Lesson4 幹部のはなし 後編

「さて、次はいよいよウィンドベル最強のレイダーさんです。父さんを差し置いて代理人部の部長を務めています」


「さっき説明された化物共より強いの!?」


「各幹部に一度は勝利を収めていますからね。特に父さんはしのぎを削り合うライバルだとか」


とはいえ、レイダーはウィンドウに負け越している状況だ。それでも最強を名乗ることを許されているのはどんなに負けても諦めず挑み続ける精神が認められての事だ。どんなに心をへし折られても立ち上がってくるその精神性は最強の名に恥じない。


「確か毎日朝早くから鍛錬に勤しんでいるんだよな?手の内は分かってるんだろ?」


「私の戦闘能力はあの人によって鍛えられてきたと言っても過言ではありません。インサイドとしての力は上位にギリギリ食い込むぐらいなんですけど、ニュートラルでの格闘がとにかくすごいんですよ」


「すごいって言われても、ピンと来ないなあ」


「世の中には多種多様な格闘技が存在します。空手、柔道、拳法、軍格、ボクシング、レスリング、ムエタイ、テコンドー、カポエイラ、合気、古武術、忍術、タバスなどなど。その中で最強の格闘技とはレイダーさんの事を指します」



正確に言うと、レイダーはそのいずれも修めている。最強を目指すために多種多様な格闘技を修め、無限の手札を以てウィンドベル幹部の全てを打ち破ったのがレイダーと言える。


「あ、あと戦闘時の挙動だけなら速度で私を上回ります。たとえ相手が読心能力者であろうと思考を読む前に潰されます」


「だから能力者相手でも勝ちを取れるんだな」


「もしネクターさんが戦ったら最悪の部類に入るでしょうね。確かシャドウファンタズムって複製物の出現までに0.5秒のタイムラグがあるんですよね?これは思考から行動に移すまでのラグと全く同じなんです」


「物が出る時間とか考えてなかったわ!お前気持ち悪いぐらい俺の能力観察してんな!」


「観察しているのは能力だけじゃなくてネクターさんの全てですー!そもそも思考が実行に即移るだけですごい事なんですよ!レイダーさんはその思考の先を行くからもっとすごいんですけど」


どんなに速く行動出来ても、実行に移す前にそれを止めれればいい。武術の極地へと至った者のみが獲得するそれは、どんな能力よりも優位に立つ事が出来るというわけだ。


「あ、あと厄介なのは天候を操るという独自魔法です。特に雪を降らせるのに特化していて、一度本気で戦った時は霜だらけにされて動けなくなりました」


「対アウトサイドの広域スタンとかなにそれ怖い。でもレイダーさんもそれで転んだりしないの?」


「あの人、むしろ雪上がホームグラウンドなんですよ。氷と風のインサイドですからね。こっちは足を取られているのに、平地以上のスピードで向かってくるから恐ろしいったら無いです。普段白い服を好んで着ているのは一種の迷彩ですね」


「親父が黒い服着てんのもそれか……黒いと言えばクスターさんだよ。あの人、めちゃくちゃ美味い飯作るイメージしかないんだよ」


「父さんもクスターさんも黒い服なのはただの趣味です。クスターさんは主に依頼の仲介を行っています。自身の経営する小料理屋をそのまま異世界系の小説に出てくる冒険者ギルドみたいにして一般の方の依頼を聞いているんですよ」


セントラルシェルの中心に位置する小料理屋アヴァンチュラはそのまんま冒険という意味を持つ。とはいえここで依頼を受注するわけではなく、依頼はクスターによってデータ化され、各職員がいつでも閲覧できるようにしてある。


「さっき仲介料は一律60ギルって言ってたよな?それで大丈夫なのか?伯父さんのポケットマネーに依存しすぎでは?」


「これはまだウィンドベルが家族経営だった頃の名残ですね。今晩のメシ代が稼げればそれでいいとクスターさんは仰っていました。でも、依頼人にはちゃんとご飯を振る舞いながら依頼を聞いているので完全に赤字なんですよね」


