第63話 いいえ訓練です
「いやあ……悪いね、間が悪くて」
「い、いえ……」
「……(カーッ)」
ルナさんとサーシャと2人、連絡通路を通って隣の居住区に向かう。
俺とサーシャが完全な恋仲にあることを、ルナさんはそれほどおかしな事とは思っていないようだ。
サーシャは耳の先まで赤くなってしまっているが……。
――ピシーン!
――うおおおー!
「ん?」
「なんだ?」
居住区の方から鞭打つ音と、男の人の良い声――たぶんヴェンさんの声――が聞こえてきた。
――ピシンパシーン!
――おお……! おおおー!
何をやっているんだ!?
もしかして、ヴェンさんがいじめられている!?
俺はあわてて居住区へと向かう。
すると――。
「これが……! 良いのですか……!?」
「ああ! もっと痛みを……!」
「!?」
ステージの上で、ボンテージな衣装を着たリューズさんが、上半身裸のヴェンさんにムチを振るっていたのだ!
「こ、これは!」
「まあ!」
ルナさんとサーシャもビックリしている!
そりゃ俺だってビックリしている!
これは一体、どういう状況だ!?
「ななな、なんですかこれは!?」
「あらっ、領主さま」
「娯楽をかねた訓練でございますじゃー」
ダルスさんも黒のレザーパンツに上半身裸、黒マスクまでかぶって何だか拷問官みたいな雰囲気だ!?
「どんな訓練ですかー!?」
本当に次から次へと、予想外なことを!?
「襲撃者に拷問を受けた時の訓練でございます!」
「ヴェンさん! 痛くないの!?」
背中にムチの痕がいっぱいなんですけど!?
「それが、段々と心地よく……ああ!」
――パシーン!
「わたくしも段々と、ムチを打つのが心地よく……!」
――パシーン! パシーン!
「あああー!」
「いいいー!」
楽師達が何かに目覚めてしまった!?
ステージのまわりには、大勢集まって来ていて、みんなしっかり正座して、固唾を飲んで見守っている。興味津々ってレベルじゃない!
「お嬢様、あの衣装は私達が作ったんですよ!」
「革のレオタードですわ!」
「えーっ!?」
裁縫職人の2人までこっちにきていた!
というかいつも以上に、ドMのコヌールさんが生き生きしている……。
「では交代いたしましょう、ヴェン」
「おお、そうしようリューズ」
すると今度は、リューズさんが四つん這いになり、そこへヴェンさんとダルスさんが――。
「ぬうん!」
――パシーン!
「はあー!」
――ピシャーン!
「はあああああん!♡」
そして恍惚とした表情を浮かべるリューズさん18歳……!
エルフみたいな外見のうら若き女性が、スゴくあられもないことに!?
俺は心臓が口から飛び出そうになった!
「や、やめえええー!」
これ以上は18禁になっちゃう!
AROのレーティングはR−15だぞおおお!?
* * *
「エンターテイメントでございますのに……」
「リューズさん! でもこれは流石に!」
「人の悲鳴ほど、胸を震わすものはありませんぞ!」
「ゔぇ、ヴェンさん!? そうだけど! 確かにそうだけど!」
2人のその良い声で悲鳴を上げられたら、確かにブルッときちゃうけど!?
「サーシャも何か言ってあげて! これは流石にまずくない!?」
「そ、それは……」
サーシャは楽師達の肌に刻まれたムチの痕を見る。
そして、固唾を飲んで正座している領民たちを見る。
「いえ……お嬢様、理にかなっていると思われます」
「えー!」
生真面目なサーシャまで!?
一体、どう理にかなっているというのだ……。
「確かに理にかなっているぜ、これは」
「ルナさんまで!」
「要は、耐性を高めるトレーニングだろ?」
「……はっ!」
そうだ、このゲームは攻撃を受けるほどに耐性が上がっていく。
痛みを感じれば痛覚耐性が、打撃を受ければ打撃耐性が。
そして魔法を受ければ、各属性の耐性が上がっていく。
「最初に痛覚耐性を上げておけば、その後の訓練が楽になる。そのためにムチを使った攻撃をくらいまくるというのは理にかなっているな」
「そ、そうなんだ……」
言われてみれば確かに納得。
しかし今度は、このゲームの健全性の方が心配になってきた……。
試しに、ヴェンさんのステータスを確認!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
名前 ヴェン (忠誠度:100)
身分 初級芸術家→中級芸術家
職業 楽師
年齢 18
性格 情熱家
【HP97→113】【MP 20】
【腕力 23→25】【魔力 20】
【体幹力26→30】【精神力30→35】
【脚力 25→28】
【身長 175】 【体重 65】
耐性 恐怖B 痛覚B(new!)
