デスクとティアのはなし その5
昼休みに入り、子供達が庭に飛び出て来る。普段は自由に遊ぶ時間であるが、彼らは一斉にプリスの方へ寄ってきた。
「というわけで、今日はお姉さんと鬼ごっこで遊びましょう!」
子供達の反応は様々だ。喜ぶ者もいれば、つまらなそうにしている者もいる。ありきたりな遊びだからか気乗りしなさそうだ。
それを見守る大人達は一斉に溜息をついた。プリスと鬼ごっこをするという事がどれだけの地獄であるか、身を以て理解しているからだ。
「確かに怪我はせんが、子供を絶望させてどうすんだ」
「あいつの事だからガチでやるだろ?無理だって」
「ごちゃごちゃ言ってる人もいますが、ルールを説明します。逃げるのはお姉さんだけ。みんなが鬼です!正直に告白致しますが、私はアウトサイドです。というわけでインサイドを私に向けて使っても構いませんよ!あらゆる手段を尽くして私を捕らえてみてください!」
インサイドを使ってもいいと発言したところで、つまらなそうにしていた子達が興味を示し始めた。デスクとは違いインサイドの威力が確実に分かる的が現れたのだから。
そして、それなら大人相手でも勝機があると踏んだのだろう。彼らの裡に闘争心が湧いてきた。
「じゃ、私が動き始めてから自由に追いかけて下さい!あっ、ちゃんと敷地内しか行きませんからね!よドン!」
プリスの全力疾走を見るまでの短い間ではあったが。
「勝てるかーーーッ!」
「とにかく遅延時空魔法かけよう遅延時空魔法!」
「まずはみんなに加速時空魔法!そうしなきゃ当てられないよ!」
「神父さん、それより停止時空魔法かけてよ!加速時空魔法ごときじゃ無理だよ!」
「甘ったれるな!まずは人海戦術で包囲!危害は加えないらしいからとにかく逃げ場を無くせ!そうしたら氷魔法で霜だらけにしちまえ!はい、行動開始!」
ピエットの指揮で鬼ごっこの皮を被ったプリス捕獲作戦がスタートした。子供達は蜘蛛の子を散らすかのように四散し、プリスのあぶり出しを始める。
「悪い、俺はちょっと指揮に回る!あのふざけた姪にうちの子達の底力を見せてやる!」
「あ、俺もアルテリアさんに呼ばれてるからこれで……」
ピエットは上空から索敵を開始し、ネクターは研究室の方へ歩いていく。後に残されたのはデスクとティアだけ。二人きりの状況が作られた格好になる。
これがプリスの狙いだ。デスクとティアを強制的に二人にするための方策だ。自身が全力で逃げる事で子供達とピエットを引きつけ、ネクターはアルパライト複製の件を利用して目下の邪魔者であるアルテリアの抑えに入る。
「プリスちゃん、やっぱり速いですね」
「お、おう……そうだな……」
そしてその状況に持ち込まれたデスクは緊張からか発言がしどろもどろになる。
「それにしても、デスクさんとお話しするのも久しぶりですね。いつもお忙しそうでしたので」
「おう……」
「私、寂しかったんですよ。ネクターさんは行方不明、プリスちゃんは早々にウィンドベルに入り、エリアちゃんはマド様の所へ行ったきりで。兄弟姉妹となかなか関わる事がありませんでしたので」
「うん……」
完全に語彙力を失しているためか、会話が続かない。ティアが一方的に話しかけているみたいになっている。この状況がデスクは嫌なのだ。全てティアに任せてしまっていること、自分から話題を提供できない事、上手い返しが見つからないこと、自分に嫌気が差している。
「でも、もうすぐエリアちゃんも帰って来ますし、ネクターさんも見つかったので、ようやく5人揃います。私はそれが何より嬉しいのです」
