エリアのはなし その4
率直に言うと、任務はすぐに達成できた。エーテルドライブは魔法の力をそのままエーテルと
今回は水魔法の術式があまりにも拙かったためにわずか35年で効力を失ってしまった事が原因であった。
その術式を見たエリアは、鼻で笑った。その直後には術式は書き換えられていた。水魔法は専門外のマカリスターでもその術式の凄さが一目で分かった。
本来ならば水魔法は習得しているだけで特級扱いされるが、他の魔法のように威力や応用性で級分けされることがなかった。
エリアの組んだ術式は、他の属性の一級魔法と比較しても遜色はないレベルであった。エーテルの量を度外視すればセントラルシェル全体を洪水で流し尽くす事も可能な程だったのだ。しかもそれをエリア以外が行えないようリミッターまでかけていた。
成果に満足したマカリスターは快くネクター達を送り出す。やる事が終わった彼らはセントラルシェルの中心街でマドとミストラルのお土産を買いに出ていた。
「……それは、私への当てつけかしら?」
「いえ、ネクターさんが不用意に人と接触するのを嫌うのでこうやって動きを制御しているだけですよ」
プリスはネクターの左腕を抱いて歩いている。決して独り身のエリアに対してマウントを取っているわけではなく、人混みの中を歩く際はこうすると決めているのだ。本音はまた別の所にあるが。
「まさか、身内に隠し子がいてそいつをプリス姉がいつの間にか娶っているなんて誰が想像すんのよ。親父なんかプリス姉の戸籍を改竄して一旦自分の娘にしていた事なんか一言も言ってなかったわよ」
「戸籍改竄から1ヶ月も経たないうちにネクターさんと婚約決めましたからね。そりゃ伝える暇もありませんよ。あ、戸籍上は実の姉なんでお姉ちゃんと呼んでも構いませんよ」
「姉さんみたいなこと言わないで。鳥肌が立つ」
「ティアさん、実の妹にまで歯牙をかけていたのか……」
「あんたは私が産まれる前に家出していたから知らないだろうけど、実家に帰る度にべったり張り付いて撫で回して来んのよ。歳考えろっての」
ネクターはエリアが自分と同じ目に遭って無いことに安堵した。実母すら撫で回している彼女の事だから心配していたのだ。
「いつも私がネクターさんにされてる事と同じじゃないですか。平和です」
「先に手を出して来るのはお前だろ」
「ハァーッ!?それで辛抱堪らなくなって襲いかかって来るのはネクターさんじゃないですかー!」
「腹立つから私の目の前でイチャつくのやめてくれる?」
エリアはその性格と立場故に言い寄られる事が全く無く、意中の男性にも一向に振り向いてもらえない事に不満を抱いている。
そもそもエリアにとってのプリスはイかれた厄介な従姉であり、まさかこんな奴に寄り付く男が居るなどとは思っていなかったのだ。
「……これ、イチャついてるの範疇に入るのか?そもそもイチャつくってなんだ?」
「はあ?」
「ふふん、ネクターさんを見くびらないで下さい。4歳で家を飛び出して以後20年間ずっとホームレスとして暮らしていたせいで一般常識というものが一切存在していないのです!」
「えっ何そのいきなり不幸のどん底みたいな人生。プリス姉に目をつけられたってだけで不幸なのに」
「あ、やっぱそう思う?俺も最初はそう思った」
プリスは抱いた腕を思いっきり締め上げるが、ネクターは微動だにしない。こんな事もあろうかと腕にアルパライト製のガンドレットを巻いていたからだ。
以前同じような状況で左腕を丸ごと持っていかれ、クスターの下へ緊急搬送された経験が活きた。
「言い忘れていたが、俺の能力はある程度の物なら何でも生み出せる能力と自身と触れた者を不幸に陥らせる能力がある。お前の所にひいばあさんを呼び寄せたのも後者の能力の仕業だ」
「……そこの腕を締め上げてる人は?」
「こいつが不幸を纏めているからギリギリ人間として活動出来ているんだよ。俺にとってはいなくてはならない存在なんだ」
