第54話 オトハ迷宮
――うおおお、だせええー!
ひとまず聖女エルマは、ゴブリンキングの部屋に入れて、入口を土魔法で固めた。
聖女は攻撃系の魔法を使えないので、まず出てこれないだろう。
土壁の厚さは1メートルもあり、叫び声もあまり聞こえてこない。
――ドンドンドン……だせええー!
「なんだか、気の毒じゃのうー」
「でも、仕方ないです」
マジュナス爺さんが髭をさすりながら言う。
彼女の身を守るためでもあるので、ここはひとつ心を鬼にする。
「近いうちに、ちゃんとした出入り口を作りましょう」
「そうじゃな、たまには日光浴させてやらんと」
ゲームの中だから、ビタミンDが足りなくなるということは無いだろうけど、たまには外の空気に触れさせてあげないと、精神衛生上よくなさそうだ。
ひとまず、食料と暇つぶしになりそうな本やら玩具やらを入れといたので、しばらくは大丈夫だと思う。
「じゃあみんな!」
そして俺は、後ろを振り返る。
そこには使用人達とノックス村の住民達がいる。
「またもや非常事態になってしまいましたが、是非とも力を貸してください!」
――うおおおー!
――おまかせくださいませー!
よし、士気は高いぞ!
俺の身から出たサビでほんと申し訳ないけど!
「みんなにやってもらいたいのは、この洞窟の拡張工事です! 目標は、オトハエ村の鉱山につなげることです!」
――ウオオオー!
――やるぞおおー!
――きたえるううう!
みんなすでに、自腹を切って掘削道具を入手してくれている。
食料もたっぷり用意してあるし、ガンガン行けそうだ!
「ではセバスさん、こちら側の指揮はよろしくお願いします!」
「はい、おまかせくださいませ」
セバスさんを筆頭に、ベルベンナ、ユメル、コヌール、ポンタ、ヘンナ、オルバ、コックス、ブラムの10名に、こちら側に残ってもらう。
『 ぐ ま゛! 』
「グママーも頼んだぞー!」
グママもみんなの真似をして、近くの山の斜面に穴を掘っていた。村人たちがエサをあげて可愛がるので、すっかり懐いているのだ。
それから俺たちは、屋敷にある金目のものを売り尽くしてお金に変えた。
そうすることで略奪を防ぐ。
調理器具などの必要な道具や、ブラムさんの描いた絵などはシェルターに運ぶ。
「じゃあ、オトハエ村に向かいます!」
そして俺たちは、闇夜の中を走っていった。
* * *
全住民がシェルターに避難しているので、村は当然のごとく閑散としていた。
不要な所有物はことごとく売り払われ、建物や土地の上にも、売りに出されていることを意味する『SALE』の文字が浮かんでいる。
少なくとも公爵領内には、侵入者が略奪出来るものは殆ど残っていないはずだ。
「こんな領地、初めてみたぜ」
「やっぱりそうですか?」
ルナさんはARO歴は2年ほどになるらしいのだが、流石に、このような状態になった国は見たことがないだろう。
王太子を倒しちまった時点で、すでにおかしいのだ。
「二つ返事で全財産売っぱらってくれる領民なんて、そうそういないんだぞ?」
「まあ、事情が事情ですから……」
バグ発生地という妙なレアリティが付いてしまったジャスコール王国。
これからどんな恐ろしいプレイヤーがやってくるかわからない。
それに我が領の住民達は、お金なんて生きていればどうにでもなるってことを、よく理解しているのだ。
「普通、言うことを聞かないのが少なからず居るはずなんだけどね……。あたしも実は、公爵令嬢スタートなんだよ」
「なんと!?」
意外だった!
冒険者スタートじゃなかったんだ……。
「ルナさんは、どうしてAROを始めたんです?」
「そんな大した理由じゃないさ。普段のトレーニングの一環として始めたんだ」
「普段のトレーニングですか?」
やっぱり、リアルでも鍛えている人なんだな。
だが果たして、VRゲームとリアルのトレーニングの間に、どんな関係があるのだろう。
「ゲームの中で鍛えても、リアルの体は鍛えられない。そう思っているんだろう?」
「はい……正直、そう思っていました」
「それがね、実はそうでもないんだ」
「まじですか?」
それは初耳だ!
ゲームをしながら体を鍛えられるなんて最高じゃないか!
「確かに、筋肉自体は鍛えられない。だがね……『神経』なら鍛えられる」
「し、神経……ですと?」
なんか、とてもレベルの高い話のようだ!
「ふふ、興味ある?」
「はい……!」
「じゃあ今度、時間のある時に教えてあげるよ。『実地』でね……?」
「はぅ!?」
やけに色気のある言い方だった。
「お嬢様、危険です!」
そこにシュバっと、サーシャが割り込んでくる。
「きっと、男の人にとっての危険なトレーニングですわ! ルナさま! あんまりオトハさまをたぶらかさないでくださいませ!」
「えー、別にいいじゃないかー。本当にただの『良いトレーニング♡』なんだぜ?」
「変なイントネーションで言われても困りますわ!」
う、うーん。
気になるトレーニングだ……。
「なんなら、サーシャも一緒にやるかい? すっごく効くよ?」
「む、むむむ!? 私までまき込むつもりでございます!? 負けませんわよ!」
何を張り合っているんだ……!
とにかく、ルナさんがリアルでも凄い人なのだと言うことはわかった。
HPを1000オーバーまで持っていく訓練にも、実に興味がある。
もしかすると、竜人殺しと何か関係があるのかもしれないな……。
竜を殺すと、リアルにも影響を及ぼす何かがあるとか、そんなんだったら面白いんだけどなー。
俺は色々と妄想を膨らませつつ、夜道を走っていった。
* * *
「セッ!」
「お帰りなさいませ、オトハ様」
村に着くとすぐに、ゴッズさんとグルーズさんが出迎えてくれた。
どうやら2人が率先して、村人たちの誘導をしてくれたようだ。
「村のみんなは?」
「スッ!」
「シェルターの中で、工事を始めていますよー」
「工事?」
「シェルターをもっと強固にするのですー」
す、凄いな。
避難指示を出しただけで、村人たちは、そこまで自主的にやってくれているのか。
「さっそく中に入って見てみよう!」
2人とベンジャミンに入口の警戒を任せて、俺は鉱山の中に入っていく。
後に続くのは、サーシャ、マジュナス、ペマ、オルマ、アルル、メイシャ、コルン、ダルス、メドゥーナ、リューズ、ヴェン、そしてルナさんの12人。
鉱山に入ると、50メートルほどまっすぐな坑道が続く。
幅3メートル、高さ2メートルくらいの手狭な通路だ。
その坑道を抜けると、巨大な吹き抜けのような縦坑に出るのだが、その壁面には無数の横穴があって、縦横無尽に木の足場が築かれている。
横穴の入口にはバリケードらしきものが築かれていて、その奥の方では、掘削工事が進められているようだ。
「ここを迎撃ポイントにするのか……」
鉱山を仕切っている親方が近くにいたので、話を聞いてみる。
「お戻りになられましたか領主さま! ただいま、鉱山の要塞化を進めております」
「仕事が早くて助かります!」
俺は、ゴブリン洞窟の人達に指示した内容を伝えた。
「なるほど、横穴をあちら側とつなげるのですな」
「はい、地下通路を使って行き来できれば、何かと便利だと思うので」
「わかりました、こちらからも掘り進めていきましょう」
親方が合図を送ると、近くにいた人達が地下に降りていった。
「オトハさま、メイドと侍女達に、オトハさまの休む場所を作らせましょう」
「うん、お願いします。出来れば、みんなが休むところも作ってあげて!」
「承知いたしました」
サーシャが合図を送ると、メイド3人と侍女の2人も地下へと降りていく。
「リューズさんとヴェンさん、そしてダルスさんは、適当な場所にみんなが息抜きできそうな場所を作ってください。地下暮らしが長引くと、何かとストレスが溜まると思うので」
「わかりましたわ」
「御意に!」
「了解ですじゃ」
みんなのダンジョン疲れにも手を打っておかないとな。
3人とも、すぐに地下に降りていく。
残りはサーシャ、メドゥーナ、マジュナス先生だ。
「サーシャとメドゥーナは、先生をしっかりと護衛して下さいね。たぶん、先生の魔法が防衛の要になると思うんで」
「そうですね、オトハさまを守るつもりでやらせていただきますわ!」
「……(こくり)」
これでひとまず、使用人達には指示を出し終わった。
「結局これは、どういう迎撃をする構えなんだい?」
ルナさんが聞いてくる。
それはたぶん、親方が知っているだろう……。
「無限鬼ごっこ、とでもいいましょうか」
「無限鬼ごっこ……!?」
なんだか早くも、鬼畜臭が漂っているぞ!?
「はい、要するに、侵入者には無限に我々を追いかけ回してもらうのです。横穴の全てを縦横無尽につなげて、行き止まりを作らないようにしてあります」
「ふむふむ……行き止まりに追い込まれるのが一番ヤバイもんな」
ルナさんは、早くも納得している。
ここはひとつ、攻める側になって考えてみよう。
攻め手にとって、一番効率の良い攻め方は、弱い領民を捕まえて集中攻撃を加えることだ。
公爵領のみんなのHPは、白金の絆で結束されているから、とにかく誰かに対してダメージを与え続ければ良い。
12万を超えるダメージを与えて、誰か1人でもいいから倒しきる事ができれば、それで全員消滅するので、一応はダンジョンクリアとなる。
だからとにかく、1人の人間が『逃走不可』の状態に追い込まれるのだけは回避しなければならない。
「横穴に、戦闘に長けた者を分散して配置します。侵入者が縦坑に入ってきたら、弓などを使って集中砲火を浴びせます」
「ふむふむ」
「侵入者としては、そのままでは埒が明きませんので、横穴に入って各個撃破しようとしてくるでしょう」
「そうだねえ……」
「そうして侵入者が横穴に入ってきたら、穴の中の者は下がります。そして横穴同士の連絡通路を上手く使って、侵入者を挟み撃ちにする……もしくは、そのまま延々と逃げ回ります」
「おおー」
ルナさんが感心したようにパチパチと拍手をした。
「大抵のプレイヤーはそれで参っちまうな。こんなゴチャゴチャした場所で、HP12万の軍団と戦うなんて、流石のあたしも御免こうむるよ!」
「おおー」
思わず俺もうなっちまった。
竜人殺しの太鼓判を頂いてしまった……。
「もし侵入者が、オトハさまの部屋に向かった場合はどういう対応を?」
サーシャが問う。
俺のログアウト場所は、まだはっきりと決まっていないが、おそらくは縦坑の最下層にある横穴のどこかだ。
「最下層にもいくつか横穴がありますので、それらを連結通路で結びます。そして領主様には、侵入者から離れた部屋へと順次移動してもらうのです」
「ふむふむ……」
じっとせずに、俺自身もちょこまかと動けば良いのだな。
俺がログアウトして眠っている間は、誰かの手で運んでもらえばいい。
そうして常に俺を侵入者から遠ざけておいて、後は延々と鬼ごっこを繰り返すというわけだ。
「さらに、土魔法の使い手に連絡通路の遮断なども行ってもらいます。ですので、領主様のお側には、常に土魔法を使える者を置いてください」
「んーなるほど。マジュナス先生、土魔法の教授ってどのくらい進んでいます?」
「ふぉふぉふぉ、鉱山で働く者達を中心に、20名ほど教えたぞよ?」
「ふぉ!?」
すごい! ならば完璧だ!
「じゃあ親方、俺ちょっと下を見てきますね!」
「はい、あとは私どもにおまかせを」
「お願いします!」
そして俺達は、最下層に降りた。
横穴は10箇所以上もあるが、果たしてどこが俺の寝処になるのか。
「お屋敷の部屋とは比べ物にならないほど酷い場所ですが、私ども、精一杯のお世話をさせていただきます!」
「うん、住めば都とも言うしね……!」
非日常感が半端ないぞ!
誰もが一度はやってみたい、あこがれのダンジョン引きこもり生活だ。
最下層の横穴は、やはり最下層だけあってジメジメしていた。
苔が生えたり、地下水が滲んでいたり。
横穴の長さは色々で、20メートル程の浅いものから、200メートルを超える深いものまである。
その中でも、お屋敷方面に伸びる深い横穴が、村人たちの生活区域として使われていた。もともと鉱夫達の休憩所になっていたようだ。
――ガツン! ガツン!
ツルハシを持った人達が、ゴブリン洞窟の方面へと横穴を掘り進めている。
――ブボボボボ!
そしてどうやら、土魔法を使える人が横穴と横穴の連絡通路を作っているようだ。
グルッと一周つなげるには、まだかなり時間がかかりそうだが、既にここともう1つの横穴が繋がっている。
「あっ! 領主さま!」
「よくぞご無事で!」
横穴の奥の広い空間で炊き出しをしていたおばちゃん達が、俺に気づいて近寄ってくる。
「はい、みんなのお陰でがんばれました! でも結局、こんな大変なことになってしまって……」
まさか王太子を殺してしまうとは、夢にも思わなかった。
俺は相変わらず、自分自身の不覚でみんなを振り回している。
「いえいえ、まったく面白いことになりましたわね!」
「領主様が、今度はどんな伝説を作ってくれるのか、楽しみでなりませんわ!」
「そ、そう言ってもらえると……」
救われるというか……プレッシャーというか。
今いる横穴は体育館くらい容積がある。茣蓙のようなものが敷かれていて、交代で休憩を取るようだ。その一角で、ダルスさんと楽師の2人が、ステージのようなものを作っていた。
きっと、何か面白いことをやってくれるのだろう。
さらに、連絡通路でつながれた隣の横穴にいくと、侍女の2人とメイド達が掃除をしていた。どうやらここが、俺のログアウト場所になるようだ。
* * *
一通りダンジョンを視察した後、俺はサーシャやルナさん達と、近くの高台に来ていた。
以前俺が、恥ずかしい独り語りをしていた場所だ。
「良い国じゃないか」
ルナさんは銀色の髪をかきあげながら言う。
アルサーディアの朝は早く、景色はすでに朝焼けに染まりつつあった。
「きっとあんたの人柄が、領民たちを気持ちを動かしているんだな」
「そうなんですかね……?」
俺としては、がむしゃらにここまでやってきただけだなんだが……。
頑張って、やりすぎて、ピンチになって、乗り越えて。
こんなメチャクチャな領主に、よくみんなついてきてくれたもんだと思う。
「どうだい、まだ誰も入ってこないか?」
俺は、カントリーステータスと唱えて、王国全体の情報を表示させる。
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ジャスコール王国
総資産 : 96億2392万1200
NPC : 3012
プレイヤー: 4
計 : 3016
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俺と、ルナさんと、とーちゃんと、かーちゃん。
プレイヤー数に変化はない。
「まだ、来てませんね」
「そうか、意外と食いついてこないもんだなー」
ぬふふ、俺の拳にビビっているのだろうか。
その気になれば、ドラゴンだってワンパンできる拳だからな……。
「浮島の中には、どこからでも入ってこれるんですよね?」
「ああ、気球に乗ってきたり、鳥に運んでもらったり、風魔法を使って自力で飛んできたり、色々だ」
「じゃあ、ここに居れば目で確認出来るかもしれませんね」
ここなら、国全体が見渡せるからな。
「ルナさんはどうやって来たんです?」
「ワイバーンを1頭テイムしているんだ。それで来た」
流石は竜人殺しだな。
ワイバーンは、浮島の側面で休んでいるらしい。
俺は改めて、黄金色に染まる王国に目を向ける。
涼やかな朝の空気が肌に心地よい。
ちょっと眠いが、どんなプレイヤーさんが来るか楽しみだ。
「さーて、どんなやつが来るやら……ふわぁ」
どうやらルナさんも眠いらしい。背伸びをしつつあくびをする。
リアルの時間は、もう夜の3時を過ぎている。
夜が明ければ学校に行かなければならないし、ルナさんだって仕事があるだろう。
だが今日だけは、ギリギリまで2人でここを守るのだ。
――クエー、クエー。
「ん?」
ふと見ると、空にアルサーの使いが飛んでいた。
どうやらハレミちゃんと、朝のお散歩をしているようだ。
「あれも、領民かい?」
「はい、生後2ヶ月くらいの赤ちゃんです」
「へえー」
手にはアイアンメイスをちゃんと持っている。
何度も言うが、ガラガラじゃないぞっ。
「前途有望な赤ちゃんなんです」
「……み、みたいだね」
ハレミちゃんが付いているなら100人力だ。
俺は、今や遅しと、カントリーステータスを見守る。
しばらくして、その数値に変化があった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ジャスコール王国
総資産 : 96億2445万1200
(↑53万0000)
NPC : 3012
プレイヤー: 4→5
計 : 3016→3017
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「きた……!」
オトハ迷宮。
最初の犠牲者のお出ましだ!
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