エリアのはなし その6
ウジの温泉宿の一室。風呂から上がったプリスは同じく風呂上りのネクターを抱いて布団に入っていた。夫婦ということで気を利かせた仲居さんによって布団は一つしか敷かれておらず、何故か枕だけが二つあった。
「なるほど……温泉で温まった身体を密着させることでいつもの倍の相乗効果が得られるのですね!マカリスターさんもたまには良いことを言うものです!これは血行が良くなり過ぎて心臓が爆発してしまいそうです!」
「とっとと爆発四散しろ。こっちは暑苦しくて寝られんのだ」
「ところでご存知ですか?サンセット式の浴衣の下って、下着を履かないんですよ」
「そうなの!?俺、履いちゃってるけど!?」
真っ赤な嘘である。着物を着ていたころのサンセット人には下着という文化が無かったため履くことが無かっただけであり、履いてはいけないというルールは無い。プリスはその噂を間に受けただけに過ぎない。
「まあ、ネクターさんは世間知らずですからね!まだまだ覚える事は多いですよ!」
「知らなかったついでに、今日のアレは何だったんだ?ショジョカイタイとやらの何がいけないんだ?そもそもショジョであることに何で驚いてたんだ?」
「……そうですね、いい加減話して置いたほうが良さそうです」
プリスはネクターの手を掴み、浴衣越しに自分の股間へと導く。
「普通、子供を成すにはここに……ええっと……その…………を……入れなくてはなりません」
「なんだよ、声が小さくて聞こえないぞ」
「鬼畜!とにかくそういうことなんです!こうなると処女を失うのですが、ひいおばあさまにはその経験が無かったということです!」
プリスはネクターの手を離し、居住まいを正す。
「と、とにかくよくわからんけど処女を失ってないのに俺達のじいさんが生まれているってのが問題なんだな?」
「そう、今回の論点はそこなのです。つまり本来ならば行う行為無しにひいおばあさまは我々の祖父を産んだということになります」
それのどこが問題なんだ?と以前のネクターなら言っていたであろう。だが今のネクターにはおぼろげながら分かるような気がした。
「あー、いつぞや言ってた触れ合わないと干からびる問題か」
「だいたい合ってます。その行為には浮気を防ぐホルモンが出る効果もありまして……その作用が全く適用されていないまま子を成し、歪な状態で夫婦となってしまったのです。さらに問題は、あのファッキンひいジジイがこの状況を愉しんでいることなんです」
「なんだそりゃ」
「あのジジイはとにかく人をおちょくることに神生を賭けているような性格です。ひいおばあさまが処女であることを明かした時の反応から察するに、ひいおばあさまの気持ちを知っていてあえて手を出していなかったようです。エリアの事についても承知の上だったのでしょう」
エリアを引き取る事になったマドは全てを理解し、エリアとミストラルの対立を内心愉しんでいた。自分の命すら惜しまず愉しむ事を優先する愉悦家。そんな人格破綻者とネクターを引き合わせたくなかったのがウィンドウの本心だ。
「うちの身内はどうしてこうなんだか……」
「ともかく、これで任務は終わり。Aランク相当の報酬ですから減給も解消される事でしょう。さて、後は自由に暮らすだけですよ!」
再びプリスはネクターに抱きつく。今まで考えた事もなかったが、この状態のプリスは心拍数が軒並み高まっている。本当に心臓が爆発しそうなぐらい緊張しているのだろうと思った。
そして、それは自分も同じだった。プリスが己に触れてくると何故か心拍数が上がっていく。温泉の効果で血行が促進されただけなのかもしれないが、思い返してみると以前もそうであった。
当初は人に触れられること自体が恐怖であった。だが、あの市役所崩落の一件以来、プリスを信用するようになった。人に触れることに安心感を覚えてきた。己に触れられることを怖く思わなくなった。
「……なあ、俺はちゃんと人を愛せるようになれたのかな。ひいじいさんみたいにそれを感じない奴じゃ無くなっているのかな」
「どうしたんですか急に。いつものテンションとは大違いですね」
