第1章 ヤンキー百合 7

「ねえ花咲さん、夜の自由時間に、私の部屋へ来ていただけないかしら?」

 牛肉のコンフィにナイフを入れていると向かいに座ったお姉さまが言った。顔を跳ね上げた私にお姉さまは「少し、話したいことがあって」と優しく微笑む。もしかして事の進展を気にしていらっしゃるのだろうか。でも、それならば話を聞きたいと言うのが自然だ。何だろう。「分かりました」と私は頷いた。「ありがとう」とお姉さまは月光のような直視しても痛くない柔らかな笑みで応じる。近くで食事していたささめが目つきを変え、乱暴にグラスの水を飲んだ。

 自由時間。ノックをして、「失礼します」と入った部屋に貴代子様はいなかった。つまり話題はあの話。相談用の席に座る。

「時候の挨拶もなしに本題に入るのは無粋かもしれないけれど」お姉さまは背を正すも何も常に真っ直ぐ凛としている。「時間も限られているし、無粋を承知で訊くわ。今の状況を教えていただける?」

 私は収集した情報を並べ、空白の友人枠を攻める予定だと伝えた。

「そうね。それが順当ね」とお姉さまは頷く。「それで、これは私の思い違いかもしれないけれど」繊細な指を腿の上で組む。「あなた、何か悩んでいるわね?」

「……そう見えましたか?」悩んでいる。あの腕章を着けるべきか否かで重く悩んでいる。だがそれを見せたつもりはない。露骨に困窮をアピールして誰かが手を差し伸べてくれるのを期待する少女期はとうの昔に過ぎ去った。肉は十五の乙女だが精神は三十一の成人女性だ、そんなに分かり易い生き物ではない。つもりだったが。

 お姉さまは静かに頷く。中身を差し出しなさい、と言うように。藁をも掴みたい状況で差し伸べられた温もりを持つ手。

「お姉さま」姿勢を正して私は訊いた。「お姉さまは、荒木さんが白洲さんへ寄せる思いを私が支援すると聞いて、止めませんでした。私は凄く感謝しています。ただ」地雷原に一歩踏み出す恐怖を抑え込んで問う。「学校の原理原則で言えば、荒木さんも白洲さんも、いずれ婚約した男性と結婚しなければなりません。彼女たちがどれだけ強く結びつこうとも、最後に待つのは婚姻による強制終了です。それを知って猶支援するのは、なぜですか」

「それがあなたの悩み事……」でもなさそうね、とお姉さまは私を冷静に読み取る。「質問に答えるわね。立場を明確にすると、私は、百合を積極的に支持するわけではなくて、あくまでお姉さまとしてあなたを支えたいの。彼女たちの未来を見据えているわけでは、ないわね。……彼女たちが本気で好き合っているのであれば、貴代子ではないけれど、後の人生で振り返ることができる胸が切なくなるような思い出を残してあげたい、とも思うわ。それがあなたを通して百合を支援する理由よ」

「お姉さまとして。そしてあくまで束の間の夢、として」蝋燭なら明滅するかもしれないが電気の灯はずっと同じ光量を放ち続ける。私の問いで何が揺らぐわけでもないと示すように。

「そうよ」深く考えての発言ではないかもしれないけれど、と言う。

「……その」自分でも何を言いたいかよく分からなくなる。「叶わない夢を後押しして潰してしまう苦しみというか、あるいはその、鑑であるべき監督生が学校の価値観に歯向かうことに対する罪悪感というか、葛藤というか……」

「自家撞着、かしら」すっと言葉を差し出される。私はそれが適当かも分からず無言で固まってしまった。お姉さまが解く。「百合を支援しながら、その百合はいずれ破局すると理解している。監督生としての役割と、それに逆らう行動。論理矛盾の苦しみを問いたいのではなくて?」

