ウィンドベルのはなし その5

一次試験の合格を告げられたネクターは未だ机に突っ伏していた。多数の不合格者は既に試験会場を去り、ごく少数の合格者も面接会場へ順々に移動していった。この場にはもはやネクター一人だけであった。


(嘘だろおい、あれで合格出来るのか。やっぱ縁故あるんじゃ……)


あまりの不自然さにネクターは思案し続けている。明らかに創設者たる父親に喧嘩を売ったのだ。無事で済むはずがない。あるいは自分を家に戻したいがために呼んだだけとも考えたが、あながち間違いではない。


とはいえ自ら選んで実家に帰って来たのだ。その事態は想定している。少なくとも大嫌いな父親と顔を合わせるのは確定している。一言だけ言ってやりたい。何故自分を産んでしまったのかと。


もし運が良ければ、最も自分にはあり得ないが、大好きな母親もそこにいる。だとしたら謝りたい。あの時傷つけてしまったことを。


「受験番号4444番、面接会場までお願いします」


先程とは別の試験官が移動を告げる。ネクターは歩きながらまた思案する。明らかに一人一人を呼ぶスパンが短いと。計算したところ一人頭約2分といった所だろうか。試験など初めて受けたネクターですら気づいた。


面接会場は隣の部屋だ。移動に10秒とかからない。だからと言って残り1分50秒で面接が決するか。もう少し粘る者もいるだろう。と、考えている暇も無いぐらいの時間だ。既にネクターは部屋の前に立っていた。


「失礼します」


プリスに教えられたようにノックを3回し、ドアを開く。すぐに試験官を見て驚いた。事前の情報通り父親とピエット、そして望んだ通りに母親がいた。


「よう、20年ぶりだな。まあそこ座れ」


父親が試験官とは思えない口振でネクターに着席を促す。ネクターは父親を睨みつけながら無言で席に座る。


「自己紹介はいい。大きくなったな、ネクター」


「……んだよ、思い通りになって楽しいかクソ親父」


「……随分嫌われてるなウィンドウ。さて、真面目に行こうか。一応履歴書でも見たが、お前の志望動機について……人を助けるということだが、もう少し具体的に頼む」


ウィンドウとは対象的に極めて冷静に対処するピエットにネクターは少し気圧される。かつて自分の家庭教師を務めた男の鋭い眼差しに萎縮しながらも大きく息を吸って心を落ち着かせる。


「俺は……家を飛び出した後、とあるホームレスの人に拾われた。その人は己の能力でホームレスの皆を養っていた。だが俺に触れたせいで死んじまった。だからその人の代わりに20年間ずっと物を生み出して助け続けて来た。その延長なんだ。ウィンドベルが人助けを担う組織と聞いて俺はここで働く決意を固めたんだ」


家出した者にしては意外としっかりとした答えを聞いたピエットは思わず狼狽した。余程質の高い教育者に恵まれたのだろうと感心した。


「それに、これは妹の……プリスに対する恩返しでもある。あいつを自由にさせてやりたい。俺に縛られたあいつを」


「おいおい、プリスの奴正体バレてんじゃねえか」


「茶化すなウィンドウ。成る程、俺が聞きたい事はもう無い。さて、アリア。お前はどうだ?」


アリアがネクターをじっと見つめる。ネクターはピエットの視線よりもさらに緊張する。両者とも口を開かない。


(母さん、やっぱり怒って……)


「何だ喋らんのか。じゃあ先に俺から言わせて貰うが、何で俺がお前を鍛え上げていたと思う?」


「知るかよ。どうせウィンドベルの代理人としてこき使うためだろ?」


「半分正解ってとこだ。いいか?お前のその能力は危険極まり無かった。だからその恩人を死に追いやったんだ。未熟なまま家を飛び出したばっかりにな」


ネクターはかつてゲンが死んだ日の事を思い出す。あの時は復讐としてホームレス狩り共を殺した。ウィンドウの言葉が胸に突き刺さる。


「お前のそれはただの自己満足だ。贖罪のためにウィンドベルで働くって輩は少なくは無いが、お前の在り方は自分本位の罪滅ぼしだ。そんな強迫観念に囚われた奴をうちに入れるわけにはいかん」