ネクターの言葉に気を良くしたプリスは拘束を緩め、頬ずりまでして来るようになった。
「目ん玉かっぽじってよーく御覧なさい!こんなにも私を愛して下さっているおかげで私の自由を確保しようとウィンドベルに入ってくれたんですからね!」
「いちいちムカつくわね相変わらず!……って事は既に試験会場で会ってるのね。私は即帰ったからよく知らないけど、受かったって事は私の先輩に当たるじゃない」
「おう、二次試験でいきなり母さんと戦わされて死ぬかと思ったわ」
「叔母さんに勝ったの!?」
ウィンドベル最強のレイダーに勝った奴が何を言っているんだ、と思ったネクターであったが、アリアも身体能力だけなら幹部最弱とはいえそれでも幹部。耐久力や戦術の巧さ、そしてアウトサイドにとっては天敵とも言える独自魔法のせいで幹部随一の実力者として認識されている。
万全の態勢が整ったアリアなど、エリアは死んでも戦いは挑みたくない。かつて言い寄ってきたウィンドウを半殺しにした、ピエットの全力魔法を耐えきった、キレて襲い掛かってきたクスターを真っ二つにしたなどのアリア伝説を幼少期に父から聞かされて育ってきたエリアにとって衝撃であった。
「一度だけな。今戦ったら絶対負ける」
「母さん、身体能力はクソザコナメクジなので少し隙を突けばニュートラルで余裕勝ち出来るんですけどね」
「光速の居合放って来る人を雑魚呼ばわり出来るのは後にも先にもプリス姉だけだからね?」
「レイダーさんも同じ事を仰っていましたけど」
「論外よ。あの人と水中でやり合わなかったら確実に負けていたわよ」
幹部最弱とは、音速で走れる人間を天井とした基準なのでそもそもの比較対象がおかしいという事を明記しておこう。
「そういや、ひいじいさんとひいばあさんの好きな物って何だか分かるか?出来れば消費されないものだったら嬉しいんだが」
「し、知らないわよ!あいつがどんな人を好きなかなんて!」
「買える物に限定してくださいよ。物。物縛りでお願いします」
「人体の召喚はノーサンキューだ。以前行動範囲を広げようとしてプリスを複製したらエライ目に遭ったからな」
「出来るの!?そして何でそんなおぞましい事にチャレンジしたの!?」
その時は危うく偽プリスが本物のプリスを殺して自分が本物に成り代わろうとしたのだが、なんとか倒した。
「ドッペルゲンガーを目撃すると本当に死ぬんですね……」
「とにかく、なんかこう、良いものねえか」
「物って言われても……マドはお茶と茶菓子さえあれば何でもいいわよ。ミストラルはウィンドウさんかプリス姉をリボンで縛って送りつければ満足するんじゃないかしら」
その直後、プリスが綺麗にリボンでラッピングされてしまった。
「正気ですかネクターさん!?どちらかと言うと私はネクターさんに身を捧げるなら大歓迎なのですが!」
「冗談だから安心しろ。しかし茶か茶菓子なあ。それはダメだな、俺の能力で作った物は損傷が激しくなると消えるって弱点があるんだ。茶葉に熱湯をかけたり茶菓子を噛み砕いた瞬間に消えちまう。あと何故か金銭と交換してもダメだ。そしてあまり金は出せんからなるべく複製出来るものがいい」
「うーん……だとしたら茶器しか無いけど、あいつ大抵の物は揃えているのよね。ただ、以前メチャクチャ高価なやつを買おうとしてあの女に半殺しにされかけてたからそこまで高いのは持っていないはずよ」
「そういうのには疎いなあ。マカリスターさんに作ってもらうか或いは……」
「私に名案があります!」
プリスは自らの筋力でリボンを破り、飛翔した。街行く人々は突然リボンで縛られたあたりから奇異の視線を向けていたが、この瞬間目を背けた。
「なんだいきなり」
「まあまあ、まずはこちらへ」
プリスはネクターとエリアを掴むと、一瞬で以前完膚無きまでにブチ壊した博物館へ飛んだ。
「オロロロローーーッ!」
「ゴボォォォォォーーーッ!」
