語の旅人に話しかけられたような困惑顔を見れば分かる。前半は信頼に関わる良い話だったはずが後半は完全にオカルト一色で門外漢にはついて行けない。「えっと」どう話を進めるか。「正解は、白洲さんの言う通り、荒木さんはヤンキーじゃありません!で合ってます。数々の噂は全て捻じ曲がったか捏造のどちらかで荒木さんはキャラとしてヤンキーを引き受けてしまっただけ、というのが真実です」
白洲は分かっていた、というように頷いた。
「ちょっと思ったんだけど」私は踏み固めた土を掘り返す気で白洲に問う。「占いの結果荒木さんが白と知れたなら、皆に荒木さんはヤンキーじゃありませんって言ってあげればまた違う展開になっていたのでは?」
白洲は愁いを帯びた瞳に瞼を伏せる。彼女の中で大きく感情が揺れ動いた瞬間。「あなたたちの今の反応を見れば、言ったところで意味がないことくらい分かるじゃない? 得体の知れないものを説いても理解されない、却って気味悪がられるだけよ」
オカルトと見做し微妙な顔をしてしまった私たち。誰も信じやしない。説けば説くほど不審がられる。極めて妥当な意見だ。彼女のオカルト趣味が世間では珍奇の目で見られることは長じるうちに学習したが、おそらく清水綾香と武本さゆみ、一緒に研究会を立ち上げた仲間二人の脱退が諦めと内向の決定打となったのだろう。今それを突き出すとこの場は決裂する、その点は後日清水綾香と武本さゆみに確かめなければならないとして今打つべき手は。
「あのさ!」荒木が出し抜けに立ち上がった。「さっきの、占いのとこは全然分かんなかったけど!」白洲の顔が硬くなる。「荒木さん」制服の裾を掴んで座れと止まれの指令を出すも荒木は私の手を外した。「その、全然分かんなかったんだけど、あたしが、ヤンキーじゃないって信じてくれて、ありがとう。私、あの頃皆から責められて、世界が全員敵に回ったみたいに思ってたから、それで、そう思うならその役を引き受けてやろうってヤンキーを演じることにしたんだけど」下を向き、答えを見つけるように視線を右左に移して、何かを発見して顔を上げる。「私が悪いんじゃないって分かってくれてる人がいたことが、救いっていうか、とっても嬉しいんだ。だから」
信じてくれてありがとう。荒木は頭を下げた。
「私は……」と目線を横に逸らした白洲に代わって問う。「でも、直接助けに入ってくれたわけじゃなかったけど?」
「それでも」荒木は胸元を拳で握る。「嬉しいんだ」
義理堅さは本物のヤンキー顔負けだがその直情が白洲の心の壁にひびを入れたようだ、白洲の険しさが和らいでいく。迸った感情に照れが追い付いて荒木は頭を掻き、でも発言に後悔はないと言うようにゆったり席に着く。
「私と荒木さんが二人で現れた時点で薄々何かを感じたと思うけれど」白洲が今そのことに思い至ったようにはっと目を開く。「私たち、どうしても白洲さんに伝えなければならないことがあったから共謀して体育館裏に呼んだの。それは、ちょっと狡かったかなって反省してる」
「……結局、あの時の用件って何だったのかしら? もしかして、この取材の話だったのかしら?」切れ長の目を丸く広げて小首を傾げる。
「あれは別件。またの機会に必ず告げるよ」告白がまるで伝わっていなかったと突きつけられた荒木が今どんな表情をしているのか気になるが視線を遣ると何かしら意味を読み取られる危険性もないではないので白洲に笑みを向け続ける。「それで、白洲さんに初めて会った時、予言を投げかけられたよね?」
「ええ……」白洲の目が逃げる。
「それがさ」と食いつくように間を開けずに言って、「本当に当たっちゃって、びっくりした」ほんとに人生観崩れたよ、肩を竦めてみせる。「でも、おかげで目が覚めた。これって、大袈裟に言うと白洲さんのオカルトパワーが私たち二人を救っちゃった、ってことになるんじゃない?」
白洲が探るような眼差しになる。「気味が悪かった、ではなく、救った、と見るの?」
「私は自分が勘違いに凝り固まっていたことに気づけた。荒木さんがどう見たかは、今見ての通りだよ」だから、救ったで合ってるよ、と断言する。
意外だったのか白洲は戸惑い、「そうなら、いいのだけれど」髪を指で梳いた。
「白洲さんがあたしを信じてくれたように、あたしも白洲さんを信じたい」荒木が熱情で突っ走る。「だから、オカルトのこと、いろいろ教えてくれないかな? きっと分かれば分かるようになるから!」