「……じゃあ何で俺を産んだ。そうしなきゃ不幸になる人間はもっと少なかったはずだ。罪を贖うのは親父のほうじゃねえか」


その言葉を聞いた途端、アリアが椅子から立ち上がる。


「ちょっと、聞き捨てならないわね今のは」


「か、母さん……」


「そんな酷い言葉をウィンドウに投げかけるような奴に母だなんて呼ばれたくは無いわ。私が魔力を喪って気を失ってまで産んだ我が子にそんな事言われるだなんて心外よ」


唯一、自分に優しかったはずの母の豹変にネクターはショックを受けた。あの頃のように優しく抱き締めてくれた母の面影は何処にもない。


「でも、プリスの事は気に入ってくれているようで嬉しいわ。あの子、産まれた瞬間からあんたを救うとか言ったから私またショックで気絶しちゃったのよ。だから……私が聞きたい事はただ一つだけ。あんた、プリスの事愛してる?」


そしてそんな母から飛び出して来た質問にその場の全員が面食らう。しかし、アリアの表情は依然として真剣なままだ。ネクターは正直に答えることにした。


「……分からない」


「分からない?」


「分からないんだよ。愛だとか恋だとか。あいつから俺はあいつに恋しているなんて言われたけどそれが本当の事か分からない。そもそもまともに接した異性なんてあいつが初めてだったんだよ。ただ、あいつがすげえ奴だってのは分かる。いきなりおかしな事を口走ったり奇行に走ったりするけど、あいつはいつだって真面目だ。俺を救うって事も事実だろうし、こないだ市役所が倒壊した時も真っ先に人命救助に向かったしな。もしかしたら憧れてるのかも知れない」


一気に捲し立てられて、面接官三人とも驚いたままだ。最低でも尊敬や憧憬の感情は感じ取れた。


「あいつは、闇に閉ざされた俺に生きる道を示してくれた……光。そう、光なんだ。あいつは、俺にとって唯一の……」


「はいはい、ご馳走様。どうやらプリスの見立ては間違っていなかったようね。で、ウィンドウ。話遮っちゃったけどどうする?」


「……いや、いい。後はお前に任せる」


ウィンドウは終始ネクターの言葉に驚かされているばかりであった。それに自分が言いたい事はアリアが言ってくれた。これ以上口を挟む必要は無いと判断し、椅子に深く腰掛けた。


「では合否を出そう。一応説明しておくが、試験官の過半数が合格と判断した場合お前はその場で合格となる。いちいち書類郵送すんの面倒だからな」


「それでいいのかこの会社」


「社長は俺だ。なめんな。で、俺の判定だが……合格だ。はっきり言ってお前とプリスが組めばその能力は極めて貴重なものだ。うちとしては保護するという意味でも是が非でも入ってもらわねばならん。で、ウィンドウお前はどうする?」


「……不合格だ。知らん知らんこんな奴。プリスと一緒にどっか行っちまえ」


「あんだと……」


ネクターはウィンドウに向けて武器を射出しようとしたが、ウィンドウがアリアに目配せしながら言っていた事に気づき、武器の複製を止める。


「さて、私だけど……ちょっと屋上に来て貰おうかしら。そこで私と戦って貰うわ。あんたが勝ったら合格って事で」


「な、なんでそうなる!?」


驚くネクターとは対照的に、ウィンドウとピエットはニヤニヤ笑うだけだった。最初からこうするつもりだったのだろう。


「理由は二つ。私の体を滅多刺しにした恨みを晴らすため。もう一つは、私の悪癖で戦い合わなきゃ相手の事が知れないのよ」


ネクターには聞こえないほど小さな声でウィンドウがピエットに向かって「何言ってんだこいつ笑わせんな」と笑いながら囁く。ピエットは黙って頷いている。


だが、前者を聞いた時点でのネクターは違った。自らが未熟ゆえに引き起こした二つの不幸。今の自分を形成する重要な要素でもあり、罪でもあるそのうちの一つを持ち出されては引くわけにはいかない。


「親父、あんたは俺が贖罪に囚われているとか言ってたよな」


「事実じゃねえか。それがどうした?」


「もうそんなもんどうだって良くなった。ありがとう母さん。じゃあやろうか」


「んー……やっぱあんた私似だわ。じゃ、行きましょうか」


アリアは入口に向かって歩き出す。ウィンドウとピエットもそれに続いた。


「えっ何で親父と伯父さんもついてくんの」


「立会人」


「単純にお前の特異なアウトサイド能力への知的好奇心」


「……さいですか」


ネクターはあっさり答える二人に困惑しながらも三人の後に続いていった。

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