第49話 キミーノ公爵令嬢オトハ、お前との婚約を破棄する!
「またせたな」
暗い夕明りに照らされた草原に、風が吹き抜けていく。
俺は、城門へと続く桟橋の前で、王太子ジョーンと対面していた。
「ふっ……」
二人して、ふてぶてしく腕を組んで仁王立ち。
時刻は制限時間の15分前。
本当に、またせたな……。
「待ちくたびれたわあああー!!!」
「だ、だよな……」
凄まじい剣幕で言い放つ王太子に、俺は言い返す言葉を持たない。
本当に本当に…………待たせてしまったな。
「だが、準備は完璧にととの……」
「いいからさっさとこい! 今日こそお前に引導を渡してやる!」
もはや聞く耳もたずか、本当に激おこっているな。
お前のために腕力カンストさせたんだが……まあ、仕方ない。
そして『俺たち』は、荘厳なメヌエットの響く宮中へと進んでいった。
* * *
――オトハ様の、おなーりー。
王太子と聖女、その他モブが配置につくと同時に、晩餐室への扉が開かれる。
そして――。
【クライマックスシーンにつき、録画が始まります。さあ、頑張りましょう!】
(……ぬあっ!)
ふざけたシステムメッセージとともに、小型カメラのような装置が3つ、俺の周囲を飛び始めた。
(……こういう仕様だからなあ)
初期クエストのクライマックスシーンは、こうして全部記録され、ARO公式にアップロードされる。
俺はしぶしぶそれを受け入れて室内へと進んでいった。
まあ、俺ごときのプレイ動画なんて、そんなに注目されないだろう……。
――あれが公爵様?
――なんて質素なお姿……。
俺の姿を見て、それとなく嘲笑してくる貴婦人たち。
みんな、今から俺が婚約破棄されることを知っているのだ。
衣装に大して金もかけてないし……笑われるのも仕方がない。
だが……!
俺の本当のドレスは、このドレスの下にある筋肉なのだー!
――ビヨン!
「ぬあっ!?」
そんなこと考えていると、突然肩につけてあったバッタが飛び跳ねた!
ご婦人方が群がっている場所に飛んでいって、軽いパニックを起こす!
――キャー!
――虫デスワア!
「やや、やべやべ……!」
何でこんな所で、いたずら好きが発揮される!
俺は慌ててバッタを回収する。
「ほ、宝石ですわ!」
「んまぁ!」
――ガヤガヤ、ドヨドヨ。
おっと、意外とウケている!
流石はヘンナちゃんの自信作!
俺はバッタを回収すると、再び肩に装着。
ちょっと緊張気味だったけど、少し気が楽になった!
「……もぐもぐむしゃしゃ」
あっ! ペーター君だ!
普通にみんなにまざってお食事している。
そして俺には気づいていないみたいだ……。
なんて見上げた使用人だ!
(ふふ……!)
だが、今はその姿も頼もしかった。
この背中に、624人の領民の気持ちが乗っているのを思い出させてくれる。
そして俺は長い赤絨毯を歩き終えた。
国王席の前にいる、王太子の眼下まで来る。
【推奨されるセリフ『まるで、わたくしを待ち構えていたかのようですわね……』】
システムメッセージが、何を話すべきかを教えてくれる。
だが俺は、それをまるで無視して言った。
「ずいぶんと気の長いお誕生会だな! 王太子!」
――まあ!
――なんて不躾な!
推奨セリフを無視したからか何なのか、周囲から非難の声が上がる。
「誰のせいだと思っている! 招待状を出してから2ヶ月も経ったぞ!」
うん、それはなんか本当に、悪かったね。
「なんでそんなに俺を待ってたんだ? そんなに好きなのか? 俺のこと」
とかなんとか、ウホーッなことを言ってみる。
「ええい戯言を! 貴様の悪行の数々! 今ここで詳らかにしてくれる!」
と言って王太子は、一段高い場所から、俺を指差した。
「キミーノ公爵令嬢オトハ! 貴様は聖女となったエルマ子爵令嬢を妬むあまり、数々の狼藉をはたらいた! それだけでも、俺の胸を冷めさせるに十分だ!」
――おおおー!
――まさにその通りぃー!
子爵家の取り巻きがうるさい。
多分この場に、俺の味方は1人もいない。
「さらに貴様は、俺の誕生祝いの招待を長らく無視し、2ヶ月に渡って無駄に宴を続けさせ、多大な浪費をもたらしたのだ!」
――けしからーん!
――まっことけしからーん! モグモグ!
食ってんじゃねーか!
すげーなすりつけ理論……。
「まだまだあるぞ! お前はわざと大食らいな使用人をエスコート役に仕立てて、宴の料理を大量に消費させた! このような奸計を弄せる者が、俺の国に存在するとは、まさに身の毛がよだつ思いだ!」
――追放だー!
――公爵家を取り潰せー!
