Lesson3 ウィンドベルのはなし
「以前、試験については散々説明しましたよね。まずどこから説明したら良いものか……」
「アウトサイドの保護、若しくは討伐をする組織だってのは分かってんだけど、具体的にどの部署が何をやっているのか知らないんだよな。わざわざ代理人部と都市管理部を分ける意味が分からん」
「あー、なるほど。部署ごとの業務について話せば良いのですね。少々お待ち下さい」
例によってプリスがホワイトボードに板書していく。「代理人部」「都市管理部」「開発部」の三種だ。
「まず代理人部ですが、こちらが世間に周知されているウィンドベルのイメージを担う部署ですね。各地から依頼を受けてそれを達成する
「その、依頼ってどういうのが届くんだ?確かにレイダーさんとかはちょくちょく外国に飛んで行ってるイメージがあるけど」
「ネクターさんもご存知の通り、暴走したアウトサイドを鎮圧するのが主な業務です。が、そんなことは滅多に起こりません。国家間の紛争に傭兵として介入したり、異常発生したモンスターを退治したり、企業の機密情報を奪取したり……本当に暇な時は迷子の猫を探したり庭の草むしりを頼まれたりします」
「割と何でも屋だな!?」
「最後のやつは依頼を仲介するクスターさんが念を押して本当にウチに頼んで大丈夫?無駄に金払う事になるけど?考え直して?と念を押すぐらいなんですけど、社長の……ピエット伯父さんの方針で基本的にそういった細かい依頼もちゃんと受けるとの事です」
ピエット曰く、そういう何でもない依頼を受ける事で予想外の情報が収集出来るかもしれないとの事だ。ただ、あまりに手が足りない時には後回しにされる事が多い。
「しかし、依頼料とか大丈夫なのかね。ウチって結構お高いんだろ?」
「ネクターさんは幹部が受けるBランク以上の任務の話しか聞かずに育って来たからそう言えるんですよ。下級エージェントが処理するCランク以下の料金を知らないようですね」
プリスがホワイトボードをひっくり返して「S」「A」「B」「C」「D」「E」と書いていく。
「先程お話ししたクスターさんが心配するレベルの依頼はEランクに該当します。料金は10ギルから99ギルまで。クスターさんが別途一律で取っている仲介料の60ギルより安い場合がありますね」
「ウチの職員動かすのに缶コーヒー買う感覚でいいのか」
ギルことギルド共通通貨は1ギルにつき日本円で10円と考えて良い。
「依頼料の設定は全部ピエット伯父さんが決めてますから直談判をお願いします。続いてDランク。ウィンドベルに頼むかは微妙なラインの軽い日雇い仕事が該当します。料金は100ギルから999ギルの間ですね」
「この辺から日当としては真っ当だな。ホームレスとしては喉から手が出るほど欲しい金額だけど」
「まあ仕事ですし。続いてCランク。こちらからウィンドベルに頼む必要がある依頼ですね。下級モンスターの討伐、アウトサイド能力者の調査、日雇いの重労働に相当する業務委託も入ります。料金は1000ギルから9999ギルですね」
「これが下級エージェントの仕事か。まあ妥当……なのかな」
「Bランクからはネクターさんもご存知の依頼が出てきます。上級モンスター討伐、インフェリアアウトサイド討伐若しくは保護、戦闘幇助、災害救助、機密データ奪取といったところでしょうか。料金も1万ギルから10万ギルの間と高額になってきます」
ネクターの知っている世界はここからだ。だから猫探しや草むしりに1万ギルも取るのかと勘違いをしていた。
「Aランクは10万ギルから青天井の、幹部ですら苦戦する任務です。スペリオルアウトサイド討伐若しくは保護、組織壊滅、未踏査地区調査などですね。性質上、長期任務は基本的にAランクと認定されます」
「あー、だからレイダーさんはほとんど顔を見せなかったんだな」
「そうそう、このランクの任務はレイダーさんを始めとした幹部が積極的に取り掛かるから部下には滅多に回って来ないんですよね。一応部隊単位で受けるべき任務なのですが、複数のエージェントが同時に同じ任務を受領した場合、報酬は山分けとなります」
「……部隊なんかあったのか」
「入れ替わりが激しいので人員はコロコロ変わりますがね。エリートばかりの一番隊の隊長であるレイダーさんと、零番隊隊長にして唯一の隊員である父さんだけ覚えておけばいいかと」
