第56話 成長する迷宮
心配だ ああ心配だ 心配だ
そんな575を唱えつつ午前中を過ごし、昼休みになると同時に屋上に向かう。
そして初めてのスマホログイン!
『あっ、オトハさま!』
画面内の小窓に、アルルの顔が表示された。
場所は、俺がログアウトしたダンジョン最下層の横穴の奥だ。
アルルはちゃんと反応してくれたが、果たして俺のアバターはどうなっているんだろうな。
スマホログインで出来ることは、近くにいるNPCやプレイヤーとのチャット、そして内政のみ。戦闘行為は全くできない。
「なんかヤバイことになってないです!?」
『はい! 今のところは、何ともありません! 何人か武器を持って入って来ましたけど、縦坑に入る前にやっつけちゃいました!』
「そ、そうか……それは良かった」
ひとまず、胸をなでおろす。
そこまでヤバい人は攻めて来てないようだ。
多くの資産を持っている上級プレイヤーほど、恐らくは慎重に様子を見ているのだろう。
『工事の方も順調ですぞ、フォフォフォ』
「マジュナス先生!」
『もうボチボチ、ゴブリン洞窟と繋がるんじゃないかのー』
「え、もうそんなに!?」
『ふぉふぉふぉ、また10人ほど、土魔法を教授してやったからのー』
すごいな……。
工事の方もどんどん進んでいるらしい。
だが、心配なことも出てきた。
「逆に、侵入者達が土魔法を使ってくる可能性もありますよね……?」
『そうじゃのうー。じゃが、土魔法には土魔法で対抗すれば良いだけじゃ。余程の大軍勢で攻めてこられん限り、大丈夫じゃよ』
「そうですか……」
土魔法で穴を開けてくるやつがいたら、土魔法で壁を作って相殺してやればいいんだな。
こっちの魔力量を上回る人員で攻められない限り、突破されることはない!
「侵入者は、みんなこっちに向かってきてますか?」
『そのようですぞ? のう、メドゥーナよ』
『……(こくこく)』
どうやら、撒き餌作戦も上手くいっているらしい。
「サーシャは?」
『今はグルーズとともに、高台へ見張りに行ってますわい』
どうやら、マジュナス先生は常に俺の近くにいて、サーシャとメドゥーナが交代で見張りに立っているようだ。
それから俺は、昼飯も食べずに侵入者の話を聞いた。
先生達の話によると、多くのプレイヤーは次のような運命を辿ったようだ。
* * *
――ここが噂のジャスコール王国。
新しく誕生した浮島を乗っ取って売り払う……。
それだけで数十億アルスの収入が発生する。
しかもここは、王太子だけが死んでいないという激レア王国。一体どれほどの売却額になるんだろう……。
――ぬふふ。
ねらってやるぞ、一攫千金!
そんな野望を抱くプレイヤー達がまず受ける洗礼。
それが、ハレミちゃんの手によるアイアンメイス爆撃だ。
――ガゴーン!
――グフー!?
侵入者の2割ほどがこれにやられる。
残りの6割がオトハ迷宮へとまっすぐ向かい、残りの2割が観光気分で王国内をうろつきまわる。そして警備兵達にタコ殴りにされたり、誤ってグママーの巣穴に入ってしまったりしてリスポーンする。
オトハ迷宮に向かった者がまず目にするのが看板だ。
『国王ログアウト中、殺すなら今!』
そして、その看板の下にはボーナスアイテムの金塊が転がっている。
どうにも罠っぽいのだが、拾う以外に道はない。
売ると200万アルスになるので、それで装備を整えてオトハ迷宮に突撃だ。
お金だけもらってサヨナラするプレイヤーはまず居ない。
200万アルスというのは、たとえ初級者であっても、稼ぐのに苦労するような額ではないからだ。
大抵のプレイヤーは、そのお金で剣・盾・鎧の三点セットを買って、迷宮へと突入する。
その入口は鋼鉄製であるが、あたかも来訪者をおびき寄せるかのように、全開になっている。
――シュバババ!
――!?
だが突如として、無数の矢が侵入者を襲う。
山の斜面に目を向ければ、茂みに紛れて、幾つものトーチカが築かれている。
そこから弓弩による射撃が行われているのだ。
――ファイヤーボール!
プレイヤーによっては、攻撃魔法で対抗したりもするようだ。
だがトーチカは鋼鉄製で、文字通りの鉄壁だ。
はっきりいって、相手にするだけ無駄である。
――ちっ!
結局、侵入者は降り注ぐ矢をかいくぐっていき、何とか迷宮内に転がり込む。
洞窟なのだから中はひんやりしているだろう……と思いきや、何故か蒸し風呂のように熱い。
すると……。
――ジュワ!
