第58話 初めて人を殴る


――キャーキャー!

――ワーワー!


 ジャスコール王国でも一番大きな街イオンヌ。

 やっぱりショッピングモールみたいな名前だけど、たぶん偶然の一致だ。

 2階建ての建物もあったりして、ちょっぴり発展した感のある街なのだが、その市中で一方的な略奪が開始された。


――ヒャッハー!

――武器だー!


 逃げる者は逃げるに任せる。

 抵抗する者にはバインドを。

 そして、できるだけ性能の良さそうな武器を物色する。


 略奪を行う方法は二つある。

 1つはNPCを倒すこと。

 もう一つは、所有物だけ強奪することだ。


 NPCを倒すと、そのNPCが持っているアルスと所有物が経験値とともに手に入る。

 さらには、そのNPCの所有だったものが全て――例えば家屋などが――所有者不在の状態に変化するので、あとは手で触れて入手するだけだ。


 強奪については、アイテムボックスに入っていないものであれば、そのまま奪って使うことが出来る。

 実はこれ、日常的に行っていることと同じなのだ。屋敷に揃えてあった食器や調理器具なんかは全部俺の所有物だったが、使用人達はそれらを自由に使っていた。

 強奪となるか否かは、ひとえに所有者の判断にかかっている。


 ただし奪取したアイテムはその人の所有物ではないので売却出来ない。ポーションや食料のような消費アイテムもまた、使うことは出来ても売却は出来ないのだ。

 ペーター君のように食料を盗み食いすることは可能だが、それを売ってお金に変えることは出来ないというわけだな。


 そういや、ペーター君は何をしているんだろう。

 最近見ないな……。


「……よかった、街の人には危害を加えてない」

「恐らくは、民を殺害すると国家の価値が下がってしまうからでしょう」

「ふむふむ……」


 セバスさんが色々と教えてくれる。

 これもまた、各人の立場になってみればわかることだ。


 当たり前だが、プレイヤーに仲間を殺されたNPCは、プレイヤーを憎んだり恐れたりするようになる。

 プレイヤーに対する憎悪に満ちた国とそうでない国。その二つの間に価値の差が生じてしまうのは当然だ。その後の統治に、大きな影響を及ぼしてしまうからな。


 よって侵略者達は基本的に、国の価値を毀損するようなことはしたくない。

 しかもジャスコール王国は、AROが始まって以来の『王太子のみ不在』の国。

 そんな希少な国の価値を、自分たちの身勝手で毀損してしまっては、ここを狙っている多くのプレイヤー達に相当憎まれるだろう。


 俺は、国民が略奪を受けないためにはどうしたら良いかと考えてはいたが、なかなかどうして、優れた抑止力がすでに働いていたのだ。


「とは言え……」


 殺戮ほどではないにしろ、強盗もまたNPCの心を傷つける行為に他ならない。


「見過ごすわけにはいかない!」


 そこで俺たちは、彼らを実力で駆逐することにした!


「お前たち、そこまでだ!」


 俺がそう言って建物の陰から出ると、そこらで物色をしていた侵入者らが一斉にこちらを振り向いた。


――ピシーン!


 さらに、ベルベンナさんが鋼のムチを鳴らした。


「ようやく、このムチを使う時がきたのですわね!」


 そしてキラーンと光るメガネ。

 うほっ! やっぱり俺の目に狂いはなかった!


「わわわ、私達も!」

「こいつでブッスリと突き刺してやるわよ!」


 ユメルさんとコヌールさんも、レイピアを持ってやる気満々!


「じゃあみなさん、懲らしめてやりましょう!」


――オオー!


 世直し旅の爺さん風に言うと、俺は真っ先に、魔法の杖を構えたリーダーさんに突撃した!


「ちょっとおいたが過ぎましたわね!」

「むむ!?」


 何故かお嬢様口調で殴り掛かる。

 相手は何かの魔法を唱えようとしたが、拳の方が断然はやい!


