第47話 婚約破棄に向けて
翌日は完全休業。
その後の2日間で、屋敷中の大片付け。
食い散らかした麦パフは、全部小鳥さん達のエサになった。
そして。
「セバスさん、総決算ですわ!」
俺は、ある決意を胸に、内政に臨んでいた。
「はい、お嬢様」
「婚約破棄される前に、やれるだけのことをいたしますわ!」
もうこれ以上、領民忠誠度を上げようとは思わないのだが――というか、もう99だよ!――俺なりにすっきりこの世界を去れるよう、残された資金と資産で、やれるだけのことをやってしまおうと思うのだ。
こう言うとなんだか、死ぬみたいだが……。
「セバスさんにはお話しておきます。わたくし……いや、俺、婚約破棄クエストを終えたら、そこでこのゲームをやめます」
「……左様でございますか」
それとなく気づいてはいたけれど、改めて言われると悲しい――。
セバスさんは、そんな感じに表情をしかめて、ハアと溜息をついたのだった。
「残念ではありますが、致し方ございません。オトハ様にはオトハ様の人生がございますからのう」
「うん、最後まで自分勝手で、ごめんなさい……」
「いえいえ、オトハ様のような良き主に巡り会えたこと、このセバス、一生涯の誇りに思いますぞ。心残り無くお仕事を終えられるよう、全力を尽くしましょう」
「ありがとう、セバスさん!」
そして、最後の内政ターンが始まった!
まずは現在の資産を確認!
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収支 : -18万7667
総資産 : 2億6266万2106
内訳
資金 : 1282万3706
家屋 : 1億1000万0000
土地 : 4000万0000
所持品 : 9983万8400
負債 : 1億0000万0000
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カフェを建設したことで資金が減ったが、農業生産力アップによる収支改善が著しい。
黒字化の見通しが立っているので、土地を担保にしてさらに4000万アルスを借り入れる。
さらに所持品を整理して、1600万アルスほど調達する。
使う見込みのない家具や食器、軽すぎて使わなくなった武器などを処分した。
そのうち2000万アルスで、屋敷とキミー村にそれぞれ物見櫓を建設。
領地の防衛力をアップさせる。
婚約破棄後に竜人を仲間にする予定だが、それでもモンスター襲撃などのリスクがゼロになるわけではない。
念には念を入れておこう。
ゴブリンの巣と、オトハエ村の鉱山をそれぞれシェルター化する。
食料を備蓄したり、隔壁を設けたりするのに、さらに1500万アルス。
600万アルスでエリクサー3本を購入して、マジュナス先生に管理してもらう。
最後に残った1500万アルスで高級ポーションを1000本購入。
全ての領民に一本づつ配布し、残りを2つのシェルターと屋敷に備蓄する。
「あとは順次、領民たちにセルフヒールとヒール、できたらセデューションも覚えさせていってください」
「かしこまりました、日々のトレーニングの合間に行いましょう」
せっかく教授持ちのマジュナス先生がいるんだからな。
ムキムキのみんなが魔法を覚えたら、それこそ鬼に金棒だろう。
我が領の基本方針は、常にずっと『いのちを大事に』だ。
残りの資金は、その殆どが竜人を回復させるための食費に消えるだろうが、そこは大丈夫。
俺が所持している『金塊』を売って、運営資金に回す予定だ。
王太子を殴ったら、それでこの金塊はお役御免……!
婚約破棄シーンが待ち遠しいな!
今の腕力で、あのボンクラにドゥーム・ストライクをぶっぱなしたら、どんだけダメージが出るのやら。
それから俺は、セバスさんとメドゥーナを伴って、領内各地を見て回った。
それぞれの村の代表者を正式に任命して、月一くらいで村人たちの意見を取りまとめて、代表者会議を行うように指示を出した。
当分の間は、セバスさんに議長を務めてもらおう。
これでキミーノ公爵領は、何となく共和制っぽくなった。
近代的な議会政治には程遠いが、俺の築き上げた脳筋ファシズムをそのままにしておくよりは、余程良いだろう。
* * *
屋敷に戻る頃には日が暮れ始めていた。
さあ、いい加減、サーシャに俺の気持ちを伝えなければ。
「……そわそわ」
俺はいつもの暖炉の側でそわそわしていた。
何も言わずとも、サーシャがミルクティーを淹れに来てくれるはずだ。
「お疲れ様でございます、お嬢様」
「う、うん……!」
き、きたー!
