第57話 公爵領民の嗜み
迷宮内に配置されたトラップが、さらにエゲツないことになっていた。
横穴から縦坑に出ると、目の前に高さ5mほどの壁が出来ている。
横の足場を昇っていくと、どうやらそれは巨大な岩のプールであるらしい。
直径20mほどのプールの中には、こしあん程の硬さの泥が満たされている。
「これは……」
泥沼トラップか!
しかも、泥の硬さ具合が絶妙だ。もがけばもがくほど沈んでゆき、泳いで移動することさえ困難という、実によく出来た泥沼だな。
俺の頭上くらいの高さに、土魔法による『上げ底』が作られていて、それによって泥沼全体が隠されている。
足場を登って上にあがる。
上げ底の厚さは5センチ程度。あえて強度を下げて作ってあるようで、高い場所から飛び降りるなどの衝撃が加われば、簡単に踏み抜いてしまうようだ。
そして下の泥沼にズボッといく。
さらにその『上げ底』の上には、奇妙な生活感が演出されていた。
壁際の床は頑丈に作ってあり、そこに椅子やら机やらが並べられていて、まるでここが居住区画のようだ。
どうやら、ここを『ダンジョンの底』と誤認させるための演出らしい。
最下層へと続く足場は、衣装タンスの裏に隠されているし、上から見たら本当に、ここが最下層に見えてしまうだろう。
横穴の1つに豪華な幕が張られていて、いかにも『この先に重要人物がいる』かのような雰囲気が漂っている。
近くで作業をしている人に聞くと、どうやらその横穴には『玉座の間』を作るようだ。
さらにその玉座の後ろに『いかにもな隠し階段』を作り、その先に延々と続く電撃床を張り巡らせ、行き止まりにあるスイッチを押すと毒ガスが吹き出るという、鬼畜仕様にする予定なのだとか。
上のフロアのバリケード構造も、さらに複雑さを増している。
最下層に行くには、飛び降りるか、木の足場を下っていくしかない訳だが、飛び降りると泥沼にハマるし、地道に足場を下っていくと、横穴からの妨害を受けることになる。
足場の巡らせ方も巧妙化していて、迷路のような横穴を抜けないと、その下に行けないという構造になっている。
さらに足場は、簡単に外したり組み替えたり出来るので、上の足場から下の足場に向かって飛び降りようものなら、見張り達の手によって足場を外され、真っ逆さまに底まで落ちていくことになる。
また、しばしばルートが変更されるので、侵入者は来るたびに臨機応変な対応を迫られるというわけだ。
「うーん、鬼……」
風魔法を使ってふんわり飛び降りるという手もあるだろうが、それはそれで大変そうだ。縦坑はいわば見晴らしのよい吹き抜けであり、全方位からの攻撃にさらされることになる。
魔法を使える村人もかなり増えてきたし、みんなの総攻撃をかいくぐって下に降りるのは、中々骨が折れるのではなかろうか。
一番上の階層である地上へと続く坑道にも、何重もの落とし穴と関門が作られている。坑道には、平行する横穴が掘ってあり、所々に覗き穴が掘ってある。槍や魔法を使って、その覗き穴からチクチクと攻撃を加えることも可能だ。
横穴は外のトーチカへと続いていて、10人以上の見張りが、常に武器を持って控えているので、ここを突破するだけでも結構辛そうだ。
坑道に入ってすぐの天井裏には、オトハエ村にあった製鉄設備が移設されている。平時であれば普通に鉄の精錬が出来るし、戦時であれば、ファイヤーボールなどで火力を上げることで、すぐに溶けた鉄を作れるようになっている。
溶かした鉄の使い道については、先に述べた通りおぞましいものだ。
かくしてオトハエ村の炉は、生産と防衛を同時に担う、まさに一石二鳥の設備となったのである。
「うーん……鬼!」
俺はオトハ迷宮を視察しつつ、密かに戦慄した。
そして、みんなに休むように言ってまわったのだが、誰もあまり休もうとしない。
どうやら罠の張り方を考えるのが、楽しくて仕方がないようだ。
ハイランカーが法外な入国料を払って攻め込んでくる。
滅多にないその状況に、領民達は完全に奮い立っていた……!