「……それは、俺も嬉しい。ネクターが帰って来たのは特に」
デスクにとってネクターは特別な存在だ。自分と同じく運命を呪って生まれて来た弟。閉じられた世界で唯一悩みを分かち合えた者だ。
「我々同世代5人が揃ったらお話ししましょう。今までネクターさんに何があったのか、そして私たちはどう過ごしてきたのか。ふふっ、楽しみです」
「あ……ネクターと言えばこれ……」
「ウワーーーーーーーーーーッ!?」
デスクが埴輪を取り出した瞬間、聖母にあるまじき驚歎の声とともに埴輪を凝視する。
「ヒェッ!?」
「な、ななな何ですかこれ可愛すぎますぅぅぅ!!!もしやこれを私に頂けるので!?」
「あ、うん……これネクターから」
「ああ……何処を見ているのか、何を考えているのかまるで分からない絶妙な表情がとてもたまりません……かような物をデスクさん直々に頂けるとは恐悦至極でございます……!」
まるで話を聞いていない。デスクは関わるのを極力避けていたため知らないが、ティアは可愛い物には目が無く今まで培って来た礼儀や気品といったものをかなぐり捨ててトリップしてしまう厄介な性癖を生まれ持っている。
その様子を初めて見たデスクは正直困惑していた。そしてティアの事を自分よりも関わりが薄いにもかかわらず知っていた弟に少し嫉妬した。
「と、とりあえず落ち着こう、な?これあげるから……」
「はっ……!あ、ああ……デスクさんの前でこのような醜態を晒してしまうとは……恥ずかしさのあまり自決してしまいそうです……」
「早まらないで!?」
「申し訳ありません……ですが、これは家宝にさせていだたきます!」
ティアは腕をブルブルと震わせながら埴輪を受け取る。そしてそのまま埴輪を頬擦りし始めた。
「と、とにかく気に入ってくれて何よりだけど、落としたりしないでくれよな?脆いからそれ……」
「陶器ゆえの儚さは重々承知しております。まずはケースに保管した後、祭壇に安置致しますので」
「そこまでする!?」
「何を仰いますか!確かにこれは何処にでもありそうな名状し難き可愛さを誇る埴輪ですが、何よりデスクさんから頂いた物というのが大事なのです!」
その言葉にデスクは射抜かれる。が、直ぐに良い育ちから来る社交辞令なのだと思い直す。
「ウォォォォーーーーー!!!いたぞーーーーー!!!囲めーーーーー!!!」
その時であった。子供達が年相応とは思えない野太い雄叫びを上げながら突進してくる。自分達の背後にプリスが逃げて来たと知覚したのはその後からであった。
「ハーッハッハッハ!デスクを遮蔽物にしている私にインサイドが撃てますか!?撃てませんよねえ!?あなた達の敗因はその障害物を予め端に寄せなかった事です!」
プリスは当初の目的を完全に忘れ、本気で鬼ごっこに集中しているようだった。自分なら何時間でも逃げ切れるとタカをくくっていたのだが、ピエットの指揮によって予想以上に追い詰められしまったためか、変なスイッチが入ってしまっているようだ。
「お兄ちゃんどいて!そいつ殺せない!」
「殺したくなるほどウザいのは分かるけど、俺に触れたら台無しだからな!」
「じゃあお姉ちゃんの方通る!」
子供達はデスクを避け、ティアの居る方を通り抜けようとする。しかし、プリスは子供達とは反対の方へ逃げ、遮蔽を保っている。
「あいたっ!」
「あっ……!」
そのうちの一人がプリスを無理に追おうとしてティアに激突してしまう。その衝撃でティアの持っていた埴輪は宙へ投げ出されてしまう。
(売ったり壊したりするなよ。その瞬間消えるぞ)
(デスクさんから頂いた物というのが大事なんです!)