そしてプリスに掴まれた二人は嘔吐した。胃の中身を全て吐き出し、ようやく前方が見える。2ヶ月前の大破壊が幻だったかのように博物館は綺麗に修復されていた。
本来はネクターが能力で元通りにしたのだが、耐久性の面で不安が残るということでマカリスターがちゃんと修繕を行っている。そのため以前よりさらに綺麗な外観に見える。
「だからそれはやめろって言ったじゃない……」
「の、能力の展開が遅れた……」
「お二人とも鍛え方が足りませんね。さて、茶器といえば土。土といえばクロスさん。つまり茶器の事はクロスさんに相談するのが一番ですよ」
「その理屈おかしくない?」
「これがあながち間違ってないんですよ。さ、行きましょう」
プリスが受付に行くと、受付の人はまるでこの世の終わりかと思ったかのような表情で震えながらプリスにチケットを三枚渡し、バックヤードに逃げ出した。無理もない。博物館を破壊した張本人が現れたのだ。
「……今度は何やったのよ」
「ちょっとここメチャクチャにしちゃいまして。ネクターさんが」
「どうせマカリスターさんが直すから全力でやっていいって言ったのお前だろ!」
「私、とんでもないのに喧嘩売っちゃったのね……」
中を進み、クロスが展示されているもとい寝ている骨董品コーナーに入った。ネクターが暴れたせいで中身が一新されている。
「来たな、俺の寝床を壊しやがった大罪人」
「鉱石が喋ったーーー!?」
「ネクターさんと同じ反応を返すんじゃありませんくびり殺しますよ。それでクロスさん、私達が恥を忍んでここに来たのは、ひいおじいさまに渡して喜ばれる様な茶器を探しているからなのです。それでクロスさんに助力を願い出たいと思いまして」
「お前に恥の概念があったのがビックリだよ。でも可愛い弟子の頼みだから許しちゃう。丁度俺の隣にあるヨウヘンテンモクなんちゃらだったらマドの奴血相抱えて喜ぶだろ。俺のお気に入りだからって渡してないけど、そん時のあいつの顔は傑作だった」
「ほーん」
ネクターは事も無げにその茶碗を手元に呼び出す。クロスの顔と思わしき部分が急激にヘコんだ。
「うわっ、クロスさんの驚きの表情久しぶりに見ました!」
「驚いてんのあれ!?」
「プリスが六属性纏めて撃ち出してんの見たとき以来だよ。それ市場に出すなよ。本物の価値が暴落するからな」
「そんなに高いのこれ……?金銭と交換すると消えるからやんないけどさ」
「鑑定士次第だが、下手するとこの博物館のガワがもう一軒買える。製造された400年前だったら城一軒と交換だったな」
こと骨董品に関してはうるさいクロスは真面目に回答している。そもそも太古の昔より埋まっているクロスは当時の相場すら把握している。
「エリア、これをお前に預ける。俺には荷が勝つ」
「どうせ同じの作れるでしょう!?複製と分かっていても私は嫌よ!」
「……いや、ここはエリアが持っているべきでしょう。どうせデスクの時と同じ手法を使う気でしょう?」
「デスクがどうかしたの?」
「ああ、以前ネクターさんが生成した物をティアさんに渡したらいろいろあってそれが結婚の決め手になったんですよ。相思相愛だったのが功を奏したのですが」
エリアは信じられないといった顔で固まり、危うく茶碗を落としかける。クロスもまた顔をヘコませている。
「えっ……嘘っ……?あり得ない……姉さんが、デスクと……?」
「いいリアクションです。私も人生で2番目に驚きましたよ」
「おい、俺呼ばれてねえぞ。ピエットの奴、親友のくせに娘の結婚式に呼ばねえたあふてえ野郎だ」
「伯父さんに蛇禍のごとく嫌われている自称親友のクロスさんはともかく、妹であるエリアすら呼んでませんからね。アレは公にするとまずかったんですよ、政治的に」
デスクとティアの結婚式にごく少数しか参加しなかったのは怒り狂っているアルパに配慮した形だ。エリアを呼ばなかったのはマドやミストラルの参加を恐れての事だ。
「ど、どうすんのよ。え?戦争は?あんたらこんなことしてる場合じゃ……っていうか姉さん死んだんじゃないのそれ?」