――!?
なんと天井に空いた無数の穴から、溶けた鉄が降り注いできたではないか!
――ギヤアアアアー!?
溶けて赤熱した鉄が、鎧の隙間に入ったらどうなるか?
ある程度、痛覚が遮断されるとはいえ、考えるだけでも恐ろしいことだ。
かくして侵入者は、トラウマものの苦痛とともに即死する。そして、赤ネになっている彼らは、全ての所有物を没収された上での国外追放となるのだ。
拾わせた金塊は、アルスになって公爵領に戻ってくる。
初見でこれを回避出来た者は少ない。
トーチカからの射撃が、良い目くらましになるのだろう。
勘の鋭い者が何名かそれを回避したが、その先には落とし穴が掘ってある。
穴の底には逆立てにした槍が、剣山のように並べられている。
――グサグサグサ!
――ヒイイィー!?
もがけばもがくほど、深く突き刺さる。
セルフヒールを打ちながら、命からがら抜け出すと、今度はその先に2名の屈強な衛兵が立っている。
「ムアッ!」
「よくきたなー」
ゴッズとグルーズである。
軽甲冑に鉄槍装備という、ありふれた衛兵の姿だが、そのHPはなんと12万もある。しかも毎分2万近くも自然回復するのだ!
――うりゃ! とあー!
侵入者は、必死になって攻撃するが、2人の衛兵はまるで不死身だ。
合計1万ほどのダメージを与えた所で、心が折れる。
「ホア?」
「もう終わりー?」
――ヒッ! ヒイイイー!
こんなの勝てるわけねえ……!
底知れぬ恐怖とともに、侵入者は逃げ始めるが。
――ガコン!
――!?
そこで迷宮入口の鉄扉が、無情にも閉ざされるのだった。
「マ゛ッ!」
「ただでは帰さないんだなー!」
「……ガタガタブルブル!!」
まさに、仁王立ちする阿形と吽形。
退路を閉ざされ絶体絶命。
もはや侵入者は、為す術なくガタガタ震えるしかない――。
俺はこの話を聞いて思った。
こりゃあ軍隊か、勇者さま御一行でもいらっしゃらない限り、オトハ迷宮が落とされることはないだろうと……。
* * *
午後からの授業はいくらか気が楽だった。
お陰でかなり寝てしまった。
それでもやはり心配ではあったので、6限目が終わると同時に走って家に帰った。
そしてトイレで出すものを出し、手洗いうがいをしっかりして水分を補給し、念のために下着も取り替えた。風邪でも引いたら大変だからな。
そしてログイン!
「むにゃ……」
ジメッとした薄暗い地底で目を覚ます。
寝処は、むき出しの岩石がゴツゴツしている床の上に、藁束と毛皮を敷いただけのものだが、それでもメイドさん達の愛がこもっているので寝心地はとても良い。
「すやすや……」
「おや?」
近くで、サーシャが座ったまま寝ていた。
本当にきまじめなメイドさんだ。
しかし、そんな硬い場所で寝ては、体を悪くしてしまうぞ……。
「よし……」
俺は彼女を起こさないようにそーっと抱きかかえると、毛皮の上に横にしてあげた。
「ふぉふぉふぉ、お目覚めですな」
「先生もどうか休んで下さいね!」
「ワシは椅子でウトウトしとるんで大丈夫ですじゃ」
と言ってマジュナス先生は、椅子に座ったままホッホと笑う。
さすがマイペース!
「ちょっと様子をみてきます!」
みんなにも、休んでもらわなければ!
起きている間は、俺が自分でこの迷宮を守るのだ。
ひとまず隣の横穴に行ってみる。
人が2人並んで通れるくらいの連絡通路を抜けて大広間に出ると、壁際にうずくまって寝ている人が何人かいた。
みんなお疲れだな。
縦坑へと続く通路を見ると、どうやら土壁で厚く塞がれてるようだった。
近くで作業をしていた人に聞くと、全ての横穴が連絡通路で結ばれたのだという。
そこで、縦坑から横穴に入るための入口を4箇所に限定して、それぞれに鋼鉄製の隔壁を取り付けることにしたそうだ。
これで侵入者が最下層に到達しても、環状通路をぐるぐると逃げ回って時間を稼ぐことが出来る。
「迷宮が成長している!」
もう、呂布みたいな人が襲撃してこないかぎり大丈夫なんじゃないだろうか?
