エージェントのはなし その4
一方、特別展示室から外に出たプリスは博物館のエントランスで倒れているアリアを発見した。
「だ、大丈夫ですか母さん!?」
「う、うーん……いきなり黒塗りの高級車に衝突されて……」
「何を寝ぼけているんですか。ここ屋内ですよ?それに玄関口がブチ破られた形跡なんてどこにも……」
「違うのよ。いきなり客の一人が車に化けて撥ねて来たのよ。こんなナマクラじゃなかったら真っ二つにしてやってたのに……!」
「車両に変形……マズイですね!私はそいつを追いますので、後はよろしくお願いします!」
回収してきたアリアの刀を放り投げ、プリスは外へ飛び出す。
「とはいえ、どれがターゲットなのかさっぱり分からないんですよね……急いで逃げたなら分かりやすいんですが」
その場で急上昇し、博物館周辺の道路を俯瞰する。特に暴走しているエーテルドライバーは見当たらない。
「チッ、潜伏しやがりましたか。ですが、ミョルミルを持って逃げたのが運の尽きでしたね。あのじいさんの言う通りならあれは……」
プリスが拳を握りしめたまま両手を合わすと、眼下の車両が一斉に停止する。何件かの事故が不運にも発生しているが、彼女の知った所ではない。
プリスが興味を持っているのは、それでも動いているEDだ。ただ一つ、彼女のEMP攻撃から逃れた、小型のワイバーン級EDがそれだ。アスラが初手で防いだように、ミョルミルには雷属性攻撃を吸収する効果がある。理論上全てのEDを止めるEMPから逃れる車は、ミョルミルを搭載した車両に他ならない。
「見つけましたよ」
一瞬でワイバーン級EDの側面に追い縋る。それに反応し、全速力で逃げようとする。小型のワイバーン級EDはモノにもよるが、最大時速1200kmにも到達することがある。こうなるとただの人間では到底追いつけやしない。
ただの人間では。
「遅すぎ」
それは、難なく追いついたプリスの拳によって、真っ二つに粉砕された。EDは人の形に戻り、上半身と下半身が綺麗に寸断されていた。そして、ラクシュミが同時に出てきた。
「ケーツ・ハリーに追いついた!?生身の人間が!?」
「すみません。私、飛べるものでして。じゃあ死ね」
自由落下したまま身動きが取れないはずのラクシュミに拳を放つが、急に上昇されてしまい命中しなかった。
「危ないお嬢さんだ!怪盗が空を飛ぶ手段を持っていないと思っていたかね?」
「マカリスターさんの作ったジェットパックですか。そんなもので回避できるとでも!」
何度もラクシュミに向かって拳を振るが、何故かのらりくらりとかわされてしまう。広域攻撃で迎撃しようにも相手は6本の属性亜神器を持つ身。効果が無いことは明白だ。
「無駄だよ。私は怪盗行為に限って全て上手くいく。そういう風に願ったのだからね」
「何でそんなに限定的なんですか!?」
「理由は簡単さ。私はね、幼少の頃から怪盗というものに憧れていたのさ!」
「く…………」
下らない。と、プリスは思った。あまりのくだらなさに空中での姿勢制御を誤って転びそうになったぐらいだ。
「で、その怪盗をやっている理由とは一体なんなんですか……?」
「趣味であり、生き甲斐さ。たまたま街をぶらついていたら刀剣を欲しそうにしていたアスラと出会ってね。それから然るべきメンバーを揃えて怪盗行為に及んでいたのさ。何かを盗めるなら私は何だって構わない。刀剣ばかり盗むのはアスラの趣味さ」
「だったらそれいらないじゃないですか。こっちに返してくれれば見逃しますよ」
「ダメだね。せっかく君の魔法攻撃を封じれるんだから。ついでに、こいつを手放すと怪盗行為失敗と見なされ、絶対成功の加護が無くなる」
「……ふーん、絶対。絶対と仰いましたか」
その時だ。博物館の方角から極太のビームが放たれる。どうやらネクターがアスラを下したようだ。
「丁度良いですね。でしたら、その絶対を覆して見せましょう」
プリスが拳を合わせると、先程まで博物館にいたはずのネクターがエクスカリバーを持ったまま空中に現れた。
「ブッ!?」
「ゴホッ!?」
そして、不運にもラクシュミと衝突してしまった。哀れにもラクシュミは高高度から落下し、間も無くミンチになるだろう。一方ネクターはすぐにプリスが回収した。
「あ、あれ?ここどこ?なんで空?お前何やってんの?」
「ほんの数十秒ぶりですネクターさん!いやあ、ちょっと因果律を操る系の敵でしたので力をお借りしました!」
「……なるほど、俺の不運も極稀には役に立つようだ」
ネクターは心底不服そうな表情を浮かべていたが、数度の逡巡の果てに好意的に解釈したようだ。
「さあ、盗品を回収したら博物館に戻りましょう。母さんがきっと暖かく出迎えてくれるはずです!」
「……そうだな。あ、ゆっくり頼むぞゆっくり」
「えー」
プリスは心底不服そうな表情を浮かべていたが、しぶしぶゆっくりと原型を留めていない血溜まりの下へと降りていった。
「……結論から言うわ。あんたらの基本給料、しばらくは半分カットね。勿論任務報酬は抜き」
意気揚々と帰って来た二人を待っていたのは、母の説教であった。
「な、何でですか!?こんなにスピード解決しましたのに!」
「だからあんたらは最終兵器なのよ!博物館はボロボロにするわ、周囲2kmのEDは全部オシャカにするわ、出さなくていい人的被害が起きるわ!いくら複数のアウトサイドを相手取る
「うぐっ……!」
流石のプリスも母親には勝てない。ましてや下手に言い返すと手酷いしっぺ返しが待っているのは明白なのだが。
「プリスもそうだけど、ネクター。あんた、ウチの理念を履き違えているわ」
「だって、母さんの大事な刀を奪った奴だぞ?始末した所で問題は……」
「それよそれ。あくまでウィンドベルはアウトサイドを殺す組織じゃなくて、アウトサイドの人権を確保する組織なのよ?下手人は極力生かして捕らえること。そこからウチにブチ込んで更正させるのも一つの目的なのよ」
「は、初めて知った……」
「……まあ、あんたは初犯だったから許すけど。初任務ご苦労様。プリス、あんたは後で覚えておきなさい」
アリアはネクターの頭を優しく撫でつつ、プリスの方を睨む。プリスはガタガタと震えながら萎縮してしまう。
「は、はい……」
「とにかく、今後は余計な被害を出さないよう立ち回る事ね。ウィンドウがあんたをここに連れてきたかった理由、私にも理解出来たわ」
「え?そりゃどういう……」
「あんたに美しいものを見せたかっただけなのよ、あいつは。それじゃ、私は帰るからね」
アリアはウィンドベル本部の方向へ木の通路を作り出し、そのまま歩いて帰っていった。
「……とまあ、結果的には大失敗でしたが、いかがでしたか?初任務」
「滅茶苦茶大変だった」
「でしょうね。これからも私とネクターさんに回ってくる任務はこんな感じになるでしょう。恐らく複数のアウトサイドを相手取るのが基本の仕事になりそうです。それに加えて周囲の被害も抑えろって、無理ゲーにも程がありますよ」
「……でも、ちょっと楽しかった」
「それは私もです。いい感じのバディだったんじゃないでしょうか私達」
ネクターはあくまで外界で仕事をする事を楽しんでいるだけ。プリスはネクターと共に仕事をするのが楽しいだけ。二人の理由は違えど、思う事は同じであった。
「さて、ひとしきり瓦礫を片付けたら帰りましょうか。少々人命救助もしませんとね」
「これがサービス残業ってやつか。不幸だ」
「私は幸せだからいいんです。さ、やりましょうか」
こうして二人での初任務は終わりを告げた。結局博物館も壊れた車両も、ネクターの能力により完全に復元を果たした。結果は散々だったが、不思議と気分は悪くなかった。
日が落ちる頃になって、ようやく家に帰って来た。居間には「私の大事な作品を取り返してくれてありがとう」と置き手紙があった。
それだけで、ネクターにとっては充分であった。かつてホームレス達から依頼を受けていた時も、ありがとうという言葉を受け取ることが何よりの報酬であったから。
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