第55話 侵入者、続々
一人目。
最初の侵入者は、グライダーに乗ってやってきた。
俺とルナさんは双眼鏡を買って、その人の様子を観察する。
かなりキャラメイクを頑張ったと思われる、エルフ風の男性型アバターだ。
ジャスコール王国に侵入すると同時に、全ての持ち物を奪われ、粗末な布の服だけの姿になる。
レッドネームであることを示す赤札が頭上に表示されているが、あまり気にしていないようだ。
浮島の端の方の草原に立ち、周囲を見渡しつつ不敵な笑みを浮かべている。
「武器を現地調達する気だね」
「でしょうね」
入国時に奪い取った資産額から察するに、ゲームを初めて間もないプレイヤーさんだろう。腕をぐるぐる回してやる気は満々なようだが……。
――だあー。
その上空から、アイアンメイスがヒューンと音を立てて落下してきた。
ハレミちゃんの質量兵器だ。
――ん?
侵入者はそれに気づくも、ちょっと遅い。
――ガゴーン!
――!?
脳天にアイアンメイスの質量爆撃をくらった侵入者さんは、あっという間にポリゴンの欠片に変えられてしまった。
滞在時間、30秒……。
グランハレスにある最寄りのリスポーン地点に強制送還だ。
そして二人目。
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ジャスコール王国
総資産 : 97億4810万5520
(↑1億2365万4320)
NPC : 3012
プレイヤー: 4→5
計 : 3016→3017
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次にやってきたのは、資産1億超の中堅プレイヤーと思しき人だ。
1億アルスと言えばかなりの額に聞こえるが、ある程度の実力を身に着けたプレイヤーであれば、ひと月もかからずに取り戻せるんだそうな。
「おっさんだな」
「おっさんですね」
その人は、シブいお髭のおっさんだった。
どんな姿にでもなれるこのゲームにおいて、あえておっさんアバターにするということは、相当におっさんプレイが好きなのだろう。
――ヒューン
またもや繰り出される、ハレミちゃんのアイアンメイス爆撃。
だがそのおっさんは、難なくそれを回避した。
第一関門は突破だな。
おっさんは、その辺に落ちていた棒切れを拾うと、口笛を拭いてシルバーウルフの群れを呼び寄せた。
棒切れを振り回してテキパキと蹴散らし、ものの数分でショートソードと木の盾を購入する。
そして、森の中へと駆け込んでいった。
「ブラウンベアーを狩って、さらに装備を良くするつもりだ」
「地道ですね……」
あれだけの装備でクマと戦えるのは、そもそものステ値が高いからだろう。
だがそこに、赤ネームプレイヤーの侵入を察知した王国の警備兵達が、ワラワラと集まってきた!
――ワーワー!
――カキーン!
――ヒュンヒュン!
