おまけ その後のネクター
あれからネクターはなんとか人並み程度に生きていく事が出来た。
自分が不幸ではないと認識する事でプリスから離れて生きる事も可能になったが、結局自分の最大の望みはプリスと共に生きることである。
1週間もプリスと離れると不幸を感じてしまうので結局プリスからは完全に離れられなかった。奇しくも、敬愛する母親と同じ症状に陥ってしまったのだ。
まず、フェイタルフェイク誕生の懸念があり子を為せない問題だが、それはあっさり解決した。
フェイタルフェイクが生まれたのはプリスがネクターの運を吸引する機能と共に「無い運」という無まで纏めてしまっていたせいで起こった事態であることが発覚した為だ。
というわけで纏めるべき対象をネクターの権能だけに限定し、再度子作りにチャレンジした結果めでたく出産と相成った。だが、その出産は困難を極めた。
「ネクターさん!今どうなってるんですか!?出産ってこんなに辛いものなんですか!?確かにスイカを鼻の穴に突っ込まれるような感覚とは聞いていましたし、実際やってみたから分かるんですがそれ以上ですよこの痛みは!」
「俺が知るか!先生!赤子って産まれる前にこんな出たり引っ込んだりするんですか!?」
「こ、こんなのは産婦人科医になって初めてのケースだ……!君らが産まれてすぐに運を吸い取ったり喋った事も前代未聞だったが、胎内の双子がどちらから先に出るかで喧嘩をするなんて……!」
「先生、俺達の出産にも立ち合ったって事は相当ベテランですよね!?なのに!?」
「問題はそこじゃありません!どうしてうちの家系は出生時から伝説を残していくんですか!」
ネクターはエコー診察機の画像を盗み見たが、確かに赤子が胎内で殴り合っている様子が見える。一方が子宮から先に出ようとするともう一方が子宮まで引っ張り上げている様子までバッチリ映っていた。
「えーっと、帝王切開ぐらいならお前耐えられる?」
ネクターはプリスの腹に手を当て、困った顔で呟いた。
「耐えられますけど、容赦なく嫁の腹掻っ捌くサイコパスいます!?」
「いや、辛そうだなと思っていっそ楽にさせてあげようかなあって……」
「うおおおお!我が子達!どっちが兄とか姉とか心底どうでもいいですから早く出て来なさい!このままだとあなた方ごと全身串刺しですよ!」
世間知らずを通り越してサイコパスと化したネクターに恐怖を抱いたプリスは、丹田に力を一気に込めて二人の子供を同時に出産した。
鼻の穴の両方にスイカを突っ込んだかのような痛みが全身を駆け巡ったが、そこはプリス。レイダーとの鍛錬で鍛えられた身体はその程度の痛覚にすら動じない。
「はあ……やっとこの女との同居生活から解放されましたか……」
「はあ!?それはこっちの台詞なんですけど!それより、私の方が1ミリ先に出たから私が姉ね!」
「何を根拠にそんな事を言えるのでしょうか。僕の方が先でしたよねお父様?」
「完全に同着だったわバカタレ共!まずはプリスに謝らんか!」
産まれたばかりで喋っただけではなくいきなり喧嘩を始める我が子を叱咤するネクターであったが、当のプリスは気絶していた。身体は耐えられても、心が耐え切れなかったようだ。
「申し訳ありませんお母様……この女が至らぬばかりに……」
「何をふざけた事を言ってんのかしらこの男!あんたが自分こそ兄だとか宣うからこんな事になっちゃったんじゃない!」
「ふざけてんのはお前らどっちもだからな!?そもそも何でそんな下らない事で喧嘩になったの!?」
「何故って……社会的にも家庭内でもヒエラルキーが上位に位置するのは兄の方でしょう?」
「兄と妹って結婚しなきゃならないでしょ?父さんと母さんがそうじゃない!こんな奴と結ばれるのは御免被るからね!」
ネクターは女児の方に手を合わせて頭を下げた。我が子に変な常識を植えつけたのは他ならぬ自分であるからだ。
そして、初老の産婦人科医が見かねて助け舟を出した。
「いや、普通は兄妹で結婚するとかあり得ない事だからね?おじさんも名前見てビックリしたんだからね?」
「え……?そうなんですか……?」
「どうやらそうらしいんだ……ごめんな、非常識な父親で……」
全面的に悪いのはそうだと知っていて何も知らないネクターを籠絡したプリスなのだが、そうだと判明するのはまた数日後の事である。
自身の出生の秘密をその時に知った二人は、その時にライトとブライトという名をつけられ後にウィンドベルを中心に勃発した全世界規模の騒乱に巻き込まれていくのだが、それはまた別の話だ。
また、デスクとティアにも二人の子供が出来た。フロアと名付けられた姉は、7歳になるころには祖父であるウィンドウと共に世界を駆け巡るようになる。
2年後に産まれたウォウルという名の弟は祖父であるピエットの英才教育を受け、後にウィンドベルを牽引する存在へと育っていくのだが、これも別の話だ。
