Lesson5 本部のはなし 前編
「さて、昼飯を食べたところで問題が発生した。未だに暇だ」
「どうしましょうか。また話の続きでもします?」
「そうしよう。あのさ、またウィンドベル絡みで申し訳ないんだけど、本部ってありゃどういう構造になってんだ?昔、親父に連れられて行った事はあるんだが、よく知らないんだよな。なんか知らんうちにデカくなってるし」
「ああ……確かにそうですね。ウィンドベルの規模が拡大するにつれてマカリスターさんが増築に増築を重ねていましたから、ネクターさんの記憶とは全くの別物ですよね。それじゃあ今から遊びにでも行きますか?」
「いいのかそんな気軽に行って」
「いいも何も職場じゃないですか!確かに私達はおいそれと動けないから自宅待機扱いされてますけど、行っちゃいけないって事は無いですからね!」
そもそもウィンドベルの職員が本部に詰めているという事はあまりない。殆どの代理人は外で仕事をするためだ。
「じゃあ行こう。このまま家にいるのもなんか癪だし」
「そうと決まればすぐに行きましょう!家から1秒とかかりませんからね!」
「やめろ。たまには俺も普通の通勤ってやつをやってみたいんだ。どうせ暇なんだし」
「……そうですね。早く行った所で暇が増えるだけなんでした」
プリスにしては珍しく同調する。暇が出来た所でその暇を潰す手段を考えるのはプリスだ。これ以上自分が苦心しなくていい手段があるのにそれを無碍にするのはうまくない。
久しぶりにネクターとプリスは地に足をつけて外出した。いつもは飛んで行っているのでこれはあまりに新鮮だ。ここぞとばかりにプリスはネクターの腕に手を回している。
「確か、ここから徒歩で25分ぐらいだったか?本部があんの」
「ちょっと待って下さい。計算しているので……まあ、多分そのぐらいかと」
プリスはいつもの飛翔速度と距離を勘案して計算する。確かに計算上はネクターの言った通りであった。
「実家から通っていた時は4秒ほどかかりましたからね。そういえばネクターさんが失踪した時、よくこの河川敷の近くに来れましたよね。4歳児の歩ける距離では無いのでは?」
「ED複製して無我夢中で来たからよく覚えて無い。とにかく遠くにって思って飛ばしたんだが、この辺でエーテルが切れてな」
ネクターとプリスの実家とウィンドベル本部の間はEDでも1時間はかかるとされている。アリアもそのぐらいの時間をかけて通勤しているはずだ。なおウィンドウはゼロシフトを使って一瞬で到達出来る。
「むしろ、よく4歳でED操縦出来ましたよね。当然無免許でしょうに」
「レイダーさんの白雪に乗せてもらった時に見様見真似で覚えたんだよ」
これも写真記憶が出来るネクターならではだ。ちなみに免許はウィンドベルに入った直後に取ったので今は無免許ではない。
「あの人の操縦、参考にならないはずなんですけどね。にしても、久しぶりに徒歩で街を歩きました。たまにはこういうのも悪く無いですね」
「普通の人類はだいたいそうなんだけどな。えーっと、エロ本を立ち読みしたコンビニを右に曲がって……そういえば本部の近くって何があるんだ?」
「えっと、この先の交差点をさらに左に曲がると、裁判所だの警察署だの、以前倒壊した市役所だのがありまして……その先は駅ですね。その周辺の飲み屋街にクスターさんの小料理屋があります」
1ヶ月ほど前に倒壊した市役所は、既に新築されていた。城をそのまま使っていた古式ゆかしい旧市役所は今やガラス張りのビルと化している。
そのすぐ先にクスターの小料理屋、アヴェンチュラはある。地上六階建てのペンシルビルが丸ごとスティックス三兄弟の家だ。
「実はあの細いビルの地下に技術部の工房があります。あのビルの裏手に空き地があるんですが、そこからうちの代理人のEDが発進するんですよね」
「誰だそんなロボットアニメの見過ぎな基地作ったの」
「一人しかいないじゃないですか。マカリスターさんに決まってるでしょ」
「仕事し過ぎじゃね?……あ、初代タケダ・ツキミサト像だ」
「伯父さんがよく幼女ウォッチングをする所ですね。実は伯母さんと出会ったのもここなんですよ」