「というわけで」私は飛び出た熱い思いを捕虫網で捕まえて的確な方向へ放す。「オカルト研究会についていろいろ教えて欲しいな。取材した内容で部員募集をアシストする記事を書くよ」
「私は、もう新しい部員は必要ないように思っていて。私一人でも十分という気がしているの」白洲は丁寧に断るが割り切れていない思いが口ぶりに現れている。彼女は共に語れる仲間を欲している。
「オカルトって、占いのイメージが私の中で強いんだけど、一人でやるより観る対象がいたほうができることも多くなるんじゃない? モルモットとして助手の荒木さんを喜んで提供するよ」ええっ?と動揺する荒木に奮起を促す。「荒木さんもあなたを理解したいし、信じられるようになりたいって言ってることだし。荒木さんに異論はないでしょ?」
取材と称して接近できる期日は限られている。少し強引だが荒木を押し付けてしまえば今後の展開に切れる手札も増えよう。白洲に一対一で占ってもらえる妄想でもしているのだろう荒木は赤面して「白洲さんが、嫌でなければ」と顔を横に向けもじもじしている。
かつての仲間に裏切られながらも仲間を欲しているであろう白洲は荒木加入という誘惑に揺れ、目線を彷徨わせてから、何か思いついたように荒木をじっと見つめた。荒木は照れに耐えきれずそっぽを向いている。白洲は私に視線を向けた。凸面鏡であれば出火するくらいに凝視してくる。私は微笑みを返した。
大きく息を吐いて、白洲が口を開いた。「そうね。私も、理解者は欲しい。協力者は欲しい、たとえ部員になってくれなくとも。荒木さんが嫌でなければ、助手として様々の手伝いをして頂けると、非常に助かるわ」
背けた顔を弾かれたように白洲に振り向けて、荒木は言葉なく頷く。遅れて意味を言葉にする。「うん、よ、よろしく!」
「一緒にこっくりさん、しましょう」まだ拒絶を心配している白洲の、ぎこちない微笑み。
「一緒にこっくりさんしましょうって、斬新すぎるプロポーズだわ……」私は情報を遮断するべく両手に顔を埋めて歯を食いしばったが心の声は水がざるを悠々すり抜けるように漏れ漏れだった。
「はい」と強く手を叩いて白洲の不信が再燃しないよう物理的衝撃によりフェーズを切り替え、「打ち解けたところで脱線から戻りまして、取材を始めます」私は机に置いたメモとペンを手に取り直した。
予め用意した質問を都度都度アレンジしながら私は白洲に活動内容を尋ねた。白洲はオカルトイコール占いと結びつけた私の浅学をやんわりと嗜め、霊魂、UMA、オーパーツ、サイコキネシスのようなSFと親和した側面、錬金術、天文学等際限なく語り出した。万華鏡のように流転する像から霊魂と占いに焦点を合わせ、女子ウケしそうな学校七不思議か手軽にできる占いを記事にしてまずは偏見を持たれがちなオカルトに親近感を抱いてもらう作戦を提示する。占いを推すと白洲は渋ったが占いを特集すれば新規訪問者が望めることと何より分かり易いと説明すると納得した。メキシコ産の壁時計が突如『聖者の行進』をけたたましく鳴らし骸骨人形が踊り狂って時刻は午後五時を知らせる。下校時刻も近いので後日また取材する旨を伝える。
「じゃ、私は一旦広報部に寄らなきゃいけないから」手を挙げてお暇を告げると荒木が親鳥を追う雛鳥のように追いかけてきそうになったので「荒木さんは白洲さんに指示を仰いで」と眼前で閉まる鉄道ドアの無慈悲さで同行を拒否する。退室時に振り返ると彼女の目が置いてかないでと哀願したが私は構わずドアを閉めた。廊下は暗かったが冥府の入口というわけではなく来た時と同じ現世の廊下だった。
広報部に顔を出すとまた感情過剰の長野部長が寄ってきたのでそれを手で止め、榊先輩に「私もパソコン使っていいですか」と尋ねた。榊先輩は私の腕に巻かれた腕章に目を遣り、それから手を止めて長野部長に指示を出した。ファイル棚の隅に置かれた段ボール箱から慎重に取り出したパソコンを長野部長が私に手渡す。「ここで書いても、寮でやってくれてもいいよ」残業代は出ないけど、と榊先輩は笑い、自らの作業に戻る。明石先輩のだから、大切に扱ってね。手を握り脇を締めて一生懸命に長野部長が言った。私はパソコンが起動することを確認し、シャットダウンして鞄に仕舞った。
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