――ボコオ!


「ぐほー!?」


 軽く殴っただけで、その人は屋根の上まで飛んでいった。

 流石は腕力カンストだ!

 さらに屋根の上に飛び乗って、反撃の間を与えずにタコ殴りにする。


「おーっほっほっほ!」


――ドガガガガ!!

――ブベベベベ!!


 生々しい肉と骨の感触が拳に走る。

 そういやこれが、初めてのプレイヤーさんに対する攻撃だな……。


「て、てめえ! 人間か!」

「あんたらに言われたくない!」


 強いて言うなら鬼かもしれんが!


 さらに俺は、民家の屋根の上で取っ組み合いの殴り合いをする。

 ていうかこれ、ふつーにケンカだ!

 やはり、ゲームであって遊びではなかった……!


――ピシピシピシー!

――ギャアアアアー!?


 近くではベルベンナさんが、ムチを振り回して男どもをいたぶっていた。

 ムチってなんか、ダメージのわりに痛そうで嫌だな……。

 服が裂け、肉が弾けて、やがて侵入者達はポリゴンの欠片へと還っていく。


 なんたって俺たちはHP12万の軍団。

 そうそう負けるはずがないのである!


「こ、このおー!」

「きゃあ!」


 だがその時、いきりたったプレイヤーの1人によって、コヌールさんがアイアンメイスで殴られてしまった!


「ああ!?」


 か弱い女性になんてことを!

 いかにみんなでHPを共有しているとは言え、痛いものは痛いんだぞ!


「あ、あれ?」


 だがコヌールさん。

 尻もちをついたまま、何故かキョトンとした顔になっている。


「お父さんのより痛くない!」

「えーっ!?」


 そういや彼女には、打撃耐性があるんだった……!

 ちなみにオルバさんは、ゴブリン洞窟の警備をやっているぞ!?


「こ、これなら怖くないわ! えいっ!」


――プスー!

――イギャアアー!?


 おしとやかな掛け声とともに突き出されたレイピアが、相手の体を貫いた!

 痛い! そっちの方がよっぽど痛い!


「とあああああー!」


 さらには、セパスさんが流れるような動きでロングソードをふるう。

 防具が紙同然の侵入者は、バッタバッタとなぎ倒されていく。


 そしてものの数分で、21名の侵入者は撃退された。

 やはり生半可なプレイヤーでは、我が国を落とすことはできんよ!


「お見事ですお嬢様。これで、彼らも懲りるでしょう」

「そうですね……」


 俺たちの無敵さを知っただろうし、他のプレイヤーからも非難を浴びることになるだろう。略奪や殺戮といった強引な手段は、それなりのリスクが伴うのだ。


「とは言え、略奪に走る人はやっぱり出てきますね。公爵領からも、王国全体の警備をする人を出しましょう」

「承知いたしました」


 迷宮の守備力も上がっているし、ゴッズさんとグルーズさんとか、最強クラスの戦力を投入してしまおう。

 略奪をするメリットが減れば、多くのプレイヤーはまっすぐ迷宮に向かってくれるはずだ。


「あ、あの……!」

「え……?」


 そこでにわかに、略奪を受けていた人達が集まってきた。


「助かりました!」

「ありがとうごぜーますー!」

「なんとお礼を言ってよいやら……」


 元はと言えば、俺が招いた災難だ……。

 まさにマッチポンプ!

 ここで善人面するのは胸が痛むな。


(でも……)


 それで好感度が上がるのなら、それも悪くないのだろうか?

 みんなの身の安全を守るにしたって、その方が何かとやりやすいのだし……。


「いえ……どういたしまして」

「ふおおお……」

「握手してくだされえ……」


 結局俺は、王国領の人達に愛嬌を振りまいてしまった。


(うーん、悪役令嬢……)


 だがこれもみな民のため!

 そのようなことを考えつつ、俺はさらなる防衛力強化に乗り出すのであった。


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