第11話 より高き山

 時だけは全てを区別なく抱きしめ撫で送る。

 ドルクの苦悩に関係なく、日々が過ぎ去り、イエニスが街へとやってきた。

傍らには仮面と美形、大腕やデュオンら『我ら』の姿もある。以前よりも数を増しているのは、それだけ味方を得たと言う証だった。

 街の『我ら』は勿論、民も熱狂して彼を支持した。全員とはいかないものの、『我ら』を憎んでいるだろう民から支持を受けていることがイエニスの力を示している。

 花が舞い、涙して彼との握手を求める者さえいる。

“戦果”を惜しみなく配るイエニスの姿には違和感がなく、“そうする”ことがごく当然のことであるかのような威厳が備わっていた。

 腕力だけではない、精神、言動、外観、全てを含めて彼は“強い”。

 

それが父の夢を体現していると、群衆から外れ、輿を肩に乗せて姿を見ていたドルクにはよくわかった。“ドルク・ヤマヨコ”が目指したのは、イエニスの姿だろう。

だからこそ雪辱以上に、渦巻くものが強くなっていた。夢の体現を倒して、名誉と強さの証明が得られるのだろうかと。


 肩を叩かれハッとしてドルクが振り返ると、スキンが立っていた。

「この後、部屋に案内する。イエニス様の言うとおりにしろよ」

「……ダメだ」

 スキンの声を聴いて輿の中からニッキが唸り、アグウが威嚇するように痰を吐いた。


 意外にも、イエニスたちは小さな宿を取っていた。警備上の問題もあるが、初めて訪れた時から常用しているので心安まるのだった。驕らず質素を好むと周囲への示しにもなる。

 中では当人たちはすっかり慣れ親しんだ実家であるかのようにくつろぎ、スキンに連れられたドルクらを見ると気軽に挨拶をした。

誰もが油断しきっているように見えて、必ず誰かが自分を監視している。初めて対峙した時には気づかなかったが、イエニスと側近以外も精鋭ぞろいであり、ドルクは未熟に恥じ入らざるを得ない。その気があれば、あの森で容易く抹殺されていたと改めて実感する。

 『我ら』の中にデュオンの姿もあり、気に入りの子供を見つけたように駆け寄って肩を組んではしゃいでいた。あまつさえ激励さえされて、ドルクも流石に反発を示すとそれが嬉しいのかますます馴れ馴れしくなっていた。

 