駅前にそびえ立つ初代タケダツキミサト像はセントラルシェル駅南口のシンボルとも言えるべき場所である。プリスの言った通りピエットとアルテリアが出会った場所ということでデートの待ち合わせによく使われている。
「なんだその邪悪な趣味は。って事はもう本部って近いのか?」
「はい。駅に入って北口から出てすぐの所ですね。もうすぐです」
セントラルシェル駅の南口から北口に出る。東側にはイベント会場にもなる広場があり、北側には図書館が。西側には消防署と放送局がある。
「ちなみに真っ直ぐに見える図書館も伯父さんと伯母さんの待ち合わせ場所です。伯母さんが信徒に見つからないように逢瀬を重ねるためだとか」
「あの二人、読書が趣味だもんなあ……しかも本部の隣ときた」
セントラルシェル駅北口から北東に見える巨大なビルがウィンドベル本部だ。幼少期のネクターの記憶では10階ぐらいしかなかったはずだが、今はどう見てもその倍はある。
中に入ると、まず出迎えるのは壁一つないだだっ広いエントランスだ。入ってすぐの所に一対のタケダ・ツキミサト銅像が置かれ、ビルを支えるための支柱が数本立っているぐらいで、あとはパッと見エレベーターぐらいしかない。
「なんでここにもタケダツキミサト像があるんだよ……1.65メートルぐらいかこれ?」
「都市管理部が行政の代行を担っているのと、初代タケダ・ツキミサトがインサイドの力を利用してサンライズアイランド全土平定を行ったことから建てたらしいですよ?ささ、まずは2階に行きましょう」
「そりゃいいけど、エレベーターから結構出入りあるな。こんなにうちの職員っていたっけ?」
「その謎を解くための2階なんですよ」
「はあ?」
プリスに急かされたネクターはエレベーターに乗る。中は満員だが、誰もプリスに挨拶する者はいない。乗員がウィンドベルの職員であったとしたらあまりに不自然だ。
その答えは2階についた時に分かった。エレベーターに乗っていた者は全員そこで降りたのだ。エレベーターを降りた先に見えたのは受付のカウンターと、左右にそれぞれ配置された「男」「女」と描かれている青と赤の暖簾だ。
「銭湯じゃん!」
「そうなんです。正確には健康ランドですね。2階と3階が丸ごとお風呂で、4階にはマッサージルームや卓球台にカラオケや食事処、5階が男性用仮眠室で6階が女性用仮眠室です」
「……絶対親父とマカリスターさんの仕業じゃんこれ」
「ご明察です。ノリと趣味で健康ランドを作ったけど、折角なら一般の方にもこの力作を楽しんでほしいと思った結果、このフロアだけ外部の方にも開放しているんです」
「でもちゃっかり料金は取るんだな」
ネクターはカウンターの後ろにある料金表を見る。大人150ギル、子供70ギルと割と相場通りの料金であった。
「伯父さんが折角だから営業しちゃえと言ってこうなったらしいです。そのためだけにウィンドベル温泉部なんてのを立ち上げましたからね。あとウィンドベルの職員なら半額で入れます」
「つってもわざわざここまで歩いて来て風呂入るってのもなあ。結局金はかかるんだから家の風呂でいいじゃん」
「そう考えている人には無縁の施設ですね。ですが、ここのお風呂はほとんどが源泉なんですよ。父さんとマカリスターさんはここに寄る用事があったら必ず入るそうです」
「……なるほど、職員割はあの二人のためにあるのか」
「結構うちの人達には人気なんですけどね。さて、次は7階に行きましょうか。ちなみに3階から6階はメインエレベーターじゃ行けませんからね。健康ランド内に入らないと行く事が出来ません」
ネクターが以前試験に来た時、3から6のボタンがない事を訝っていたが、これで謎が解けた。そして、エレベーターに乗って到達したのはその試験で使った7階の催事場だ。
「ここは基本的に研修か試験で使いますね。見事に机と椅子しかありませんが」
「ここだけで数千人賄えたもんなあ。奥の小部屋は面接の時に使ったな」
「あそここそ面接の時にしか使わない面接室ですからね。研修の講師の控え室にも利用するらしいですけど。ここはこれだけでいいでしょう。さて、ここからがウィンドベル本部の中枢となります。次行ってみましょう!」
