最終話 その4

ウィンドベル本部エントランス。脱走者の警報が鳴り響くここは幹部以外の人員が出払うよう命令が下されている。


そこで対峙するのは幹部達とその子供達。ネクターは既に剣を構えている父親を睨みつけた。


「茶番とは言え、親父を合法的に殺すチャンスだ。利用させて貰うぞ」


「裏切り者の上に脱走者に大人しく殺されてたまるか。規約通り死ね」


アリアも居合の姿勢を保ったまま、レイダーと共にプリスと対峙する。プリスも既に全属性を拳に纏めていた。


「正直お二人を相手にするのは気が引けますが、ネクターさんのためです。手加減は致しません」


「こっちも同じよ。また打ち落としてあげる」


「また霜だらけになりたいようだな。二度は無いぞ」


デスクの前にはクスターが、ティアとエリアの前にはアルテリアが立ちはだかる。


「げ、クスターさんかよりにもよって」


「お前に有効なのは俺かウィンドウだけだからな。しっかり反逆してみろ」


「お母様。本日は愛でる余裕は無さそうですね。本気で止めさせていただきます」


「盾役が盾役の相手をしてどうする馬鹿者。終わったら戦闘について勉強し直しだ」


そして、後方ではピエットとマカリスターが待機している。片やピエットは魔力の砲台。マカリスターは全身に武装を固めている。


「チッ、本当にガチ中のガチじゃない。それが娘に対する態度かしら」


「娘だからこそ、全力で修正してやるのだ。死ぬなよ」


「殺すつもりで狙撃してやる。だから、防げよ」


マカリスターは狙撃銃を6本同時に持つと、それぞれの目標に向かって炎の弾丸を発射する。マカリスターの固有魔法、クリムゾンバレットだ。


世界最硬の物質であるアルパライトすらマナを吸収する間もなく融解する炎は、触媒となった狙撃銃をも溶かす。それは絶対に誰にも防御出来ない。


ただ一人の例外を除いては。


「あっっっっっっつ!畜生!流石に特級魔法は火傷するわ!」


最も尊敬するマカリスターの警告を聞いたネクターは瞬時にプリスへ伝達。距離を纏め、味方全員をデスクの後ろに配する。デスクを盾にすることで、絶対融解のインサイドの弾丸は火の粉程度の威力にまで軽減された。


「まずはデスクを潰す!そうじゃないとインサイドは使い物にならん!」


クスターが盾となったデスクを蹴り飛ばそうとするが、脚が動かない。ティアがクスターの身体に絡みついていたのだ。


その顔は、何にでも反逆する怖い物無しのクスターですら怯えさせるほどのおぞましい笑顔で溢れていた。


「誰を……潰すと仰いました?」


「い、いや……これはその……オギャアアアアアア!!!」


ティアはクスターに絡み付いたまま三属性の一級魔法をゼロ距離で叩き込んだ。クスターの能力はインサイド以外の攻撃を反射することだが、性質上投げ技や絞め技は反射出来ないため滅法弱い。ましてやインサイド使いでもあるティアはこの上ない天敵であった。


「兄貴がやられた!……すまん、アルテリア!」


レイダーはクスターを潰すために前に出てきたティアを後方へ投げ飛ばす。デスクはその光景に動揺したが、その隙を突いたウィンドウの拳が鳩尾にクリーンヒットし、倒れ込む。


