Decisive reject ―お断りします断固――

にーりあ

EXILE TRIBE

オオトモ=リュウザブロウ異世界へ(異邦人召喚①)

渋谷にある某スタジオにその日龍三郎は来ていた。


ペンシルビルといって差し支えない特徴的な建物の最上階にスタジオはあった。


「お疲れ様です」


スタジオに入ると卓の前でキメポーズを決めている男がいた。


上半身は裸。振り向いた彼の胴体には、マジックで七つの傷が書かれている。よく見れば、卓の上には油性マジックペンが転がっていた。


「あお……大友です」


そういえばフリーになったのだ。前の事務所の名前を出しそうになり、龍三郎は慌てて口をつぐみ言い直す。


その挨拶に対して


「お前はもう、死んでいる」


男の一言。


対峙する二人。


しばしの間。その後彼は、とうとうと説明をし始めた。


曰く、彼は龍三郎の経絡ひこうなるものをついたらしい。


曰く、だから龍三郎は死んだ。


曰く――。


龍三郎には彼が何を言っているかがわからなかった。少なくとも、龍三郎に死んだという実感は無かった。


何の冗談だろう。彼は苦笑する。うんざりしつつもそれを表情に出さなかったのは年の功というものか。


この空気をどうしたものか。龍三郎は気を使った。インプットされた空気データにどのような加工を加えれば落としどころに落とせるのか、それを精いっぱい考える。しかし残念ながら名案が浮かばない。うまい返しを思いつけなかった彼は、問題を先伸ばすため苦し紛れに質問をした。


「そんな簡単に人は死ぬものですかね、なるほど、そうですか。するとここは、天国、なのでしょうか?」


「いや、天国ではなく世紀末。鋼鉄と暴力の世界……そう、ここは二千エックス年。そして俺の名前はけんしろう」


意味不明な答えのみならず聞いてもいない世界背景と登場人物の名前が追加されたことに龍三郎は正直どうしていいかわからなくなった。先送りにした問題が雪だるま式に大きくなりそうな予感がした。だが、絶望的な選択だと理解しながらも彼には話の流れを変えたりぶった切ったりすることはできなかった。悲しいことに、彼は、社会人であったのだ。


「けん・しろう? けんさんですね。どうも大友龍三郎です」


「おおともりゅうざぶろう」


七つの傷を持つ男けんはそう呟くと、拳法の構えをとり、続けた。


「お前は何故平然としている。まさか、我が拳が効いていないのか?」


「いえその……あまり現実感が無いからでしょうか? そもそもそれらは私がききたいことなのですが」


切り上げたい、こんなやりとり。そう思う反面、これから仕事上の付き合いをしなければならない人物を邪険に扱っては今後に差し支えるのではないかという危惧もある。この業界、噂話はあっという間に伝播する。龍三郎はこの業界で長く仕事をしてきたベテランである。それがゆえに、その影響力が軽視できないものであるという事をよく知っていた。


「体の一部に激痛はないか」


お前のせいで頭が痛いよ。とは言わない。思ったことをそのまま口に出すのは若年者のすることだ。龍三郎には分別があった。


「激痛どころか、どこか夢の中なんじゃないかと思えるような心地です」


「達観しているな」


それはどんな皮肉なのか。龍三郎には彼の言葉の真意がつかみかねた。


「ところで……私が仮に死んでいるとして、そうすると今日の収録はどうなるのでしょう。できれば早めに進めていただけるとありがたいのですが――」

「それは叶わぬ。お前はもう死んでいる。生き返らせる経絡ひこうは無い」


どや顔の男に龍三郎は一抹の不安を覚える。いやその感覚には、それがすぐに一抹どころでは済まなくなるという確信に近い予感も混ざりこんでいた。


「ひこうをつかれた者は、死、あるのみ」


「はい」


「しかし俺は事前に行う約束の三秒予告を怠った。お前の気持ちはわからぬわけではない」


「……はい」


「この傷とともに、お前の心を、この俺の心に刻もう」


「…………(え?)」


この遊びはいつまで続くのだろう。


このままではらちが明かない。時間は有限なのだ。出口が見えなくなった龍三郎は、仕方なく少し強めの態度をとることにした。


「そちらの事情は分かりましたし、無理強いをする気もありません。収録を始めていただけると助かるのですが」


「お前はもう死んでいる」


「それは、もう何度も聞きました」


「だがどうしてもというなら、お前の希望は叶うかもしれぬ」


「どうしてもお願いします」


「この傷とともに おまえの心をこの俺の心に刻もう」


「それも先ほど伺いました」


「幼い子供たちの涙が、悲しみが、俺をここに連れてきた」


「それは今初めて聞きました」


「お前が悔い改めて善行を積むというのなら、彼らが助けてくれるかもしれぬ」


「はぁ。あの、そう言われましても……」


龍三郎は気分が悪くなってきた。老人は我慢が苦手なのだ。【切れやすくなる老人】の話題は時々社会のニュースにも取り上げられる機会が増えたが、歳をとると体力の衰えに比例し我慢力も衰える。


どんなに研鑽を積もうとも多かれ少なかれそうなるのは人間ならば仕方がないことであるし、龍三郎とて例外ではない。


次第にいらだちが彼の心をかきみだしていく。体が汗ばんでくるほどに。


「その……いい加減にしていただけませんか――」「異世界へ行くがいい」


そこで、新設定の追加である。


「異世界?」


「ここは二千エックス年。ここでのお前はもう死んでいる」


「なるほど。異世界なら死んでいないから大丈夫と。しかし私はこの世界で仕事をしてさっさと家に帰りたいんですがね」


「たとえ99%勝ち目がなくても……1%あれば……戦うのが 北斗神拳伝承者としての宿命だ!!」

「むちゃくちゃだよアンタ!」


とうとう龍三郎は我慢の限界に達し、ふざけるな! とばかりに思わず怒鳴ってしまう。


だが今の一言が少々のガス抜きとなったのか、龍三郎はいかんいかんと我に返った。


自分は悪くない。しかしだからといって相手を怒鳴りつけていい理由とはならない。龍三郎は目立たぬよう深呼吸をし、「(イニシアティブをとられたな)」と思いつつペースを取り戻す努力をする。


「行くがいい。オレの心はいつも お前のそばにいる」


「いや待ってください。私はまだ行くとは――」

「お前にはこれをやろう」


「って、なんですこれは。スマホですか」


「言い残すことはそれだけか」


「待って、まだ何も伝えられてないです」


「お前も死んだ後のことを考えなかったようだな」


「普通こういう死に方は想定していないものかと」


「バッテリーは魔力で充電できるそうだ」


「は? スマホの話? 唐突だな!」


「敵意より哀しみ……お前の目は、哀しみに満ちている」


「それがわかるなら勘弁してください。こんな冗談いつまで――」

「だがこれだけは言っておく!」


けんしろうが軽く手をかざした瞬間、あたり一面に光が溢れた。それは幻想的で、非日常的な、淡く、何もかもが溶けていくような、柔らかく暖かな光だ。


「バット。最後だ。母さんと呼んでやれ」


「は?! えちょっ! まっ! バットって誰! 俺の事!?」



次の瞬間、龍三郎は意識を手放した。




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