エージェントのはなし その2
「というわけでやってまいりました!」
「ゲボーッ!」
「オゴーッ!」
いつものプリスの超加速によって博物館まで引っ張られてきたアリアとネクターは同時にアスファルトへ吐瀉物を撒き散らす。プリスは慌てて二人の背中をさする。
「おーよしよし、大丈夫ですか二人とも」
「ふざけんな……大丈夫だったら吐いてねえよ……」
「ネクター……あんた苦労してんのね……」
「お二人とも三半規管を鍛えましょう。さて、時間もありませんし入りましょう」
「まだ30秒ほどしか経ってないんだけど……ちょっと待ちなさい。話つけてくるわ」
アリアは受付までヨロヨロと歩いて行く。二言ほど話すと、すぐに二人の所へ戻って行く。
「これであんたらの入館料はチャラよ。私は打ち合わせ行ってくるからしばらくデートを楽しんでいなさい」
「ありがとうございます母さん!これでお金が浮きましたよ!」
「それどころか成功すれば報酬も来るんだけどね。一応見学ついでに構造も見ておきなさい。予告10分前までには特別展示室集合ね」
再びアリアはよろめきながら博物館の中へ入って行く。プリスもネクターの手を引っ張り飛ぼうとするが、ネクターの握る手の力が増す。
「やめろ。普通に歩かせろ」
「えー」
「じゃあいい。一人で回るから」
「いやー!私としたことが配慮が足りませんでした!数フレーム前の私は愚かで反逆的でしたが、現在の私は幸福で優秀です!」
プリスはネクターの腕に抱きつき密着する。ネクターもプリスの扱い方をある程度心得たようだ。
博物館の受付まで歩いて行くと、受付が恭しくお辞儀をする。ネクターは慣れていないのか、お辞儀を返す。
博物館の内部は迎賓館のようであった。中央に大きな階段があり、見渡すだけでも6つの通路が見える。この時点で迷いそうだということはよく理解した。
「まるで実家みたいだな」
「マカリスターさんが昔の迎賓館を改築して作った所ですからね。本人は体のいい倉庫だと言ってましたが、相変わらずやり過ぎですよ」
「倉庫に入れんのに金取ってんのかよ」
「副収入ってやつですよ。蔵でカビさせるより、こうした方が道具も喜ぶんですって」
マカリスターには機械の言葉が分かるという能力が備わっている。そのついでにある程度の条件を備えていれば機械でなくとも道具の心は感じ取れるらしい。
「まずはあちらに行きましょう。私の第三の師匠に挨拶してきます」
「第三の?なんじゃそりゃ」
プリスの指差す方には出土品コーナーと書かれた看板がある。ますます要領を得ない。
「まあまあ、行けば分かりますって」
プリスに腕を引かれ、ネクターはなすがままに出土品コーナーへと入っていく。
まず、ネクターは眼前に広がる光景に気圧された。シオンやMマートとは違い、ガラスケースの中で整然と並んでいる展示物が見える。いずれもネクターが見たことの無いような品物ばかりであった。
それは壺であったり器であったり岩の中に骨が埋め込まれているものであった。ネクターは展示物の前にある説明を読み、理解を深めていく。
「なるほど、これらは太古の人間が使用していたものと。確か、孤児院で習ったような気もするな」
「別に博物館には武器だけがあるって訳では無いですからね。父さんはネクターさんに見聞を深めて貰いたかったのかもしれません」
「ふん、どうだかな。ほら見ろ、アルパライト鉱石まである」
「それを対インサイドシールドとして用いるような人はネクターさんぐらいのもんですよ……あっ居ました。こちらが私の第三の師匠です」
「……は?」
プリスが指差すのはアルパライト鉱石の隣に展示されている12個に連なった黒い鉱石であった。ネクターは当然困惑した。
「おっプリスじゃん。久しぶり」
「ギャーーー!?喋ったーーー!?あと動いたーーー!?」
黒い鉱石が身を起こし、人型を取りつつ声を発したのを見たネクターはあまりの驚きに悲鳴を上げてしまった。その様子を見た他の客がネクターを不審な目で見る。
「なんだこいつ。人を見て驚きやがって。失礼だな」
「クロスさんを見た人の大半は同じような反応を返すと思いますが」
ネクターは落ち着いてクロスと呼ばれた鉱石の説明を見る。
『クロス・ブラッククリスタル。とってもめずらしいよ。たまにおはなしをするとよろこぶよ。たまにいないこともあるからいなかったらごめんね。』
と書いてある。ネクターは余計に混乱した。
「すまん、説明を頼む」
「説明と言われましても……クロスさんはなんでか知らないけど伯父さんとかつて血みどろの殺し合いを繰り広げた超古代鉱物でして、私にマナの扱い方を教えて下さった人……じゃなくてなんかよくわからない鉱石なんですよ」
「余計に分からん!」
「惑うな青年。どこの馬の骨かは知らんが、世の中知らない方がいいこともある」
「変な鉱物に諭された……全然意味わからんけど……」
話していると余計に頭が痛くなる。おそらくプリスの狂人ぶりはこの鉱物が原因なのだろうと推測した。
「紹介が遅れましたね。こちら、私の兄で夫のネクターさんです」
「え?こいつウィンドウの息子なの?似てねー」
「はっ倒してやろうかこの野郎……」
ネクターはクロスの周囲にドリルを展開するが、プリスが羽交い締めにして止めようとする。
「あー!ダメですネクターさん!クロスさんに歯向かったが最後、なんかよくわからない超古代インサイド攻撃でこのへんが跡形も無く吹き飛びます!」
「お前さっきからふわふわした発言ばっかだな!?っていうかなんで展示されてんだよこんなのが!?」
「ここで寝てるだけでマカリスターが給料くれるからな」
「あ、説明し忘れてましたがクロスさんはマカリスターさんと大の仲良しですからね」
「すんませんでした」
マカリスターの友と聞いたネクターはクロスに向かって土下座する。プリスは狙い通りネクターが止まったのを見て冷や汗をかいた。
「さて、挨拶も済みましたので私達はこのへんでお暇しますね」
「ん?それだけの用事でここに来たのか?暇だなあお前」
「いえ、今日は仕事のついでにここに来ただけでして。なんでも、展示品を奪いにくる輩がお昼ごろにやってくるそうでして」
「マジかよ。じゃあ俺逃げなきゃ。真っ先に奪われる」
クロスは急いでバックヤードから出て行こうとするが、ドアノブをうまく回せずに難儀する。仕方がないので足を構成する二つの鉱石をドアノブに当て、手との計4つの鉱石を固定し開ける事に成功する。
足を失ったクロスは、全ての鉱石をバラバラに浮遊させ、展示室から消えていった。
「な、なんだったんだあの不思議鉱石」
「うーん、それとなく助力を頼みたいと思っていたのですが失敗しましたね。クロスさんはここの主みたいなものですから、内部構造を熟知しているので」
「お前よくあんなのと意思疎通を図ろうとしたな……」
「慣れれば楽しいですよ。それじゃあ、次のコーナーに行きましょう」
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