サーシャがスッとダイニングに入ってきた瞬間、俺は口から心臓が飛び出しそうになった。
さあ頑張れ俺! ヘタれるな!
「ううんと、サーシャ」
「……はい」
「今日は二人分、淹れてくれますか?」
「…………」
い、言ったー!
大事な話がございますことよ、という合図みたいなもんだ!
「かしこましました」
「お、お願い……します」
「そんなに喉がお乾きなのですね……」
「えっ!?」
ちっがーう!
わかって言っているのか、ボケなのかー!
結局俺は、改めてサーシャに、ティーカップをもう一つ持ってくるように伝えたのだった……。
――そして。
「わたくしに、お話でございますか?」
「うん……そうなんだ」
ひとまず一口飲んで気持ちを落ち着ける。
「その……ちゃんと話しておきたくて。俺がボチボチ、このゲームをやめるってことを」
「…………」
サーシャは悲しそうな目でティーカップを見つめている。
「サーシャには、最初のチュートリアルからお世話になった」
「はい……そうでございますね」
「色々と、アドバイスもしてもらった」
「はい……差し出がましくも」
「そして……随分泣かせた」
「ええ……まったく」
「……ごめん」
「……いえ」
そして何となく流れる、微妙な空気。
「で、これからのことなんだけど」
「はい」
「俺、やっぱり婚約破棄クエストは、完全にはクリアしないでおこうかと」
「……え?」
「つまり、復讐とかはしないでおこうと思っているんだ……」
婚約破棄シーンが終わった後は、復讐シナリオへと進むのだが、特に期間制限などは存在しない。
この段階でクエスト進行を止めることは、『ネバーエンディングEND』とも呼ばれている。
その特徴は、初期クエストを終えないために、永遠に箱庭状態が継続されることだ。王家に対してはずっと納税をし続けることになるが、他プレイヤーの干渉を完全に排除したいのなら、これ以上の選択肢はない。
「俺、ここしばらくの間、他のプレイヤー……領主の人が、どんな領地経営をしているのか調べていたんだ。俺なんかより、よっぽど上手くやっている人が殆どだったけど、たまに、酷いことをする人もいて……」
「……私どもも、風のうわさに聞くことがあます」
でた、風のうわさ。
ジャスコール王国を一歩も出たことのないはずのNPCが、全世界の知識をなんとなく共有している事案。それをひとえに、風のうわさに聞くと言う……。
「国王から始めて、国を丸ごと他のプレイヤーに売って、それで自分は冒険者になるとか……」
「常套手段と聞き及んでおります……」
そうだな。
それがハイランカーに追いつくための、一番早い道筋だから。
買う側にとっては、手っ取り早く領土を拡張する方法でもある。
「あとは、借金してまで浪費しまくって、にっちもさっちも行かなくなったところでサヨナラとか……」
「私どもとしては、たまったものではありません……」
まったくだ。
それに、そういうことをしたいのなら、別のゲームもあると思う。
大抵が18禁だろうが……。
「思うようにいかなくって、暴君みたいに当たり散らして、あげくに飽きてほっぽりだしちゃったり……」
「それも、風のうわさに聞き及んでおりますわ……」
なんだこのクソゲーはー、ってな感じでゲームをほっぽりだすのだが、それはたぶん、ゲームではなくて、その人自身の遊び方に問題がある。
まあ、考えようによっては、俺もその仲間かもしれないが……。
「とにかく世の中、良い領主様や冒険者様ばかりじゃないってことだ。中には、好んで殺戮をする人までいるみたいだし」
「……竜人同盟に入られることは考えておられないのですか?」
「うん……」
それについても、実は大きな落とし穴があった。
ええい吉田め、肝心なところばかり見落としよって!