おお怖い怖い。
うまうまと公爵領を乗っ取ろうとしている連中がうようよいる。
「そして極めつけが、あの大熊だ! 幸いにも聖女の加護によって死人はでなかったが、我がジャスコール城が被った被害は甚大である! この罪、本来ならば万死に値する!」
「え! 死者でなかったんだ!」
よかった!
そしてやっぱすげーな、聖女様!
「それはつまり……大量に殺すつもりであったということだな?」
「まあ、ある程度は覚悟していたな!」
「聞いたか皆の者ー!」
――おおおお、何ということだ!
――恐ろしい! なんて恐ろしい!
――まさに悪魔にございますわあ!
「間違いない! 公爵令嬢オトハは、王家に反旗を翻すつもりだ! 聞けばあの大熊、今は公爵領で養われているというではないか! 密かに民を鍛えているとの噂も聞く! これはもはや、お家取り潰しどころの話ではない!」
「まてまてーい! 領民を鍛えているのは生産量を上げるためだぞー!?」
それで俺らは、沢山お前たちに納税しているってーのによー!
「公爵領をつぶして、お前らになんか良いことあるのかよ! 税収が減るぞ!」
「ええい! うるさい! 俺ならば貴様より、よっぽど上手く取り立ててみせるわあああ!」
「ぬあー!?」
本当にやってくれそうだから困るわー!
「あ、あああ、あとなお前! この間のクマの時だって、真っ先に逃げ出したじゃねーか! 俺はちゃんとこの目で見ていたぞ!」
「くふははは! 何を言うと思えば! あれは援軍を呼ぶためだと言ったであろう!」
「結局呼べたのかよ! それで!」
「いいや、戦況が好調だったものでな、周辺警戒に切り替えたのだ。もしクマが逃げて近隣に被害を及ぼすようなら、俺自ら囮となって城に帰そうとな……」
「て、てめー!?」
よく思い付いたなそんなうまい話!
こいつ、口から生まれてきたんじゃねーの!?
ピッ◯ロ軍団みたいに!
――ご英断だ!
――王太子様は、あの大熊から我らの領地を守って下さったのだー!
――全てをご自身に背負われたのだー!
「ぬあー!?」
もうお前ら! 何だっていいんだな!
腐ってやがる! 早すぎたんだ!
この国はもうとっくの昔に腐りきっているー!
「でも結局、聖女さまのおんぶに抱っこだったじゃねーかー!」
「ああそうだとも! 俺の優しいエルマが、全てやってくれた!」
開き直りすぎいいいい!?
「おい! エルマ! あんたそれでいいのかよ!? いつかその王太子のわがままに殺されるぞ!」
さあエルマ!
もとは信心深い少女だったのだろう?
今こそ本音をぶちまける時だ!
「そんなの、とっくに覚悟は出来ておりますわ!」
「なにぃ!?」
わからない!
やっぱりこの王室、俺にはさっぱりわからない!
「王太子ジョーン様は、ジャスコール王国唯一の王位継承者。そんなジョーン様を身命を賭してお守りするのは、全国民の当然の使命ですわ! それをわかっていないのはお姉さま! 貴方だけにございますわ!」
「んなぁ!!」
――ウオオオオオオ!!
――聖女様ああああ!
――よくおっしゃられたアアアア!
「ふっ……流石だねエルマ、やはり俺の妃にはお前こそが相応しい」
「あっ♡ ジョーンさま……」
と言って王太子は、聖女を抱き寄せた。
ぐぬぬ! なんかやっぱり気持ち悪い!
なにが「あっ♡」だ、そのまま破裂してしまえ!
だが!
まだまだ俺は言いたいことがあった!
「そ、そんなことを言って貴女! 本当は妃の座が欲しいだけなんでしょ!?」
何故かここで俺は、本当の悪役令嬢みたいな口調になってしまう!
すると!
「当たり前ですわ! 女の子に生まれて、お姫様に憧れない人なんてこの世にはおりませんわ!」
しれっとそう返してきやがった!
謝れ!
世界中の女の子たちに謝れ!
「じゃあやっぱり、その男を愛しているわけではないのですね!」
「何をおっしゃっているのかわかりませんわ!」
「仮にその男が王太子じゃなかったら! 例えばクオスのような男爵家の息子だったら、今みたいにその男に尽くせていたのかってことですわ!」
「ぬ……!?」
すると聖女さま、クオスという名前が出てきたのが嫌だったのか、あからさまにその表情を歪めた。
「そんなの愛せねーにきまってんだろおお!?」
「ぬあっ!?」
口調が変わった!
そしてすんごい居直った!
「あたちきは、ジョーン様が王太子様だから愛しているんだよお! 王太子様だって私が聖女だから大事にしてくれてんだよおお! そんなの当たり前じゃねーか! ねえ、ジョーン様♡」
急にカワイコぶりっ子になったー!
もう、開いた口がふさがらねー!
「ふっ……君はいつだって本音で語ってくれる……そこが好きだ……」
「うふふ、私の全てはジョーンさまのものですわ♡」
「んなぁ!?」
そしてイチャイチャオーラを放ちはじめたー!