特殊能力 演奏B→A
スキル 突撃ラッパ サイレン
月間コスト 15万アルス
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本当だ! 痛覚耐性を獲得している!
ムチってやっぱり、相当痛いんだな……。
あとヴェンさん、色々と能力が上がっている。
「よければ、オトハ様も打たれてみませんか?」
「えっ!」
「病みつきになりますぞ?」
「ダルスさんまで!?」
うむう……。
だがサーシャやルナさんが言う通り、痛覚耐性を獲得しておくことは理にかなったことだ。
侵入者の集中攻撃を受けた時の苦痛が軽減されるのだし……。
「わかりました、やってみましょう」
そして俺は、淑女のドレスを外してドロワ姿になる。
「じゃあ、四つん這いになれば良いですか?」
「それも良いですが、こちらもオススメですぞ?」
と言ってダルスさんが取り出したのは鎖だった。
「あそこの壁にフックを打ち込んでありますじゃろ? そこにこの鎖をかけてですな……」
踏み台に登って、高い位置にある2つのフックに鎖を通す。
そして……。
――カチャリ!
「!?」
鎖の両端に付けられた手錠を、俺の両腕にはめてきた!
――ジャラジャラジャラ!
「わー!?」
そして俺は、壁の方を向いた状態で吊るし上げられてしまった!
――おお! 領主様自ら!
――素晴らしい!
みんな喜んでるー!?
こ、これでもお嬢様の端くれになんてことをー!?
「ではまいりますぞ!」
「いきますわ!」
「そりゃー!」
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
「いでえええええ!?」
三人がかりで俺の背中にムチをふるってきた!
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
「痛い痛い痛い!!」
すっごく痛い! 打たれた場所が焼けるように痛い!
「耐性がつけば楽になりますわ!」
「まいります!」
「もう少し頑張ってくだされ!」
「ひいいいいいー!?」
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
「はああああああん!♡」
ついに俺は、公衆の面前であられもない悲鳴を上げてしまった!
【痛覚耐性Dを獲得】
「おっ!?」
耐性が来た! これで少しは楽に……。
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
「ううううううっ!?」
いや! でも痛い!
痛いもんは痛いぞ!
「ああ! 私達ったら領主様になんてことを!」
「これは後で詩にしたためなければ……」
「まだまだ行きますぞー!」
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
「イヤアアアアアー!?」
とんだ叙事詩になってしまう!?
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
「いったあああああい!」
こ、これは……痛覚極振りやあー!
痛いのが好きなので痛覚に極振りしたいと思います!
一体どんなゲームだよ!
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
「もういやあああああ!♡」
って……あれ?
いまちょっと気持ちよかったぞ?
【痛覚耐性Cに上昇】
はっ! さらに痛覚耐性が上がった!
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
「は! はああああ!」
や、ヤバい!
本当に気持ちよくなってきた!
そ、そうか!
痛覚耐性を獲得すると『痛い』が『気持ち良い』に変わっていくんだな!?
よ、よし! ならば!
「お、おお! いいぞ! どんどん来てくれ!」
「まあっ! お嬢様!」
「ついに目覚めましたな!」
「その調子でBまであげますぞー!?」
いいや、むしろSまでいってしまおう!
ドMなのにSまで行くとはこれいかに!?
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
――パシーン!
――パシーン!
――パシーン!
【リューズから3のダメージを受けた】
【ヴェンから3のダメージを受けた】
【ダルスから7のダメージを受けた】
「あああああん!♡」
しばらく俺は、ひたすらムチに打たれ続けた。
痛覚耐性がBにあがると、もう完全に『痛い』が『痛た気持ち良い』に変わった。
そして――。
【年齢制限により、痛覚耐性Aは獲得できません】
「えっ!?」
予想外のシステムメッセージが表示されてしまった!
「どうやらここまでのようですな、お嬢様」
「残念ですわ……」
「ハアハア……」
な、なんてこった。
ここで年齢制限に突き当たるとは……。
どうやらAROは、R−18要素はあるものの、18歳未満のプレイヤーは制限を受けるという親切仕様だったようだ。
しかし……。
「どんな線引だ!?」
俺はますます、このゲームの倫理規定がわからなくなった。
たぶん、統括AIが管理しているんだろうけど……。
そして痛覚耐性Bを超えた場所には、一体どんな世界が広がっているのか。
知りたいような、知りたくないような……。
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