「竜人同盟は、ネカマNGなんだよ……」
致命的な大穴だよ!
リアル彼女が出来なかったらどうするつもりだった、吉田ぁ!
「そうなのですか……なぜでしょう」
するとサーシャは、どことなくムスッとした顔になった。
「オトハ様以上のご淑女が、どこにおられるというのか……」
「えっ……!」
いっぱい居ると思うけどな……。
腕力120超えの公爵令嬢とかアリエマセンワー!
「と、とにかく、そんなアブナイ人達もいることだし、わざわざクエストを終わらせることの意味を、俺はあんまり感じていないんだ。サーシャはどう思う?」
するとサーシャは、少しだけ考えてから答えた。
「オトハ様がそう言われるのなら、私達は喜んでそれを受け入れるだけですわ」
「そ、そうか……」
俺は、ひとまず申し出を受け取って貰えたことに安堵した。
そして同時に、相変わらずサーシャの表情に笑顔がないことを切なく思った。
(さあ……頑張れ俺!)
悔いを残すな! 潔く散れ!
(いや、それもちょっと違うかもだが……)
「はあ……はあ……」
「……?」
やばい、心拍数がやばい。
サーシャも変な顔で俺をみている。
このままじゃ、ただの変態だ……!
「サーシャ、聞いて欲しいんだ」
「……はい」
「俺は今とっても……というかずっと、サーシャに伝えたかったことがある」
「……!」
するとサーシャも、何かを悟ったようだ。
急にその頬を赤くして、その視線を下げた。
「そ、その……俺、あの日から……」
「…………」
「あの日の夜からずっと……サーシャのことが……」
サーシャはますます体を強張らせ、ついに瞳を硬く閉じてしまう。
「忘れられなくなってしまったんだ……」
「ああ……!」
そしてサーシャは、顔を抑えてテーブルに突っ伏してしまった。
俺も何だか頭がクラクラしてしまって、そのままぼんやりと宙を眺めた。
「何という罪深いことを……! オトハ様の純心を、わたくしは不埒にも穢してしまったのです……!」
「え!? えええ、いや! そんなことはない!」
す、すごい自責の仕方だ……。
男から見ると、女の人ってキレイなばかりに見えるけど、本人達からしたら、それほどでもないんだろうか……。
それとも、人によるんだろうか……。
「その、俺……! サーシャがそこまで思って部屋に入ってきてくれたこと、あとになってすごく……うれしいと思ったんだ……」
「な、ななな……何をおっしゃいますか!?」
「お、おおお、思ったままを言いたいんだ……サーシャ、君と心が離れたままで、この世界を去りたくないから……」
「……お、オトハ様」
「だから言わせて欲しい。うれしかった……すごく嬉しかった! うれしくてうれしくて、眠れなくなるほどだった……! そこまで人に強く思われたのは、生まれて初めてだったから……」
俺はもう、目を開けていられなかった。
恥ずかしすぎて、気絶しそう……!
「……うっ……うっ」
しばらくして、サーシャの嗚咽が聞こえてきた。
ああ、そしてまたサーシャを泣かせてしまった。
そんなことを思いつつ、俺は何とか歯を食いしばって瞳を開き、彼女の手を掴んで引き寄せた。
「俺は……サーシャのことが好きです」
「…………」
「あの場にいたのが、サーシャ以外の誰だったとしても、きっと今みたいな気持ちににはならなかった……」
「そ……そうなんです?」
「うん、あれから……もし、他の人だったらどうだったんだろうって、何度も胸に手をあてて考えたんだ……」
「な、なな……!?」
ベルベンナさんだったら……とかも考えたよ!?
