最終話 その3


一方、牢屋の中。プリスはネクターに組み敷かれ、息を荒げていた。


「これで……満足したでしょうか」


「ああ、充分だ。さて、推理を再開しよう」


「まったく、何でもアリですねその能力」


ネクターとプリスの耳には小さなイヤホンが取り付けられていた。ネクターが覚えている限りの部屋にマイクを複製し、手当たり次第に音を拾っていたのだ。


そのうち、当たりは幹部室であった。自分達の事について議論している幹部達に気取られぬよう、あえてイチャつくフリをしていたのだ。半分私情が入ってはいたが、効果は覿面であった。


「さて、俺達が戦うべきはフェイタルフェイクとやららしい。俺達の望みを絶対に叶えないとは厄介な……」


「一番衝撃だったのは、本来産まれて来る子供を媒介にして出現していたってことですよ!これじゃあ子供作ろうとする度にこんな目に遭うじゃないですか!」


「ええ……?そこなの問題点……?」


「大問題ですよ!父さんも言っていたでしょうが、ならなんとか倒せます!ただし、倒せるだけであって再復活は免れません。根本的に、ネクターさんの不幸をどうにかするしかありません」


「でもそれが無理だからお前が不幸を纏めて……」


「それが、なんとかなりそうなのよね」


突然、エリアが柵の中に現れた。排水溝から水に溶けての登場でありネクターは心底驚いた。


「ウワァ!妖怪スライム女!」


「誰がスライムよ!ったく、ミストラルの言いつけでここまで潜入したけど、酷いもんね。ラーメンの汁と危うく同化するところだったわ」


「そりゃ排水溝ですからね。で、何しに来たんですか?ひいおばあさまが何と?」


「あんたらが、特にプリス姉が処刑されるって連絡を入れたら大至急で情報詰め込まれてここまで来たのよ。あ、それと姉さんにデスクも来てるから」


「げっ、兄さんはともかくティアさんまで?」


エーテルで出来た牢が崩壊する。デスクが触って無力化したのだ。ティアはその隣で笑みを浮かべている。


「無事か?ネクター」


「エリアちゃんが珍しく私を頼ってくれたと思ったら、お二人が投獄されていると聞いて大至急向かいました。まさか、5人揃ってお話するのがこのような機会になるとは」


「今、そういう事はどうでもよろしいです!それに、私達が抜け出してしまったら奴が……!」


「つーか、エリアが排水溝から入ってきたの無駄だったのでは?」


「親父達の会話も盗聴するため、仕方なくね」


(それに、姉さんと行動を共にしたくなかったのよ)


エリアはネクターに耳打ちする。それを聞いたネクターは深く頷いた。


「それより、あんたらにとっての最悪を考えなさい。二人とも牢からの脱出を果たし、今まさにウィンドベル本部から逃走しようって時の」


「……俺とプリスの分断。脱走時の邪魔、特に幹部クラスの妨害。俺を助けに来た三人のうちいずれかの死。いろいろ考えられるが」


「それら全部が満たされるには、間違いなく父さん達全員の妨害が必須ですね。それからの共倒れでウィンドベル崩壊も最悪の視野に入ります」


「つまり、当事者が全て1カ所に集まるって事よ。恐らくその能力者はその場で具現化して現象を起こす事しか出来ないから、そこをとっ捕まえるのよ」


「何でそんな事まで分かるんですか。まさか、ひいおばあさまの入れ知恵ですか?」


エリアは首を横に振る。そのかわりにティアがネクターの前に出て来る。


「話は大体エリアちゃんから聞きました。それで、ネクターさんの二つの能力との類似性を見出しました。シャドウファンタズムの具現化、ミスフォーチューンの絶対不運。これらをプリスちゃんのコンポジットエアで纏めて出来たのがフェイタルフェイクというのが原則になります」


「えーっと、つまり?」


「以前プリス姉を複製してとんでもないことになったんでしょ?その複製体と似た様な行動を取ってるのよそのフェイタルフェイクって奴は。プリス姉の複製体の目的が本物のプリス姉に成り代わる事だったのと同じように、そいつはあんたらを不幸にするのが目的。自ら現象を起こして不幸にするという手段しか取れないのよ」


かなり乱暴な理論ではあるが、辻褄は合う。そもそも二人にとっての最悪がお互いと共にいられなくする事だったのなら二人とも殺害してしまえばいい。


だが、それは絶対に叶わない。何故ならネクターは運が無い。同じく運の無いフェイタルフェイクは干渉できないのだ。ネクターの運命だけは変えられない。


プリスに接触するのは最も危険な行為だ。また纏められてしまったらそれこそフェイタルフェイクにとっての不運だ。


だからウィンドウやアリアを殺害するという回りくどい手法を使った。しかもわざわざネクターやプリスに化けてだ。


ウィンドウもまた無であり、アリアも自分を封じられるリスクがあった。特に完全にアリアを殺さなかったのは、その手段しか取れなかったからだ。完全に殺す前に消されてしまう。


「父さん達はフェイタルフェイクをおびき出すため、あえて私達を処刑するフリをして母さんのフラワリングガーデンで消す腹積りでしょう。そうすれば別に私達から打って出る必要は無いのでは?」


「違うのよ。叔母さんがアレを発動した時点でこの計画は詰むの。そうなったら、二度とあんたらは子供を産めなくなる」


「だって、それ以外打開策は無いじゃないですか!それに、ネクターさんと結ばれる時点でそんな事はとっくに覚悟しています!」


「そこでミストラルから教わってきた事が活きるのよ。ネクターさんの、本当の権能についてね」


「俺の……本当の……?」


突然、自分すら知らない真実を突きつけられてネクターは困惑する。ましてや、それを殆ど関わりの無かった曽祖母ミストラルが知っていることにもだ。


「悪いけど、それについてはまだ説明出来ないわ。それを知った時点でフェイタルフェイクは方針を変えるでしょうからね。ミストラルからは自分が不幸である事と思い込まないように、ですって。回りくどいヒントだけど、このぐらいが丁度いいのかも」


「……何で、そこまでしてくれるんだ?別にお前らにとって俺達を助ける道理なんて」


「あるわよ。あんたらのおかげでミストラルと和解したんだから」


「こちらだって、デスクさんと結ばれるきっかけを作ってくれたじゃないですか」


「一生触れないと思って半ば諦めていた事を可能にしてくれたじゃないか。そんな奴らが子供すら作れないって知ったら、助けるしか無いじゃないか」


何故人の為にそこまで出来るのか。その観念はプリスと出会うまで付き纏っていたものだ。


その答えは未だに出ていない。しかし、各々に理由は違う。何のために人を助けるのか。自分は感謝の言葉を貰うだけで十分であった。だが、デスク達はネクター達に対する感謝の意があるからだ。


初めて、相互扶助というものに疑念を抱かなくなった。人とは持ちつ持たれつなのだと。人との関わりが薄かったネクターにとって理解出来なかったそれは、少なくとも人との関わりを経てだんだんと理解出来る様になっていた。


「むしろ、私達にとってのネクターさんは幸せを運ぶキューピッドです。不幸になる宿命を背負っているのにそれはおかしいと思いませんか?」


「それは、プリスが不幸を纏めて……いや、違うんだったなそれは」


「間違っちゃいないんですよ。その無い運を纏めて、運という定義をネクターさんから排したに過ぎないんですよ私は」


「はいはい、それ以上はダメよ。とにかく今やるべき事は全力でウチの幹部共を相手取ること。そうでしょう?親父?」


『まったく……成長しすぎだぞエリア。天津神と地母神の英才教育は俺を凌駕するのかもな』


牢の中から電子音に変換されたピエットの声が響き渡る。ここでの会話は筒抜けであった。


「全部聞いていたんならとっとと脱走者を止めに来なさい。エントランスが一番広くて逃走経路としては自然かしら?」


『乱戦に持ち込むなら尚更そうだ。全力でやるぞ。そうじゃないとお前ら不幸じゃないだろ』


「そうね。幹部一人相手にするのすら不幸なのに、全員来るなんて最悪通り越してるもの。じゃ、また後でね」


「何を勝手に決めて……いえ、確かにこの展開は不幸です」


「でしょう?さあ、こっからは命がけよ。覚悟は出来ていて?」


プリスとティアは即頷いた。デスクもそれを見て慌てて頷く。


ネクターは、首を振る前に歩みを進める事で意思を表した。

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