我々は何者なのか
私は犬であり、その事を今まで疑うことなく生きてきた。
猫は猫であり、鳥は鳥だ。
しかし、これらに名前を付けたのは我々では無いらしい。
先日、
「なあ、犬という風にはじめに言いだしたのは誰なんだ?」
と知り合いの歴史家に聞いたが、
「実は、そんな記録は残ってないんだよ」
それ以上の返事をもらうことはできなかった。
犬にも細かく種類があるがそれも誰が言い出したのか定かではない。
猫も鳥も同じだという。
遥か昔からの話であり記録が残せるよりも前から出てきたのではと言われればそれまでだろう。
だが、これは本当にそんな話なのだろうか。
昔すぎるとか、別の案を出すのなら、途中で伝承が途絶えてしまったとか、そんな事で済む問題なのか。
考えすぎなのかもしれない。
いくら我々の文明が発達したとはいえ過去に遡ることは未だできない。できるのは今まで残っている証拠から状況を推測することくらいなものだろう。
だが、わからないなら考えなくていいのか。
何か、どこかにヒントとなるようなものがあるかもしれない。そう思い近場の図書館を目指して歩き始めた。
「久しぶりだな」
いつぶりだろうか。こんなに好奇心に動かされて行動していることもそうだが、図書館に足を運ぶのも学生時代依頼かもしれない。
金が無かった当時は本を読むにはここしか無かった。
しかし、今では生活の余剰の金で読みたい本を買って読むことができる。返さなくては、という変な緊張感を抱かずに、それでも、金を払ったのだからという新たな緊張感の中で本を楽しんでいる。
だから、もう図書館には来ないのだろうと心のなかでは思っていたが資料を求めて行動を起こすなら基本を抑えるためにも手っ取り早いと考えたのだ。
「こんにちは~」
「こんにちは、あっ」
司書さんも覚えていたらしく声を漏らした。
「お久しぶりですね。当時のことは覚えてますよ」
「いや、忘れてください」
「そうですよね。それで今日はどんな用で来たんですか? 本当に久しぶりですよね?」
「ええ、ちょっと犬という言葉をはじめて使ったのは誰かという事を知りたくなって」
「なるほど、それなら歴史の本がいいかもしれませんね。とってきますね」
「お願いします」
大人になってまで小さな好奇心で行動していることを笑われるかと思ったらそうではなかった。
そこからは早かった。
「おまたせしました。この辺の本がこれだけあれば十分だと思うんです」
「ありがとうございます」
「どうします?」
「持ち帰って読もうと思います」
「わかりました」
借りる手続きを済ませて、持ってきた袋に入れてもらった。
「ありがとうございました」
「いえ、また何かあればいらしてください」
「はい」
そこから家に帰るまでこれで答えが分かるのではないかというワクワクで胸がいっぱいだった。
歩いていても聞こえてくる胸の鼓動が不快でなくむしろ心地の良いリズムのようでいて足取りは軽かった。
だがそんな思いは甘かった。
無かった。
本の内容は面白くあっという間に休日が消し飛んでしまったが無かった。
それはそうだ。たまたま知り合いが失念していただけという可能性でしか誰だったかという事を見つけられるという事は無かったはずなのだ。
その事実をそのまま頭の外にでも放り出してしまったのは自分のほうだった訳だ。すっかり忘れて読みふけってしまっていた。
しかし、読んでいる間は楽しかったのだから後悔はしていない。たとえ無駄足だったとしても決してやらなかったほうが良かったとは思わない。
それに気になること、次への取っ掛かりも見つかった。それを見つけたときの自分の様子は今でも鮮明に思い描ける。
あれは最後の一冊を、ああ、これでもう終わりか。と心のなかで唱えながら読んでいた時の事だ。たったに文字の言葉が犬の名付け親と変わって頭から離れない。
それは、
「ヒト?」
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