「ほっぺたを舐めてもらったことも、サーシャが相手だったからお願いできた……」
「そ! そうなんですの……」
「それで本当に……すごく楽になって……。あの日の夜に、サーシャがあの場にいてくれなかったら、俺はとっくこの世界から去っていたかも……」
「そそ、そんなにも、ご心労が……」
まあ……心労というか……呪いだけど。
「この世界は……この領地は、まるで俺の心の中みたいだ……。その中にサーシャがいてくれる。ただそれだけで、俺の心は癒やされて、これから先、リアルでどんなに大変なことがあっても、頑張っていけるって、そう思えるほどなんだ……」
「あ……ああ……」
するとついに、サーシャの思いもまた限界に達したようだ。
「そんなにまで言って頂けるなんて……もう十分にございますオトハ様……」
「ありがとうサーシャ……聞いてくれて。これだけは……伝えたかった」
「は、はい……」
そして俺たちは、自然とその場に立ち上がっていた。
テーブルを挟んで見つめ合い、手を握り合ってしばし佇む。
「その……私は、メイドにございます」
「ええ……」
「住んでいる世界も……違います」
「はい……」
「それでも本当に……良いのですか……?」
純粋に何かを請うような、どこまでも澄んだ眼差しだった。
公爵家当主とそのメイド。
見た目は両方とも女だけど、中身だけが男と女。
しかも俺は人間で、サーシャはAI……。
確かに何もかもが、相容れない2人なのかもしれない。
(……でも)
それでも俺の気持ちは揺るがなかった。
そんなのは、大した問題じゃないのだ。
「いいに決まってる……」
そう、これは心の問題だ。
自分の意志ではどうにもならないことなのだ。
だから俺は、この思いの弾けるままに、彼女の眼をまっすぐ見つめて言った。
いつか読んだ少女漫画に出てきた、ヒーローみたいに。
「誰が何と言おうと、俺の初恋の相手は……サーシャなんだ!」
「…………」
そして、あの日できなかったことの続きをしよう。
それでこのモヤモヤの全てが、きっと終わる。
「……嬉しゅうございます」
「サーシャ……」
「……そのお気持ち、謹んでお受けいたします」
今日のことは……この場限りのこと。
俺は自分の胸に言い聞かせる。
これで全てを終わらせて、2人だけの思い出にする――。
「ずっと、お慕い申し上げます……」
そう言ってサーシャは、静かにその目をつむった。
俺は高鳴る鼓動を抑えつつ、差し出された唇に向かって顔を寄せていく。
紅茶みたいな色合いの夕日に照らされたその顔は、この世の何にも増して綺麗だった。
(ああ、ついに俺は……)
初めてのキスをするのだな……。
――タッタッタ……。
と、思いきや!
(むむっ!?)
何やら不穏な足音が響いてきた。
これは――!?
「サーシャさん! お仕事おわりまし……」
(ぬわー!?)
アルルー!?
あわてんぼうのアルルがー!?
ラブコメにありがちなお間抜け展開が、今ここにー!?
「ふんぬううっ!?」
だが! 物心ついたときより、男性向け女性向け問わずなラブコメを読んで育った俺に死角はなかったああああ!
「さーしゃあああ!」
「は! はいいい!?」
「いま、その目に入ったゴミを、舌で舐めとるからねえええ!?」
「ひょええぇ!?」
「じっとしててねええー!!」
と言って俺は、唇ではなく、そのまぶたに口を近づける!
「あっ! 失礼いたしました!」
ちょっと取り込み中であることに気づいたアルルが、ペコリとお辞儀だけして去っていった。
よし! あわてんぼうのメイドに、百合百合シーンを拡声器される事態だけは回避したああああ!!
マッハで立ったフラグをマッハで折ってやったああああ!
あぶねえええー!
「はあ……はあ……」
「あわわわ……」
サーシャは青ざめている。
俺もちょっと、生きた心地がしなかった。
「お、お見事にございますオトハさ……ムッ?」
そして今度こそ、サーシャの唇を塞いだのだった。
「ン………」
(ああ……!)
初めてのキス!
それは、いつものミルクティーの味がした……。
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