デスクとティアのはなし その4

地下の研究室から地上の孤児院まで戻って来た二人を出迎えたのは、巻き起こるインサイドの爆炎であった。


「何事!?」


「あ、あれです!デスクがとても面白い事になっています!」


爆発の中心に立っているのはデスクだ。孤児たちが思い思いに魔法をデスクに向かって放っている。素人目に見ても位階の高い魔法が放たれていることが、自身に起こる水膨れによって判断出来る。


それもそのはず、孤児達に魔法を教えているのは他でもないピエットだ。彼の熱心な教育により、この孤児院では6歳児ですら3級レベルの魔法を唱えることが可能となっている。


「うわ、予想以上に大変だなこりゃ。まだ子供だからせいぜい5級程度の魔法しか使えないと思っていたぞ」


「高校生でもせいぜい5級取れればいいぐらいなんですけどね。全員ウィンドベルに入れる気ですか」


ピエットの腹案としてはそうなれば助かるぐらいにしか思っていない。そもそもインサイドが使えるというだけで就職に有利なのだから覚えておいて損は無いのだ。


「あら、デスクさん。もう来られていたのですね。では私も」


「ギャアアアアアアア!!!」


タイミングの悪いことに、ティアが孤児院に帰って来るなり炎、氷、雷の極大魔法をデスクに向かってブチかました。


「……ティアさん、何級だっけ」


「攻撃、防護共に1級です。残念ながら極の素養は遺伝しなかったようですが、現代のインサイダーとしては伯父さんに匹敵するかと」


ここで魔法検定について説明しておこう。魔法は使える位階によって1級から5級までに腑分けされる。さらに魔法の種類によっても攻撃、防護、治癒、時空と分けられる。インサイダーとして専門の修練を積んだとして才能が無ければ一生のうちに一種類を3級しか取れないということもザラにある。


一つの種類だけでも1級に到達出来るという時点で最高峰なのだが、これを複数種極めているというのは稀なケースだ。また、攻撃魔法に於いてはせいぜい2属性を扱えれば良いとされており、ティアのように3属性を扱えるというのは極めて稀な事だ。


なお匹敵するとされているピエットは6属性全てを使え、その上で独自魔法を開発している例外中の例外である特級持ちであって、プリスの言は少しの齟齬があると言わざるを得ない。


そして、その最上位魔法を無力化しているデスクもまた化物である事に違いは無い。とはいえ、流石に無力化し切れていないようで、擦り傷ぐらいは負っているようだ。


「おー、やってるやってる」


「伯父さん?今回は参加しないのですか?」


「アルテリアにキメられた部位の治癒に充てているからやらん。それよりどうだうちの子たちは。デスクに傷を負わせれるようになるまで頑張れと言った結果がこれだ」


「……いや、兄さん死んだらどうすんの」


「クスターの薬がある。あいつ、アリアの回復魔法ですら無力化しちまうからな」


デスクの難点はここにある。攻撃魔法を無力化出来る代わりに、防護魔法や回復魔法の恩恵を与えられない。アウトサイドはむしろ多大な影響を受けられるためむしろプラスに働くのだが、デスクにはそれが無い。


回復魔法が世に蔓延って医術が衰退したこの世では満足な治療を受けることも出来ない。だからこそクスターのような薬学を修めている変わり者がいることは不幸中の幸いであろう。


「ふう、良い運動になりました。あら、お二人とももういらしてたのですね」


「お疲れ様です。この後はどうされるので?」


「この後朝食を食べてから座学が2時間、その後で昼休み、また座学を1時間ほど挟んでから昼食だな。そうだ、折角だから昼休みに何か遊びを提供してやってくれないか?ネクターの能力を活かしてもいいし、プリスが遊び相手になってもいい」


「俺はパス。ちょっと能力を別の事に使いたい」


「じゃあ私が担当しましょう!いいことを思いつきました!」


プリスの思いつきが本当にロクでもないことであるとこの場の全員は分かっていたので、非常に不安を感じる。現に、シャドーボクシングをしながら言っているので余計に信用ならない。