実際に隊規模で動くような事は滅多に無い上にレイダーが駆り出されるような任務はレイダーだけ生還して隊員全滅という事態も珍しくはない。隊に関しては形式的にそういったものがあるとだけ覚えておけば良いだろう。
「隊員一人って……親父、ハブられてねえか?確かにほぼ毎日俺の面倒見てたけど」
「あの人、スペリオルアウトサイドの中でも極めて強力な能力を持ってますからね。AランクかSランクの任務しかやらせてもらえないんですよ。ウィンドベルの最終兵器と言っても過言ではありません」
「そのSランクって、対国家規模の、乱暴な言い方すると世界の危機レベルの依頼だろ?そんなこと滅多に起こらないもんなあ」
「ネクターさんの保護がそのSランク扱いされていたんですけどね。金額にして1000万ギルが最低ラインの超高額任務です。本来はウィンドベル総出で取り掛かる任務ですから、普通単独では行いません」
「一生遊んで暮らせる額とは聞いていたが、まあそうなるよな。でも、俺の保護って身内の処理だろ?どこから金が出ているんだ?依頼人はどうせ親父か伯父さんだろうから結局報酬をお前に出してるだけだろ?」
ネクターは一応エージェントの貰う報酬については知っている。依頼料の9割が依頼を解決した者の報酬になるというものだ。プリスが処理したネクター保護の任務の報酬は、言うなれば父親から超高額のお小遣いを貰ったに過ぎない。
それに9割という破格の取り分も疑問に残る。そんなことで組織が運営出来るのか子供心に思っていた。
「ぶっちゃけて言わせて貰いますが、あれ全部ピエット伯父さんのポケットマネーです。ネクターさんの保護はそれだけの価値があったって事なんですよ。それに、ウィンドベルの運営費はほとんど伯父さんの持ち金ですからね。あの人、複数の株式を大量に保有する大株主ですし」
ピエットは金稼ぎの天才だ。元々実家にあった財産が莫大であることに胡座をかかず、それを元手に株取引で資産を増やし、ウィンドベルの運営に充てている。ここでプリスが挙げなかった資金回収用の細かい部署をどんどん増設してマルチに稼いでいるというのもある。
「相変わらず伯父さんと俺って正反対だよな……その金運を俺に分けてくれよ……」
「恐らく世界の大半がネクターさんと同じ事を思っていると思います。そうして膨れ上がった個人資産を税対策でばら撒かれているのが我々の基本給と言って良いでしょう」
「あれ税対策だったの!?一人につき月あたり3万ギルが!?」
「目玉飛び出てますよ!?とにかく、伯父さんあってのウィンドベルというのは理解していただけたでしょう。我々としては毎月大富豪の伯父からのお小遣いを貰っていると思えば良いのです」
「そう考えると、有り難く貰っておいた方が無難だな……」
とはいえ、何の任務も受けずに基本給だけ搾り取るような社員をピエットは許さない。任務を拾って来るのもエージェントの仕事の一つと言えよう。
「話を戻しますが、次は都市管理部の説明ですね。こちらはセントラルシェル内の依頼を処理する部署です。部長はご存知母さん。私達が在籍する部署ですね。これは元々グラスロッド家がサンライズアイランド政府に委託されていた行政職から派生した部署なんです」
「へー、母さんの実家って元々そういうことやってたんだな」
「サンライズアイランドの当主であるタケダ家の隆盛を支えたのがグラスロッド家ですからね。結構懇意にされていたんですよ。ピエット伯父さんにとっての父、我々の祖父から引き継いだそれをより円滑に進めるための部署なんですね」
「ん?って事は役所の職員って殆どがうちの部署の人間なのか?こないだ市役所倒壊した時に助けた人達」
「それとはまた別で、ウチはあくまで業務委託を受けている外部業者という扱いです。例えば街路樹の整備とか、アレ実は全部母さんがやってるんですよ。政府からの依頼という形で」
そのため、部長であるはずのアリアは部下の管理そっちのけで嬉々として依頼を処理している。特に樹木の管理は得意分野であり趣味の一環だ。セントラルシェルの景観は殆どがアリアの手によって整備されていると言っても過言ではない。
