ウィンドベルのはなし その6
ウィンドベル本部屋上。フェンスに覆われただだっ広い空間には隅にある昇降口と中央に安置された鐘楼があるだけの殺風景な空間。闘うには持ってこいのフィールドだ。
ネクターとアリアは鐘の前で向かい合う。立会人のウィンドウとピエットは鐘楼の前に座り込んでいる。
「ここはね、かつて私とウィンドウが二度に渡って戦った場所。私にとってはいわば聖域みたいなものなのよ」
「なんでまたそんな所に……あと何で鐘なんだ」
「それは俺がマカリスターに頼んで鋳造して貰ったウィンドベルのシンボル。巨大な風鈴、世界を涼やかにするという理念を誓った約束の鐘だ」
ピエットが鐘を愛おしそうに撫りながら答える。
「今となっちゃ俺とアリアのウェディングベルになっちまったがな。ともかくここは幹部ですらおいそれと入れないマジモンの聖域だ。ここに招待した意味を、分かっているか?」
「分かってたまるかクソ親父。俺をここに縛るための誓いでも結ばせようってか?」
「……分かってんじゃねえか」
「ウィンドウ。あんたが喋るとややこしくなるから黙っていなさい。とにかく、私はここで戦うことであんたとのケリをつけたいだけなのよ。さて、最終試験を始めましょうか」
アリアは両手を交差させ、ローブの中に手を入れる奇妙な構えを取る。ネクターはアリアが戦う所を見たことが無いため、何をしてくるのかさっぱり分かっていない。
ただ知っているのは彼女が優秀な
だからこそ余計に混乱する。あれは剣の持ち方ではない。だが警戒はするべきだと本能が告げている。ネクターは両手にロングソードを構えた。
「おお、それがお前の能力か……いかんいかん、それじゃあ両者とも準備は整ったな」
「んじゃ、見合って見合って……
ウィンドウの号令と共にアリアが一瞬でネクターの眼前まで距離を詰める。ネクターは咄嗟に剣を交差させるが、アリアの腕が振り抜かれたと同時に剣が真っ二つになり消滅する。
ネクターは2、3度バックステップし再び距離を取った。攻撃の正体が掴めない。だが明らかに拳のそれではない。剣は切断されたのだ、それも刃先から。そのような真似をすれば拳が傷ついているはずだ。
再びアリアが迫るが、眼前に窓ガラスを呼び出す。アリアは何気無しに腕を振り、それを真っ二つにしてなおも突っ込んでくる。一か八かアリアの頭上にタンスを呼び出すが、それも切断される。
タンスに気を取られているうちにネクターは距離を取り生成したロングソードを複数射出するがそれも切り払われる。
「あら、あの体から生やすのは接触していないと使えないのかしら?」
「使いたくても使えねえんだよ!あいつが不運を封じちまってるおかげでな!」
苦し紛れにブルドーザーを呼び出し、アリアに突っ込ませる。これにはアリアも驚いたのか、ローブの中に入れていた手を出し、地面に両手を当てる。するとブルドーザーの履帯に無数の蔦が絡みつき、動きを止めてしまう。
「あんた凄いの呼び出せるのね……私なんかこんなの作ったら魔力が保たないわ」
「……どう言うことだ」
「こういうことよ」
突然ネクターの足元から巨木が生えてくる。ネクターはその衝撃で上空に吹き飛ばされたが、落下を始めるまでに窓ガラスで足場を作って己の体を受け止めた。
「いってえ……まさか、同じ能力者かよ!」
「私のは木製のしか作れないから実質あんたの劣化品ね。しかも地上でしか発動出来ない……まったく、空中戦は苦手だってのに」
アリアはローブの中からロッドを取り出す。先端にクリスタルがあしらわれ、所々に彫刻が施されている白いロッド。かつてガルシアに見せたそれの真作だ。
「せいぜい、逃げ惑いなさい」
アリアはロッドを振り回し簡易の詠唱を完了させると空から幾千本もの光条が周囲に降り注ぐ。ネクターは空中に窓ガラスを呼び出しながらその上を飛び回り避けていく。その内の一本が窓ガラスに突き刺さり、溶かしていく。
ついでに光条の一本がウィンドウに突き刺さり、ウィンドウはその場でのたうち回る。
「ギャアアア!アリアてめえふざけんな!」
「ほらほら、ちゃんと避けないとウィンドウみたいになっちゃうわよ!」
一方、ピエットは防護魔法を貼りながら涼やかに観戦を続けている。