 イエニスの部屋に通されると、彼と側近である仮面と美形に迎えられた。

部屋はドルクらの家の内装とほとんどかわりなく、ニッキの飾りがない分みすぼらしくさえ思える。

 だが、この男がいるだけで雰囲気がまるで違った。

 迫力と言うべきか華と言うべきか、ともかく隔絶したものを彼は醸し出しているのだ。仮面と美形も恐ろしいほどに強い。

 イエニスは微笑を称え、座るように促し、美形の申し出を退けて茶を3つ運んできた。

ドルクは輿を傍に下ろし、出入り口を少しだけ開けてニッキへ茶を渡し、ねだるアグウにはやや無理やりな態勢で飲ませた。

わざとらしく音を立てながら茶を啜る赤子にも、イエニスは不快を現さず、むしろ微笑ましくドルクたちを見た。

「仲良くやっているようだね。それと、『知れず射ち』の件を聞いたよ、見事だ」

「……誇れるようなことじゃない」

「過去を知るとね、しかし、どうあれ『我ら』を傷つけたのは事実だ。止めねばならなかった」

「そんなことを言いに来たのか?」

 ドルクの言葉にいらだちが混じったのは、すっかり呑まれているのを自覚したからだ。悔しいが年季が違う、まして話術は得意ではない。

 イエニスは非礼を詫びるように頭を下げてから立ち上がった。

「心境の変化を聞きたいんだよ。どうだい、私たちと来ないかい?」

「……俺が頭なら考えるぞ」

「やっちゃう? パパン?」

 アグウに答えるようにドルクが立ちあがると、険しい顔をした美形が呼応して割り込もうとし、仮面が彼を抑えた。

 イエニスは困ったように肩をすくめる。

「う~ん、色々見てきてそれでもかい?」

「最強と名誉、俺が欲するのはそれだけだ」

「お父さんはそうかもしれない、それを尊ぶのもわかる。私が『我ら』のために戦うのも父の遺志があって、けどその途中で自分の意見も持つようになった。君はどうかな?」

 ドルクは苛立ち一歩を踏み出した。

 反論ができない。聞けば聞くほど、イエニスが正しく思える。

 だが、受け入れてしまえば父の夢を否定することになる。我欲があり、思い返せば鍛錬に心血を注いだ日々の“思い出”が崩れてしまいそうだった。

 そう、これは彼個人の意志である。

 “父のためにも正しいと思う行動を取れなかった”。

 もう一歩を踏み出すと、仮面を押しのけた美形が立ちはだかった。

 見惚れてしまうような顔であるのに、目の印象だけで彼を危険なものであると錯覚させるほどだった。とにかく険しく、怒りに燃えて絶えず震えている。

「頭に手を出すこと、俺が許さん」

「はあ~? なんだいあんた―」

 美形が放った鳩尾への一撃を、ドルクは辛うじて防いだ。

「貴様―」

 美形はドルクへ鋭い連打を叩きこんできた。

 ドルクは捌いて反撃の隙を見出そうとしたが、速さと重さにそれを断念し防御を選ばねばならぬと判断し腕を固めた。

 美形の連打もさることながら、その狂騒にドルクは気おされた。涼やかな顔が怒りに燃え、獣のように吠えながら拳を振るうのだ。

 ほんの一瞬イエニスと仮面を窺う。二人とも止めずにこの戦闘を眺めているのみだった。奇襲ではない、試している。

 美形が不意にドルクの膝を蹴りつけ、そのまま倒して拳と頭突きを見舞った。

 抑え込む隙を伺いながら、ドルクは一抹の不安にかられた。

 その“隙”を見出せないのだ、いずれにしても反撃を受けるか、逆に抑え込まれてしまうかと判断出来てしまう。既に片目が濁った様相を露わにし、息も切れ始めていた。

 あり得ない、イエニスのあれとは違う。不意打ちとはいえ、父に授かった技術で打開策が見いだせないわけがない。

 だがー

 背中からアグウが飛び出した。顔だけは赤子そのままに、6本腕の熊の如き獣の姿になっている。美形の“天敵”なのだろう。

「きええええ~‼ パパンに助太刀よお‼」

 猛然と襲い掛かるアグウに美形は手を止め、ドルクは素早く脱する。

 あちこちが痛むが深刻な傷はない、冷静になれば素手でも十分対抗できるはず。

 だが、美形はそうさせてくれなかった。

 彼が右腕を突き出すと、砂粒でできたように崩れて床に散らばる。

その砂粒は意志をもったようにアグウの全身を包み込むと、硬質化し動きを封じてしまった。

アグウと同じ『胎矛具』だ。

 “天敵”たるアグウですら容易く無力化した美形に、ドルクは恐怖しながら踏みとどまって殴りかかった。狙いは砂化し消失している右手のある側面、片腕では速度も確実性も遅れる。

 が、美形はその目論見を容易く看破し打ち破った。

 アグウを覆う砂を瞬時に解き、右腕へと形成しなおすとドルクの顔面を迎撃した。

 アグウは勢いのまま空を切り払い、ドルクは潰れた目に打撃を叩きこまれて直撃を許して吹き飛ばされた。

 美形は追撃を頭蓋に叩き込む。1つ、2つ、3つ。

 気づいたアグウが咆哮と共に止めに入る前に、仮面が美形を抱え上げて引きはがした。

「何をする!」

「そこまでだ、殺すこたあねえだろ? いいから落ち着け」

 美形は暴れて拘束を解こうとしたが仮面は許さない。

 ようやく彼が大人しくなったのは、アグウがドルクを抱き起して活を入れた頃だった。殴られた顔面が赤く腫れあがって、潰れた目と鼻から血が垂れ流されている。

 ニッキが輿から飛び出して、ドルクを必死に支える。

「ぐ……」

 ドルクは呻いた。頭部への打撃で平衡感覚が狂い立っていられない、出血もあるという事は危険な損傷の可能性もある。

 が、それ以上に精神的な敗北感が大きかった。

 このまま続ければ間違いなく死んでいた。イエニス時のような言い訳もできない。

 自分は、父は、紛れもない敗北を喫したのだ。

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