最終話 その2
ウィンドベル本部の最上階に位置する幹部室のテレビには公然とイチャつき始めるネクターとプリスの映像が流れ、幹部達は頭を抱えていた。
「俺……教育間違えたかな……」
「プリスのアホに関しては全面的に私に咎があるけど、ネクターはちょっと何にも言えないわ……アレ、実は私寄りだったのね……」
「教育の間違いについてはまたお互い話し合おう。貴様ら、時間稼ぎご苦労だった」
アルテリアが映像から目を背けると、入口にはレイダーとクスターが到着していた
「とりあえず不安の種は植え付けられたから良かった。なあ、あいつらの推理通りなんだろ?」
「それはお門違いってもんだ。犯人はネクターとプリス。それは揺るがない」
「あ?まだそんな事言ってんのか?蹴り飛ばすぞ」
クスターは今にもウィンドウに襲い掛からんと片脚だけを上げる奇妙なファイティングポーズを取るが、ウィンドウは一切意に介さない。
「だから、ネクターとプリスだって言ってんだよ。俺を殺したのも、アリアを殺したのも」
ウィンドウには所謂前世の記憶というものが全て残っている。その記憶通りにアリアに即求婚し半殺しにされたことがある。ウィンドウ以外はその事実を知らないためだ。
彼には子がどういう能力を持って生まれたのか、全て把握していた。それは当人達も知らない力の使い方まで心得ているという事だ。
「初めはネクターが俺を恨んで殺したもんだとてっきり思っていた。そしてプリスと一緒にさせるのはまずいという事もな。だが、アリアが殺された事で考えを改めたんだ。あの能力は二人がどんなに離れていても使う事が出来るってな」
「使う、というよりは暴発の方が近いわね。まあ、その能力自体がイレギュラーを重ねに重ねて生まれたようなもんですけど」
「発生原因は分かるのか?」
「ああ、検討はついたわ。こちらをご覧になって」
アリアがホワイトボードを引っ張って来る。そこには大々的にプリスの生理周期と題が書かれており、男性陣が気まずそうな表情を見せる。
「悪いけど、極めて真面目な話なのよ。いい?まずプリスがネクターに接触したのは去年の4月。ちょうど1年前ね。で、ネクターがウィンドベルに入ったのが5月。この時点でプリスはお腹の子がどうのこうの言っていたわ」
「想像妊娠の可能性は?」
「極めて低いわ。試験から一ヶ月後、私の刀をパクりやがった奴らの討伐を依頼した時かしら。気になった私はあいつの腹の中に生命感知魔法を打ったわ。そしたら……もう既にいたのよ。ちょうど15日ぐらい経過した胚がね」
男性陣は画面の向こうのネクターにある種の尊敬の眼差しを送っていた。当のネクターはプリスにえびぞり固めを極められていた。
「でも、子供って大体10ヶ月ぐらいで産まれて来るだろ?だったら計算がおかしい。もう11ヶ月は経っているはずだろ?そもそも腹が大きくなってくるはずだ」
「正確には10ヶ月と10日ぐらいと言われているわ。それから遅くなる事は珍しく無いんだけど、異常なのは腹が膨れていないことよ。定期的に往診してんだけど、それでも『それ』は確かにいた。妊娠検査薬も反応あり、生理も来ていない、ホルモンバランスは完全に妊婦のものだったわ」
「だからエリアの件以来、あいつらへの指令を止めていたのか。母体を気遣って……それで、最後の検診は?」
「あいつが私に襲いかかって来た3日前。ネクター投獄からすぐよ。『それ』はいなかった。ウィンドウが殺される前の日の検診の時は居たのにね」
アリアは娘の異常な状態を気遣い、毎日プリスの下へ通っていた。腹が膨張せず確実に育っている胎児に対し、アリアは恐怖を抱いていた。
だが、それはもはやいない。ウィンドウが殺害された途端ぱったりと姿を消した。
「消えた胎児……それがお前らを殺した張本人だとでも?」
「そんな生易しいものじゃない。奴を仮にフェイタルフェイクと呼称するが、あれは不幸の塊そのものと言っていい。プリスが纏め続けたネクターの不運が全て胎児に吸収された結果産まれた、不幸を振りまく疫病神だ」
「どんなネーミングセンスだよ。『致命的な偽物』って」