「それが……ティアさんはデスクの能力すら無効化出来たようで、統合大統領のお咎めなく普通に暮らしてます」
「マジかよ。デスクの奴、今度会ったらグランドリームぶっ刺そうと思ってたのに」
「あんたはウチの兄を究極生命体にでもするつもりですか」
「とにかく、二人は無事結ばれてハッピーという訳だ。他人を不幸にする事しか出来なかった俺の初めての功績ってやつだ。だから、それをもう一度見てみたい」
ネクターの言に、エリアの顔が目に見えて赤くなる。プリスはため息をつき、クロスはエリアに同調して全身を赤く染めていた。
「だっ誰があんなジジイのことを好きですって!?そんな訳ないじゃない!」
「はあ……ネクターさん、そういうのは普通意図を隠しておくものですよ」
「っていうかこいつ自分からバラしてるじゃん。恥ずかしさのあまりサラマンダーフォルムになっちゃった」
「別に、好きとかどうとかじゃなくても世話になっている奴に恩を返せればいいじゃないか。だから俺だってウィンドベルに入ったんだ」
さらに続くネクターの不意打ちに今度はプリスが頬を赤く染めてしまった。
「……こういうお方でした」
「珍しっ。プリスがデレでるの初めて見た」
「私もよ。気が合うわね鉱物」
「あっそういやあんた、ひいばあさんとも知り合いだろ?なんかお土産に最適なの無いか?」
「あー?ミストラル?ウィンドウかプリスをリボンで縛って送りつければいいんじゃないか?」
またもやプリスがリボンで縛り上げられるが、すぐに引き千切られてしまった。
「なんでこうなるんですか!」
「だってミストラルってこの地上で生まれた全てのものを愛しているんだぜ?その中で特別視しているのはマドかエア使いの後継者ぐらいのもんだろ。だったらもう一個これを複製して夫婦茶碗として送った方がマシかな」
「それだけはダメよ!」
あまりのエリアの剣幕に、クロスの身体が青く染まる。今回のはノリで変化したのではなく、エリアの影響をモロに受けた形だ。
「俺を気迫だけでテラホエールフォルムに変えるなんて、余程の青属性使いと見た。それならミストラルと正面から戦っても大丈夫だろ。じゃ、邪魔者は寝るわ」
そのままクロスは横になり、喋らなくなった。
「しょうがない。ひいばあさんには後で石膏で固めたプリスの像でも送るか」
「今さらっと怖い事言いましたね!?」
「お前数分なら息止められるだろ。固まるまで耐えてれば俺が複製するからなんとかなる」
「鬼かあんたは。大体、プリス姉の像を想像して作れないの?」
「無理だ。俺の能力は言わば影からの複製だ。かつてこの世に存在した事がなければ無理だし、多分気力が保たんから試してないけど太陽そのものを複製する事も不可能だ」
ネクターの能力、シャドウファンタズムはその名の通り影を媒体とした、投影とも呼ばれる複製能力だ。かつて太陽に写されたものしか複製出来ないため、地中に埋まっているものも対象にはならない。
一定の破損で消失するのも影である故の脆さから。金銭との交換に関しては恐らくミスフォーチューンのせいだと思って諦めている。
「でも人体すら複製出来たんでしょ?それなら……」
「人体複製だけは二度と御免だ。特にプリスだけは絶対に御免だ」
「例えば、もう一人の私が目の前でネクターさんを抱いていたとしたら、私はもう一人の私であろうと真っ先に殺します。という考えを共有するほどネクターさんの複製は精度が高いのです。実際にそうなったから分かります」
「いや、私の言いたいことはそうじゃなくて……まあいいわ。とっとと家に帰りましょ。石膏で一時的に固める案を採用するしかないわね」
「く、口か鼻に穴が開くタイプでお願いします……!」
この後、不本意ながらも超低速でマカリスターの工房に寄った一行はプリスを本当に石膏で固め、プリス像の複製を完了させた。
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