「兄さんに何しやがる!」


ネクターは六種の亜神器を投影しウィンドウに向けて射出するが、全てアルテリアが防いでしまう。その身体は緑色の球体に覆われていた。


「甘いぞ。いかな亜神器であろうが極の防護には無力。まずは最も厄介な貴様から……!?」


今にもネクターへと魔法を放とうとしたアルテリアに、虹色の弾が放たれる。それは球体を貫通し、アルテリアはエレベーターの扉まで吹き飛ばされてしまう。


「ネクターさんに何やろうとしてんですか伯母さん!ブッ殺しますよ!?」


「チッ、そういえば貴様は極が扱えるのであったな!」


全ての魔法属性を超越する極属性。これを扱うには二種の手段がある。


一つは天性の素養だ。こればっかりはいくら努力しても身に付かない。純粋な極属性を扱えるのは世界でただ二人。アルパとその嫡子たるアルテリアだけだ。


もう一つは6属性の魔法を融合させる事だ。この手段を用いてようやく純粋な極と対等になれる。アルテリアが真っ先に潰すべきはそれを可能とするプリスの方であった。


「すまんプリス!」


「お気になさらず!ネクターさんに頼られるのは大変嬉しいのですが、それよりあのバ火力なんとかしましょう!」


ネクターとプリスは詠唱を始めているピエットを止めようと複製物やエアを放つが、全てアリアの放つ光条に迎撃されてしまう。


「やっぱり本物の母さんは違いますね!しつこいほどの防御性能です!」


「あんたの偽物は一撃で私を屠って来たわよ?本物の方が弱いんじゃなくて?」


「言ってくれますね!ですが、光魔法ごときで極に耐えられますか!?」


プリスが右腕に虹色の光を集約させようとしたその時、レイダーの拳がプリスの顔面めがけて放たれる。


「お前の相手は俺がするしかない……か。やだなあ」


だが、プリスは既にレイダーの背後に回っていた。腕に纏めた虹色の光はそのままに、レイダーの背部を殴りかかるが半身になり回避される。


「ふん、屋内だからインサイドの雪は降らせませんよね。だったら私にも勝機があります!」


レイダーとプリスはネクターから離れて徒手での戦闘に移る。その間に起き上がったティアがネクターの前に立ち盾を構え、マカリスターから放たれたミサイルを防御する。


「……ネクターさん。先ずはアリア叔母様かマカリスター様を狙って下さい。お父様はどうとでもなります」


「どうとでもって、あれ完全にチャージ完了してるよな!?」


ネクターの頭上には既に青白く光る巨大な光の珠が浮遊していた。ピエットの用いる最大火力独自魔法のそれだ。


「その通りだ。さて、楽にしてやるよ。クリスタルタワばッ!?」


ピエットが詠唱を完了し、かつてプリスを一撃で消し炭にした光の柱が落ちようとしたその時、詠唱はすんでの所で止まった。


ピエットの口が、水で塞がれていたからだ。


ベビバエリアベビビョブビブビバボボババ成長しすぎだこのバカ

ボボブバンゾンバゴビお父さんそんな子に

ボバベバオボベババビボ育てた覚えはないぞ!」


「直接育てたのは6歳まででしょうが!親父の魔法なんか最大限警戒しなきゃならないからね!ったく、防護抜くのに全力出さなきゃならないなんて、相変わらずふざけた魔力量ね!」


一瞬の交錯で、勝負は半分決したようなものであった。デスクは無力化され、プリスはレイダーとの戦闘で精一杯。エリアもピエットを封じなければならず、ティアはマカリスターの銃撃からネクターを守らなければならない。


その状況下でウィンドウは復帰したアルテリアの後ろで体勢を整えている。アリアに至っては完全にフリーだ。このままではジリ貧どころではない。


だが、ここで諦めてしまったらそれこそフェイタルフェイクの思う壺だ。今やれることをするしかない。


「ティアさん!親父の方を頼む!マカリスターさんは俺がなんとかする!」


「随分と余裕だなネクター!俺の兵器をお前の能力でどうにか出来るとでも……!?」


アサルトライフルを両手で構えるマカリスターの眼前に、浮遊する盾のような物体が数十基敷き詰められる。それを見たマカリスターは射撃する事なく佇むしか無くなった。


「確か、ニューだっけか?死角への跳弾に使うビットだったか。逆説的に、弾丸はこれで全て弾き返せる。その独自魔法って手持ちの兵器を犠牲にするから乱射出来ないんだったよな?」


「な、なんでこれを……!?」


「こないだ技術部の手伝いに行った時に自慢して来ただろうが!」


「うおおおお!!!」


ビットに取り付けられたセントリーガンから弾丸がマカリスターめがけて発射される。マカリスターは柱の影に隠れて難を逃れようとするが、ビットはマカリスターを追い回す。


一方、ティアは再度襲来したアルテリアの緑色に光った爪を盾で受け止める。


「そうだ。それが盾の正しい運用だ。後衛はしっかり守ってやらねばな」


「お母様……!今すぐ愛でたい程可愛らしいですが、そうは言ってられませんね……!」


ティアはアルテリアを突き飛ばし、上空から迫り来る光条を盾で防ぐ。アルテリアもろともティアを灼こうとしたアリアの魔法だ。


「やっぱ母さんを潰さなきゃダメか!」


ネクターはエクスカリバーを二本複製し、一本をティアに渡す。もう一本は自分が両手に持ち、アリアに向かって走っていく。


博物館で見た亜神器は同じ属性の攻撃を無効化する。アリアが放つ光条は実際無効化されていた。


「50点ってとこね。射撃職が近接戦をすんじゃないっての!」


「誰がするかよ!」


エクスカリバーを大上段に構えるが、アリアは刀すら構えていない。


「先に言っとくけど。その剣から出るビームは私には効かないわ!」


「だろうよ!」


「ポピーッ!?」


アリアの顔面に高速水平リフト射出された気絶したデスクが激突する。デスクを精製した窓ガラスに乗せて射出したのだ。デスクに触れたアリアの魔力は一瞬にして枯渇し、その場に倒れる。


「やった!母さん無力化!」


「……アリアに何してんだテメー」


「がっ!?」


ウィンドウはアルテリアの背面から一瞬でネクターの面前に移動し、両手に持った大剣を振りかぶる。辛うじて窓ガラスで防御したネクターであったが、衝撃で玄関まで吹き飛ばされる。


改めて状況を俯瞰するネクターであったが、ハッキリ言って状況は最悪だ。ティアはアルテリアの全力の拳を喰らい、その場に倒れ伏している。エリアは依然としてピエットを封じるのに手一杯で、プリスは未だにレイダーとの格闘戦を継続している。


そして何より、魔力切れで昏倒しているはずのアリアが立ち上がっていた。


「起きなさいよかりんとう饅頭。まだやれるでしょ」


アリアが負った傷は既に修復されていた。それだけではない。ティアに倒されたはずのクスターが起き上がったのだ。


「ふん、お前の治癒魔法ほどこしなんぞ受けるぐらいなら自死するわ」


「クソッ!」


もう一度、気絶したデスクをアリアに向かって射出する。だが、それはクスターの蹴りによって反射され、とっさに窓ガラスで防御したネクターに激突する。


「畜生!打つ手無しかよ!」


「その通りだ。諦めろ。ゼロブラスト」


「ぐっ!?」


ウィンドウはエリアに向けて無の奔流を剣先から放つ。エリアの身体は干渉力によって存在を削られ、それと同時にピエットの口を覆っていた水が消失する。


「……やっぱ、やり過ぎたかしら。私達の全出動なんて、それこそ本気で対災厄任務に当たる事案だものね」


「実際、今がその時であろう?」


「違いない。お前らの相手は正直骨だったが、それもここまでだ。クリスタルタワー」


光の柱が、ネクターを包む。

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