茶化したクスターに向けて、ウィンドウが大剣を投げつける。クスターはそれを軽々足の指で挟んで止めた。
「そいつの前では全てが偽になるんだよ。いいか?不幸ってのは己が最悪だと思う事だ。そいつにかかればそうなりたいって願望が全て反転されちまう。例えば……うーん……これは自惚が過ぎるか……」
「……ウィンドウにとっての最悪は、ネクターの手で殺されることってわけ?それのどこが?」
「いや、アレはネクターとプリスにとっての最悪を振りまくだけだ。つまり、ネクターにとっての最悪は俺を殺す事……なんだろうか。あれだけ放っておいて、しかもあんな冷たい態度まで取って……」
「なわけねえだろ。だったらプリスにとっての最悪はアリアが殺される事か?違うだろ。あのアホにとってはネクターがいない世界こそが最悪だろ。あくまであの二人にとっての最悪がこの事態って事だろ」
先程投げつけた大剣をクスターに足で投げ返され慌ててキャッチしたウィンドウは何か納得したような表情を浮かべる。
「ネクターも相当プリスに入れ込んでいたからね。つまりこうよ。ネクターにとってはプリスがいなくなる事が最悪。プリスにとってはネクターがいなくなる事が最悪。それを同時に達成するために私達を消さない程度に殺害した。そう考えれば辻褄が合うんじゃない?」
「そう、そう考えるのが自然だ」
ウィンドウは意を決し、大剣を床に突き立てて宣言する。
「だから、あの二人の処刑は執り行わせてもらう」
その決断を聞いたマカリスターとアルテリアがウィンドウに詰め寄る。だが、それをアリアが刀で制した。
「退けアリア。子を子とも思っとらん奴を庇うとはどういう了見だ」
「納得いかねえよな。こっちとしちゃ貴重な生産要員で最大の理解者だ。殺すと言われて従えるかよ」
「ウィンドウはいつも言葉が足りないのよ。いい?ここで処刑を撤回なんかしたら、フェイタルフェイクはまた別の方法であの二人を不幸に貶める。今度は私達だけの犠牲じゃ済まないのよ?」
「だったらお母様の能力を使って……!」
「無駄だ。
ピエットもまたアルテリアを制止する。かつてネクターとプリスの前でアルパ本人が言った通り、ウィンドウが絡む運命は読む事すら出来ない。そして、アルパはあの二人の事があまり好きではない。協力を得るのは困難だ。
「アリア、貴様の能力は?」
「1分の延命にしか使えないわ。それで存在を消せたとしてもまた奴はあの二人から生産される。恐らく子を為すことが出来なくなる事も最悪の内に入るでしょうしね」
「辛い……だろうな」
フェイタルフェイクの発生は産まれて来るはずの二人の子を媒介に生み出されると仮定するなら子作りを止めればいい。しかし、それではあの二人は不幸を背負ったまま生き続けなければならない。
「そういえば気になってたんだが、何でネクターとプリスの牢を分けなかったんだ?一緒にさせたらまた別の手段でフェイタルフェイクとやらが何か起こしに来るんじゃないか?」
「プリスから長らく離されたネクターが暴走したらそれこそヤバいからな。あいつ、今でこそ大人しいが本気を出したらアルパライトでエーテル牢ぐらい破れるだろ。今度こそこっちが全滅しかねん。同じ事はプリスにも言える」
ピエットの指摘に対するウィンドウの反論は幹部全員を納得させるに足るものであった。その気になれば体内から物を発生させて殺せる能力者と人体を容易に圧縮出来る能力者を野放しにする方が危険だ。
「奴がプリスに化けて私を殺しに来たのはある意味幸福だったのね。だからわざと一緒にさせた……けど、即日処刑を決めなきゃ兄貴の危惧が発生するって事ね」
「ウィンドウ、貴様不運を消すという事は出来んのか?まあ、出来るなら最初からやっているだろうが」
「不運を消す、というのは俺でも無理だ。言うなれば運が『無い』状態だからな。反転定理すら通用しない。そんなことしたら運がオーバーフローして虚数の不運を撒き散らしちまう」
「……待ちなさいよ。じゃあ何でプリスはネクターの無い運を纏めてんのよ」
「ああ、言ってなかったか。プリスの本当の能力は……」
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