ただ、自ら激務を担っているため常にアリアの機嫌は悪い。アリアに憧れて都市管理部に入る者は少なくないが、やりたくもない机仕事を常に悪い目つきで自ら調合した煙草を吹かしながら取り掛かっている姿を見て大体は幻想を打ち砕かれる。
「アウトサイド絡みの事件は代理人部が片付けちゃうので、この部署の仕事はセントラルシェル政府からの業務委託がメインですね。我々が暇な理由もここにあります」
「どう考えても俺達戦闘向きだもんな……代理人部の方が活躍出来るとは思うが、親父の下にはつきたくないし、そもそもお前が都市管理部にいるのは母さんのわがままのせいだろ?」
「この街にいるであろうネクターさんを探すために私もそれを受け入れていたんですけど、今となっては正直飼い殺しもいいところですよ。だから代理人部の依頼を拾って無償で処理しに行ったりしてたんですけど」
アリアがプリスを都市管理部に置いたのは、自分の目の届かない所で余計な事をしないように監視するためである。プリスが代理人部の依頼を受けた時はウィンドウが監視に当たっている。過保護な親と外部からは見られるが、それには歴とした理由がある。
まず、プリスはウィンドウに匹敵する超強力なスペリオルアウトサイドの持ち主である。アウトサイドの身でありながら6属性の呪術を使いこなし、光速で飛び回りながらそれを行使できる人材だ。並の依頼では彼女を投入した方が被害が大きくなる可能性がある。
もう一つ、プリスの性格を考慮しての事だ。彼女は手段を選ばず最速最短で物事を終わらせる性癖を持っている。それが被害をより拡大させるため、都市管理部に置いて飼い殺す他ないのだ。現在はネクター保護の任についているのでそれが余計に目立つ。
「ある程度理由は想像出来るが……開発部は割と分かるぞ。部長はマカリスターさんで、とにかく兵器やら日用品を開発しているんだろ?エーテルドライブの維持管理もやってるとか」
「ネクターさん、その辺はお詳しいですね。ですが、それだけではありません。エーテルドライバーはご存知ですよね」
「ああ、ヴェロキラプトルなんかはよく山菜取りに行くのに使っていたからな」
「アレの開発も全部ウチの開発部の仕事です。というか、サンライズアイランドでEDを生産しているのはウチぐらいのものです」
以前も説明したかもしれないが、ウィンドベル開発部はマカリスターに憧れて入ってきた技術者の卵かマカリスターを負かそうと企むベテラン技術者の溜まり場だ。その技術レベルは超国家級であり、素人が立ち入る余地はない。
現在一般家庭に普及するようになったエーテルドライブもマカリスターが単独で生み出した技術だ。それを動力源にするエーテルドライバーの開発に一番明るいのがウィンドベル技術部というのは自然な話だ。
現在では他国でも研究が進んで来たためエーテルドライバーは各国で開発が進んでいる。サンライズアイランドの場合は技術者が全部ウィンドベルに入ってしまうため国家でのエーテルドライバー生産には至っていないというのが実情だ。
「あと、アルテリア伯母さんもここの所属です。グラスロッド家にわざわざ嫁いだのはアルパライトの研究がやりたい放題出来るからと噂される程です。実際はただ伯父さんに惚れただけなんですけどね」
「だから教会の地下に研究室置いてるんだよな。おかげで鉱石見れて良かったけど」
「それと、母さんも業務の合間を縫って入り浸っているそうですよ?あの二振りの刀、あれは母さんが直に鍛造した
「そういやんなこと言ってたな……母さん、才能のバーゲンセールみたいな人だな……」
「それで幹部最弱と目されてるんですよ?ウィンドベルの幹部はそれだけ化物揃いということです」
その幹部同士から生まれた子であるネクターとプリスもまた化物であることを自覚していない。何でも生み出せる能力と何でも纏める能力はそれを保有しているだけでも幹部に肉薄するのだ。
「そういえば、うちの幹部がどれだけ化物か知らないんだよな。母さん以外まともに戦った所を見なかったというか、実際戦ったのが母さんだけというか」
「普通、うちの幹部とまともに戦った時点で命は無いんですけどね。ここからは機密事項になりますが、ネクターさんにとっては味方ですからね。あの化物連中がどれほどの戦力なのかを解説したいと思います」
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