俺敗北! 俺完全敗北うううー!
「クオスという名前が出てきたな。ついでだから言っておこう。彼の者からは、聖女殺害の指示を受けたと聞いているぞ、オトハ……お前からな!」
「なにぃ!!」
――なんですとおおおお!?
――あの2人は幼少よりの友人なのに!
――恐ろしきかな公爵家えええ!
「そんなのありえねえぜー!」
クオスは本気で聖女を恨んでいたんだぞ!
むしろ俺は、それを慰めてやって……!
「お前が、クオスに聖女を襲わせたのだ。お前がその現場を見て見ぬふりをしているところを、俺はしかとこの目で見ている。言い逃れ場できんぞ!」
「そ、そんなの証拠にならねえぞ!」
「よかろう! ならば本人の口から聞かせてやる!」
「な!?」
するとクオス君が前に出てきた。普通に会場に来ていたようだ。
多少時代遅れな感じのする正装で、王太子の前に膝をつく。
「さあ、証言せよクオス」
「……はっ! 王太子さまの仰せの通りです。わたくしめは、家族を人質にとられ、聖女エルマを殺害するようにと、オトハ様より脅されていたのです!」
「うそおおー!」
お前あんなに、ハアハアと殺意をみなぎらせてたじゃねーかー!
全力で保身に走りやがったああああー!
「お前! 振られた腹いせに聖女を殺そうとしたんじゃねーのかよ!」
「もうよい! 下がれクオス!」
「はっ!」
しまった! 今のはすごい失言だったかも!
「今、自白がとれたぞ! そのように『見せかける』つもりであったのだな!」
「ぬあー!?」
もうイヤァー!
こいつら、何を言ってもききやしねえ!
ならば、彼が振られた経緯から話してみようか?
いや、それでもなんやかんやと理由をつけてもみ消してくるのだろう。
それにクオス君は、あれでいて被害者みたいなもんだ。
そんな彼の罪を、わざわざ立証しようとするのも……。
もはや俺は、どこまで行っても悪役令嬢なのだな!
(そして……!)
これで舞台は完璧に整った!
さあこい!
そして俺! 歯を食いしばれ!
「キミーノ公爵令嬢オトハ、お前との婚約を破棄する!」
「……!?」
予想していたよりも厳かな口調で、王太子は最後通牒をつきつけてきた。
たとえ王太子とは言え、公爵令嬢を袖にするのは大変なことなのだろう。
そんな重みが、その口調にはしっかりと込められていた。
そして何故だか俺は…………ショックを受けていた。
男に振られて……ショックを受けた。
「だがお前とは、一度は生涯を誓った仲……そうだな、この頬を一発張るくらいなら、許してやらんでもないぞ……?」
「ほああ!?」
そ、そういうことか!
あくまでも! 徹頭徹尾!
自分がマウントポジションを取るための手段なんだなそれー!
――オオオオオ!
――流石は王太子さまー!
――なんて心が広い……。
「まあ、なんてジョーン様はお優しいのかしら! そのようなお情けをかけられるなんて!」
「ふふ……エルマ、お前には敵わないよ。さあオトハ、どうした! やる気がないのならさっさとここから立ち去れ! そして、夜逃げの支度でもするのだな……」
――ハーッハッハッハッハ!!
――王太子さまああああー!!
――流石ですわああああー!!
――見てーあの女のお顔ー!!
――ざまぁないですわあー!!
そして会場丸ごとすべて、俺に対する嘲笑で埋め尽くされた。
ここまで……。
ここまでやるか婚約破棄!
「く……!」
俺の拳が震えていた。
怒りと、屈辱と、孤独と、悲しみと……。
色んな負の感情が、ものすごい密度で俺の胸を埋め尽くす。
全てを焼き尽くして、『真・悪役令嬢END』へと至る心理が、今だからこそ理解できてしまう。
(だが……!)
――オトハ様、がんばれ!
今の俺には、公爵領のみんながついている!
この2ヶ月の間に築き上げた白金の絆が、俺の胸には宿っているんだ!
だから!
「私は負けませんわ!」
「ぬ?」
「この国に巣食う毒虫どもよ! いずれ大いなる裁きがあると知れ!」
自然と、口から迸り出たのはそんなセリフだった。
おそらくそれは、公爵令嬢としての俺の、魂の言葉だったのだろう。
俺は金塊を取り出し、右手にグッと握りしめる!
「そして王太子!」
その拳を、相手にめがけて突き放つ!
「貴方はその歯を食いしばりなさい!!」
その言葉とともに、俺は一気に間合いを詰めた!
「ドゥーム!」
その瞬間――。
「ストライク!」
俺の拳から放たれる白金の輝きが――。
――シュイイイイイン!!
薄汚い意志のひしめく宴の間を――。
「うぉぉぉおおおお!!!」
真っ白に染め上げたのだ――!
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