「人をダシにしやがったな!後で覚えてろよ!」
ウィンドウがのたうち回り喚き散らす様子を見たネクターはほくそ笑みながら回避を止める。そして、光条はネクターに直撃……したかのように思えた。
ネクターの周囲はアルパライト鉱石で覆われていた。光条はネクターに命中される直前で全てマナに還元され、鉱石に吸収されていく。
「あっ!あの野郎アルパライト鉱石まで!?アリア、ステイ!そいつやっぱ生産要員として雇うから!」
「ごめん伯父さん。これ多分加工すると消滅する」
「あ……そうなの……」
落胆するピエットを尻目にネクターはプリスの言葉を述懐する。数日前アリアの戦闘スタイルについて言及していたことを。
地面からありとあらゆるものを生やし、聖魔法を乱射し、治癒魔法で傷を即座に癒し、二本の刀にインサイド属性を乗せた変速の居合を放つと。
「居合……刀……あっ!」
「なんだ。プリスったらそこまで喋っていたのね。だったらもう隠す必要も無いか」
アリアはローブのボタンを外し、これみよがしにはためかせる。その下に隠されていた白いワンピースにはとても似つかわない、二本の刀が腰に提げられていた。
「紹介するわ。銘はヒナギクとシュンギク。私自ら鍛造した自慢の
「自慢かよ」
「自慢よ。さて、そのアルパライト邪魔ね」
アリアはロッドを背負い左側に提げていた刀を両手で持ち、跳躍しながらネクターに向かって振り下ろす。
すると何故か刀は巨大化し、アルパライト鉱石ごと地面を砕いた。明らかにリーチが足りないと訝っていたネクターは咄嗟に回避したが、理解が及んでいなかった。
「シュンギクにはちょっとしたギミックを仕掛けてあってね。こうクルッと回すだけで形状が変化するように出来ているのよ」
アリアが巨大化した刀を難儀しながら180度回すと、刀は元の長さへと戻る。それを納刀し、またロッドに持ち替えて無数の光条を降らせる。
「さあさ、お逃げなさい!そんな重い物抱えながら逃げ回るのは無理でしょう!出した瞬間また切り潰してあげるわ!」
「うおおおお!なるほどこりゃ戦いたくねえー!」
ネクターは観念して地上へ降りて光条を回避しようとする。アリアは光条を自分で食らいながらも怯むことなくネクターへ迫っていく。最接近を果たしたと同時にロッドを捨て、居合の体勢に入る。
「ちっ!速い!」
ネクターはその隙をつき、飛び退いたと同時に窓ガラスを多重展開する。わずか50センチほどの距離全てに隙間なくガラスを敷き詰めた。
「そう来ると思っていたわ!シャイニングウィル!」
アリアが右手を抜き放つと、虹色の刃がネクターの腹を掠める。信じられないことに、刃が窓ガラスを全て裂きながら飛んで来たのだ。
「はい、もういっちょ!」
「うおおおお!?」
もう一回、左手から刃が放たれた。ネクターは咄嗟にブリッジ回避し事なきを得た。
かのように思われた。
「まず……っ!」
アリアの両手は、既にローブの下へと戻っていた。
「遅いわ!」
アリアの手が交互に振り抜かれ、無数の光の刃がネクターを苛む。幸いギリギリで展開していたアルパライト鉱石により直撃は免れていたが、このままではジリ貧だ。実際効かないと踏んだアリアは攻撃の手を緩め、左手に握ったシュンギクを回転させる。
「切り潰すって、言ったでしょ!」
「……射出!」
「ぶっ!?」
巨大化した刀を振り降ろされる直前で、アリアの頭上から大量の白い粉がバラ撒かれる。アリアは体勢を崩し自らの刀の重みに耐え切れずに前へ転倒する。
「ゲホッ!ゲホッ!何よこれ!?」
「さあ……」
「さあ……じゃないわよ!なんかすごいケミカルな味がしたと思ったらすぐに消えるし!私になんてもん食わしてんのよ!?」
「だから俺も咄嗟に出したから知らねえんだって!ホームレスのおっさん達がよく揚げた山菜にかけてたから食えるもんだと思うんだけど!」
常に天然素材を使用していたアリアは知る由も無いが、これは出汁の粉末だ。出汁を取るのが面倒な主婦層には人気の商品で、プリスも時短になるからと言って使っている事をネクターは知らない。
「まさか変な薬じゃないでしょうね……」
アリアは得体の知れない謎の粉を摂取してしまった事に恐れを抱きながらま、自分の後ろから生やした蔦に引っ張って貰い立ち上がった。