「クソッ!」
ネクターとティアの言葉がリフレインし、デスクは無意識のうちに埴輪を間一髪キャッチしていた。
遅れて、ティアがデスクの手ごと埴輪を掴んでしまったが。
「ああああああああああ!?」
「きゃああああああああ!?」
「アワワーーーーーッ!?」
「プリスお前ーーーーーッ!!!」
「ウギャアアアアアーーーーーッ!?」
一瞬で場は混沌とした。誤りとはいえ、ティアに触れてしまったデスクの叫び。初めて意中の男性に触れてしまったティアの叫び。最悪の事態に発展したプリスの恐慌。そして仕打ちと言わんばかりに己の全魔力をプリスにぶつけるピエット。
光の柱がプリスを包む傍ら、ティアはデスクの手を掴んだまま脱力してしまった。騒ぎを聞いて駆けつけたネクターとアルテリアもその光景を見て呆然としていた。
「あ……ああ……」
「小僧!何を呆けておる!ティアから手を引き剥がせ!」
「ダメだ……手が固まって離せない……!」
「チッ……!」
ネクターはムラマサを呼び出してデスクの手首を切断しようと試みるが、度重なるアルパライトの複製で枯れた気力のため目眩を起こして倒れてしまう。
一方、ピエットはほぼ消し炭同然となったプリスの首根っこを掴んで立たせていた。普段の彼からは想像出来ないほど憤怒の表情を浮かべている。
「……全部理解した。お前が軽率な行動を起こしたせいでこうなった。お前の命だけで贖えると思うなよ。兎にも角にもまずは謝罪だ。
「せ……切腹でも刎頚でも何でも致します……だからまずは回復を……」
「とっとと回復してやるからティアからデスクを引き剥がせ!それが出来るのはこの場でお前だけだ!」
ピエットが治癒魔法を唱え、プリスの身体が完全に修復されたと同時にプリスはティアの元へ移動し手を引き剥がそうとする。
「……あれ?」
「どうした!早くやれ!もう一度半殺しにしてやろうか!」
「……いえ、私ってマナを纏められるじゃないですか。だから分かるんですよ。ティアさん、生きてます」
「は?」
そんな筈は無い。デスクにこれだけの時間触れたインサイダーは例外なく死に至る筈だ。ピエットもアルテリアも自ら実験したから分かる。
「というかピンピンしてますよね?嬉しいのは分かりますが、伯父さん達が怖いから早く離れて下さい」
「ち……違うんです……あまりの緊張に手が離れないだけなのです……」
「喋ったーーーーーッ!?」
「生きてるーーーーーッ!?」
ピエットと、とても珍しい事にアルテリアが驚嘆の声を上げる。無理もない。もう死んだと思い込んでいたからだ。
「なるほどこの埴輪がいけないんですね!フンッ!」
「ハニワーーーーーーーッ!!!」
プリスが埴輪の頭部を破砕したと同時に埴輪は塵も無く消え去ってしまう。その分手に隙間が空き、二人を引き剥がす事に成功した。
「うっ……うう……酷いですプリスちゃん……折角のデスクさんからの贈り物を……」
「そんな事言っている場合ですか!それよりどういう事か説明して下さい!何で死んでないんですか!?」
「さらに酷い!」
「ちょっと殺意が湧きましたが、違います!何でデスクに触れて生きているのかを聞きたいのです!」
「……
狂乱しておりまともに話せないティアの代わりに、アルテリアが口を開いた。
「ティアは、インサイドウェポンを触媒として生まれた亜神器人間だ。これは貴様らも周知の通りだ」
「はい、勇者の剣でしたっけ?教会に保管されていたものがそのまま乗り移ったとかなんとか」
「全てはピエットがこの教会で
「はぁー!?誘って来たのはお前の方でギャアーーーーーッ!」
極魔法によりピエットは彼方まで吹き飛ばされてしまった。
「コホン。とにかく、その勇者の剣が問題でな。その権能は魔に対する特攻と最終的な絶対勝利権らしい。後者はこの愚か者が何故か自ら無効化しているため、前者が上手い事働いているのだとしか思えん。対魔力の作用が小僧の『
「そ、そんなの初耳です……」
「
「……お母様の仰る通りです」
ようやく緊張から解かれたティアが口を開く。何故か恥じらったままであるが。