俺はさらに奥の方へと進み、ゴブリン洞窟方面へと続く横穴へと入っていった。
鉱山からゴブリン洞窟までは、3kmほどある。
両方から掘り進めて、それぞれ1.5km。
1時間に100m以上という驚異的な掘削速度によって、早くもその二つは結ばれようとしていた。
――ウオオオオオオ!
――あと少しダアアー!
――ズガガガガガガガガガガッ!
5人の鉱夫さん達が、ピッケルのような道具を二刀流にして、秒間10連打の勢いで岩壁にぶち込んでいた。飛び散る岩石から身を守るために、フルプレートを着込んでいる。
さらには土魔法であるアースダガーを打ち込んで、岩盤を脆くしながら掘り進めている。
白金の絆でHPが共有されているから、オーバーワークによってHPが削れていくことすら気にしなくて良い。
その光景は凄まじいの一言であり、人の限界を超えているようにも見えた。
――ムオオオオオオー!
――ドリャアアアアー!
――ズゴゴゴゴゴゴ!!
「す、すげえ……」
人のことは言えんかもだが……。
「おっしゃー!」
「どんどんはこぶのー!」
みるみる積み上がっていく石片を、男の子や女の子がせっせと荷車で運び出している。みんな、なんて働き者なんだ!
少し離れた場所で価値のある鉱石だけを選別し、残りはバリケードを作る材料にするらしい。
うーむ、我が領の筋肉信仰は、とどまることを知らないな……。
「あっ! オトハさま良いところに!」
「えっ!?」
「もうすぐ開通するんだべさ!」
「どうかオトハ様の手で開通式をしてくだせえ!」
「えー!」
――ズガン!
鉱夫さんが最後の一突きを加えると、壁の真ん中に僅かな綻びが出来た。
本当に、一突きすれば崩れそうだ。
「じゃあ……せっかくなんで!」
そして俺は、拳を握って腰を落とした。
「いきますよー!」
――ウオオオオオオー!
「向こう側のみんなもいいですかー!」
――オオオオオオー!
「ドゥーム!」
そして俺は、禁断のスキル名を唱え――。
「ストライクもどき!」
――ずに、ただのフルパワーの一撃を岩壁にぶちかました。
――ドッゴーン!
――ヤッタアアアアアー!!
――ツナガッタアアアー!!
なんと半日たらずで、全長3kmのトンネルが開通してしまった!
「あっ、ポンタ君に、コックスさん!」
「領主様だ!」
「お疲れ様でございます!」
二人とも、フルプレートを装備してピッケル二刀流。
掘削作業に参加していたようだ。
「2人とも掘ってたんですね!?」
「うん、そうなんだ!」
「やっぱり、みんなで掘ると速いですねー」
いやいや、速いなんてもんじゃない!
そして二人とも、腕がムキムキになっている……!
やべえ……。
ステ値確認したら、穴掘ってた人みんな、腕力が200超えてた!
「じゃあみなさん! 無事穴がつながりましたので、今日はもう休んで下さい!」
――ヨオオオオシ!
――メシダアアア!
するとみんな、その場で食料をポンポンとりだして食事を始めた。
「領主様、穴掘るだけでこんなに儲かるんだね!」
と言ってポンタ君が見せてくれたのは巨大なルビーの原石だった。
穴を掘ると色んなものが出てくるんだな……。
「随分と収入があったので、つい新しいグリルを買ってしまいました」
と言ってコックスさんは、その場にバーベキューグリルをどかっと出した。
どうやら謎の物流業者さんは、こんなところまで来てくれるらしい。
コックスさんは、グリルの中に石を敷き詰めると、いつの間にか覚えたらしいファイヤーボールで加熱しつつ、その上に串に刺した肉を並べた。
石の遠赤外線でバーベキューをやるみたいだ。
「みなさーん! クマ肉の串焼きマスタードソース添えはいかがですー?」
――ホオオオオ!?
そしてちゃっかり、露店を始めた!
「ははは、やはりこんあときはグリルに限りますねー。オトハ様もおひとつ」
「あははは……頂きます……うまぁ!」
たっぷり塗られた甘めのマスタードソースが、野趣あふれるクマ肉にぴったりだった!
「こ、これは……ケチャップもつけて、野菜と一緒にパンに挟んだら……!」
「おお! それは素晴らしいアイデアです!」
さっそくコックスさんが作ってくれた。
ホッドドックならぬ、ホットベアーの完成だ!
――うおおおー!
――うめええー!
――これは名物になるー!?
よし! みんなにもバカ受けだ!
工事も順調そうなので、みんなにはどんどん食べて、しっかり休んで貰おう。
俺は上のみんなにもそのことを伝えるべく、縦坑へと走っていった。
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