これ以上エレベーターを使うのはテンポが悪いと判断し、横にある非常階段を登っていく。8階に出ると、非常階段から出てきた二人を見た受付嬢がとっさにお辞儀する。
「い、いらっしゃいませ!」
「そんなに固くならなくていいですよ!私の方が歳下ですし!」
「いえ、妹様の娘に対してそのような無礼は許せません!それに、そちらの方はお兄様ですよね!?」
「……うちの両親、そういや揃って幹部だったな」
「だから、私はこういう堅苦しいのは苦手なんですよ。ここはピエット伯父さん直属の部下で構成される総務部のフロアです。うちの経理や法務を担っている人達が集まっているのでみんなお堅いんですよね。あと、伯父さんの社長室もここです」
受付嬢に会釈し、総務部オフィスに入っていく。ネクターにはよく分からないが、デスクがひっきりなしに置かれ、皆なんらかのデスクワークを行っているように見える。
「なんか忙しそうだな」
「そりゃまあ、伯父さんの本来行うべき業務の代行を担っていますからね。受けた依頼のリスト化やら代理人のやらかした損害賠償の手続き、伯父さんが無限に増やした部署との連携などなど、ウィンドベル内部の管理を担っているのがこの方々ですからね」
「そういう部署って割と上階にあるもんだと思ってたなあ」
「なんでも消防車の梯子がギリギリ届くのがこの階らしいんですよね。火災があったときに要人が素早く脱出出来るためとか。伯父さんは飛べるから意味ないんですけどね」
「もし火災が発生したら真っ先に氷魔法で鎮火するだろうしな」
二人は忙しなく働く人々の中をチョップしながら掻き分け、ピエットの社長室にノックして入室した。真正面にいかにも偉そうな人が座りそうな椅子とデスクが鎮座し、左側には応接用と思わしきソファとコーヒーテーブル。右手にはコーヒーメーカーがあり、壁にはキャビネットがぎっしりと並んでいる。
ピエットはと言うと、ソファに身を預けてぐっすりと眠っていた。
「し、仕事してねえー!」
「うおっ!?アリアみたいなツッコミが聞こえて来たと思ったらネクターお前か!」
ピエットは跳ね起き、いそいそとデスクの方に向かった。
「申し訳ありません、起こしてしまいましたね」
「まったくもう……貴重な仮眠の時間に来るとか不幸でしかないよ。プリス、お前の能力ちゃんと機能しているんだろうな?」
「ちゃんと機能していますよ!ほら、ネクターさんも謝って!」
「ご、ごめんなさい……で、貴重な仮眠って言ってたけど、そんなに激務なのか?」
「いや、稟議の類いは全部秘書に丸投げしているからな。本職は専ら資金調達だもんで、株価が落ち着かないと寝れないだけだ」
株と言われてもネクターは全く理解していない。なんか数字がいっぱい動いているな、ぐらいにしか理解していないのだ。
「だったら家でも出来るでしょうに。何でわざわざ職場でやってるんですか?」
「元はと言えばこの社屋は俺の家だ。孤児院の方に帰るとアルテリアが家事を手伝えだの、子供達を見ろだのうるさいからこっちじゃなきゃ寝られないんだよ」
ウィンドベル本部は元はと言えばグラスロッド本家の邸宅だった。ピエットの父が鬼籍に入ったのを機に敷地を丸ごとウィンドベル本社に建て替えたのだ。
「それに、ここで株価とにらめっこしていれば秘書達も仕事やってると誤認してくれるからな」
「それでいいのかうちの社長」
「何のために総務部なんか作って部下に給料を払っていると思ってる?俺が楽するためだよ。俺の仕事を複数の部下に任せる事によって俺は本職に専念出来るし事業のキャパシティも増える。金はかかるがそこは俺が稼げば問題ないの。アリアみたいに雑務まで自分でやっちまうと自分の時間が取れなくなって干からびるだけだ」
「……そういえば俺、母さんが何やってるのとか知らんかったわ」
「どうせうちの部署にも顔出す予定ですから解説はその時に。それでは伯父さん、おやすみなさい」
ピエットは軽く手を振るとすぐ眠りに落ちた。ネクターとプリスは社長室から退室し、エレベーターホールへ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます