第72話 戦乙女の告白
「そこまで思われちまったら、あたしも覚悟決めなきゃいけないね……」
「オトハがそこまで言うなら仕方ありません……ううっ」
「ままま、まてーい!」
そーいう意味で言ったんじゃなーい!
「だが、このままあたしを奴隷にしたんじゃ、せっかくの忠誠度が落ちてしまいそうだ。領のみんなにあたしのことを話したい」
「わ、わかりました……」
ひとまず俺は、領のみんなに集まってもらった。
* * *
広場のステージ前――。
「あー、みんな忙しいところすまないね」
ステージを取り囲むようにして集まった領民の数は600人以上。
みんなお行儀よく三角座りをしている。
――ワイワイ
――ガヤガヤ
ルナさんはステージには上がらず、その手前に立っていた。
俺はそのすぐ近くで、領のみんなと一緒になって座っている。
ちなみにルナさんは、いつものビキニアーマー姿に戻っている。
「改めて自己紹介させてもらうよ、あたしの名前はルナ・エバーフォール。アブドミナル王国の元公爵令嬢だ」
――ほおおおおー
――そうだったのかー
以前は領主をやっていたということで、大勢のNPCを前にして話すことにも慣れているようだ。
しかしアブドミナル王国……すごい名前だな。
「こうしてみんなに集まってもらったのは、あたしが今、オトハお嬢様の奴隷になりたいと考えているからだ。みんなに何も言わずにそんな契約を結んだら、お嬢様の品格を損ねてしまうかと思ってね」
――ホオオオ……
――フムウウ……
みんな興味津々だ!
「あたしがオトハお嬢様の奴隷になりたい理由は、そうすれば私も、白金の絆の一員になれるかもしれないと考えたからだ。みんなと命を共有しあって、ほぼ不死身の体を手に入れる。それはあたしにとって、すごく魅力的な話だ」
――ふむふむ
――俺は賛成だぞ!
――わたしもー!
おっ、早くも好感触だ!
「ありがとうみんな。もし上手く行ったら、あたしとみんなは一蓮托生になる。だからみんなには、私という人間のことを、もっとよく知っておいて欲しい。今から少し身の上の話をしようと思うんだけど、良いかな?」
――パチパチパチ
――ワーワー
――ピューピュー!
観衆の中から歓声があがる。
「まずは、あたしがこの世界に来た理由を話そう。あたしは外の世界では、フィットネスジムで働いている。そしてあたし自身も日頃からトレーニングをしていて、ボディビルの大会なんかにも出場している。昔から、体を鍛えるのが好きなんだよ」
と言ってルナさんは、右手にグッと力を入れて、力こぶを作ってみせた。
――おおー
――さすがだー
――きれてるー!
「ありがとー! 自分で言うのもなんだけど、あたしは昔から随分とモテた。この体は、多少いじってはあるんだけど、外の世界のあたしと殆ど同じ姿だと思ってもらっていい」
「ええっ!?」
俺は思わず声を出してしまう。
ルナさんみたいな美人さんって実在するんだ……。
「まあ、髪の色は黒だし、肌もこんなに焼けていないけどね。あと、若干O脚ぎみなのを修正したり、目の色を変えたり、鼻を少し高くしてみたり、二重まぶたにしてみたり、他にも色々いじったり……まあ、そのくらいはしているけどね」
実はかなりいじっていた!
「でも私は、どんなに多くの男たち……なんなら、女の人に告白されたことだってあるんだけど、とにかくどんなに沢山の人に思いを寄せられても、全然満たされなかった。それで友人を失ったことだってあったし妬みごとを言われるなんてしょっちゅうだった。思いを寄せてくる人達は、みんな自分のことか考えていないようだった。でもね、あたしだって結局は、自分のことしか考えていなかった。自分のことを理解してくれない周囲にいらだって、やたらとトゲトゲしてしまっていた。私にとって色恋ごとっていうのは、そんなどうしようもない現実をただ確認するだけの、虚しい行為に過ぎなかったんだよ……」
モテない人が聞いたら怒りそうだけど、美人さんには美人さんの悩みがあるのだろうな……。
「そんな時に出会ったのがフィットネスだった。ジムの中で鍛えている人達の姿が眩しく見えて、すぐに貯金を叩いて会員になった。トレーナーの人達はみんな親切で、始めは緊張したけど、すぐに馴染むことができた。ただ体を鍛えるだけで、トレーニングに励んでいる人達みんなと、一つになれるような幸福感があった」
――うんうん
――わかるわー
まさに、キミーノ公爵領にうってつけの人材……!