クスターが依頼人に出す食事は普通に食べると128ギルはかかる。とはいえ大体の依頼人は追加注文をする上に、リピーターとして食事だけ食べに来ることも珍しくないので経営的には何ら問題は無い。むしろ宣伝になっているぐらいだ。


「じゃあクスターさんってどこの所属なんだ?一応代理人部?でも都市管理部の依頼も受けるんだろうし、むしろそっちのがメインか?」


「クスターさんは一応総務部の所属になっています。ウィンドベルに関わる事務仕事を一手に引き受ける部署ですね。ただ、部長職は性に合わないとかでそれは辞退しているそうです」


「性に合わないって……一応幹部なんだろ?」


「クスターさんは、生まれ持ったアウトサイド能力のせいか何にでも反逆する性質ですから。彼のトリーズナースタイルは脚部のみ作用する反射能力です。本人曰く脚でしか反射出来ないしインサイドは跳ね返せないからインフェリアアウトサイド扱いしていますがね」


「そりゃインサイドをどうこうできないのはどの能力も同じだろうけどさあ」


「ただ、アウトサイド相手にはこと強いですよ。父さんの放つ無すら反射しますからね」


クスターのトリーズナースタイルは一つの現象に対して滅法強い。ウィンドウの使う無はそれ自体が乖離できない一つの現象であるため、容易に反射されてしまう。世界全体を無で覆ったとしてもそれをクスターの脚一本で反射されてしまうのだ。


ただし欠点は脚が二本しかないことだ。例えば重火器の一斉掃射など食らってしまえてば反射しきれずにダメージを負ってしまう。また、投げ技や関節技などの反射しようがない攻撃に対しても非常に弱い。


「えーっと、つまりこの人も俺にとっては相性最悪?俺の戦闘スタイル、基本的に射撃なんだけど」


「ロープを出して縛ったり、全方位の射撃なら対応出来ますからそうとは限りませんよ。ただ、本人の身体能力がレイダーさん級なんで、ほとんど反射されると覚悟しておいて下さい」


「まあ脚だけで反射するんだから当然鍛えるよなあ……そう言えば、手は使わないのか?」


「料理人にとって手は命だからとおっしゃっていました。私としては脚は速く動くためのものだと思っていますけど。それに、クスターさんは多芸ですからね。ピアノも弾けますし、何より、ウィンドベルのエージェントに支給されている回復薬を作っているのはあの人ですからね」


「え?この青色のヤバそうなやつ?」


ネクターが冷蔵庫から取り出した小瓶に入った青色の液体は薬学界の中でも画期的な発明である。よく粗相をしてウィンドウに真っ二つにされるクスターだが、この薬さえ飲めば一瞬で身体を繋いでしまう。


経口摂取のみならず身体に振りかけるだけで効果を発揮するそれはもはや魔法の域だ。治癒魔法が蔓延り薬学が衰退する中で治癒魔法を使えないインサイダーやそもそも魔法が使えないアウトサイダーに重宝されるのは勿論、魔法の詠唱より早いので即効性も期待されている。


「もしも怪我をしたら騙されたと思って飲んでみて下さい。すごいですよ。そもそも、薬学を修めるようになったのは全ては母さんへの対抗心から来ていると言われています」


「あー、そういえば俺のメシをどっちが作るかでよく揉めてたなあ」


「今でもどっちが幹部のご飯を作るかで喧嘩してますよ。ほら、母さんって優秀な治癒魔法使いじゃないですか。だから母さんの魔法より優れた薬を作る事で対抗しているんです。私がアウトサイドの使い方を教えて貰った時なんか、母さんすごく悔しそうでしたし」


「そういや、お前のアウトサイド面での師匠だっけか」


「クスターさんの能力は常時発動すると歩いただけで地面から反逆してしまいますからね。私も何でも纏めると周囲が無に帰すので制御のコツを教えて貰っているんです」


クスターの脚部限定反射は反射する対象を取捨選択している。その細かい指定の方法をプリスに伝授しただけに過ぎない。あと足技も教えたがプリスはまったく使わないのでスネている。


