第73話 最強の奴隷戦士


 本物の人間ではない、AIによって動かされる人物相手に恋をすることには、なんとも言えない『後ろめたさ』がある。

 少なくとも、誰かれ構わず話せるようなことでは無い。


 NPCが相手ならまだ話しやすいかもしれないけど、本物の対人相手に話すにはかなりの勇気がいるだろう。

 もしかするとルナさんは、俺とサーシャの関係を知っているからこそ、今ここで自身の恋について話そうとしたのかもしれない。


「あたしの初カレは、この世界の住民だった。自分でその顔と体を作った男に惚れるなんて、おかしな話しかもしれないけど、あたしはその思いを止めることができなかった。あたしの竜人……『ハム助』への思いを」

「…………」


――おかしくなんかないわー!

――素敵だと思います……!


 ルナさんの赤裸々な告白に、みんなが共鳴している。

 だが俺は思った。


(ネーミングセンス!?)


 竜人のデザインは何もしなければ自動生成されるけど、メイキングの時に自分で作ることも出来る……。


「ハム助は、あたしのトレーニングにとことん付き合ってくれた。本気で竜になって襲い掛かってきてくれたんだ。あたしは何度もハム助に倒されて、ベッドまでお姫様抱っこで運んでもらうハメになった。あっという間に痛覚耐性がSになって、噛み砕かれたり、叩き潰されたりすることすら快感になった。それはそれは、ハードな愛の日々だったよ……」

「…………」


 聞いてて、俺は若干引いてしまった。

 俺のような若輩者には、いささか刺激が強すぎるぜ……。


――あらー!

――すてき……!

――いいわね……!


 領民のみんなは、何故かウットリしているけど……!


「とにかくあたしは、ハム助との戦いに夢中になった。ハム助もまた、あたしと戦うことが楽しくて仕方がないみたいだった。そんなことを半年くらい続けた結果、あたしの体は極限まで鍛えられた。体重を最低限に抑えた状態での全筋力値カンストを達成したんだ。さらに全物理攻撃と、炎属性攻撃の耐性Sを獲得して、HPも1000を突破した」


 す、すごい……。

 サ◯ヤ人も震え上がるレベルだぜ……。


「初期クエストをクリアしたあたしは、ある日1人でグランハレスに渡った。竜人同盟に参加して、ハム助と使用人達に後のことを任せてね。そしてさらに半年かけて、この竜殺しの大剣『ドラゴンテイルズ』を入手した。他ならぬハム助を、この手で屠るために……」

「……えっ!?」


 せっかくの彼氏さんを!?


――まあー!

――なんでっ!?


 領民たちからも驚きの声が上がる。


「あたしは、彼との愛に溺れすぎてしまっていた。この世界にやってきた本来の理由を見失っていたんだ。だから、どこかでケリを付ける必要があった。そしてそのことは、ハム助にもわかっていた……」

「う、うーん……」


 どうやら、愛が深まり過ぎたことが原因のようだが……。

 俺にはまだ、理解できない世界の話だな。


「私は、数ヶ月にわたる挑戦の末、この手でハム助を倒すことに成功した。そしてハム助は、このドラゴンテイルズの一部になったんだ。この剣は、竜を倒すごとにその魂を吸収し、さらにその攻撃力を増していく剣。刀身にはめ込まれている魔石の中には、彼の魂が封じ込まれている……」

「なんと……!」


 そう言ってルナさんは、高々と愛用の大剣を掲げた。

 やはり、ただの剣ではなかったのだ。


「ハム助は死に際に言った『いつまでも強く、そして美しくあれ』と。私は誓った。この剣とともに、いつまでもそれを追い求め続けようと……」


――うっう……

――しくしく……

――なんて尊い……


 これは……愛の究極か、それも悲恋か。

 俺はにはまだわからないが、とにもかくにも女性方の涙を誘っている。

 もう二度と逢うことも話すこともないが、常に魂はともにある。

 かくも美しき、竜と竜殺しの物語である。


「そうでございましたか……そうとは知らずに私は変な嫉妬を……しくしく」


 サーシャもまた、となりでハンカチを握りしめていた。

 どんな嫉妬をしていたのかは、わからないけど……。


「そうしてハム助を倒した私は、竜人を超える力を得た。その力で王家を滅ぼして、民達を圧政から解放した。だがそれと同時に、竜人同盟からも除名された。あの同盟の人達にとって竜人はいわば守護神。そんな神にも等しい存在を殺したあたしは、とんでもない異端者とみなされたわけだ。あらゆる庇護を失った王国を、あたし1人の手で守り抜くことは不可能だった。だからあたしは、何も言わずに公爵領から立ち去って、アブドミナル王国を、竜人同盟に所属する女王の1人に譲渡した。そこに帰ることはもうないけれど、きっとみんな、今でも平和に暮らしているはずだ……」


――なんと……

――民とも離れ離れに……!

――おいたわしや……


 最後まで、きっちり領民たちの安全は確保したんだな……。


「あたしに残されたのは、このドラゴンテイルズとハム助との絆、もっと強く美しくなりたいという、この思いだけだった。それ以来、より強い敵と、より美しい装備を求めて、グランハレスを流離っている」


 その過程で、竜人同盟に喧嘩を売ったりもしていたのだろう。

 新着の婚約破棄に注目して、竜人と一対一で戦う機会も狙っていた。


「だが、ここにきて少し考えが変わった。ぼちぼち私も、身を落ち着かせる頃なんじゃないかって。勝手な考えだけど、白金の絆で結ばれたこの土地は、それにうってつけの場所なんじゃないかと思っている。みんなと白金の絆を共有できれば、これまで以上に激しいトレーニングも出来るだろうし、みんなにも色々と教えてあげられることも多いと思う」


 確かに……。

 自分で言うのもなんだけど、ここはトレーニーの聖地になり得ると思う!


「お嬢様が竜人同盟への加入を蹴った以上、これからも多くの強敵がこの国に襲いかかって来るだろう。あたしはそんな輩に負けないだけの強さも手にれたい。これが、あたしが白金の絆を欲する理由だ。どうだろうみんな、こんなあたしだけど受け入れてもらえるだろうか!」


――ウオオオオ!

――いいぞおおー!

――願ってもねえーー!

――ルーナ!

――ルーナ!


 そして全員立ち上がった!

 巻き起こるルナコール!


「みんな……」


 そしてルナさんの目に、光るものが一滴。


「へへ、まったく……とんでもない場所を見つけちまったぜ!」


 と言って目元を拭うルナさん。

 俺もまた、その熱い思いをうけて目頭が熱くなった。


 領のみんなは、完全にルナさんを受け入れた。

 その動機もはっきりとした。

 もはや奴隷契約を結ぶにあたって、一切の憂慮はなくなったと言えるだろう。


「よし、じゃあお嬢様。ひと思いにやってくれるかい!?」

「はい! 喜んで!」


 俺は奴隷首輪を持って立ち上がる。

 ルナさんは俺の前に膝をつき、愛用の剣を地面に置いた。


「今日この日から、あたしの血肉は全てあなたのものだ。100%の忠誠を誓おう」

「はい! ルナさんの命、しかと預からせてもらいます!」


――カチャリ!


 そして俺はひと思いに、ルナさんの首に奴隷首輪をはめる!


 その瞬間――。


――シュピイイーーン!

――オオオオ!?


 ルナさんの胸に『白金の絆』が輝いたのだ!


「ああ……!」

「成功だ!」


――ウオオオオオオー!

――ヤッタアアアアー!


 ARO史上最強の奴隷戦士。


 その、誕生の瞬間である――!


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