第10話 雪辱の機会なれど

 『知れず射ち』の討伐により、ドルクは称賛を得ることができた。特に『我ら』からは感謝が多く、祝いの品が多く届いた。

 何よりも、ついに町はずれに自らの家を得ることができた。同じような境遇の『我ら』の集まる地区で、スキンが口利きをしてくれたのもあるが、家主が伝染病で死んだために貰い手のないあばら家が出てあてがわれたのだった。

補修の必要はあったが、それもまた楽しかった。

 意外にもニッキは率先して補修を行った。馬小屋にもならないと文句を言いつつも、自分たちだけの空間ができたのが嬉しかったのだろう。

 そのままだった家具を掃除し、わざわざドルクを連れ出して、きれいな石を拾い花を摘んで飾った。初めて輿に入らずに外出し、指摘されるまで気づかない程だった。

ドルク自身も生家を思い出して安堵する気持ちがあったし、アグウでさえ背から離れられないはずなのに部屋を欲しがった。

数日はそうして家を改修することに精を出し、ひと段落と言う頃にひょっこりとスキンが顔を出した。

 土産の食糧を置いて、花と石に飾られて、掃除も一通りされた室内に口笛を吹く。

「よっ、色々聞きたいだろうと思ってな」

「『のっぽ犬』の女だね!」

 アグウが喚き、ニッキが輿に入って隠れた。スキンが彼女を好まないように、彼女もスキンを嫌っているのだ。

 スキンはニッキを無視し、勝手に机に座ってドルクへつらつらと情報をしゃべり出した。

 『知れず射ち』がとある貴族の私兵であったこと。戦後迫害と追悼で居場所を亡くした彼は、存在理由を求めて民に請われるままに暗殺者に身を落とした。

 貴族、その関係者、『我ら』、民の憎悪の対象を狩る立場には皮肉にもその対象と同じ存在が多くついていた。珍しいことでない、そうでもしなければ後は野盗くらいしか働き口はなかった。

 スキンはそんな彼らを嘲るように続けた。

「元はウィニシって貴族の兵隊長だったとか」

 ニッキは輿の中で息をのんだ。その名を持つ貴族と会ったことがあるのだ。もしかすると、顔を合わせていたかもしれない。

 ドルクは聞きながら、父の事を知りたいと切に思った。家の改修でまたも先延ばししていたが、いつまでも放置はできない。あの男と旧知であるならば猶更である。

 故に、次のスキンの言葉に飛び上がりそうな程驚いた。

「お前の親父もその同類だ」

 二の句が付けないドルクを、スキンはしてやったりと悪戯な笑顔で迎えた。

「あたしたちは結構物知りなんだ」

「パパンのパパンかい?」

「ち、父だとどうして……」

「名前だ、ドルク・ヤマヨコ、それで探して見つけた」

 曰く、ドルク・ヤマヨコはとある大貴族の傭兵であった。独自の戦闘術を極めており、教官としての任の方が重きを占めていた。

 個人の武力は勿論、指導も優れ人格も良好と誉れ高い男ながら、彼の人生は予期せぬ流れに飲み込まれることとなる。

 雇い主たる大貴族が、勢力争いに敗れ領地を逸した。のみならず、その大貴族は敵国へ情報を土産に亡命を図り寸前に露見、捕らえられ一族処刑の憂き目にあった。

 一説には亡命自体が虚報とされながらも、名目上は売国奴としての処分と、かねてより周囲との軋轢の多かった彼らに同情の声もなく、興味を示されたのは財産の行方のみだった。

 その臣下も悲惨であった。取りつぶしの理由が理由であるだけに、貴族は無論民にも忌避されて雇用先が見つからない。貴族に従い生きてきたために真っ当な暮らしもしらず、奴隷に落とされ春を売って、それでも餓死する者が続出した。

 その中に、父ドルク・ヤマヨコはいた。

 己が腕だけで権力と名誉を得んとした野心家の道はここに閉ざされたのだった。数年は道場破りや野盗まがいのことで自身を誇示したが、やはり受け入れられずにいつの間にか姿を消していた。

 誰も知らず、知った者がいても死するだろうと思われた男は、『狼』の子を得てその野望を託した。

 最早自分の身では栄達が望めないならば、その技術を持った“息子”に代替させる。鍛錬し、育て上げ、そして名前だけは功名心からか捨てきれずそのままに与えて、男は生涯を閉じたのだ。

 そして“息子”もまた、数奇な運命を辿る。貴族の娘と『胎矛具』に囲まれて、同族の希望の星へ挑まんとしていた。

 ニッキは言い終わるとドルクを伺った。この男がどんな反応を示すのか見たかったからこそ、わざわざ暗記までしたのだ。

 ドルクはそんな期待とは裏腹に無表情だった。冷静なのではない、情報が多すぎて処理しきれずいるのだ。

 そもそもどう反応すればよいかわからない、話が真実だとして父は褒められぬまでも悪質とも思えない。かといって、このまま手放しにその夢を叶えるために生きるべきだろうか?

 ドルクは生まれて初めて、自身の意志で決断を下さねばならない局面にいた。父の教えが全く消えた状態での、己が信念を試されている。

 スキンは凍りついたドルクを十分に待ち、やがて諦めたように溜息を吐いて立ち上がった。

「イエニス様が会いたいと」

「な、なに?」

 ようやくドルクは我に返った。

「『知れず射ち』は結構悪い奴でな、感謝と……色々話したいと言ってる。数日中にはここに来る、伝えておくぞ」

 スキンは言い終えるとその場から去った。

 輿からニッキが出てきて、ドルクの傍へ歩み寄る。

「ドルク……」

「ニッキ……俺は、どうすべきなのかな」

「ぶっ殺すのさあ」

 答えは得られるものでなく、自身で出さねばならぬとわかっていてもドルクは問わずにはいられない。

 父の真実に何を見出せばいいのか、皆目見当もつかなかった。

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