「さて、最後にマカリスターさんですが……説明の必要あります?」


「いや、俺もあまり知らんのよな。技術部の部長で戦闘は自分で作った重火器を大量に携行してそれに炎属性のインサイドを付与するぐらい?後は家具を作っては俺に自慢してきて、今日のライフラインに欠かせないエーテルドライブをエーテルドライバー生産のついでに作っちゃったり、趣味が温泉で親父をその沼に引き摺り込んだぐらいか?」


「完璧な解答すぎて正直引くんですけど!?ネクターさん、マカリスターさんの事になると途端に早口になりますよね!?」


「そりゃまあ尊敬してる人だし」


「尊敬のレベルじゃないですよ……妄信に近いんじゃないんですか?」


最も忌み嫌っているウィンドウを除けばネクターに最も接したのはマカリスターだ。ネクターの核を作ったとも言える人物の事は、ほとんど知っている。


「それはそうとして補足ぐらいはしましょうか。まずいつも背負っている重火器ですが、あれだけで総重量は300kgを超えるとか。筋力やスタミナはウィンドベルの中でも1、2を争います」


「んなもん毎日背負って生きてたの!?」


「戦闘時はもっと増えます。日常的に背負っているものだけでもアサルトライフル2丁、携行バズーカ、ハンドガン、ショットガン、ヒートブレード、セスタスガン、ミサイルポッド、スナイパーライフル、多目的ビット、グレネードランチャーなどなどと、どこの戦争に出かけているんだってラインナップですからね」


「何でそんなに……そもそも、マカリスターさんって筒さえあれば何でも撃てるんじゃ無かったのか」


「はい、弾丸のみを精製できる特級補助魔法リロードツールですね。確かにアレさえあれば炎魔法と組み合わせてちくわだろうが筒であれば弾丸を発射出来るのですが、何分本人の性癖がアレなもので……」


マカリスターなりのこだわりに「銃器は実弾を扱ってナンボ。レーザーライフルとか邪道」「弾を打つなら信頼性のある兵器に限る」というものがある。要するに自分の愛する作品でちゃんと銃弾を撃ちたいのだ。ネクターはそれを聞いてその厄介な性癖を思い出した。


「ああ……そんなのあったな」


「あと、あまりにものを作り過ぎたせいでついに機械の言葉が分かるそうですよ。特に、現代人が日常的に使用している携帯電話を介して読心まがいのことまでやらかすのでとても厄介です」


「俺が会った時も橋の下で複製した機械をチラッと見て早々に引き上げたんだったな。あれってそういうことだったのか」


プリスの言は間違いである。マカリスターが最初に会話した機械は己が最初に作ったアサルトライフル「アルファ」との時点であり、これは先天的な能力だ。モノに愛される星の下に生まれた存在こそがマカリスターと言える。


「モノにも心が宿る、ということらしいです。そして、そのモノを無限に生成できるのがネクターさんの能力でしたね」


「そういえば勝手にシャドウファンタズムとか名付けられていたけど、あれってお前の発案か?」


「いえ、あれは父さんの命名です。私のコンポジットエアも父さんからもらいました」


「余計な事しやがるなあの万年中二病親父」


「父さん曰く、名付けたのは初周のお前らであって俺のせいじゃないとの事ですが、あの人の言はたまにチンプンカンプンなんですよね」


ウィンドウがよく言う「周」とは、この世界が何度か生まれ変わっている事を示唆している。だがその事実を知るのは祖神やウィンドウなどのごく少数だけであり、他人が聞いてもさっぱりわからないのである。


「名前はともかく、俺の能力ね……確かに何でも複製出来るが、見た事のあるものじゃないとダメなんだよ。テレビ越しのものとかはどういう組成をしているのか解説してもらわなきゃダメだし、一定の破損があると消えちまう。特に食物なんかは顕著だな」


「人体すら作れちゃいますからね。やったらイモータルさんに命の冒涜がどうとか怒られそうなもんですけど」


「それ以前にアレはまずかった。試しにお前を作ってみたら暴走してお前を殺そうとするんだもんな」


以前ネクターはプリスが不在の時でも自由に動けるようにプリスを複製出来ないかと考えて試しに複製したことがあった。結果は成功であったが、プリスの複製体がプリスを殺そうとしたので即座に消したのだった。


