Lesson2 インサイドのはなし

「一般的にインサイドは魔法の事を指します。己の魔力を消費して大地に蔓延している元素マナを加工して様々な現象を発生させるのが魔法ですね。呪術は元素マナを加工せず、それを纏めて放つだけの簡素なものなんですよ」


「お前妖怪だったの」


「失礼な!手法が同じなだけで私はれっきとした神と人のクォーターですよ!」


妖怪とは呪術を放つ異形の者の総称である。現在はサンライズアイランドの離島四国に隔離されており、妖怪がそこから出る事は法により禁忌とされている。


「話を戻しますが、インサイドはご存知の通りアウトサイドにとても有効です。例えば父さんとか自分の存在を無にして攻撃を回避しているじゃないですか。それが消えている間でもその元いた座標にインサイドを打ち込むと無になった事を無効にしてダメージを与えられます」


「あー、俺の作った武器が母さんの魔法インサイドに撃ち落とされたり、俺の防護がお前の全属性纏めたエアで破られたりな」


「インサイドでの攻撃や防護は、あらゆるアウトサイド能力を悉く無効化します。あくまで加工されたり纏められた元素マナの話なので、大気中の元素マナにアウトサイドを阻害する能力はありませんがね」


「もしそうだったら今ごろ俺もお前も、そもそもその大元である親父も生きてないだろうしな」


「でしょうね。さて、ここでインサイドの分類についてお話しましょう。これは長いですよ」


プリスの言う通り、板書はかなりの時間を要した。まず元素という題の下に記された「炎」「氷」「雷」「風」「聖」「闇」の六文字。次に種別という題の下に「攻撃」「防護」「時空」「治癒」「特殊」「召喚」の六種だ。


「まず、この六元素を属性として扱うのが基礎です。これはなんとなく分かるでしょう」


「あー、それぞれお前が打ち出す時変調が出るやつな。水膨れが起きたり霜だらけになったり痺れたり。聖属性と闇属性はよく分からんが」


「まあ、ロクに使いませんからね。聖属性は不浄なものを浄化したり光線で焼いたり、防護や治癒によく用いられますが、闇属性だけは本当によく分かっていません。基本は身体を侵食したり極まると核熱が起きたり重力の塊になったりしますが、こちらはよく防護や状態異常に用いられるイメージですね」


「清浄と不浄の関係なのかね。神々が使いそうな概念だ」


「これら属性の基準を定めたのが神々が運営する統合政府の魔法省ですからね。ちなみにネクターさんが憧れているマカリスターさんが開発したエーテルドライブも基本的にはこの六属性を基にしています」


エーテルドライブとはかつて科学の力で動かしていた機械を魔法で動かせるようにした画期的発明だ。例えばコンロの火やエンジンの稼働を炎魔法で再現したり、電化製品に用いる電力を雷魔法で賄ったりといった具合にだ。


「エーテルってのは元はインサイド使いが魔力を補給するために飲んでいた霊薬の事だろ?それを媒介に魔法を使えるよう機械的にショートカットを組めるようにしたんだっけな。流石はマカリスターさんだ」


「エーテルは栽培可能な薬草から調合出来る他に各地から自噴していますからね。資源問題を一気に解決したのです。さて、次は魔法の種別ですが、攻撃と防護と治癒は何となく分かりますよね。難しいのは時空と特殊です」


「正直時空魔法って何なんだよって話だ」


「時空魔法は時の流れに干渉する魔法の総称です。術者の時を早めて行動速度を増したり、逆に敵の時を遅らせて鈍化させたり、アルテリア伯母さんなんかは過去の自分を呼び出して戦ったりしますね」


ただ、アルテリアのそれは非常に魔力と気力を消費する大魔法なので滅多に使う事は無い。いつでも未来の自分に呼び出されてもいいように魔力を乗せた全力パンチを素振りしているのが日課になっているが、その時は絶対に時を飛んで何かを殴っているらしい。


「特殊魔法は多岐に渡り過ぎて説明がしにくいです。味方を強化したり敵に変調を与えたりと、攻撃にも防護にも治癒にも時空にも該当しない魔法の総称なんです。ぶっちゃけ未分類ですね」


「分からないものをとりあえず打ち込んだだけって事だな、乱暴な。で、最後の召喚ってのはなんだよ」


「えーっと、これは正直考えなくていいです。何しろ、現代での使い手はもういませんからね。幻界と呼ばれる異世界から幻獣を呼び出すものらしいんですが、実物は誰も見た事無いそうです」


古代には召喚士と呼ばれる職業が存在していたが、これはインサイドの素養とは全く別次元の、幻獣と交信出来る能力が必要とされていた。その素養はとても貴重とされ、その召喚士を巡って度々争いが起きたほどだ。現在はその召喚士の血筋は絶えて久しい。


「ふーん……そういや、インサイドには検定試験があるんだよな?」


「はい、私達には全く関係ないんですけどね」


「でもあの何級とかどういう基準で定まっているのかさっぱり分からないんだよな。そこは分かるか?」


「それは明確な基準がございます。流石に板書すると長くなりすぎるので、ちょっと実家から検定本を持ってきます」


プリスが窓から飛び出すと、数秒後には本を持って帰って来ていた。彼女の能力は距離を纏める事も出来る。実家まで40kmは離れているはずだが、彼女にとってそのような距離は造作もない。


「こちらです。まず、魔法検定は各種別各属性ごとに1級から5級までの等級が割り振られています。炎属性攻撃魔法3級とか聖属性防護魔法4級みたいな感じですね」


「そうそれ。どの履歴書見ても必ず記入するとこがあって気になってたんだ。検定受けた事無いから基準がさっぱりなんだよ」


「その基準なんですが、攻撃では威力と精度、治癒では回復力、防壁では防御力と範囲、時空では効果量と抵抗力が基準となります。ただ、特殊魔法は多岐に渡り過ぎて明確な基準が無いので検定は行われていません。これをいくつ持っているかで魔術師インサイダーの格が変わると言っても過言ではないのでもったいない事ですがね」


「それは同じく多岐に渡るアウトサイド能力を検定しろって言ってるようなもんだからな。仕方ない。でも、具体的にはどうやって等級を決めているんだ?」


「一番分かりやすいのは攻撃魔法ですね。これは炎魔法の例ですが、手のひらサイズの火の玉が撃ててようやく5級、円範囲1mの炎を発生させられて4級、半径5mの爆炎を起こせて3級、半径30mを炎熱で覆えて2級、核爆発かと思えるような広範囲を爆炎で覆えれば1級と言われています。これは精度を度外視した場合ですがね」


例えば円範囲1m程度の炎でも数キロ先から撃ってほぼ誤差無しで発生させられたり、炎を鞭状に加工出来たりすると等級が上がる。あくまでそこは試験官の裁量に任されている。


「じゃあ防護と治癒は?時空の基準も分からん」


「防護と治癒は簡単で、攻撃魔法と相関関係にあります。例えば防護なら3級の攻撃魔法相当の威力を無力化出来れば3級。治癒なら攻撃魔法3級相当の直撃を食らった傷を完治出来れば3級といった所ですね。治癒1級の被験者はほぼ死にかけている状態なのでとても痛ましい光景だと聞きます」


基本的に治癒魔法検定に用いられる被験者は重罪を犯した者に限られ、等級に応じて恩赦が与えられる。治癒1級の被験者を名乗り出た者には即釈放されるが、失敗する事もあるため半分死刑と変わりない。基本的に志願した者に限られるが、1級の被験者を進んで志願する剛毅な者はほとんどいない。


「時空魔法の効果量と抵抗力も相関関係ですね。時を遅くする魔法をかけられてそれをどこまで戻せるかが検定の基礎となります。まあ、1級レベルの時空遅延魔法を食らったところで私にとっては誤差ですけどね。基準を練り直した方がいいと思います」


「それはお前の元々のスピードがおかしいからだよ!」


「えー?」


時間感覚の狂っているプリスに変わって説明するが、1級時空遅延魔法は常人が食らえば時が止まるレベルの大魔法だ。時空加速魔法に置き換えれば瞬間移動すら可能になる。5級で2倍速、4級で4倍速、3級で8倍速、2級で16倍速と累乗していくのが基準だ。


