デスクとティアのはなし その6


「……というわけで、お孫さんはどこの馬の骨とも知れぬ輩に奪われてしまいました。てへっ」


「よし、戦争ね」


「何故てへっを入れたてへっを!」


それから1ヶ月後、プリスとネクターは旅行ついでに統合大統領府にて任務達成の報告をしていた。アルパは極めて冷静にその報告を受け入れているかのように見えて激しく動揺していた。


「じょ、冗談よ。冗談だけど、まさか1日でそうなるとは思わないじゃない!?まあこちらとしては家柄も問題ありませんし?神にとって近親婚など当たり前ですし?私は冷静でしてよ?だからちょっと何発か極魔法食らってみない?」


「何故!?」


「あなたの介入のせいでこうなったんでしょ!?責任とって自害しなさいよムキーーー!!!」


「馬鹿!プリス吹き飛ばしたら本当に戦争よ!ウィンドウを敵に回すのはあんたにとって得策じゃないでしょ!?」


「やだーーー!離しなさいよーーー!せっかくの孫があんなへっぽこに取られるなんて我慢できないーーー!ムカつくから依頼料も踏み倒してやるーーー!とっとと帰れこの疫病神どもーーー!」


アルパは部下の生命神に羽交い締めにされ、そのまま引き摺られていった。恐らく統合大統領のこのようなみっともない姿を拝聴するのは人類史上彼らが初めてだろう。


「ご覧になりましたかネクターさん。あんなのが世界を纏めているのです」


「うーん、極めて不幸だ。この世に生まれ落ちた自分を呪いたくなってきた。帰って寝よ」


「あっちに帰っても昼ですけどね。えーいヤケです」


未だ嘗てないほどやる気が失せた状態で地球の裏側へ一瞬でワープし、家まで帰って来た。だが、ドアが開いている。先程出かけた時には鍵も閉めてきたのに。


「あっ、お帰りなさいネクターさんにプリスちゃん。お待ちしておりましたよ」


玄関に現れたのはティアであった。突然の事に二人とも目を丸くする。


「ティアさん?鍵はどうして……?」


「デスクさんが持っていた合鍵を拝借致しまして……さて、プリスちゃん。御用向きはお分かりですね?」


プリスは露骨に冷や汗をダラダラと流し、絶望的な表情を浮かべながらネクターの肩を叩く。


「本当に申し訳ありません。私は悪魔にネクターさんを売り渡してしまいました。許して下さい。これから何があっても、私を許して下さい」


プリスはそれだけ言うと、ティアと入れ違いになりドアを閉めた。ついでに鍵もかけられた。


「は!?何で鍵を!?」


「……良い子ね」


ティアの深淵から這い出たかのような声に、鍵を複製しようとしたネクターの全身に鳥肌が立つ。それだけではない。今まで見た事の無いような、薄ら寒い笑みをたたえたティアが目の前にいた。


「さて、可哀想にも事情を知らされていないネクターさんには御説明が必要のようですね。以前シオンでお会いした時、私とプリスちゃんは契約を交わしたのです」


「け、契約って……?」


「あの時点でウィンドベルへネクターさんを強制送還させない代わりに、もしもデスクさんとお付き合い出来たなら私がネクターさんを好きにしていい、という内容です」


「あ、あいつ……!人を勝手に……!」


「申し訳ありません。ですが、プリスちゃんを責めないで下さい。悪いのは全部、私なのですから……もしプリスちゃんが契約していなかったのであれば、私はあの場でネクターさんを捕らえていたのですからね」


薄ら寒い笑みは、次第に悦を帯びていく。呼吸が荒くなり、顔面が紅潮していく。


「……分かったよ。それで、俺は何をすれば?」


「はい、それは……」


ティアはロングスカートを捲り上げ、その場に座り込む。驚くことに下着を着けておらず、紙が一枚貼ってあるだけだ。


「ネクターさんに、私の肛門を辱めて頂きたいのです」


「……へ、変態だーーーーーッ!?」


「仰る通り、恥ずかしながら私は変態で御座います。私が厳格に育てられて来たことはご存知かと。私はその反動で背徳感を覚え無いと駄目になってしまったのです。これはデスクさんにも明かしてない性癖です」


突然のカミングアウトにネクターは呆然としてしまう。もはや目の前にいるのは聖母でも何でも無い、情欲に塗れた獣がそこにいた。


「最大の効率を以て背徳感を得るにはどうしたら良いか。それは『親族』であり『夫の弟』であり『妻帯者』のネクターさんに『白昼堂々』『野外』で『尻穴を辱めて貰う』事です。プリスちゃんに許可を取ってしまっている、というのが残念ですが私も快楽を得る為だけに死にたくはありませんからね」


「ええ……怖っ……ティアさんも結局はあの伯父さんロリコンの娘だったんだなあ……」


「あんな極まり切った幼年性愛者と一緒にしないで下さいまし」


生まれてきて初めて、ティアが明確に不快そうに顔を歪めるのを見たネクターは少し落ち着きを取り戻した。


「同レベルだと思うけど……ただ、一つだけ気に入らない点がある。まさかこのためだけに兄さんを狙ったのか?」


「まさか!そのような事は天地神明に、御祖母様に誓ってありません!」


ネクターはティアの周囲にロングソードを無数に展開して睨みつけるが、ティアはそれよりも早く居住まいを正して答える。


「デスクさんをお慕いしている気持ちは本物です!ただ、その副産物としてこのような情欲が湧き上がってしまっただけでございます!ですから、ネクターさんが使って良い穴はこちらだけに限定しているのです!」


そして再び股を開く。その変わり身の速さにネクターはただ呆れるしかなかった。


「い、いっそ清々しい……あっ、待てよ。その条件だったら親父の方が背徳感増さないか?そうすれば俺も親父の困る顔が見れてウィンウィンでは?」


叔母アリア様が絶対許しませんし、叔母様一筋の叔父ウィンドウ様が承諾する訳がありません。だから、私を助けて下さるのはネクターさん以外居ないのです」


色々と腑に落ちない所はあるが、助けるという言葉にネクターは非常に弱い。ネクターは観念してティアに接近する。


「で、どうすりゃいいの?これ?」


「ま、まさか何も知らないの無知シチュですか!?おお、神よ!具体的に言うと御祖母様とお母様よ!絶大な、絶大な感謝を!」


プリスが考えるようなことを声高に言う従姉を見て、ネクターは再び世界を呪った。


「この日の為に開発は怠っておりませんでした。潤滑剤も事前に投入済みですのでご安心を。あ、浣腸で腸内は綺麗にしてありますので穢れも落としているはずです」


一方、完全にトリップしてしまったティアは聞く耳を持っていなかった。


「そういう問題じゃなくて、だからどうすりゃいいのって聞いてるんだけど……」


「神……様…………?」


不幸な事に、アフロのホームレスが目の前に現れる。この奇妙な光景に彼は持っていた紙袋を落としてしまった。


「ギャアアアアアアアーーー!?」


「叫びたいのはこっちだよォォォ!!!あ、あんたついに幼女まで!?」


「まあ!さらに衆人環視とは素晴らしい!そして自らの体躯を完全に失念しておりました!」


「えええーーーっ!?さらにノリに乗ってるぅーーー!?」


「もうやだー!久しぶりに一緒に呑もうって誘おうとしただけなのにー!」


アフロは紙袋を拾ってダッシュで逃げてしまった。ネクターも慌ててティアから飛びのく。


「あら、勿体ない。ささ、ネクターさん。続きを」


「この状況下でまだやる気!?俺が知り合いに変態扱いされちゃったじゃないか!不幸続きだよ久しぶりに!」


「……ふーん、さてはプリスちゃん。限定解除しましたね。ただでは渡さないと、そういう事ですか」


ティアは立ち上がり、ネクターに抱きついてじっと見つめる。先程までの昏い瞳ではなく。いつもの聖母の表情に戻っていた。


「今回は未遂に終わりましたが、次こそはよろしくお願い致しますね。確か、お母様のお手伝いをなされているとか。その時にでも暇を見つけてお尋ね下さいね?」


ネクターから離れ、ティアは去っていった。しばらくして現実に戻ったネクターは大きく息を吐き出して蹲ってしまう。


昔から、ティアが苦手であった。何を考えているのか全く読めない、得体の知れないモノと接するのが怖かった。その理由がこの一件を以てはっきりした。余計に苦手となってしまった。


ひとまず、気持ちを切り替えてまずはやるべき事を済まさなければならないと決意し、橋の下のホームレスの溜まり場へ向かう。アフロのホームレスに弁明を行い、名誉を回復せねばなるまいと。


しかし、現地において詳細な事情を説明したところで余計に気味悪がられた、ということを付記しておきたい。

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