エージェントのはなし その3

プリスに手を引かれること3時間、一通り博物館内を回ったネクターは特別展示室の前にいた。


「うーん、甲冑とかはギリギリ使えそうだったけど絵画とか茶器は活用出来そうに無いな」


「ネクターさんってモノを武器として使えるかどうかでしか見てないんですね。だから父さんはこういう所に連れて行きたがっていたのでしょうが……」


「あんなもんを有り難がる理由がよくわからん」


今までのホームレス生活の中で、ネクターは実用性だけを求めてきた。ホームレスからの依頼にはこういった芸術品を頼まれる事は殆ど無く、必ず生活に直結するものばかり作ってきたことに起因する。


「まあ、今回はアウトサイド能力を鍛えるために来てますからね。というわけで今回の目的兼防衛品がこちらとなっております」


特別展示室に足を踏み入れると、六方に円を描くように数々の刀剣が並んでいた。それらは刀剣だけで無く、ハンマーや槍といった別種の武器まで飾られていた。人払いがされているのか、他に客はいない。


一つは燃える杖、一つは氷のように透き通った大剣、一つは雷を纏うハンマー、一つはケースの中で風を巻き起こしている槍、一つは光り輝く聖剣、そして見るものを魅了してやまない美しい刀だ。


「おい、こんなもんが実家の蔵に眠っていたのか」


「みたいですね。順にどこぞの神から拝借したレーヴァテイン、どこぞの聖騎士から奪い取ったアイスソード、私が雷神とガチって貰ったミョルミル、近所のコンビニの店長から寄贈されたドラゴンハルバード、親交のある国から頂いたエクスカリバー、三代目タケダ・ツキミサトを呪い殺したムラマサの6点となっております」


「今お前サラッと凄い事言わなかった?」


「私は武器には頼りたくないので即美術館送りにしちゃったんですけどね。ミョルニル」


「いや、そうじゃなくて」


事もなげに神と戦ったなどと言う妹に少し引いたが、ウィンドベルは往々にしてアウトサイドの化身たる神と戦うことは珍しくもない事である。生還できるかは別として。


「しかし、こんなものが欲しいなんて私には理解出来ませんね。ネクターさんが芸術を理解出来ないのと同じですよ」


「にしてもこのまま腐らせておくのは惜しいぞこいつら。道具は使ってやらないと意味が無いってマカリスターさんが言ってた。下級エージェントとかに回さなくていいのかこれ?」


「どれもこれも一級品の亜神器ですから扱える人間が少ないんですよ。かと言って上級エージェントや幹部の皆さんは思い入れのある武器を使い込んだり、母さんやマカリスターさんの作った武器を使いますからね」


「これが本当の宝の持ち腐れか……」


「……だから父さんは」


突然、照明が落ちた。


「なっ!?」


「ネクターさん!照明を!」


「お、おう!」


ネクターが宙に手を振りかざすと、特別展示室内にあったシーリングライトがそっくり再現され、室内を照らす。


すると、展示品が何故か宙に浮き、そのまま出口の方へ向かって行こうとしていた。それぞれ2本ずつ、均等に。


「続いてアルパライトで防護!感電死しますよ!」


「アババババ!!!」


プリスが両手を合わせた途端、室内が電撃で満たされる。エクスカリバーとムラマサが落ち、そこに黒コゲになった物体が崩れ落ちる。


レーヴァテインとアイスソードは天井の梁に飛びつき、そこにそれを持った黒い衣装の男が立っていた。ミョルミルとドラゴンハルバードは何事も無かったかのようにそこで停滞し、それを持った袴姿の女性が現れる。


「ちぃっ!『ファントム』がやられたか!」


「どうするんだい『ラクシュミ』?作戦は失敗ね」


「それは絶対に無い。『アスラ』、それを全部寄越せ。俺は『ケーツ・ハリー』と合流する。この間手に入れたアレなら勝てるだろ?」


「随分と悠長ですね!」


ネクターがラクシュミと呼ばれた天井の男へ複製したロングソードを射出し、プリスがアスラと呼ばれた女にエアを放つが、それらは全て謎の突風に妨害される。


突風を巻き起こしたのはドラゴンハルバード。いや、ドラゴンハルバードを持ち髭を生やした大男の霊だ。霊は突風を操り、落ちていたエクスカリバーとムラマサをラクシュミの所へと運ぶ。アスラはミョルミルとドラゴンハルバードをラクシュミに放り投げる。


「フハハハハ!無様だなウィンドベルの諸君!私は退散させてもらうよ!」


「逃すもんですか!」


プリスが飛んで追い縋ろうとするが、天井から無数の光条が降り注ぎ撃ち落とされてしまう。その間にラクシュミは逃げおおせてしまった。


「ぐっ……!こ、これは……!」


「おい、マジかよ……!」


アスラの前には、二本の刀を持った霊が現れている。それは紛れも無く、アリアの形を成していた。


「流石、ウィンドベル幹部様の刀だよ。とてつもなく強い霊だねこりゃあ。さあ、貧弱エージェントのあんたらが勝てるかい?」


「えっ!?どうしたの!?母さん死んだの!?」


「そういえば合流遅いですね!既に仕留められましたか!?」


「ああ、冥土の土産に教えといてやるよ。私の能力は武器に宿った霊をそのまま使役するのさ。そっくりそのまま全盛期の姿をね!」


アリアの霊は刀を巨大化させて振り下ろす。プリスはネクターを掴んですんでのところで回避する。


「ハァーッ!?また母さんとやり合わなきゃいけないの!?やだよ俺!」


「二人がかりなら倒せはしますが、この状況で母さんお得意の耐久戦はまずいですよ!」


「……え?あんた達、この女の嫡子?」


「そうだけど」「そうですけど」


平然と同時に答える二人を見たアスラは冷や汗をかいた。稀代のアウトサイド・スレイヤーと、究極の防護魔法使いの子。そのような存在がまさか護衛に入っているなどとは到底思っていなかった。


(ラクシュミの能力で幹部の介入は防いだはずなんだけど、こんな隠し球がいただなんてねえ!でも、やるしかないか!)


アリアの霊は高速で居合を放ち、そこから生み出される光の刃が二人を苛む。ネクターはアルパライト鉱石でガードするのがやっとであり、プリスは先程受けたダメージのためか回避に徹する事しか出来ない。苦しまぎれにネクターがロングソードを射出するも、それらは全て撃ち落とされてしまう。


「ネクターさん!なんか、こう、もうちょっと殺意高い武器無いんですか!?母さんにそんなの効くわけないでしょう!」


「だって母さんにそんな物騒なもん撃ちたくねえし!お前もちっとは反撃しろ!」


「あれ?なんか効果覿面みたい?」


心配が杞憂だったと判断したアスラはどんどん近づいていく。彼女の能力には自分から霊を2m以上引き離せないという欠点がある。敵を直接切り裂くには自らが近づくしかないのだ。


「私はダメージを回復しているだけですー!いいですかネクターさん!あれは母さんではありません!いえ、むしろ母さんの刀を奪った不埒者です!さっき見た武器を何だと思ってるんですか!」


「あんな神話級のシロモノをこんな所で使えるか!どんな効果があるか分からんのに!」


「知りませんよ!うちの蔵と自分の命のどっちが大切なんですか!こんな所壊した所ですぐにマカリスターさんが再建しますし、ちょっとクロスさんが路頭に迷うだけです!分からないなら試し打ちをしてみたらどうですか!」


「……分かったよ!まずはこいつだ!」


アスラに接近されたネクターは燃え盛る杖を右手に出し、アスラに向かって振りかぶる。杖の軌跡は、そのまま炎となって巻き起こった。


「熱ッ!?熱い!!!何でそれが!?」


アスラの皮膚が、水膨れを起こした。紛れもないインサイドの炎だ。その輻射熱は展示室全体を覆っており、スプリンクラーが作動し懸命に消火しているが、炎が消える気配はまるでない。


「ほらー!やっぱりロクでもないことになったー!」


「だったらアイスソード使えばいいじゃないですか!鎮火!」


「うおおおお!どうにでもなれ!」


レーヴァテインを落とし、アイスソードを呼び出して振りかぶると、今度は吹雪が巻き起こる。アスラの身体に霜がこびりつき、室内を覆っていた炎が消え失せる。


「寒ッ!?何でだ!?まさかラクシュミが持って行ったのは偽装品で、本物はあんたが隠し持っていたのかい!?」


「こっちが贋作だよ!」


「アババババ!!!」


さらにミョルミルでヒナギクを叩くと、広範囲に電撃が走り霊が取り落とす。さらに左手にドラゴンハルバードを呼び出し、シュンギクを突風で弾き飛ばす。すると、アリアの霊は消え去ってしまう。


「お、おのれ……ゲフッ!?」


アスラはネクターが落としていった数々の武器に手を伸ばそうとするが、プリスの拳が腹に突き刺さり、吐瀉物を撒き散らしてしまう。


「じゃあネクターさん、私は男の方を追いかけるので!あっ多分その間は悪運が纏められないのでここで待ってて下さいね!」


アスラが無力化されたと知るや否や、プリスはヒナギクとシュンギクを回収した後、外へ飛び出していった。ネクターはアスラを気遣い、介抱する。


「……な、なんかごめんな?ここまでのモンとは知らずに」


「ゲホッゲホッ!なあ、冥土の土産に聞かせてくれ……その能力、もしや何でも複製出来るのか……?」


「お、おう、そうだが?見たものしか出来ないとかいろんな制約があるけどな?」


ネクターはこれ見よがしにムラマサを複製する。それを見たアスラはわなわなと震える。


「そ、そんな能力があったらカラドボルグも五郎入道正宗も盗む必要が無いじゃないか!」


「うわあ!まだ元気じゃん!?」


「……私が怪盗行為に手を染めたのは、私が大の刀剣マニアだったからなのさ。世界中の刀剣を我が物にしたいと考えていてさ」


「く…………」


下らねえ。と、心底ネクターは思った。あまりの下らなさに言葉を続ける事すら出来ないほどに。自分の能力のせいで苦しんできたのとは大違いだ。


「殺すならとっとと殺しな。せめてそのムラマサで、ひと思いに斬ってくんな……」


アスラはすくっと立ち上がり、両手を広げて待つ。


「ああ、そうかよ。母さんを悲しませた罪は重いぜ」


ネクターは、感傷も無しにムラマサを大上段から構えて振りかぶった。


だが、その刃はアスラの身体を斬りつけることはなく、アスラの両手に挟まれていた。


「ハハハ!馬鹿め!これぞ真剣白刃取り!その刀、獲ったぞ!」


同時にネクターの前から髷を生やした霊が出現し、ムラマサを奪い取る。そのまま、ネクターを前蹴りで突き飛ばした。


「ゴホッ!」


「舐めてくれたね小僧!贋作だからか霊がハッキリしていないけど、これでも充分あんたを殺せるよ!」


「待て!せめて死ぬ前に使用料ぐらい払って貰おうか!俺が冥界に行くための6ギルぐらい!そうしたらここの床に転がってる奴も全部やるよ!」


「……ちょっと待っておくれよ、気勢が削がれちゃったじゃないか。これから死ぬって奴が、潔いもんだね。気に入った!ちょっと待ってな……ホラよ」


アスラが投げた6ギルをネクターが左手でキャッチすると同時に、ネクターの口角が吊り上がった。そして、ネクターの右手にはエクスカリバーが呼び出されていた。


「シロウトが、今更勝てるとでも……!?」


霊に攻撃を命じたアスラは面食らった。霊が、その媒介であるムラマサが、床に落ちていたその他武器が消えている。


視界に映るのは、エクスカリバーを大上段に構えるネクターの姿であった。


「なんかよく分からんけど死ねぇぇぇぇぇ!!!」


「アッギャアアアアアア!!!!!」

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