「たぶん」たぶん、と繰り返す声に張りはない。温泉卵のような不確かさ。

 お姉さまは組んだ指を一度くしゃっと曲げて離し、合掌に変えた。「確かに、花咲さんを支援するならその先の百合に私も責任を取らなければならないわね。監督生としても不適格だわ。そうね」目を瞑る。一呼吸置いて「少し、浅慮だったかもしれないわ」小さく開いた瞼の下の濡れた瞳は憂いを帯びて左に流れる。そして。

「正しさって、何かしら」

 お姉さまは呟いた。私は何も言えなかった。それに対する解答を持ち合わせていない。深く考えたこともない。

「私」お姉さまがぽそっと言葉を空気に乗せる。「今年入寮する生徒が一人だけで、少しがっかりしていたの。去年から引き続き監督する子は多いのだけれど、ゼロから始まる子が一人だけなのは、やはり寂しかったわ。だから、その一人を上手に大事に育て上げようと、入れ込みすぎてしまったのかもしれないわね。その点は反省しなければならないわ」

「こちらこそ、厄介事に巻き込んでしまって、すみませんでした、お姉さま……」私も俯いてしまう。

「けれど」とお姉さまが言う。顔を上げた先に、意志の光るお姉さまの双眸。「結論を言えば、私はやはりあなたの味方をするわ。破局する百合を応援してはいけない。監督生として後輩をきちんと指導すべき。それが正しさよ。けれど、あなたが百合を支援するのも、私がそれを認めてあなたを支持する立場に回るのも、そこにはまた別の正しさがあるのではないかしら。評価の軸が異なる、また別の正しさが」

「別の、正しさ?」

「私たちの行動原理に付いた贅肉を削ぐと、ただただ誰かの力になりたい、という純粋な願いが残ると思うの。そこには正しさがあるわ。大事なのはそこだと私は考えたの」テンパリングの計温の緊張感でお姉さまは慎重にロゴスを組み上げていく。「私たちの根には正しさがある。そこに付く贅肉次第で正しさは、誰かにとって、あるいは大勢にとって、悪に転じてしまうことも多いわ。だから、正しさを見失いそうになった時、削ぐべき贅肉について熟慮して、私たちは正しさを維持しなければならない。根が腐って初期の正しさが別の欲望にすり替わっていないか意識しなければならない。その上で、今ある正しさに疑問がないのであれば、それを貫く覚悟も必要なのではないかしら」

「それは」私は腕を組む。「過激派が喜びそうな理屈ではあります」

 お姉さまは目を見開くも気品を保ち、「それは、その通りね」と苦笑する。「お姉さまの指導に面と向かって反論したのは、あなたが初めてだわ」口元に手を添えくすくす笑う。

「問題児ですみません」笑いつつ、頭の中を整理する。腕章を用いて取材する疚しさの根源はどこか。プライバシーを漁る内偵行為。それは、腕章がなくとも百合を叶えるためには発生する行為だから疚しさの根源とは違う、広報部へのデータ提供は発生しないのだから猶更だ。百合を叶えるために百合を否定する体制側の力を借りること。それは、後でどんなしっぺ返しが待っているか分からないから確かに避けたい、走狗にもなりたくない。でも後者の理由の根源にあるのは私個人のプライドの話で、荒木の望みを叶えることと比較すれば願いの成就のほうが優先順位は高い、つまりより正しいと思える。なら腕章を使うべきだ。そう割り切っても蟠るこの胸のもやもやは何か。

 こちらが百合を叶えるという裏を持ちながら、それをまるで表には表さず取材と称して何も知らない相手に接近する。つまり、相手を欺いている状態にあること。そんな裏表に負い目を感じているのかもしれない。正しくない、悪だと思うこと。

「何も知らない、これから信頼関係を築いていかなければならない相手に対し、裏でこそこそ糸を引く、そんな騙し討ちみたいな行為が耐えられない。そこに正しさが見出せない」のかもしれません、と弱弱しい息を吐き出す。腕章の権力を行使することと内偵行為、それらも全てひっくるめた騙し討ちのような感覚が、私が漠然と抱いた葛藤の正体だったのだ。あの腕章が冷えて硬かった理由だ。

