最終話 その6(終)
数日後、河川敷のネクターの家。
「金が……無い……」
「そりゃそうですよ。あそこで父さんに手を上げたせいでしばらく給料全額カット。しかも今までの貯金は本部の補修に全額持っていかれたんですからね」
「おかげさまでまたダンボールハウス生活だよ。家賃滞納中も状態は保存してくれるって言うからまだ助かっているけどさあ」
貯金を全額没収されてしまった事で家賃が払えなくなってしまい、今まで住んでいたマンションを追い出されまた河川敷に逆戻りしてしまっていた。
あの後、ウィンドウは自身の復活能力で蘇生。即座に特別条項に従いネクターの処刑を執行しようとしたが、周囲の反発に遭いアリアには正座させられアルテリアに法を改正され、なんとか減給処分及び自宅謹慎に落ち着いた。
「なあ、俺の能力って自分が幸せになるんだよな……?これ、不幸では?」
「あー!すぐそういう事を言う!そんなネガティブ思考だから元の能力に戻っちゃってるんですよ!それに、誰かから幸福を吸い取らないとどのみち幸せにはなれませんからね!」
「いや、だったらお前が来てから不幸が消えたのはどういうわけだよ……そもそもお前に会う事すら出来なかっただろ」
「さあ……?理論上私からは運を取る事は出来ませんしね……ほら、私って父さんと同じで本来は無ですから……運の絡まない必然でなんかやらかしませんでした?例えば、何でマカリスターさんがネクターさんを発見できたとか」
「あっ」
思い当たるフシは一つしかない。マカリスターの作った家具をやたら目につくように配置したのが原因だ。そんな事をされたらマカリスターは絶対に現地に赴いて犯人を特定するだろう。
それ以前にホームレス狩りから幸運を吸い取っていたのだが、自分が不幸だと思い込んでいたのでそれは該当しない。必然性のある現象に対して不幸は関わらない。
「確か、私と会ってから明確に運を吸い取ったのは刀剣怪盗団のリーダーを地面のシミに変えた時でしたよね。後は玄関口でティアさんに変態行為を迫られた時と、エリアを無力化した時でしたね」
「やめろ、思い出したくない」
「私だって口に出したくありませんよ!という事は、それまでネクターさんが人並みの運を得られていたのは結局気の持ちようだったんですよ。あるいは必然だったのかもしれません」
ネクターはプリスに会ってから起こった事を思い出す。
まずプリスと出会ったこと。これは今考えると幸福ではあったが、人の干渉を避けていた当時の自分にとっては不幸と言えよう。
次にプリスに引っ張られて音速で飛ばされゲロを吐いたこと、プリスが住み着いたせいでホームレス仲間の心証が悪くなったこと。エロ本を複製する依頼を受けて最寄りのコンビニに寄れなかったこと。
とにかく初期のプリス絡みの事象は全部不幸だ。明確に幸福が訪れたのは、デスクとシオンで再会した事だ。
が、ティアに弱みを握られた時点で差し引き不幸だ。その後、市役所が倒壊。これは明確に不幸だった。
いや、あれは必然だった。目の前で市役所が倒壊したのは確かに不幸だったが、ネクターが居合わせた事で奇跡的に被害者はゼロになった。
あの時のネクターは精神が非常に不安定だったこともあり、不幸のドン底まで落とされていたのだ。
その結果、相対的に周囲の人間が幸福になったと言える。それ以降、ネクターは他人のために尽くす事に囚われる。帰りたくもなかった実家への帰還を決意したのが始まりだった。
ネクターを救済する事が目的だったプリス、ネクターに帰ってきてもらう事が何よりの報酬であったウィンドウを始めとする幹部達にとってそれは正しく幸福であった。
それはネクターが少しでも願いを叶えたとしても阻害されないほどの相対幸運であった。
と、ここまではネクターの主観だ。運というものがどう作用するかなど分からない。誰かの幸福が誰かの不幸になるケースはごまんとある。もしかしたらそれらは必然的に定められた運命だったのかもしれない。
「大事な事は分かった。結局俺はプリスがいないと勝手に運を吸い取っちまうって事だけだ」
「そうそう!それが分かれば良いんです!今まで通り暮らしていければ、何も気にする事はありません!何故か金運には恵まれませんが……」
「そこなんだよ!おい金星!お前『金』だろ!何で俺には金に恵まれないんだよ!?権能間違えてねえか!」
「そこは俺が説明しよう!」
「出たな妖怪虚無親父!」
いつの間にか、ウィンドウがゼロシフトで家の中に出現していた。ネクターは台所から塩を持ってこようとしたが、そもそも塩の在庫が尽きていたことに気づいたので諦めて塩を複製してウィンドウに投げつけた。
「しょっぱい!誰が妖怪だ!ジジイと一緒にすんな!」
「似たようなもんだろ!給料返せ!」