プリスにとっては速度を1/32にされたところで全く影響は無い。音速が高速に落ちるようなものだ。


「まあこれで粗方謎は解けたが、ごくまれに見る特級ってのは何なんだ?」


「あー、特級魔法使いですか……あれにはいろいろ種類があるんですよね。基本的には等級の基準が通用しない人が取るんですが……」


困った顔をしながらもプリスはホワイトボードに板書していく。


「身近な人の例を挙げますが、まず攻撃魔法のスペシャリストであるピエット伯父さん。この人はどの属性にも当てはまらない独自魔法を開発した事で攻撃魔法特級の位を貰っています」


「属性が……?」


「対象を絶対に破壊する概念を乗せた魔法を開発しちゃったんですよ。ほら、クリスタルミストとかクリスタルタワーとか」


「あーあー、アルテリアさんと喧嘩する時によく使うアレね。全部防御されるから威力の程は分からんかったわ」


「後は二属性以上を融合させた合成魔法を使えたりとか、ここではわざと説明していない極めて難しい属性を使えたりとかでも即特級扱いですね。こちらに例を出します」


プリスはホワイトボードの属性の欄に新たに「水」「地」「極」と付け足していく。


「これらの魔法の素養を保持しているのは極少数です。水はティアさんの妹のエリアがその使い手ですが、地属性魔法使いなんか見たことすらありません。そして極魔法は今のところ現存する使い手が統合大統領とその娘であるアルテリアさんしか確認されていません」


「統合大統領の血筋しか使えないのか?だから伯父さんの特級魔法を受け切れたんだな」


「極属性は基本6属性の魔法を合成して初めて対抗出来る文字通り究極の属性なんですよ。私の打ち出すコンポジットエアも一応極属性に分類されますが。ただ、2属性以上を同時に扱える人間ってだけでもかなり高位のインサイダーなんですけどね」


「へー、そうなのかー。伯父さん、全属性ホイホイ使ってたけどなー」


「世界トップクラスの魔術師インサイダーと常人を比べてはいけませんよ!普通はどの属性が適合しているのか決まってるんです!母さんなら聖属性、マカリスターさんなら炎属性、レイダーさんですらようやく氷と風の二種類を扱えるぐらいですからね!」


一応全属性を扱えるインサイダーもいるが、どんなに高位でも3級までが関の山だ。ピエットのように全属性を1級レベルで扱える者は滅多にいない。


それは魔法の種別に於いても同じ事だ。攻撃魔法に秀でている者はその他の種別が疎かになりがちだ。その種別をそれなりに扱えるピエットや、攻撃防護時空の三種で特級を保有しているアルテリアは化物としか言いようが無い。


「そういやウチの幹部は化物しかいないんだったわ」


「一般的な高校生で、せいぜい5級が取れていいところですからね。ちなみに、1級保有者のほとんどは高齢者ですからね。成長速度も化物なんですよ皆さん」


「ふーん、とにかく等級が高い奴ほど俺達アウトサイドにとっての脅威だってことはよく分かった」


「等級が高ければ高いほどアウトサイドを無力化しやすいという事で、検定で良い成績を残すと就職に有利なんですよね。あ、でも逆に治癒魔法はアウトサイドにかけると効果が上がるらしいですよ」


「インサイドへの抵抗が弱いからよく効きやすいって事か。悪いことばかりじゃないんだな」


ネクターは流し読みしていた教本を閉じる。この男は写真記憶出来るので、最初から本さえ渡しておけば解説する必要も無かったとプリスは後悔していた。


「あっそうだ。お前が以前打ってきた虹色のエアあるじゃん。あれって検定だと何級ぐらいの威力なんだ?」


「さあ……溜めれば溜めるほど威力は増しますからね……そもそも極属性なので特級扱いなんですが、ネクターさんに放ったので3級クラスです」


「じゃあアルパライト鉱石なら3級ぐらいは防げるな」


「あれだけズルいですよね。アウトサイド能力で出したものなのにインサイド攻撃を防げるんですもん」


「母さんに指摘された欠点だけど、重過ぎて出したまま動けねえんだ。それが代償って事で」


シャドウファンタズムによって呼び出されたものはあくまで一定の破損か金銭での交換でしか消えないという制約があるだけであり、アルパライトのようにマナを吸着する機能は損なわれていないし、エーテルドライバーにエーテルを流し込んでも普通に使える。