 それがあなたの悩みね?とお姉さまは引き取り、裏でこそこその具体的内容を教えてくれないかしら、と言う。私は広報部の諜報機関としての側面と無償譲渡された腕章、榊先輩が語った正しさを説明した。それを全て呑み込んだ上で腕章を使い白洲に近づくべきか、尋ねた。

「まず」とお姉さまは一拍入れた。「広報部が腕章を無償で渡した点が気になるわね。全き善意とは俄かには信じ難いわ。あなたをずるずると広報部の活動に引き込む罠に見えるわ」彼女らの真意の在り処は見極めなければならないわね、と一つ区切りを入れる。「次に、榊さんという方の語ったことだけれど」と言うところからお姉さまは彼女と面識がないと知れる。榊先輩は学年を跨ぐ有名人ではないようだ、裏で操る人間があまり表に出すぎてはまずいので当然と言えば当然だが。「彼女の言い分は正しいわ。正しいからこそ彼女は花咲さんが感じた葛藤を覚えずに裏稼業を遂行できる。一般的道徳を犯しているかもしれないけれど傷つく人を最小限に抑えるためにという視点では揺るぎない正しさがある。あなたが百合を応援する姿に似ているとも言えるわ」拝む神様が違っているだけの話なのよ、と言う。「それで、私たちは彼女の語った正しさに従うべきだと思うわ。特に、問題が問題として学校側に認識される前に火消しできる、という部分は凄く大事よ。なぜか分かるかしら?」

「えっと」私は何度か瞬きする。何も見えない。開いた目には真っ直ぐに私を見つめるお姉さまが映っている。「学校が干渉するのを防ぐため、ですか?」これでは具体を持たないおうむ返しだ。

「女性同士が恋仲になった、という報が学校側に知れたらどうなるかしら?」お姉さまが世界への初歩を示してくれる。

「自然消滅するまで放置する可能性もありますけど、たぶん引き裂きに来ると思います。婚約者が彼女らを品定めする際にそういう情報があると避ける恐れもありますし」

「学校側の権威の失墜を避ける上でも二人を引き離すのが正道だと思うわ」お姉さまは小さく頷く。「ところで、花咲さんと私が試みているのは女性同士の恋愛の後押しなのだけれど、学校側がそれを許さないのであれば彼女たちが恋仲であることは秘匿されなければならないわよね?」

「当然、そうなりますね」焦点の合いかけたカメラがまたぼやける。

「そのためには詭弁を弄する必要があると私は思うの。つまり」お姉さまは一度息を殺し、それから答えを告げる。「彼女たちは恋仲として仲が良いのではなく、友達として仲が良い、と言わなければならないの」

「……カモフラージュ?」ぼやけた視界がまた焦点を合わせ始める。

「私たちが百合を叶えた先には、あの子とあの子が恋仲になった、という結果が待っている、けれどそれをそのまま述べると学校側は許さないわ。だから私たちは、あの子とあの子が親密になった、と表現するの。恋仲は問題よ、けれど親密になっただけなら学校側は問題と認識しない、それどころか良好な友人関係として尊ぶかもしれないわね」

 くっきりとした像がようやく見えた。「百合を育んだ先には検挙が待っているけども、それを美しい友情と言い換えて広報部が発信すれば、学校側は問題と認識するどころか教育の成果と誇りさえするかもしれない」

「言語を駆使した奇術よ」正解にたどり着いた私に丸を与えるように、お姉さまは微笑みを湛えて頷く。

「くぅぅぅ!」呻いて私は円卓を両手でバンと叩いて椅子から腰を浮かせた。「お姉さま、素晴らしいです! 百合を知らない人とは思えないほど的確な着眼点です! 百合って定義が実は曖昧で、人によって百合と感じたりぴんと来なかったりするもはや感性の域の話なんですけど、それでも定義しようとした際によく議論されるのが恋愛だけが百合なのかっていう話で、つまり友情は百合ではないのかという議題で大概紛糾して罵り合いになり仲良かったはずの人々が決裂したりするんです。カインとアベルの兄弟殺しみたいな話が日常的に百合界で起きてるんですけど、最も信憑性の高い学説として百合は友情以上恋愛未満から恋愛の領域に発生する説が支持されて、これが中道穏健派だと私は思ってるんですけど、お姉さまの提案はまさにこの百合の線引き問題を的確に指摘していて、だから友情と友情以上恋愛未満と恋愛の境を誰がどれだけ正確に見定められるのよっていう問題をお姉さまは織り込んだ解法を提出したわけで、私のような練達の百合者ですらその差を鑑別できない場合があるのだからこの百合を知らない世界でそれを区別できる人がいるわけがなかったんですよ!」

「え、ええ」お姉さまが円卓という境界線を迫り出してオタクトークを押し付ける私に引いているというか怯えていた。慌てて座り直す。「取り乱してしまい、失礼しました」と陳謝。

「というわけだから」美しく座っていたお姉さまは足の位置をずらし重心を移動させていつでも席を立てる状態に微動した。「荒木さんと白洲さんの成就後も考慮に入れると、二人は親密になったのだと広報部から発信する必要があるわね。その情報を花咲さんが記事にすればある程度彼女たちに交際しやすい環境を整えてあげられるわ」ただ、と、引き結んだ唇が白っぽくなる。「榊さんが当然記事のチェックに来る、その時にこちらの意図を読み取られて、修正されるとまずいわね。もしかしたら百合を止めさせるほうに動くかもしれない」そこが読めないわね、と寄せた眉の間に微かな皺。

「そこは、確信はないんですけど」私は放課後の部活動の際榊先輩が見せた長野部長への心理的傾斜を思い出していた。「もし榊先輩が傷つく人を最小限にしたいと真実願っているならば、荒木さんと白洲さんを守るほうに、百合を守る側に回ると思います」

「何か心当たりがあるのね?」

「はい。榊先輩にも百合願望があるはずです。彼女が味方してくれる可能性は高いと思います。少なくとも否定はできないはずです」

「そう」とお姉さまは頷く。灯台の光を確認した船頭のように。道が見えたと言うように。「榊さんがこちら側を支持すれば鬼に金棒ね。これで、広報部の持つ正しさに従うべき理由は納得していただけたと思うのだけれど、最後にもう一つ、大事な話が残っているわね。あなたの、騙しているような罪悪感をどう正しさに切り替えるか、という問題ね」

 はい、と私は頷く。

「この問題は長野さんがほぼ解いたと思うのだけれど」無意識に顎に一瞬手を触れた。「広報部の表の活動で白洲さんの何かしらを応援するために、取材すれば良いのではないかしら。今のあなたの正しさの根源は、荒木さんの思いを叶えてあげたい、よね。でも白洲さんにメリットはない。白洲さんは現状ただ受け身で利用される存在と言っていいわ。そこに罪悪感を覚えるのなら、純粋に彼女の役に立つために接近すれば良いと思うの。その奉仕の精神が、あなたに正しさを担保するのではなくて?」

「それは」正しさを捕まえようと手を握り、掌中に何もないと知る。でも、指の第一関節から先の柔らかさと温もりと、それに抗するような爪が肉に食い込む痛みとが確かに在る。「そうなのかもしれません」白洲さんから見れば都合のいい話かもしれません、と寸前まで言おうと喉に押し込めていた言葉が違う言葉にすり替わって口から洩れた。

 全部を受け入れられたようではない様子だけれど、とお姉さまは少し寂しげに微笑む。「私ができる助言はこれで精一杯よ。それがどこまで役に立つかは分からないけれど」

「いえ、本当に、がんじがらめになった毛玉が一本の直線の糸になるような、理知的に物事の正体が解体されて、びっくりしてます。私、なんだか」頭に映るイメージが茫洋として言葉が上手く引き出せなくなる。私は腕を伸ばして濃霧に隠れた何かを闇雲に引っ張り出す。「実地に見るイケメンって言えばいいんでしょうか、頼れる姉御肌と言えばいいんでしょうか」掴んだ単語が妙で正解なのか不正解なのか首を捻りながら伸び伸びの台詞を締めに行く。「とにかく、これまでの人生で最も頼り甲斐と説得力を持つ方が登場したかもしれないなって、ちょっと感動してたりします」

「これまでの人生って、大袈裟ね」とお姉さまは笑い、「けれど、そう言ってもらえるとお姉さま冥利に尽きるわ」と嬉しそうに目を細め、自分が足をずらしていたことに思い当たったのか座り直してまた美しい姿勢を作る。

「ねえ」と私に呼びかける。

「はい」浮かすタイミングを計っていた尻を背もたれに寄せて私も深く座り直す。

「百合子って呼んでいいかしら」

 お姉さまの上体が心なしか前に傾いたような、やはりバレリーナのように真っ直ぐ天に繋がっているような。

「私が担当する子は、基本的には皆名前で呼ぶことにしているの」華恋ファミリーと言ったほうが通じやすいかしら、と、その響きにこそばゆそうに頬を緩める。「お互いまるで知らない仲でもなくなったのだし、この話し合いで実質共犯関係にまで進展したのだから、これからは親しみも込めて名前で呼んでいいかしら?」

「共犯関係に陥った、とは言わないんですね」冗談を言うとお姉さまはくすくす笑い、「言わないわ」と言う。

「では、是非、名前で呼んでください」有名人に個体認識される愉悦、と思ったがそれとは何か別の、情緒的な温かみを感じる。

 お姉さまは息を吸い込み、「これからも、困った時はお姉さまを頼って欲しいわ。ねえ」深い藍色の夜空のように透き通る声で言った。「百合子」

「こちらこそよろしくお願いします、お姉さま」と私は言った。


 自室に戻ると千恵が「どこか行ったと思ったら帰ってきた」と事実を述べた。貴代子様はいない、私とお姉さまの話し合いが終わるまでどこで過ごしているのだろう。

「ねえ、ちーちゃん」私は学習机に座り、鞄の中に手を突っ込んでそれの冷たさと硬さを指の腹で撫でる。「ちーちゃんならさ」上手い比喩が思い浮かばなかった。「饅頭あげるから一条ささめから十円巻き上げて来いって言われたらどうする?」

 千恵は「何その質問?」と怪訝を表し、ふーむと考えて三秒、「十一円巻き上げて一円を自分の駄賃にするわ」と真顔で言う。

「その時饅頭は食べる?」「食べるけど?」何の疑問があるのと言いたげだ。

「分かった。じゃあお姉さまから十円巻き上げて来いって言われたら?」

「そんなの簡単じゃない、貰った饅頭を二つに分けてお姉さまと一緒に食べて終わりよ」何の疑問があるのと言いたげだ。

「でも饅頭貰っておいて、っていう葛藤は?」

「私にお姉さまからお金を巻き上げさせようとするのが根本的間違いだし、そもそもの話、たかが饅頭一つで義理立てする理由、なくない?」言い切った。

 清々しさに笑ってしまう。「ちーちゃんは相変わらず破天荒っていうか、若いなあ」

「何急に。おばさんみたい」と棘棘した返答をして、「ねえ百合子」と日常会話に入る。千恵の「百合子」は随分軽い。お姉さまの「百合子」も、いずれ羽根ペンに掃き散らされる塵の如く軽くなるのだろうか。どこかで緊張感が欲しい気もするし、日常になって欲しい気もするし。よく分からない。

 百合子の重さを計るのは止め、千恵とのくだらない会話の陰で腕章の手触りに集中する。冷えて硬いそれを手で捏ね繰り回す。通気性に欠けるからか暫く触れるうち腕章は、熱と湿り気を帯び、柔らかくなったように感じた。

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