「あいたー!」
と、思ったらその勢いのまま後ろに倒れ込んでしまった。思いっきり尻もちをついてしまったアリアの足元は何かヌメヌメしたもので満たされていた。それは視認した瞬間に消えてしまい、正体が判別出来なかった。
「なるほど、ワックスとやらも消費財と……」
「なんで日用品に二度も転ばされてんのよ私……!あだっ!あだだっ!」
再び立ち上がる暇も無く、アリアの頭上からあらゆるものが降ってくる。ガラスの灰皿、陶器の貯金箱、ぬいぐるみ、頭が象になったなんかの置物、マネキン人形など様々だ。
かつてネクターが初めてシオンの雑貨屋に立ち寄った際にじっくり観察していたものを手当たり次第アリアの頭上から複製しているのだ。降ってくる物の規則性が分からず混乱するアリアはただそれを受けるしかなかった。
「うわっ、戦いたくねえなアレ……」
「アリア、とっとと防護魔法貼ればいいのに。なんでナメプしてんだ?」
「そりゃ俺だって無にすれば余裕だけどよ。あんなの、予測出来るか?」
「……いや、困惑する」
そして、トドメと言わんばかりに木製の本棚がアリアの身体を押し潰す。これで、勝負は決したかのように思われた。
しかしネクターも立っているのがやっとだ。アリアの動きを止めるために大量の複製物を呼び出したネクターの残弾はもはや尽きかけている。
アウトサイド能力は無制限に使えるわけではない。
一方、本棚や様々な雑貨に押し潰されたアリアは光魔法でそれらを消し飛ばし、急いで治癒呪文を唱える。すると、全身に負った打撲傷が全て元通りになる。そしてわなわなと震えながらロッドを取り出し、それを杖代わりに立ち上がる。
「よ……よくも……!あんた女の顔に傷をつけちゃいけないって親から教わらなかった!?」
「苦情ならクソ親父に言ってくれ!教育を間違えたのはアレの責任だ!」
ウィンドウを貶されたアリアの周囲の空気が冷え込む。アリアの身体から震えが止まり、静かな怒気をネクターに向ける。
「……ねえ、ネクター。その呼び方なんとかならないのかしら。正直顔を傷つけられるよりウィンドウをクソ呼ばわりされる方がムカつくんだけど」
「やだね。俺をアウトサイドになんか産んだ、しかもそれをわかっててやったあんな奴!」
「……まだ言うのねそれ。私はね、あんたやプリスがアウトサイドに生まれようが、デスクが魔力を枯らすニュートラルに生まれようが、知っていたとしても産んでいたわ」
アリアがロッドを両手に持ち、ゆっくりとそれを振る。明らかに何らかの大魔法が飛んでくる兆候だと察したが、もはやアルパライトを出す気力すら無い。
「だったらウィンドウだけじゃなく私も罵りなさい!ついでに親だけじゃなく世界そのものを呪いなさい!あんたは同じ境遇の誰かを救う為にウィンドベルに帰って来たんじゃなくて!?」
自分でも自覚していなかった真意を言い当てられたネクターは後ずさる。その隙にアリアはロッドを地面に突き立て、詠唱を開始する。
「力を貸しなさい脳タリン。あんたの夜叉孫を更生させる絶好のチャンスをくれてやるわ。其は外なる者を封ずる花の園、彼方へと続き全てを内に引き摺り下ろせ。咲き誇りさない!フラワリングガーデン!」
コンクリートで出来た無機質な地面が、コンクリートに囲まれた殺風景な屋上が、一面の白い花で覆われる。だがネクターはそれらから異常を感知できない。この花がインサイドで出来ているのは分かるが、触れた所で何の影響も体に及んでいない。
アリアは両手をローブの中に仕舞う。ネクターは光の刃を警戒し、再びアルパライト鉱石を出そうとする。
「がはっ!?」
ネクターの胴が刀によって切りつけられ、血が溢れ出している。防御が間に合わなかった?否、鉱石は出なかったのだ。気力はまだ完全に尽きたわけでは無い。ならばこれは。
と逡巡しているのも束の間、ネクターはアリアに抱き留められる。
「な、何やってんだ母さん……それより痛いから治癒くれ……」
「これが20年前、あんたを抱くためだけに編み出した対アウトサイド封印術式・フラワリングガーデン。全てのアウトサイド能力を封じる、私最強の独自魔法よ。あれから封印時間は伸ばせてないし、私とクリスタルロッドの全魔力を費やす欠点だらけのもんだけどね。というわけで治癒はあと1分ぐらい待ってね」
「それは残念だけど……何で抱いてんだって聞いてんだよ」
「……20年ぶりに再会した息子を泣きながら抱かない親がどこにいるってのよ」
「……そうかよ」
ネクターは20年前の、アリアを滅多刺しにする前に感じていた温もりを思い出す。プリスより暖かく柔らかい、初めて自分を抱いた母の抱擁を受けてネクターもアリアの腰に手を回して抱き返す。
「だから、もう安心なさい。あなたはもう戦わなくていいの。あなたを救う術はもう手に入れた。ウィンドベルなんか入らなくていい。お帰りなさい、ネクター」
「……ありがとう、母さん」
「ネクター……」
「……攻め入る隙を与えてくれてな!」
「ゴフッ!?」
ネクターは腰に回した手に力を入れ、そのままブリッジしてアリアの脳天を白い花に突き刺した。プリス相手には通用しなかったものの、筋力と対応力に劣るアリアには見事に決まった、綺麗なフロントスープレックスである。
「げっ……」
「外道〜〜〜ッ!」
立会人の二人はネクターのあんまりな行為に叫ぶ。ネクターはブリッジを解き、立会人達に向き直る。
「うるせえバーカ!勝ちゃいいんだよ勝ちゃ!大体な、俺が引き込もっちまったらあいつ……プリスはどうなる!あいつの自由はどうなる!アウトサイドの救済をお題目として掲げるならあいつを自由にしやがれ!テメーの子供も救えないで何が救済だ!」
「いたた……やってくれるじゃないの、言ってくれるじゃないの。まったく、この20年で何を誰に学んで来たのかしらあんたは……」
地面に倒れたままアリアが呻く。白い花は既に消えている。
「うおっ!?母さん生きてた!?」
「……まあいいわ。あんたの勝ちよネクター。こっから気合入れてあんたを切り刻むのは容易だけど、戦闘ではなくあんたの言葉に負けたわ」
「それって……」
「合格よ。そんだけド外道な事が出来ればウィンドベルでもやっていけるでしょ。但し、こうなったからにはあんたもプリスも私の下でこき使ってやるからね。己の言動に責任持って貰うわよ」
「よっしゃ!言質取りましたよ!やりましたね兄さん!」
どこからともなく飛来したプリスがネクターに高速で抱きつく。もとい衝突し、ネクターをフェンスに叩きつける。
「ごはぁ!傷!傷が開く!お前いつからここに!?」
「レイダーさん達から兄さんと母さんが決闘していると聞きましてコンマ2秒で駆け付けました!これで晴れて合格!ついでに電撃職場内結婚も決めましたね!」
「結婚は余計だ!」
「……ピエット、お前一応神父だよな。ここでとっとと式挙げちまうか」
「お、おう。よく分からんがとりあえず汝ら互いに愛し合う事をこの約束の鐘に誓うか?」
ピエットは困惑しながらもローブの中から宣誓書を取り出し、二人に向き直る。
「親父に伯父さんまで!?」
「もちろんです!っていうかもう同棲してますし、多分お腹の中に赤ちゃんもいると思うので今更ですよ!ね、兄さん?」
この場の空気がプリスの言葉によって固まる。
「お前……もう手ェ出してたの……?」
「引くわ……あんたやっぱりウィンドウの子だわ……」
「あ、やっぱアレまずいやつじゃねえか!実妹はやっぱダメなんだ!」
完全に狂人の戯言であり腹の中に子供がいるはずは無いのだが、ネクターは未だにそうだと信じている。
「んなことどうだっていいんですよ!ネクターさんは私を愛していますか!?愛していますよね!言うのが恥ずかしかったらキスとかでもいいんですよ!ほら、キース!キース!」
「……よく分かんねえけど、それだけでいいなら」
ネクターがいきなりプリスにキスを仕掛けたのに困惑しながらも、ピエットは約束の鐘を鳴らす。こうして、ネクターはウィンドベルの代理人となり婚姻届を出す前にプリスとの結婚を誓った。
その場のノリで簡素な挙式を執り行ってしまった後になってピエットは後悔する。本当にこれで良かったのだろうか?と。あと、思いっきり倫理的にマズい結婚を主導してしまい、主神に怒られないか?と。
ただ、当人達は幸せそうだからまあいいやと。現実逃避気味に己を納得させるしかなかった。
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