私は子供を育てているつもりだった
今日もまた昼食も済ませベランダで日に当たりながら読書をしている。
心地の良い満腹感と午後の日差しの暖かさにまどろむ視界で目の前にある紙に書かれた文字は文章の体をなしていない。
うつらうつらしながらも本を読みたいと目を開けるが気づくとまた目を半ばまで閉じてしまっている。
「大丈夫ですか?」
女性の声が聞こえた。
一瞬ここに同居人は居ないはずだ。と思い反応が遅れる。
違うじゃないか。
もう共に暮らし始めて半年も経つというのに誰かに家で声をかけられるという感覚には未だ慣れない。一人暮らしが長かったからだろうか。
「大丈夫だよ」
本を目の前の机に置くとリビングから少し窓を開けて覗き込む様子の会話相手に返事をする。
「なら良かったです」
会話相手は笑ってリビングに戻った。
ここまできて考え直す。自分は自分以外の存在が家に居ながらリラックスして眠ってしまいそうになっていたのだ。これを安心と言わずして何と言うのだろうか。
吹き飛んでしまった眠気だったが本の続きを読む気にはならずリビングへ入った。
「今日はもう読まないんですか?」
先程の会話相手はリビングに入ってきた僕を見ると聞いてきた。
「ああ、ちょっとね」
僕も特に理由がある訳ではないので視線を右へずらして壁を見ながら答える。
「何かありましたか?」
そんな様子に不安そうに聞いてきた。
「いや、何でもないんだ。そうだ、手伝うことは……無い、よな」
「はい! 全部任せてください!」
「いつも助かってるよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
僕は家の仕事を何もしていない。すると邪魔になるらしいから無闇にできないのもあるがしなくていいと言われると手持ち無沙汰でこの状況には慣れていないと言っていいだろう。
なんだか老人扱いされてるみたいだ。と思った。
つい最近まで子供だと思って大切に育ててきたつもりだったが生活の殆どの能力で追い抜かれてしまった今では自由にしていてくれと言われる始末だ。
やることもなく結局ベランダからリビングへ入ってから一歩も動いて無い事に気づき左手側のソファに座る。丁度、会話相手が見える位置だ。
僕にはこうして会話相手を見守る事しか家での役割は無い。
もう既に親子の関係は年をとった親と若い子の関係になっているのかもしれない。
それならば現状は納得だ。
能力が上回っている方が相手を御する。そんな関係だったのかもしれない。
いずれ会話相手にも子ができてそのまた子ができて世界は進んでいくのかもしれない。
そうなったら僕は一体どうなっているのだろうか。
「お掃除の邪魔なのでもう少しベランダで待っててもらってもいいですか?」
「お、済まない」
会話相手は既に昼食後の皿洗いを終えてリビングの掃除に移っていた。
そそくさとソファから立ち上がりまたベランダで腰かける。
テキパキと仕事をこなしてくれるのはありがたい。休む事なく活動できる事を羨ましくも思う。だが本質的には僕と会話相手には違いがある。
どれだけ本物に似ていても僕は僕で会話相手は会話相手なのだ。
もし僕が会話相手を自分の子供だと思っていてもそれは思考の中での話であって空想と何ら変わらない。
当たり前だろう。
「終わりましたよ」
「分かった」
さっきからウロウロしてばかりの自分に笑いかけ部屋に戻る。自分だって時間ができたのだし何もしないでのんびりするのもいいが会話相手に仕事を全て任せなければいけない訳ではないのだ。
会話相手は僕が作ったロボットなのだから。
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