「ちゃんと、プリスを愛せているのかって、不安なんだよ」
思いがけない言葉に、プリスの両鼻から血が吹き出した。血圧が急激に上昇してしまい、鼻腔内の動脈が耐えきれなくなってしまった。
「お、おい!どうした!そんなにまずい質問だったか!?」
「ま、また出ましたね……父さん譲りの臆面なく恥ずかしい事を言うクセが!」
「だって、ひいじいさんなりの愛し方がああだっただろ?兄さんとティアさんの関係も見てきた。親父と母さんも、伯父さんと伯母さんも、全部が違う関係性だったじゃないか。多様性がありすぎてお前に教わった定義が当てはまらなくなってきたんだよ」
「……そんなの、人それぞれなんですよ。私は、満足し過ぎて幸せなぐらいです。でも、ネクターさんがそれをどう思っているかって事ですよね」
プリスは二度、深呼吸をして精神の安定を図る。そして、ネクターの両肩を掴む。
「おごがましい事を言わせていただきます!私とネクターさんは問題なくラブラブです!私の為にウィンドベルに入っていただき、毎晩同じ寝床で同衾し、あまつさえ何度も私の合意なく身体を弄ってくるような私を愛していない!?そんな事は絶対にあり得ません!」
「あ、合ってるのか……?特に最後のっていいのか……?」
「出来れば合意の上でお願いしたいのですが、自然とそうしたくなるって事ですよね!?でしたら何も問題はありません!ネクターさんは私の事が大好き!はい、証明終了です!」
プリスは自分の言ったことに対して急激に恥ずかしくなり、また鼻から血が垂れてくる。ネクターはそんな妹の剣幕を見て、確信に至った。
「つまり、これからも今まで通りにすればいいって事だよな?それで、お前は満足するんだよな?」
「……それで、ネクターさんが宜しければ。前々から思っていましたけど、ネクターさんは他人の事ばかり気にしすぎです。もっと自分の幸せについて考えても良いのではないでしょうか。自分が不幸であると決められた人生でしたからその矯正は難しいかと思いますが」
「自分の……幸せか……」
以前ウィンドウに言われた、ただの罪滅ぼしが在り方という言葉が胸に突き刺さる。言われてみればそうだ。自分の幸せについて考えた事など一切ない。そのきっかけを作ってくれたのは紛れもなくプリスだ。愛してやまない妹の存在が、自分を人間たらしめたのだ、
「決めた。俺の幸せについて、分かった。プリス、お前に出会えた時点で俺はとっくに幸せだったんだよ。こんな簡単な事に気づかせてくれたお前とただ暮らす事。それだけで俺は満たされているんだ」
「ブッフォッフォーウ!!!」
恥ずかしい言葉の連撃を喰らい、またもやプリスの鼻腔が耐えきれず鼻血を吹き出してしまう。ネクターは呼び出したティッシュをプリスの鼻に詰めていくが、鼻血による汚染に耐えきれず詰めた先から消失していく。
「おい!しっかりしろ!お前に死なれたら俺は生きていけないだろうが!」
「わ、私は満たされすぎてもう死んでもいいぐらいですよ……これが破壊力……言葉の暴力ってやつですね……」
「いいからとっとと血を止めろ!あーもう折角の浴衣が台無しじゃないか……」
ネクターは鼻血が飛び散ったプリスの浴衣を脱がせていく。肢体が露わになろうが構わずだ。
「ひゃあ!な、なにしてるんですか!」
「こういう事だよ!」
プリスの浴衣はネクターの能力によって再構成されていた。襲われる事を覚悟していたプリスはほっとしたのが半分、残念に思ったのが半分であった。
「……やっぱり、ネクターさんはお優しい方です。優しすぎてちょっと残念ですが」
「今日はもう寝てろ。俺もお前も温泉旅館の変な空気に当てられていたようだ。マカリスターさんの言っていた事は正しかったようだ」
「本当、風情があるどころじゃないですよ……今日はネクターさんの言う通りにしますが、次はちゃんと……ね?」
「分かったよ。おやすみだ」
旅館の空気に当てられてネクターが珍しく行った就寝前のキスにより、プリスはまたもや鼻血を吹き出しながら気絶した。
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