そして戦闘が始まった。
ブラウンベアーを狩る前に、重武装の警備兵と戦わなければいけなくなったおっさん。
仕方なく逃げ回るが、警備兵達はどんどん集まってくる。
そしてタコ殴りにされ、あえなく撃退されてしまった。
どうやら中堅クラスの人でも、まともな装備なしでは厳しいようだ。
それからも多数のプレイヤー乗り込んで来たわけだが、みんな同様の運命を辿った。
戦闘系NPCというのは、なかなかに侮れないのだ。
結局、侵入者からむしり取った入国料だけが上積みされていき、早くも10億を超える収入がジャスコール王国にもたらされている。
素晴らしきかな、ダンジョン経営。
まだ誰もたどり着いてないけど……。
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ジャスコール王国
総資産 : 107億5612万6120
NPC : 3012
プレイヤー: 4→5
計 : 3016→3017
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「むむっ!」
9人目の侵入者で異変が起きた。
総資産の数値が一切動かなかったのだ。
「これってつまり……」
「資産を全部処分して来たってことだな」
ちなみにその人は、ルナさんと同じくワイバーンに乗ってやってきた。
かなりの上流プレイヤーであり、相当な個人資産を持っているはずだが、それをサクッと処分できるということは、おそらく自分の国を持っている人なのだ。
「自分の資産を領民に全部配ってしまえば、入国時に取られることはないからね」
他のプレイヤーに譲渡しておくという手もあるが、それはリスクが大きい。
持ち逃げされたらそれまでだからな。
領民に配っておけば、後に税率を上げるなどして取り戻すことができる。
「侵入してきたってことは、竜人同盟の人ではないですよね?」
「そうだな、竜人の力を借りずに国を維持しているプレイヤーだ。かなりできるぞ」
俺は双眼鏡を覗き込み、固唾をのんで見守る。
その人は、キューティクルの整ったセミロングの銀髪を持つ美少年だった。
粗末な布の服姿なので分かりづらいが、全身に漂う雰囲気から、魔法を得意とする人なのではないかと推察できた。
「……あっ」
さっそくその人はセルフバフをかけはじめた。
魔法エフェクトからクイックとストロングネスであることがわかる。
そして信じがたい速度で、ジャスコール城に向かって走っていく。
「速い……!」
まさに、飛ぶようなスピードだ。
警備兵がその動きについていけない。
やがてその人は、ジャスコール城の中に入って行った。
そして、割とすぐに出てきた。
取り立てて、得るものがないと判断したのだろう。
しかし、何度か城の方を振り向いて首を傾げている。
おそらくは、終わらない婚約破棄パーティーを目にしたのだろうな。
国民達に攻撃をしかけたりしないかとハラハラする。
きっと相当の使い手だ、魔法を使われたらひとたまりもない。
俺がここにダンジョンを作って待ち構えていることは、婚約破棄動画のコメントに書いてある。
だから、俺がここにいることは知っていると思うのだけど、その人はどこか呑気な様子で、ジャスコール王国を観光して回っているようだった。
やがて公爵領に入ってきた。
もぬけの殻になった屋敷を一瞥し、そこからオトハ迷宮に向かってまっすぐ走ってくる。
これは、お出迎えをしなければ。
「俺とルナさんで対応しますので、他のみんなはシェルターで警戒を」
「かしこまりました、お気をつけて」
俺は高台を下り、ルナさんとともにオトハエ村の入口へと向かう。
そして――。
「あなたが噂のオトハさん?」
「はい、そうです!」
「そしてあなたは、竜人殺しのルナ……」
「ああ、知っててもらえて光栄だよ」
近くで見ると、本当に綺麗な顔をした少年だった。
それでいて大人びた雰囲気も持ち合わせおり、さらには少し黒いものも感じる。
「僕は、テオドア・アークライト。アークライト王国の国王として、同盟『ブラッディ・シーカーズ』に参戦している者です。今日は、視察に来ました」
「俺の領地に、危害を加えるつもりはないってことでいいですか?」
「ええ、今のところは……」
「そ、そうですか……」
やっぱり、ルナさんみたいにポンっと仲間になってくれる人なんて、そうはいないだろうな。