「あと、金銭そのものを複製したり複製したものを金銭と交換しても即座に複製体が消滅するんですよね。何でしょうねアレは」


「それがちっとも分からん。お前に不運を纏めて貰っているはずなのにこればっかりは制約に引っかかる。どうも別の何かに阻害されているとしか思えん」


「クスターさんの脚部限定みたいなものですかね。それにしても何で命の複製は良くて、お金の複製はダメなんでしょうね……?」


「アウトサイドなんて自分ですらよく分かって無いんだ。そういうもんだと思って諦めるしかない」


「それを言ったら私の能力もそうですよ。一応全てを纏めるとは標榜していますが、本来干渉できないはずのインサイドの発露まで纏めちゃうんですよね」


正確には加工されていないマナを纏めているだけであって、加工されたインサイドの発露である魔法を纏める事は出来ない。そんな事をやったら流石のプリスでも大ダメージを負う事は免れない。


「お前が纏めてんの、大体マナか距離だよな。他になんか纏められねえの?」


「御命令とあらばネクターさんの人体を四方1cmのキューブにする事も出来ますが」


「怖っ!やめろよそれだけは!」


「冗談はともかく、物体であれば何でも纏めて圧縮出来ます。今まさに纏めている最中の不運とかの現象もある程度ならいけますね」


「……もしかしてだけどさ、不運を纏めているんじゃなくて、極めて高純度のマナを纏めてたりしない?」


ネクターの突然の仮説に、プリスはキョトンとする。


「いきなり何を言うのですか?私は本当に不運を……」


「いや、気を悪くしたなら謝る。だけど、俺の不運って強力なインサイドの防護には軽減されるんだよ」


「そりゃまあアウトサイドですからね。どうしてまたそんな事を?」


「それがな、以前実験と称して伯父さんが防護魔法を展開したまま俺に触って来たんだよ。結果は死ななかった。ただ、死にそうな目には遭っちまった」


「あー、伯父さん知的好奇心の塊ですからね」


ピエットはとにかく探究心が旺盛な為、知らないことは何でも調べて実験しようとする。アルテリアの真実を暴いたのもその知的好奇心あってのものだ。


「だから、法外な纏め方をするお前の能力なら伯父さんの魔力を上回るマナを作り出せるんじゃないかと思ったんだが……」


「申し訳ありませんが、その仮説は否定させて貰います。一つ、伯父さん以上の魔力は私如きでは生成出来ません。一つ、そんなものを纏めた時点で腕がもげます。そして一つ。私には纏めたものが見えています」


「……すまん」


「いえいえ!謝らなくて結構です!私としては不運がインサイドの発露で軽減出来ると分かっただけでも収穫です!」


「……となると、母さんが俺に触れてもギリギリ生き延びたのはそれが要因か。謎が一つ解けたぞ」


あの時のアリアは保険としてフラワリングガーデンを展開する前に防護魔法を重ね掛けしていた。まさか体内から攻撃を受けるとは思っていなかったが、そのおかげで九死に一生を得た。


最も、プリスが胎内にいた事が生き延びられた最大の要因でもあったのだが。


「しかし、纏めたものが見えるってどういう事だよ。マナを纏めた時はその属性の色に腕が光るから分かるんだが、運とか全く見えないんだよな」


「見えるから見えるとしか言いようがありません。あっ、でも父さんは唯一私が纏めた概念を見える人らしいですよ?」


「無を操れるから見えないものが見えるって事か?訳わからん」


そういうわけでは無いのだが、この時点ではそう言うことにしておいてくれとしか言いようがない。


「……とまあ、つい勢いで私達の能力についてもおさらいしてしまいましたが、こんなところでよろしいでしょうか」


「かなり話しちまったな。もう昼だぞ」


「いやあ、なんとか暇を潰せましたね。それじゃあそろそろ昼食でも作りますか」


「……昼飯、何にする?」


「……人生とは、疑問を抱き続けることなのでしょうね」


暇を潰すことに苦心し、なんとか解決出来たのも束の間、昼食のことについてまた悩む二人であった。

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