そのまま殴り合いの喧嘩が始まるところだったが、すんでのところでプリスが制止する。
「頼むから落ち着いてください二人とも!それで、どういう訳なんですか?」
「いや、あれからばあちゃんの所に行ってアストロノミカサイドについて教わって来たんだよ。いいか?俺もジジイもばあちゃんも全員地球のアストロノミカサイドだ。ただ、星そのものと言えるのは当代で一人限りなんだよ」
「で、俺もその金星そのものって訳か。だからそれがどうした」
「その金星って名前自体が罠だったんだよ!」
ウィンドウは右手を掲げて力説する。だが、ネクターとプリスにはどういう事か一切分かっていない。
「どういうことだ親父!」
「そもそも星の名前をつけたのは外神と呼ばれる超古代の宇宙人どもだ。奴らから知恵を授かってアルパやジジイにばあちゃんは星の権能を得て、アウトサイドも伝播したって話だ。そいつらは星が主食でな。ある日お隣の金星をつまみ食いしに行ったらしいんだ」
「やけにみみっちい創世神話外伝だな」
「だが、外神の好きな星は文明が発達しきった肥沃な土地だ。つまみ食いに行ったのは若い奴だったらしくてな。それを知らなかった。いざ実食してみたら、まるで金属のように硬かったらしい」
「いや、星の固さとか柔らかさとかって何?」
正確には外神が食べるのは星の核と言えるほんのわずかな部分であり、決して丸ごと食っているわけではないということを付記しておこう。
「その外神はアルパ達にその体験を語ったらしい。『あんな金属みたいな味する星にならないで下さいね』と」
「誰も食わねえよ星なんか!」
「不味い星、つまり文明の発達していない星に貨幣経済は存在していない。だから外神どもは皮肉を込めてこう呼んだんだよ。金星ってな。不幸を味わう事で幸福の意味を知る、幸福を司る星だと定義したのも奴らだ」
ちなみに火星は舌を火傷したから、水星は水っぽかったから、木星は木の皮みたいな味がしたからそう名付けられたらしい。勝手な事を考えた神格に、ネクターは憤りを隠せなかった。
「確か、シャドウファンタズムで複製したものと金を交換しようとすると消えるんだったよな?アレ、多分それのせいなんじゃないかってばあちゃんが言ってた。お前に金運が絶対迷い込まないのもそれだ」
「結局不幸って事じゃねえか!」
「いや、冷静に考えましょう。統合大統領の時も同じ結論に至りましたよね?この世界に生まれてきたこと自体が不幸だって。私まで頭が痛くなって来ました」
「でも、不幸かどうかなんて気の持ちようだろ?今のは知らない事の方が幸せだったって話でさ。それに、お前は金に愛されないが、物には愛されている。そうだろ?」
ウィンドウが虚空から何かを取り出す。サンセット側の名産である明太子と米だ。
「言うなれば金属の星は何にでも加工出来る産業の星だ。だからシャドウファンタズムなんて能力を得たし、物々交換だったら何の問題もなく行使出来たはずだ」
「……で、これは何だ?」
「ちょっとサンセットの神々がアウトサイドだらけの都市を作り上げるって聞いて視察に行った時に買ってきた土産だ。どうせお前ら食うもん無いだろうと思ってな」
「ハッ、結局親父も相互扶助かよ」
「そう言うなって。お前らはメシが食える、俺は今まで迷惑をかけてきたお詫びが出来る。ウィンウィンってやつだ」
20年近く迷惑をかけてきたお詫びが明太子か。と思った二人だが、実際今の状況ではこの上なく有難い土産だ。
「じゃあお言葉に甘えていただくとするか。結局、人は助け合わなきゃ生きていけないんだからな」
「えらく素直になったもんだ。まあそういうことだ。存分に食え。明日は多分アリアが飯作りにくるから」
「……なんか、当分餓死はしなさそうですね、私達」
「モノには恵まれてるからな。あ、俺は米炊けないからプリス頼んだ」
「せめて炊いてから持ってきてくださいよ!」
エーテルの通っていないダンボールハウスでは火が起こせないため、ホームレス達の焚き火を借りて飯盒で米を炊く事になった。
不便ではあるが、まるでキャンプをしているかのような気分にはなり、悪いとは言い切れなかった。
飯盒で炊いたコゲの残る白米に、切っただけの明太子。これが初めての親子三人で囲むご飯であったが、今までに食べた中でも最も美味しい食事であった。
これを以て、ネクターが不幸を背負いながらも幸せになる一連の話は一区切りとなる。
たとえ不幸のドン底に落ちようが、人はいつか幸せになれる。己の幸せさえ見つければ。そんな簡単な事に気づくまでの道のりは簡単では無かったが、ネクターはこれからも生き続けていく事を幸福だと信じていけるように変われたのだった。
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