第2話 プリスのはなし

プリスのはなし その0

瀕死のアリアを部屋に運び込み、ウィンドベル支給品の回復薬を口移しで飲ませる。傷は復元された。しかし、傷を癒すのに消費した体力は戻らない。未だアリアは昏睡状態にある。


一瞬だけアリアの胴体を無にする。お腹の子は無事だということを確認する。直ぐに再構成し、冷や汗をかく。次いで、空間を引き裂く。その先にはピアノを弾いている黒衣の男クスターがいた。


「おい、クスター。すまんが今日の夕飯作ってくれ。アリアが倒れた」


「マジかよ!今日はパーティーだな!」


「……殺すぞ」


ウィンドウの大剣がクスターの胴体を貫く。クスターは直ぐにポーションを飲み、体を結合する。


「……殺してから言うな。にしてもマジでヤバいって事だな。何があった?飯のための派遣なら襲撃とかじゃないな?」


「もっとヤバイ。ネクターの能力が暴発した。非は全面的にアリアのものだがな」


「事情は理解した。ということは……待ってろ、俺の料理ならすぐに落ち着かせる事が出来る。5分だ、5分待て。それまであいつに接触するな。世界が終わる。お前ただでさえ嫌われてんだからよ」


「……頼む」


空間を元に戻し、アリアを見る。息は吹き返したようだが、意識は戻らない。


(まさか、俺の能力が無限の虚数に負けた?いや、違う。そうであったならアリアはお腹の子共々死んでいたはずだ)


今まで散々ネクターに触れてきた自分が不幸になったと思い至るが、すぐに可能性を否定する。いや、否定したかった。自分の甘さがアリアを危険に晒したなどと認めたくなかった。


クスターは5分待てと言ったが、遅すぎる。だが自分が行ったところでどうにもならないのは事実だ。ネクターの心を癒せるのはアリアだけだ。他の者ではかえって死体の山を築くだけであろう。


そのアリアを過失とはいえ瀕死に追い込んでしまったのだ。ネクターの胸中は穏やかではないだろう。


「……父親、失格だな」


「何を今更。ほれ、出前届いたぞ。とりあえずネクターの分だけな」


クスターがおかもちを持ってウィンドウの前に現れる。予定していた時間よりかなり早い。


「速いな」


「とっととこれ持って行け。早くしないとまずいことになる」


「面目ない」


ウィンドウはおかもちから取り出された料理を手に持ったままドアをノックする。反応はない。当然だろう、自身の能力を暴走させてしまった者が落ち着けるわけがない。


彼が任務の中で見てきた者は発狂するか塞ぎ込んでしまうかのどちらかしか居なかった。息子は後者であることを祈り、ドアを開ける。


しかし、ウィンドウの予想は大きく外れた。ベッドの上で縮こまっているか、部屋中が針の山になっているかのどちらかを想定していた。ネクターは既に部屋から居なくなっていた。


直ぐに部屋の異変に気づく。窓が無くなっている。ありえない。あの窓は愛用の大剣をうっかり投げてしまってもヒビ一つ入らなかったほど頑丈だったはず。それを齢4つになったばかりの幼子が?


(いや、ネクターならやりかねん)


ネクターであれば能力は二つ。触れた者の運を無くす、ミスフォーチューン。一部制約があるものの自分が見たものであれば全て複製出来る、シャドウファンタズム。


無機物に不運を付与する事は出来ない。よって後者だ。窓が綺麗に無くなっているということは、わずかに小さいサイズの窓を嵌まっていた位置に出し、そのままくり貫いたのだろう。アリアにやった事の応用だ。


しかし、我が子の知能が発達していることを喜んでいる暇はない。続いて窓の先に滑り台が設置されているのを発見する。もちろんこんなところに遊具を置くようなことはしない。ネクターが作ったのだ。


滑り台を降りて足跡を探る。まだ5分も目を離していない。見つけるのは容易だろう。だが、滑り台から先には足跡が一切ついていない。


恐らく何らかの方法で痕跡を消したか、空に道を作って歩いたか、はたまた小型のエーテルドライバーでも作ったか、もしかして自分はネクターの能力をレジストしきれなかったのか、あるいはネクターの能力範囲が拡大しているか。


考えすぎてドツボに嵌まっていく。ネクターの能力には無限の可能性がある。そのパターン全てを考えるなど不可能だ。ましてや、運などという最高神レベルでしか知覚できない概念の事を考えたらキリが無い。


とにかく分かっているのはネクターはその能力故に絶対に死ぬことが出来ない。そういう星の下に生まれているのだ。息子一人に運命神が動いてくれるはずはない。ウィンドベルを動かした所でアレに勝てるのは自分だけ。それも良くて五分五分の確率だろう。


「すまん……本当にすまん、ネクター。無責任すぎて情けなくなるが、強く生きてくれ。今の俺にはそれしか言えん」


滑り台をよじ登りながらどこにいるかも分からない息子に謝罪する。もしかしたら不幸を振り撒くことで討伐依頼が出るかもしれない。そうなったら無償で依頼を受諾し、保護するだけだ。市民の犠牲は避けたいが、息子と他人にかける重さは天と地ほどの違いがある。


優先順位を繰り上げる。アリアの母体を保護すること。それが、同時にネクターを救うことに繋がる。かつての第三子にして長女。ウィンドウ最後の子供。


プリス・スモールサイズの誕生こそが、ウィンドウの切り札であった。

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