「子供に怪我させるような真似をしたら出禁な」


「ご安心下さい!……それだけは絶対にしませんから」


「うわあ!急に真面目になるな!」


「慣れてくれ伯父さん。いつもこうだから」


「昔からこうだったわ。未だに慣れん」


プリスの速さは物理的なものだけに留まらず、思考の切り替えに於いても適応される。何事も速くなければいけない性癖は産まれた瞬間からであった。


「しかし、座学の間は暇ですね。その間、デスクとティアさんは何をやっているんですか?」


「デスクはその間は雑用や畑の管理だな。学校で言う所の用務員みたいなものだ」


「……さては母さんに仕込まれたな」


アリアは最近の行動から二刀の居合を駆使する武闘派みたいなイメージが付与されているが、それは彼女本来の姿ではない。むしろ総合的な戦闘力では幹部の中では最弱と言えよう。


彼女が都市管理部に率先して身を置いたのは樹木の管理や街路の整備を好き放題行えるからだ。いつか牧場に移り住んで目一杯農業と酪農とガーデニングに勤しみたいと願っているぐらいのナチュラル系女子なのだ。女子という年齢ではないが。


そんなアリアの手ほどきを受けたデスクは、ある程度の知識を仕込まれている。現に庭師の真似事まで出来るようになっているため、無給で働いてくれる彼はピエットにとってこれ以上ないほどの人材である。


「私は曲がりなりにも保母ですよ?お父様の代わりを務めさせていただいております」


「ティアさんが教えるんですか!?」


「だって魔法検定1級だろ?そのぐらい任せられるわ」


ティアもまた、父に仕込まれて教育者としての道を歩んでいる。家に縛られて閉じこもるしか無い彼女にとっては丁度良い働き口であろう。


もはやこの孤児院が学校みたいなものだ。手の空いているウィンドベルの職員を非常勤講師として配置する事で下手な私立学校を凌駕する教育水準を備えた、エリートフリースクールと呼べる代物と化している。幼少期のネクターが知恵をつけていたのもここに通っていた事が大きい。


「それより、朝食を振る舞うという約束でしたよね。では食堂に参りましょう」


ティアが向かう先へ、ティアと同じぐらいの体躯の子供達がついていく。ネクター達もその光景に奇妙な情景を見つつも追従していくのであった。





朝食後、ネクターとプリスはベンチに座りながらデスクの仕事ぶりを眺めていた。


「伯母さん、私のだけ殆ど油を使わない点心で統一させて来ましたね」


「何でウチの身内って料理怪人ばっかなんだろうな」


二人ともアリアとクスターの料理だけでなく、孤児院に通った際はアルテリアの料理も食べていたが、その腕前は他の二人に劣らず。むしろその二人があまり作らないジャンルの料理であるためか新鮮さが溢れていたものだ。


元々アルテリアはアルパによって充分以上自活出来るように仕込まれて来たのだが、グラスロッド家に嫁いでからアリアとクスターの料理を食べさせられ、敗北を味わった。


生来の負けず嫌いもあってか、アルパライトの研究の合間に料理の鍛錬も積んできた。孤児院という環境で効率的に料理を作るという事もあって、大量生産に向く大陸料理にツリーを伸ばしたのだ。


「さて、情報を整理しましょう。まずデスクはティアさんが好きというのは元々分かっておりました。ここでとっとと告白させて玉砕させてそれを祖神アルパに報告して任務クリアという道筋を歩むはずだったのですが……」


「まさかティアさんも兄さんを好いていたとはな。おい、どうするんだこれは。最悪あなたのお孫さんを消しとばしちゃいました、てへっ。で済む話じゃないだろ」


「てへっ。と言った瞬間、最終戦争ですかね。取るべき方策は二つ。一つは双方を諦めさせることですが、私は個人的に大反対です。それは私の流儀に反しますし、何よりティアさんがそう易々と諦めるとは思えません」


「だとしてももう一つは二人をくっつける事だろ?でもそのためには兄さんの能力をなんとかしないとアルパブチ切れ世界崩壊エンドだろ?そうでなくとも二人は触れ合わないまま一生を終える。それ以前にアルテリアさんが認めない」