「肉体を鍛える喜びを知っている人は、誰だって自信に満ちていて、人を妬んだり卑屈になったりすることがない。互いの肉体を称え合うことを良しとして、時には悔しい思いをすることもあるけど、その感情だってさらに己を高めるための力に変えられる。そんなジムの雰囲気が、あたしは心地よくて仕方がなかった。私はどんどんジムトレにハマっていった。気づけば、コンテストで賞を取るまでになっていた……」
――うおおおー
――すごい!
――俺もがんばるぞ!
「ただそのせいで、未だにリアルな彼氏が出来たことがないんだどねっ」
「えっ?」
そうだったのか……!
さらっと言ったがルナさん、それは驚くべき事実だ!
――きにするなー!
――筋肉は裏切らない!
――そうよ筋肉は永遠の恋人よ!
いやいや……それはちょっと悲しいような。
ルナさんほどの美人が勿体無い……と思ってしまうのはいけないことかな。
「ふふふ、そんな筋肉バカなあたしが、なんでこの世界にやってきたのか。それは、トレーニングの間の時間を有効利用したかったからだ。筋肉っていうのは、ただ鍛え続ければ良いわけじゃない。栄養と休養をしっかり与えることが大事だ。でも、そうやって筋肉を休めている間は大したことができない。その時間が何となく勿体なくて、こっちの世界にきてみたってわけ」
そう言えばルナさんは前に言っていた。
この世界で体を鍛えることで、リアルの肉体も鍛えることが出来ると。
主に神経がなんとやら……。
「実はね、こっちの世界で限界を超えるようなハードな運動をすると、あっちの世界での最大筋力まで上がるっていうことが知られている。主に、運動を司る中枢神経系が刺激されることによってね。だから私は領主になってからというもの、ハードな狩りや、竜人を相手にした死闘に明け暮れた。ゲームをしながら体を鍛えられるなんて、最高だと思いながらね」
なるほど……。
徹頭徹尾、肉体を鍛えることが中心にあったんだな!
「あと、コンテストに出る前には、脂肪を削って筋肉を浮き上がらせるために食事制限をする必要があるんだけど、その時の空腹を紛らわせるために、こっちにいたこともある。本当に腹が減ると、夜も眠れなくなるからね。つまり、私がこの世界にきた理由っていうのは、120%、リアルの肉体を鍛えるためだったってわけだ」
――ふむふむ
――がやがや
――どよどよ
あくまでも、気晴らしとトレーニングの手段だったんだな。
その徹底してストイックな姿勢に、さすがのみんなも息をのんだようだ。
だがルナさんの喋り方はどこか過去形で、今はそれとは違うのだと言いたいように聞こえる。
「そう……私は私を鍛えるためにここに来た。でもその動機は、わりとすぐに変わってしまった……。あたしは竜人との地獄のトレーニングを繰り広げる中で、彼のことを本気で好きになってしまったんだ……」
――まあっ!
――なんていうこと!
急に恋の話になったものだから、女の人達が色めき立った。
するとルナさんはチラリと俺の方を見た。
その頬は、目に見えて赤くなっている。
(はっ……)
直感的に、ルナさんの気持ちが理解できてしまった。
俺がサーシャを好きになってしまった時と、似たような状況じゃないか……。
恋なんて、いつ誰とどう落ちるかわからない。
彼女の初恋もまた、人ではなくAIだったのだ。
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