ちなみにエリアはあれからずっと独り身を貫いている。
以後はネクター基準で何事もなく平和に暮らしていた。ごくたまに任務にも駆り出されることもあったが、運を吸い取る事で絶対優位に立てるアストロノミカサイドと超高速で敵を殲滅するコンビが苦戦を強いられる筈もなかった。
仕事に駆り出されても二人の子供は自立しており、放っておくとすぐに喧嘩をおっぱじめて家屋を破壊する以外の問題は無かったので安心して業務に当たることが出来ていた。
マンションの大家から何度も苦情が来たので、セントラルシェル郊外に一軒家を複製して建てた以外の問題は。
あれから20年。なんやかんやあってアルパライトを使った新型EDの問題を巡って統合大統領とウィンドベルが戦争になった以外の大きな不幸は襲ってこなかったが……
「ネクターさん!回想の途中ですが、ワイバーンです!」
現在、ネクターとプリスはとある国の王城でワイバーンを迎撃していた。彼らの世界でワイバーンが群れで襲撃してくるのはハッキリ言って異常事態である。Aランク任務に相当する事案である。
「おい、この世界どうなってんだよ!?ワイバーンってこんな群れで来るもんなのか!?」
「しょっちゅうです!それよりあなたがた、ボウガン無しでよくワイバーンと戦えますね!?」
「いいよ、剣とかで羽根落とした方が楽だし!」
「私、それの弾速より速く跳べますので!」
ネクターは無数の剣や斧を空中に複製し、ワイバーン達の羽根を狙って射出する。プリスはワイバーンの群れに突っ込んで行き、広域の電撃放射で墜落させていく。
それでもワイバーンの数は一向に減る気がしない。北の方角からさらに飛来してくるワイバーン達を見て暗澹とした気分になっていく。
「いやあ!今回ばかりはもうダメかと思いました!あなた方のおかげで今日もワイバーンの襲撃から乗り切れそうです!」
「むしろあんたらよく今日まで生き延びて来れたよな!?あの山にいるであろう親玉倒さなきゃ根本的な解決にならないだろ!?」
「そ、そんな発想があったなんて!ワイバーンが襲って来るのは日常茶飯事だったもので!」
「あんたらの兵力なら出来るだろこれー!なんなんだよ今回の世界はー!」
ネクターとプリスは、永遠に異世界を彷徨う事になってしまった。こうなるまでの経緯はかなり長くなるので解説しておこう。
繰り返し言うが、ネクターの最大の望みはプリスと共に生きることである。しかし、先の騒乱でアルパの無限とも言うべき幸運をウィンドベルの勝利のために吸い尽くした結果、それが最大限に拡大解釈されてしまった。
ただ、ネクターに宿った権能による幸福はその成り立ちがあまりにも不安定なため、望んでいる事を変な解釈で叶えてしまうという欠点がある。
プリスと共に生きるという願いが最大限に叶えられた結果、プリスと共に『無限に』生きると解釈されてしまったのだ。
では何故異世界に飛ぶようになってしまったのか。それはもう元の世界がとある理由で滅んでしまう事を自動感知してしまったためだ。
世界が滅んでしまっては共に生きていく事ができなくなると己の権能が感知した時点で別の滅んでいない世界に自動ワープしてしまうようになってしまうのだ。
そして、決まって窮地に落とされた世界に飛んでしまう。これはネクターの中から人助けにウェイトを置くというスタンスが抜けきっていないためだ。
「とりあえず目視出来るだけでもあと数百匹!ガンガン落としましょうね!」
「くそー!悪運の溜まり場めー!絶対元の世界に帰ってやるからなー!」
そんなこととは終ぞ知らないネクターは、自分の溜まりに溜まった不幸が自分達をこんな目に遭わせたのだと勘違いしている。無い運などどこにも無いというのに。
一応、その世界で自分達が喚ばれた原因さえ片付ければ次の世界に飛ぶ事は判明している。だからこそこうやって躍起になって戦いを繰り広げている訳だ。
その原因については飛んだ世界ごとに異なるため、いちいち調査をしなければならないのは不幸でしかない。
人族を脅かす存在の打倒か、資源の枯渇した文明の救済か、一定の経済規模まで喚ばれた国を成長させるか、珍しいケースだが人類を滅ぼす事が条件である時もあった。
だが、ネクターにとっては運悪く、自分の元いた世界に帰る事は絶対に無い。彼らは永遠に世界を彷徨う旅行者と成り果てたのだ。幸か不幸か、老いて尽き果てることも許されない。
プリスにとってその状況はとても好ましいものであった。最愛の兄と共に、無限の時を生きられると知ってからはこの状況を嬉々として受け入れたのだから。
彼の名はネクター。無限の時を生き抜く、ウィンドベルのエージェントだった者だ。彼らの物語は、これからも永遠に続いていくだろう。本人の望まぬままに、不幸にも終わらない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます