最終話 不幸を背負った人が幸せになるはなし
最終話 その1
「……どうして、こうなった?」
彼の名はネクター。ウィンドベル都市管理部のエージェントにして創設者の一人であるウィンドウ・スモールサイズの実子。彼は今、ウィンドベル本部の地下牢に捕らえられている。
牢屋とは言えども、ワンルームのマンションと遜色ない設備が設けられている。ベッドに机と椅子にテレビやトイレ、そしてマカリスターのこだわりか風呂には温泉まで引いてある。ただ一つだけ違うのはエーテルで出来た柵で覆われていることだ。
ここは事件を起こしウィンドベルに捕らえられたアウトサイドが入る更生施設だ。最低限の衣住食は完備されており、外に出る事が出来ない以外は何一つ不自由なく生活出来る様になっている。
「ちわー、アヴァンチュラでーす」
そこへクスターがおかもちを持ってやって来る。クスターもアウトサイドのため、専用のリフトにおかもちごと乗せて柵の中へ運ぶ。ネクターがおかもちを開けると、中からホカホカの煮カツ丼が入っていた。
「というわけでとっとと吐けよ」
「何をだよ!?だから俺はやってないんだって!だいたい、まだ出前は頼んでないよ!」
「隠さんでも宜しい。俺にすらできなかった事をあっさりやってのけたんだから、尊敬しているんだぞ?」
「そんな事で尊敬されても困る!やったの俺じゃないし!」
「だって本人が証言しているんだぞ?お前がウィンドウを殺すところをな」
ネクターがこんなところに幽閉されているのは、実父であり上司であるウィンドウを殺害した疑いがかけられているからだ。当の本人にはそんな覚えは一切ない。家で寝ている間に拉致され今に至る。
「本人って……そもそも何で殺されたのに生きているんだよ!」
クスターの後ろから殺されたはずのウィンドウが現れた。その表情は完全に敵対者を見つめるものであった。
「俺の情報を調べずに殺したと思い込んでいたお前のミスだよ。浅はかだったな」
「親父……!?」
自分が殺したわけではないが、殺されたと目された人物が何の気無しに現れ動揺する。その情報を提供したクスターが涼しい顔をしているのも納得いかない。
「俺のヴァニティアイズの隠し能力、レイズマインドはあらかじめ無に俺の生命を保存しておけるんだよ。つまり俺には2つの命が交互に存在しているわけだ」
「そうだったのか……じゃない!俺は殺してないんだよ!何で俺を見たって言ったんだ!」
「この期に及んでしらばっくれるつもりか裏切り者。お前には失望したよ。プリスには悪いが、嘘つきは処断する決まりだ」
ウィンドウはそれだけ言うと、牢から姿を消した。ウィンドウが最も忌み嫌う裏切りと嘘。その言葉を発した時点で本当に自分が殺したと思い込んでいるようだと確信した。
「俺ですら反逆出来ないものが一つだけあってな。ウィンドベル特別条例第二条『裏切り者、死罪に処す』って規約だ。もうお前は助からない」
「だから、俺は……!」
「……ここまで反逆するとは、ウィンドウも本当に嫌われてんな。まあ俺としてはもう心残りは何もないからどうでもいいんだけどな」
「どうでもって……!」
「お前が家出する直前に、ウィンドウから俺にお前のメシを用意するよう頼まれていたんだよ。もう20年……いや、21年前になっちまったのか。21年越しにやっとお前に俺の料理を届ける事が出来た。それが最後の晩餐とはいえ、間に合って良かった」
あれだけ自分を見放してきた父がそのような気遣いをしたと知ったネクターは心底驚いた。そのため放心し、クスターが去っていくのをただ呆然と見つめていただけであった。
クスターと入れ替わる形で来たのは実母であるアリアだ。感情の無い瞳でネクターを見下している。
「あんた、許されない事をしたわね」
「母さん!違う!俺じゃ……!」
「たとえ実の息子だろうが、ウィンドウに害を成す奴はもう消えてもらうしか無いわ。とっととくたばりなさい」
「母さん……!?」
それだけ吐き捨て、アリアは去っていった。優しかった母にあそこまで侮蔑されるのは堪えた。
「……なんなんだよ、一体何が起こってるんだよ」
重ねて言うが、ネクターには一切身に覚えがない。仮に無意識のうちに行動したとしても実家までは直線距離で40kmも離れている。夢遊病だったとしてもあまりに不自然な行為だ。
それに、ウィンドウはとある任務のために殺害したと目された日までは長らく家にいなかった。干からびたアリアを元に戻すための一瞬しか帰ってきていないのだ。あまりに、計画的過ぎる。
次に入って来たのはアルテリアとマカリスターだ。アルテリアはアルパライトの板を担ぎ、マカリスターは大量の筒を運んできた。
「バカな事をしてくれたな貴様。おかげ様で技術部の計画はご破算だ」
「だから、俺じゃないって……!」
「……それ、来る人全部に言ってるんだよな?もし、お前が正気なら恩赦を申し出たいが、反論するための証拠が欠けているからな。すまんが、せめて処刑の日までそれを限界まで複製してくれ」
二人は持参品を置くと早々に立ち去った。母に続き、尊敬する人にまでこのような扱いを受ける事は我慢ならない事であった。
「何でだよ……どうしてこうなったんだよ……」
冤罪に苛まれる暇もなく、入れ替わりでピエットが来た。
「……何故そこまで頑なになる。これは、何らかの理由があると見た」
今までの会話を聞いていたのか、こちらの事情を勘案している態度に、少し心が救われた
「伯父さん……」
「俺の教え子がこんなみっともない主張をする筈がない。本当に、やって無いんだな?」
「本当だよ!信じてくれ!」
「……これは何らかの精神操作を受けたか?何にせよ決まりは決まりだ。ウィンドウに手をかけた事に変わりは無いのだからな。惜しい人材を亡くした」
だが、ピエットですらウィンドウの言を信じて疑っていなかった。ウィンドベルの上層部ほとんどから信用されていなかった事に憤りすら感じた。
数分してようやく怒りが収まり、既に冷え切った煮カツ丼に手をつける。クスターなりの配慮か、カツとご飯の間には好物の根三つ葉がびっしりと敷かれていた。
3日後。ネクターは諦めてアルパライトの板と鉄の筒を複製しては寝るといったサイクルを繰り返していた。無実の罪で投獄され、死刑判決を待つ身となった今、彼の心はホームレス時代の荒んだものと化していた。
最も心を荒ませたのが、これまで一度もプリスが面会に来なかった事だ。おそらくプリスをここに通せば何がなんでもネクターを脱出させようと企むはずだ。通す訳は無いと理性では分かっていた。
「ちわー、アヴァンチュラでーす」
「だから頼んでないって……」
またもやおかもちを持ってやってきたクスターに苦言を呈す。あれからネクターは一切出前を注文していない。それなのにも関わらずきっちり3食配達してくるのだ。
「喜べ罪人。今日は話し相手を持ってきたぞ」
「そりゃクスターさんだけで充分……え?って事は誰かやらかした奴がいるのか?」
「お前と同じレベルの極悪人だ。レイダー、入れ」
「あいよ」
「モガーッ!モガーッ!」
レイダーが担いで来たのは全身霜だらけにされて猿轡をつけられたプリスであった。プリスはおかもちと共にネクターの部屋へリフトで運ばれていった。
「ええ……何したのこいつ……?」
「聞いて驚け。そいつ、アリアを殺しやがったんだよ。まったく、俺がやりたくてもやれなかったことをサラッとやってのけるとは、我が弟子ながら成長したもんだ」
「アリアを闇討ちなんて、とても出来ることじゃないよ。俺も鼻が高い」
「あんたら何でそんな落ち着いてんの!?母さん死んだんだろ!?」
「いや、あいつもしぶといもんでよ。お前にうっかり刺された経験を生かして常に蘇生魔法を纏ってるんだってさ」
「なんでもアリかようちの両親……」
ともかく、最愛の母が生きていた事に安堵し、プリスに嵌められた猿轡を外す。
「ちょっとネクターさん何で父さんを殺したんですか!?面会に行こうにも全部止められていて何も聞けなかったんですからね!」
「それはこっちのセリフだ!何で母さんを殺したんだよ!」
「殺してませんー!あまりにもネクターさんに冷たい態度を取るもんだからキレて襲いかかりましたけど返り討ちに遭いましたー!」
襲いかかっただけでも重罪なのではと思ったが、プリスは殺害を否定している。いや、プリスもと言ったところだ。こんなに立て続けに冤罪が発生するというのは不自然だ。しかもウィンドベルの幹部が対象の殺人だ。
「なあ、兄貴。こいつらずっと無罪を主張しているんだろ?ちょっとは話を聞いてもよくねえか?」
「……まあ、ウィンドウとアリアの鼻を明かす材料にはなりそうだな。まずはアリバイだ。まずウィンドウが殺されたのは
「そんな時間、寝てる最中だよ」
「私はいつも5時ぴったりに起きてますが、ネクターさんぐっすり寝てましたよ。というか私より先に起きていることは全くありません。って何度も何度も母さんに言ったのに取り合ってくれなかったんですよ!」
「……となると、今日の4時44分に殺されたアリアについてもシロか?のこのこ鍛錬に来たこのバカを捕らえたのがついさっきだもんな」
プリスの身体が霜だらけになっていたのはそういう訳だ。アリアを殺害した容疑をかけられた事も知らずにマウントサクヤの頂上でレイダーと対峙したプリスは初手でインサイドの雪を降らされ行動不能に追いやられたのだ。
「鍛錬の場に来た時点で本気でやらなきゃ殺られると思ってさ。こいつネクターを捕らえた腹いせにウィンドベル壊滅させる気なんじゃないかと」
「私はそこまで愚かではありません!レイダーさん相手だったらひいおばあさまの力を借りていつもの山噴火させて始末してます!」
「ほらな?俺達が手塩にかけてどこに出しても恥ずかしいクソマンチに育て上げた愛弟子が正面切ってお前とガチるかよ」
「発言が物騒過ぎて今すぐにでも処刑したいんだけど……アストロノミカサイドの力借りる発想がまず怖いわ」
「とにかく、これに関してはまず一番話が分かりそうなピエットに掛け合っとく。お前らはそこで必死に打開策を練っておくんだな」
クスターとレイダーは二人を一瞥した後、退室した。ひとまずネクターはおかもちの中を確認するが、中には山菜がたっぷり載ったラーメンが2人前用意されていた。二人は再会を喜ぶのも束の間、割り箸を手に取りラーメンを食べる事にした。
「……という事はネクターさんは父さんを殺していない、と。本当に殺意があるならレイズマインドが発動して即復活した父さんにもう一度トドメを刺していましたよね」
「そんな能力も知らんし、知っていたとしたらそうしてただろうな。疑問なのはそこだ。俺を騙る不届き者は何で親父に完膚無きまでにトドメを刺さなかったのか」
「私のケースも同じです。私の偽物も一回母さんを殺して去ったんですよね?無数のロングソードで剣山と化しても死なない人に追撃を喰らわせないなんて、本物としては恥ずかしい限りですよ」
「その発想がまず恥ずかしいわ。というか大前提は俺達の偽物が存在することだ。しかも肉親に確定で俺達と分かるぐらい瓜二つな偽物がな」
「しかも全く同じ能力を使っているんですよ。ネクターさん、寝ぼけてドッペルゲンガー複製してません?」
基本的にアウトサイド能力は類似する能力が存在する事はあれど、全く同じ能力が出現する事は極めて稀だ。だからこそウィンドウもアリアも自分を殺害したのは本人だと確信している。
だが、その極めて稀な事案が2回も短期間に出てきたのだ。ネクターがウィンドウを殺した疑いは一例目であったため信用されていなかったが、プリスがアリアを殺した事例まで出て来ると話は別だ。
「寝ぼけてあんな危険物出せるほど器用じゃねえよ。完全に能力と外見をコピー出来るアウトサイドがわざわざ俺達に変身して殺したという線も考えられるが、そんな事考え出したらキリがない」
「こんなアウトサイドが蔓延る世界で推理なんか無理ですって。それより動機ですよ。何故父さんも母さんもトドメは刺されていなかったのか。そして、何故犯人は我々の姿を取ったのか」
「……犯人は、親父と母さんが復活出来る事を知っていた?そうだとしたら、本当の狙いは俺達をハメることだった?」
「その線はアリですね。ネクターさんか父さんを殺す動機も、私が母さんを殺す動機も一応はあります。まあ、私だったらネクターさんを救出するのに幹部全員皆殺しにしているでしょうが」
実行出来るかはともかくとして、やりかねないのがプリスという狂人だ。だからこそアリアだけを標的にするなどという中途半端な真似はしないはずだ。
「にしたって、俺とプリスをわざわざ狙う理由って何だ?どこかで恨みでも買ったか?」
「エリアの件から依頼全く受けてませんからね……可能性があるとしたら統合大統領ですが、あの人だったらこんなに回りくどい事はしないでしょう。いじくる運命もネクターさんにはありませんし」
「やだ俺泣きそう……」
そうこう言いながら、二人はラーメンを食べ終わった。おかもちに容器を返し、息をついた。
「とにかく、これ以上は考えても無駄ですね。レイダーさんが上手く説得してくれるのを待ちましょう」
「……クスターさんは信用してないのな」
「信用出来ると思いますかあの万年反逆マニアを」
「出来ないわ」
「そうでしょうそうで……ひゃあ!?」
突然、ネクターがプリスを押し倒し、抱きついてくる。今までも何回か同じような事はあったが、未だに慣れていない。
「……1週間も一緒にいないと干からびるって母さんの気持ちがよく分かった。心がどんどん干からびていくんだな」
「母さんの場合は物理的に干からびるんですよ!水やりを怠った花みたいに!じゃなくて、これ監視されてるんですよ!流石にここではどうかと!」
「いや、公共施設だろうが統合大統領府だろうが抱きついて来る奴に言われたくないんだけど」
「か、監視してる人!別に脱走とかは考えてないんで目を逸らして下さい!このままだと私が乱暴される映像が流れますよ!エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!」
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