* * *
『国王外出中!』
村の入口の看板を裏返す。
そして高台に向かう。
「二人ともお疲れ様です」
「おはようございますオトハ様」
「……(ペコリ)」
今はゴッズとメドゥーナが見張りに立っていた。
「変わった動きはありませんか?」
「そうですねー、ピタリと襲撃が止まったのが気になります……」
「……(ソワソワ)」
「ふーむ」
それはそれで、気になる動きだ。
俺はカントリーステータスを表示させながら、様子を見守る。
すると。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジャスコール王国
総資産 : 147億2938万4870
NPC : 3012
プレイヤー: 4→25
計 : 3016→3037
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ややっ!」
総資産に一切の変化がないまま、プレイヤー数が一気に21人も増えたぞ!
これは……!
「うわー、一斉攻撃ですなー」
「……(ドキーン!)」
これまで単独で来ていた侵略者達が、ついに協調行動を始めた!
「えーと……どこから……あっ!」
その集団は、高台から見て右手方向からやってきた。
ギリギリまで気球で近寄って、そこからジャンプして乗り込んでくる。
そして……。
「こっちに来る!」
金塊を拾って、一斉攻撃をしかけるつもりか!?
しかし200万アルスをみんなでわけたら、1人10万アルス程になる。
アイアンメイス一本しか買えないぞ?
それでもあの数は脅威だ。
ゴッズさんには迷宮に戻ってもらう。
布の服姿の21人は、ワラワラと村の入口までやってくると、金塊を拾って金に変える。そしてやはり、1人1本づつアイアンメイスを買ったようだ。
「ど、どうするんだ……」
「……(ハラハラ)」
だがその集団は、迷宮には攻めて来なかった。
その代わりに森へと入っていって、どうやら狩りを始めたようだ。
――ドカ! グシャ!
――グマー!
遠くから、ブラウンベアーの雄叫びが聞こえてくる。
集団で狩りをして、一気に装備のグレードを上げるつもりだな。
しばらくすると、王国警備兵がワラワラと50人ほど集まってくる。
侵入者達の装備がどれほど強化されているかは知らないが、流石に犠牲者が出てしまうかも……。
「おや、止まった……」
だが、警備兵達は森の中へは入っていかない。
その代わりに、隊列を組み始めた。
重武装の者で壁を築き、弓兵と魔術師がその後ろに立つ。
NPCとて、集団相手には陣形をとって挑むのだ。
「メドゥーナ、近くに行ってみよう!」
「……(ウンウン)」
侵入者に気づかれないよう、物陰に隠れながら戦場に向かう。
そこでは、森のなかでゲリラ戦の構えをとる侵入者と、隊列を組んだ警備兵とが睨み合っていた。
(あれ、あんまり装備が変わってない……)
(……?)
侵入者達は、相変わらずアイアンメイス一本。
だがやがて、森の奥から魔法の杖を持った人が歩み出てきた。
「バインド!」
そして、警備兵達に向かって結束魔法を詠唱する。
――!?
――!?
その人は、次々と警備兵達を魔法で行動不能にしていく。
どうやら成功率を上昇させるために、魔力値を上げる武器を入手したようだ。
「よし! いくぞ!」
――オオオー!
どうやら、その人がリーダーのようだった。
侵入者の集団は、そのまま王国領に向かって走っていく。
間違いない……これは!
「村を略奪する気だ!」
俺とメドゥーナは、その後を追いかける。
そしてゴブリン洞窟でセバスさん達と合流し、もはや盗賊団と化したプレイヤー達を追跡していった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます