第5話 デスクとティアのはなし
デスクとティアのはなし その1
博物館での一件から1ヶ月、ネクターの元に依頼が届く事は無かった。
大規模破壊の責任を問われたというのもあるが、彼らに釣り合う任務はよっぽどの事で無ければならないと上層部の方針が固まってしまったのだ。ただでさえ複数のアウトサイドが絡む事態など滅多に起こらないにもかかわらずだ。
その間、二人は旅に出かけていた。あの件以来、世界を回って己の見聞を広めようと思ったのだ。勿論、自身の能力の幅を広げる事も忘れていない。
流れに流れて統合大統領府まで来た。世界の西の果て。かつてサンライズアイランドの王が沈む日を頼りに来たように。
「徒歩で来ました!」
「お前は聖徳王に謝った方が良いと思う」
音速の徒歩は、世界を僅か1ヶ月程で回るには充分すぎるぐらいであった。
「いやあ、久しぶりですねここも。エリアが生まれて以来でしょうか」
「誰だよそれ……それとここに何の関係が」
「あっ、ネクターさん知らないんでしたね。私より後に生まれたティアさんの妹ですよ。つまり統合大統領の孫、というわけです。今はウチのひいおじいさまの所に入り浸ってますが」
「入り浸るなら自分の祖母の所に行けばいいのに」
「そう!まったく以てそうなのよ!」
突然、あまりの神々しさを放つトーガ姿の女性が会話に割り込んで来る。
「え?誰?」
「ひれ伏しなさい無礼者!」
「オゴッ!?」
プリスはネクターの頭を地面に叩きつけ、自身も平伏する。
「このお方は統合大統領その人ですよ!ほらもっと頭を下げる!」
「痛くてそれどころじゃない……」
「……あら、ついノリで会話に入ってしまったけど、誰かと思ったらマドのひ孫じゃない。みんな元気?特にアルテリアとティア。エリアはマドから逐一報告が上がって来るから大丈夫。ところでそこの男の人は誰?なんか私の能力と相性がすごぶる悪そうなのよね。あなたもウィンドウ同様運命が見えないから困っちゃうわホント。あ、ここで話すのもなんだから中入ろっか」
統合大統領ことアルパは、言いたいことを全部吐き出すと白い宮殿のような建物へ入っていく。これこそ統合政府の政務を担う場であり、アルパの自宅である。
「……なんか、親戚のおばちゃんって感じだなこの国の大統領」
「実際親戚に近いんですけどね」
プリスはネクターを抑えつけるのをやめて宮殿の中へと入っていく。後に続いたネクターはと言うと、宮殿の外観をジッと見つめるばかりであった。
「これ全部
旅の中で彼は物を見ただけでそれがどのような組成をしているのかすら見分ける事が出来るようになっていた。奇しくも、憧れの存在であるマカリスターとほぼ同等の眼力が備わるようになっているのだ。
「ああ、またいつもの病気ですか。統合大統領がお待ちですよ」
「悪い、今行く」
引き返して来たプリスに続いて中に入るが、エントランスを見ただけてまた足が止まってしまう。金糸が織り込まれた赤い絨毯、総クリスタル製のシャンデリア、外と同じく総大理石製の建材、360度どこを見渡しても彼の目で見た事がないものばかりだった。
「どうしたの?お茶、冷めるわよ?」
「申し訳ありません!ほら、行きますよネクターさん!」
「ほえー、すっげえなあ……」
プリスの叱咤を受けながらも、まるで夢遊病にかかったようにフラフラと客間に向かう。
「……あの人、そんなにウチを気に入ってくれたのかしら?」
「そうだと思っていただいた方がよろしいかと。近況報告でしたら私がやりますから」
「まず一番にアルテリアの事について……と言いたい所だけど、あの人は誰?」
「兄であり、公私共のパートナーと言いますか。実は見た物をほぼなんでも作りだせ」
「はあ!?あなたの兄!?何それ初耳なんだけど!?」
アルパから完全に神々しさが消え失せ、親戚のおばちゃんモードに移行した。
「い、いえ、ちょっと能力のせいで世を儚んで20年ほど行方知らずだったものでして……」
「まったく、マドもウィンドウも私が全部知っているもんだと思ってるんだから!全知全能ったって、完全な無の前では何も分からないんだから!」
「気分を害したのなら謝罪致します!それより伯母さんの事ですが、あいも変わらずと言った所です。未だにアルパライトの研究に勤しんでおります」
「私の見つけた鉱石に興味を抱いていてくれるのは嬉しい限りだけど、ちょっと複雑なのよね。それで、ティアはどうなのよ?」
ティアの名を聞いたプリスは一瞬だけ身体を強張らせた。彼女にとって、アルパ以外で唯一畏怖すべき存在であるからだ。
「ティアさんは……そういえば2ヶ月前に偶然シオンで会って以来でしたね。すっかり孤児院に立ち寄るのを忘れていましたので何とも……」
「……相変わらず、デスクの坊やにべったりなのかしら」
「デスクに?デスクがの間違いではありませんか?」
「ふうん、これは面白くない事になりそうね」
プリスにとって、全人類にとっては何も面白くはない。これは立派な国際問題である。うっかりデスクがティアに触れ、その存在を消し飛ばしたとあっては全面戦争に発展しかねないからだ。現にデスクの話題を出したアルパの声色は数段低くなっていた。
「ふええ……あまりにも高価な調度品ばかりで目が眩むぜ……」
「あっ!ネクターさん現世におかえりなさい!」
「……ウィンドウも皮肉な名をつけるじゃない。さて、貴方確かウィンドベルのエージェントだったわね?一つ、頼まれてくれないかしら?」
アルパが手を叩くと、秘書が大量のギルを台車に載せて現れる。
「統合大統領直々の依頼ですか?しかもその額だとどう見てもSランク相当はあるようですが?」
「何、簡単な依頼よ。デスクとティアの事について調査してくる事。それだけで構わないわ。報告は1ヶ月後でいいから」
「そ、それだけですか?別に私達としては構いませんが……」
とはいえ、国際問題になりかねない事案の調査だ。対世界規模災厄の解決に相当するSランクと認定するには条件が揃っている。それに、給料を半分にカットされた二人にとってこれは願ってもいない事である。
「そういやあれから兄さんと全く話をしていなかったな。いい機会だから孤児院に顔出そうぜ」
「この短期間に
「それはそうと、あなたたちどうやってここまで来たの?EDの類が見当たらないのだけれども」
「えっと、ちょっとこうやって距離を纏めてですね」
プリスが拳を合わせるなり、アルパの視界から二人の姿が消え失せた。
「……ウィンドウ、とんでもない子を産んだわね」
超常現象など見慣れたはずである最高神は、遙か彼方へ飛び去った二人の人間に驚かされ数秒は呆然とするのであった。
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