「ブラッディ・シーカーズ――通称BS同盟は、好戦的なプレイヤーが所属する同盟です。現在、同盟内において、オトハさんの国に侵攻するかどうかの協議が行われているところです。今日の夜の会議で、決定が下されるでしょう」
そうなんだ……なんかヤバイな。
流石に同盟規模の軍勢に攻め込まれたら、こんな急ごしらえのダンジョンではどうにもならないぞ。
「な、なるほど……それでテオドアさんから見て、この国ってどんなもんです?」
「非常に興味深い国です。王太子だけが婚約破棄シーンで倒されているんでしょう? その希少価値を狙ってくるプレイヤーも、既にいるんじゃないですか?」
「はい、テオドアさんで9人目です」
「ですよね……。うまくやれば、数十兆規模の入国料収入が期待できますから。失う物の少ない者達から、次々と攻め込んでくるでしょう」
みんな考えることは同じのようだ。
「ただ、同盟の立場から言わせてもらうと、この国の戦略的価値は微妙なところです。莫大な入国料収入が見込めるのは、この国がまだどこにも所属していないくて、『頑張れば誰でも乗っ取れるかも』という期待感があるからです。BS同盟のような、大規模同盟の所属になってしまったら、そのような期待を持たせることは出来なくなります……僕の言っていること、わかります?」
ちょっと複雑な話だが、わからんでもない。
他のプレイヤーさん達は、ジャスコール王国という稀な国を『頑張れば乗っ取れる』と思うからこそ、全財産を投げ打ってでも攻めて来るのだ。
しかも、賞金が持ち越される宝くじみたいなところがあって、挑戦者が撃退されるほどに、得られる富も増えていく。
「この国を乗っ取るのに必要なコストと、乗っ取ることで得られる収入とを比較した時、奪う価値があるかどうかは、今のところ微妙……っていうことですよね」
「まあ、そういうことです。ブラッディ・シーカーズは1153の浮島から成る大同盟。失礼ですが、その規模と比較した場合、オトハさんの国というのは、まだそれほどの富も設備も抱えていないのです」
「まあ、その通りです……」
やたらとムッキムキな領民が沢山いるくらいで、後はどこまでも牧歌的な場所だ。
「ですがオトハさん。あなた自身の能力について言わせて貰えば、正直、喉から手が出るほど欲しいですよ」
「えっ……」
「あらー!」
美少年なテオドアさんに、真顔でストレートに言われてしまっては、流石の俺も乙女心をときめかせずにはいられない!
ていうか、ルナさんまでときめかないように!
「オトハさんは、このアルサーディアにおいて、3人目の『白金の絆』取得者です。しかも、ドゥーム・ストライクも取得している。その一撃の火力は垂涎ものですよ。一体、どれだけのダメージを王太子に与えたのです?」
「そ、それは……」
何となく、ここは秘密にしておいた方が良いと俺は思った。
「企業秘密です!」
「ふふっ、わざわざ手の内を明かす必要もありませんよね。ただ、概算なら既に出ているんです。婚約破棄シーンで王太子を倒せる可能性が出て来るのは、およそ200万ダメージ以上だそうです……」
そう言うとテオドアさんは、何とも黒い笑みを浮かべた。
すごいな、流石はトップクラスのプレイヤー集団。
そしてやはりテオドアさんは、腹黒系イケメン……。
「確かに、それ以上のどこかではあります……」
「それだけ聞ければ十分ですよ。では、僕はそろそろ帰るとしましょう。仕事があるもので……」
ふむふむ、やっぱり中身は社会人さんなのだな。
そして恐らくはオッサンなのだ……。
「ではお気をつけて」
「はい、またいずれ……」
そしてテオドアさんは、颯爽と去っていった。
「果たして、敵なのか味方なのか……」
「さあなー。ただ、あんたの嫌がるようなことはしてこないんじゃないかな。その力を何よりも欲しているんだし」
「ううむ……」
俺は改めて自らの拳を見つめる。
この力は、すでにある種の抑止力として機能しているのか……。
「もし俺が、『国を荒らす人にはこの力を貸しません』って宣言したら、少しは侵略しようっていう人達の動機を抑えられるんですかね……」
「どうかなあ、その人達のプレイスタイルにもよるだろうよ。ただ、あんたを敵に回したくないと考える人は増えると思うよ?」
「ふーむ……」
ルナさんみたいにな。
それでも、侵略的な考えで乗り込んでくる人をゼロにすることは出来ない。
大規模同盟の人達にとっての価値は薄いのかもしれないが、規模の小さい同盟や、ソロ活動をしているプレイヤーであれば、やはり国1つ手に入れるというのは大きいのだ。
力づくで奪いにかかるメリットというのが、どうしても発生する……。
だからむしろ、『俺の国を荒らさないでください』みたいなことを言うのは逆効果なのかもしれない。
そこが急所だとみなされて、人質作戦を取られる可能性が出て来る……。
「なあ、オトハさんよ」
「はい」
「白金の絆で結ばれた村人達ならわかるんだが、王国全体のNPCを1人も死なせないってのは、やっぱり無理があると思うよ」
「そうですかね?」
「うん、それこそ無理ゲーさ……」
ルナさんの言うことはもっともなのだが、俺ってやつはどうにも諦めが悪い性分なのだ。
うーん、3000人を収容できるだけのシェルターを作って避難させる……いや、そもそも時間が足りないし、言うことを聞いてくれない人達も多そう……。
公爵領以外の人達にはいつも通りの活動をしてもらいつつ、その命を守る……か。
うーん、やっぱり無理ゲーなのかな……。
「でも俺は、諦めません。出来るだけのことをします!」
「そ、そうかい……頑張るねえ」
「はい! もっとこう……侵入者の目が、村人ではなくダンジョンに向くようなことが出来れば良いと思うんです……うーん」
そのためにはきっと、俺はもう少し狙われた方が良いのだ。
うーん、何か良い手はないか……。
「だったらさ、いっそ村の入口にお金でも撒いておいたら?」
「はっ!?」
名案かもしれない!
少なくともそれで、侵入者は装備目当ての略奪をする必要がなくなる!
名付けて『撒き餌』作戦だ!
「さっそくやってみます! あと、その情報を動画に乗っけておきます!」
「ああ、どうなるか見ものだな」
あとは、何か看板でも立てておこう。
『国王ログアウト中、殺すなら今!』みたいなことを書いて挑発するのだ……。
「じゃあ、あたしはログアウトするけど、あんたはまだ続けるの?」
「え? うーん……」
そうだな……まだまだ考えたいことが沢山あるし。
もう、学校休んじゃいたいくらいだ……。
「根詰めるのもいいけどさ、少しは仲間たちを頼ってあげたら?」
と言って、ルナさんが親指で指した先には、建物の影から心配そうにこちらをみているサーシャの姿があった。
「あっ……」
「メイドさんだって心配している」
それとなく、ルナさんに諭されてしまっているな。
だが、果たして大丈夫だろうか。
やはりここは、学校を休んでも頑張るべきところでは……。
勉強なんていつでも出来るんだし……。
俺がそんなことを考えていると、サーシャがこちらに走ってきた。
「お嬢様! どうかもうお休み下さいませ!」
「……でも」
「どうか、1人で抱え込まないでくださいませ! 私たちはもう、みんなで1つなんですから……」
「う、うーん……」
だがそれでも、気になるものは気になるんだ。
「でもなあ……」
「今日はもう、随分と長いこと活動されております! 休むことも大事にございます!」
そう強く言われると、確かに言い返せないものがある。
婚約破棄シーンからここに来るまで、本当に息をつく暇もない一日だった。
「そうだな……じゃあ」
AIの知能は、既に人間を遥かに上回っているとも聞く。
疲れた俺の頭であれこれ考えるより、みんなに任せてしまう方がよっぽど良いのかもしれない……。
「いいメイドさんじゃないか」
といって、俺の肩をポンと叩いてくるルナさん。
それで俺は少しだけ、肩の荷が降りたような気がしたのだった。
「わかりました。今日はもう、ここまでにしておきます」
「うん、それがいいさ! で、サーシャさん。あたしはシェルターの中で適当にログアウトするけど、構わないよね?」
「はい、ルナ様はオトハ様の『ご友人』ですので……」
「ふふふ……んじゃ適当にやらせてもらうよ。お休み、二人とも」
そしてルナさんは、シェルターに向かって歩いていった。
「じゃあ、俺も休むことにするよ。くれぐれも無理はしないでね」
「はい、ご心配なく!」
と言って満面の笑みを浮かべてくるサーシャは、とても頼もしかった。
俺は、撒き餌と看板のアイデアをみんなに伝えると、その日のプレイを終えた。
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