「ええ、ええ。実は何度かお眠りになられているデスクさんの手を握るなどの行為に及んでいましたので、20年前ぐらいから知っておりました。ああ、恥ずかしい……このような事が露見してしまうとは……」
「聞いてもいないのに勝手に暴露していますけど!?ああ、だからデスクに触れる触れないの問題を全く気にしていなかったのですね……」
「だったら何故それを早々に打ち明けん。
「だって、その方が面白いじゃないですか。そうすればデスクさんは面白いぐらい私を避けて下さるので、見ていて楽しかったんですよ」
「……はい?」
突拍子も無い発言に、全員が固まる。事情を知っているプリスだけは「違う、そうじゃない」と両手を突き出している。
「あ、あの……避けていたのは別に……」
「皆まで言わずとも分かっております。ですが、それを明かすのは今ではありません。お母様、少しだけ二人にさせて下さいませんか?衆目の前では恥ずかしいので」
「う……うむ……
「は、はーい……」
子供ながらに空気を察した孤児達はアルテリアに続いて孤児院の中へ入っていく。プリスも言われた通りにネクターを担いで後に続く。
そして、また後に残されたのはデスクとティアの二人となった。デスクは今までの話の展開について行けず、ずっと呆然としたままであった。
「え……あ……ええ……?」
「可哀想に、未だ心ここに非ずですか」
「ヒェッ!?」
ティアがデスクの両手を握ると、デスクの身体がビクッと震える。ティアはその様子を愛おしげに眺めていた。
「全て明かしましょう。先刻申し上げた通り、私はデスクさんに触れても何ら影響を及ぼしません。本当は何故私を避けていたのかもご存知なんですよ?」
「は、はひ……」
プリスはおろか、ネクターですら見抜けていた事に気付かないティアではない。最初からデスクが自分に慕情を抱いていた事を知っていた上で、あえてその状況を愉しんでいたのだ。
「ネクターさんがあの埴輪を作ってデスクさんに手渡したのも見ていましたからね。私、片時もデスクさんから目を離した事は無かったんですよ?」
「あ……あの……それって……」
「この際だから申し上げておきます。私、デスクさんの事をお慕い申し上げております」
「…………はあぁぁぁぁぁーーー!?」
「うふふ、やはりご兄妹なのですね。プリスちゃんに明かした時も全く同じ反応を返してました」
(あいつ、全部知っていて……!)
思えば不自然であった。数年間寄り付いていなかったのにいきなり孤児院に行くと言ったり、やけに自分とティアの仲を取り持つよう動いていたり。全てはこの状況に持っていくための布石だったのだ。
「……それで、御返事はいかがなものでしょうか。このような腹黒女と分かってしまった以上、お嫌いになられてしまったでしょうか?」
「……そのぐらいで幻滅するぐらいならこの場から逃げ出してるよ。でも、一つだけいいかな。何で俺なんかが良いんだ?」
「面白いからです」
「え、ええ……?」
期待とは大幅に外れた即答に、さらにデスクは困惑の色を強める。
「反応がいちいち面白おかしいんですよデスクさんは。これならずっと一緒に居ても退屈しないな、と思っておりまして」
「は、はあ……」
「……というのは建前でして、本音としては同じく家と能力に縛られた者の共感、でしょうか。憐憫故に人を愛するなどとは歪んでいると自覚しておりますが」
「……それでも構わない。俺たち、根っこは同じだったんだな」
「まあ」
デスクがティアを好きになったのも元を辿れば同じ理由だ。同じく家に縛られたネクターを特別視しているのと同様に、ティアに対しても同じ感情を持っていたからだ。
「だから、不束者ですが、これからも宜しくお願いします」
「それは、私の科白ですよ」
二人は軽く口付けを交わした後、あまりの恥ずかしさにしばらくもんどり打ってから冷静になった後で孤児院に手を繋ぎながら戻っていった。
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