「伯母さんの言い分なんて無視でいいんですよ。あれ、ただの嫉妬ですから。とにかく問題はデスクの能力です。が、現段階で有効な手は一切ありませんし、あったら使っています」


二人が同時に溜息をついた所でデスクが庭木の剪定を終えてネクターの隣に座ってくる。


「どうよ、俺の刈り取った木」


「母さんに相当叩き込まれたんだなって思うよ。素人の意見だが上手い」


「ティアさんの方をチラチラ見ずにやればもうちょっと精度が上がるんじゃないですかね」


デスクはわざとティアの目に付く所で作業をしているようだった。窓の向こうから見えるティアは小さいながらもしっかりと教師としての役目を全うしているようで、子供達からも慕われているようであった。


「た、たまたまだよ」


「全く……ティアさんから聞きましたよ。そのくせロクに会話されていないようですね?しかも即座に逃げようとするとかチキンの極みですか」


「なっ!?」


「この20数年、何をやって来たんですか。疎遠になった幼馴染じゃないんですからもっとこうなんかないんですか。接触に関する事はまあ無理として、なんか……こう……ええい!私、ネクターさんに初手で肩叩きましたから思いつきません!」


「お前こそ恋愛経験値ゼロかよ!」


デスクの指摘は最もだ。プリスは初日同衾とかいう恋愛における過程を丸ごとすっ飛ばす行為を行いそのまま電撃婚を決めたため、恋愛におけるフックをまるで分かっていない。


「えっと、野垂れ死にそうになってた所を助けられたりとか……」


「ネクターはネクターで重いよ!」


「しかもそれオッサン相手のケースじゃないですか!」


ネクターはそもそも他人と関わる事自体が稀なのでそれ以前の問題だ。


「お前ら参考にならないな……そうだ、先達から学べばいいじゃないか。父さんとか伯父さんとか」


「え?親父?親父が初対面で母さんに告白して半殺しにされたのがきっかけだろ?」


「伯父さんも伯母さんに初対面で幼女が好きだとカミングアウトして極魔法で吹き飛ばされたのがきっかけらしいですけど」


「うわっ、もっと参考にならん!」


厳密には異なるのだが、大体合っているというのが恐ろしい事案である。


「……そういえば俺とプリスも初対面で戦ったなあ」


「懐かしいですねえ。その後告白したんでした」


「どいつもこいつも物騒かよ!あとやっぱプリス父さん似だろ!」


「戦わなければ相手を知れないのは母さん似だと思いますがね。ただ、共通する事項として何らかの行動を起こすというのは必須って分かったじゃないですか。デスクに足りないのはそこです」


「うぐっ」


痛い所を突かれ、デスクは悶絶する。恋愛に限らず他人と関係を結ぶには何らかの行動が必須だ。他人との関わりは降って湧いてくるものではない。


「総合すると、ティアさんとちゃんと話ぐらいはしろ、ということになります。そうすればきっと上手くいきますよ」


幸運なことにティアがデスクを好いている事実がある。そうすれば確実に付き合うことは出来るのは分かっているし、能力の事はその後で折り合いをつければ良い。後は外から手を下すまでもなく当人同士がどうするか決める事だ。


「そ、そうかなあ」


「上手く行かなかったらそれはそれです!逃げるのを一旦やめてみるだけでいいんです!」


ただ、デスクは自己肯定感が極めて低い。そこで尻を叩いてやる必要はある。


「そうだ、なんかきっかけが必要だったらさ、これ渡してくれないか?俺からの土産を預かってるって。確かティアさんこういうの好きだったよな」


ネクターが作り出したのは、のっぺりとした顔の埴輪である。なんとも言えない表情がシュールさを醸し出している。


「なに……これ……」


「大陸の方で見つけた置物だ。あ、売ったり壊したりするなよ。その瞬間消えるぞ」


「お、おう……頑張ってみる……」


デスクは休憩を終え、作業に戻っていった。その光景を、ティアは窓越しに笑顔で眺めていた。

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