アウトサイドはむしろインサイドの効果を高める作用がある。そのため破損に該当しない場合はアウトサイドに治癒魔法を撃ち込んだ時と同様、効果が増す。


「そういや、魔力ってのはなんだ?気力とは違うのか?」


「はい。これはエーテルドライバーのエーテルタンクが人間にも備わっているものと考えて下さい。アウトサイドやデスク以外の人間には絶対備わっているものです。インサイドの行使によって減少し、またインサイドを行使する度に上限が上がっていきます」


「ってことはエーテルを直飲みするしか回復手段が無いのか?」


「そこまで人間は不便ではありません。確かにそれが一番手っ取り早いんですが、普通の人間は大気中のマナを取り込んで魔力に変換しています。特に寝ている間は吸引力が増すそうです。高位の魔術師インサイダーは気力を魔力に変換して大魔法を行使したりもしますね」


余談だが、ピエットは生命力を魔力に変換する独自魔法を開発している。彼が大魔法を何度も行使できるのは持ちうる魔力の上限が高いだけでなく、そういった裏技も駆使しての事だ。


「ちなみに、魔力がほとんど無くなると気力と同様気絶するようリミッターがかけられています。なんらかの要因で魔力を空にされると死に至るんですがね」


「兄さんがアウトサイド以外の人に触れるのを禁じられている理由がそれだな。でも、アウトサイダーって魔力が無いんだよな?何で生きてるんだ?」


「それは、外の理で生かされているからだと父さんが言っていました。インサイダーというのは詰まるところこの星の内で生かされているんです。人が生身で星を離れると即死するのはそういう訳ですね」


「だから宇宙に出るには魔力ボンベ付きの宇宙服を着る必要があるんだな。って事はアウトサイドって星の外に生身で出ても大丈夫なのか?」


「父さんが実験したらしいんですが、結論から言うと大丈夫じゃないらしいです。父さん曰く、内の理云々の前に生物的に無理だそうです。自分は無だから助かったけど、普通のアウトサイドじゃ酸素が無くて死ぬとか。これはニュートラルの理ですね」


ニュートラルとは原生生物が持ち得る機能のことだ。どんな人間だろうが酸素が無ければ死ぬ。真空の中に放り出されたら身体を圧縮されて死ぬ。アウトサイドだろうが星に適応して進化した生物である以上その理からは逃れられないのだ。


人が宇宙に進出しないのは、人口の大半を占めるインサイダーが星を離れた瞬間に死ぬ事が理由に挙げられる。何より宇宙に出るコストと対価が割に合わない。


「とまあ、インサイドについてはこのぐらいでしょうかね」


「概ね分かった。うちの幹部って大体が高位のインサイダーだったんだな」


「元はと言えばウィンドベルは父さんやクスターさんの社会的地位を向上させるために作ったと言われてるんですけどね。ですからアウトサイドのスカウトを積極的に行っているので最近はアウトサイドの職員も増えているんですよ」


「そうだったのか……俺はてっきりアウトサイドを滅ぼすための組織かと」


「ネクターさん、もしかしてウィンドベルの事もあまり知らなかったりします?」


ネクターは無言で頷いた。


「……あの、何も知らずにウチに入れるってある意味幸運ですからね?いや、知らずに入ったから不幸なのか」


「新入社員だからまだよく知らないんだよ。それに、そういった事を教えるのは上司の役目じゃないのか?先輩」


「変な事は知ってるんですね。大方橋の下の方々からの入れ知恵でしょうが、理には適っています。いいでしょう、ここでサクッと新人研修やっちゃいますか」

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