第46話 想いを伝える
そして10日ほどが経過した。
いよいよ公爵領初の本格カフェバー、『キミーノ』の竣工式となった。
「じゃあ行きますよ……行きますわよー!」
全村人が見守る中でくす玉割り……ではなく、どん菓子発砲だ。
何とか竣工式に間に合わせるべく頑張ったが、実はこの試作第13号は、まだ一度も試運転していない。
みんなの知恵も色々お借りして、かなり上手く出来たとは思うのだけど……。
「えーい!」
ままよ!
蓋を抑えているレバーめがけて、ハンマーを振り下ろす!
すると――。
――ドーン!
――おおおおおおーー!?
「おおっー!」
成功! 大成功!
圧力釜の中の麦が見事パフになって、金網の中に吹き出したー!
――パチパチパチパチパチ!
やったあー!
香ばしい匂いをかぎつけて、どこからともなく小鳥達が飛んでくる――。
* * *
「えー、というわけでしてー」
その後、カフェのテラスで慣れないスピーチをして……。
「これからも公爵領の発展に尽くしてまいりとう存じますわ」
てな感じでしめくくる。
――ワーワー!
――ピューピュー!
――パチパチパチパチパチ!
うーん、みんなは喜んでいるけど、結局言えんかった……。
『わたくし、婚約破棄クエストが終わったら、領主を卒業しますわ!』
たった、それだけのことが……。
「お疲れ様でした、お嬢様」
「うんありがとう、セバスさんも食べてね、麦パフ」
蜜を絡めたらもっとウマかろうということで、コックスさん達がやってくれた。
みんな初めて食べる麦パフお菓子に夢中だ。
俺は人混みのなか、サーシャの姿を探す。
(どこにいるんだろう……)
せめて、どんな顔をして麦パフ食べているかだけでも知りたい。
そんな思いで探し続けること数分、サーシャは意外なところにいた。
「あ、サーシャ」
「お嬢様……?」
なんとサーシャは、ゴッズさんの代わりに門に立っていたのだ。
「どうしてこんなところに?」
「それは……」
どこか言いにくそうに目をそむける。
「できるだけ多くの人に、楽しんで頂こうと思いまして……」
「そ、そう……」
食べるの大好きゴッズさんに、気を使ってあげたのか。
でも多分、それだけじゃないんだろうな……。
(最近、何かを楽しもうとしているところを見たことがない……)
だんだんわかってきたのだが、サーシャはまるで自らを戒めるが如く、今まで以上に禁欲的になっているようなのだ。
「勝手な判断でございました、申し訳ございません」
「いや、それはいいんだけど……」
俺はとにかく、サーシャに麦パフを食べてもらいたかった。
「ちょっと待っててね!」
「…………」
俺はそれだけ言って、サーシャの分の麦パフをもらいにいく。
だが――。
「えー! ないのー!?」
みんな、あっという間に食べ尽くしてしまったようだ。
「仕方がない、もう一発ドカンと作りましょう!」
そしてワタワタと準備して、火にかけてグルグル……。
「えーい!」
――ドーン!
――ウワアアアアア!!
イエース! みんな大喜びだぜー!
さっそくコックスさんが温めてくれた蜜をからめて……よしっと。
できたてホカホカを門の前にもっていく。
しかし――。
「あれ! ゴッズさん!?」
「お疲れ様でございます、お嬢様。なにも問題ございませんぞー」
「そ、そりゃ良かった」
「おや、もしかしてそれは……」
アーッ! ゴッズさんが物欲しそうな目で見ているー!?
「う、うん! もう何度でも作りますからね! はい!」
「やったあー!」
ああ、そんなキラキラした目で見られたらなんも言えないわあ。
もういっぺん、サーシャの分を作らなくちゃ……。
(いや、もしかしたら自分でもう食べているかも……)
それならそれで良いんだけど……。
しかしどうやら、サーシャはひたすらに村人たちへの給仕に尽くしているようだ。
麦パフも、作るそばから瞬間蒸発していく。
そのうち、パフになる原理を理解した村人たちが、いろんな穀物をつかって試し始めた。
カフェバーもオープンして、人が入り切らないほどの大盛況になる。
当然、使用人達が楽しむ間などなくなってしまった……。
(結局……)
俺の汗と涙の結晶である麦パフは、サーシャの口には入らずじまいだった。
* * *
――おお、我が領主の拳は黄金製
陽もとっぷり暮れて、俺は自室の机で頬杖をついてまったりしていた。
――その威力は、クマをも一撃
ヴェンさんのティノールが聞こえてくる。
さっきから、俺を讃える歌しか歌ってない……!
――ワーワー!
――アンコール!
領民たちの熱気はまだまだ冷めやらぬ。
さっきみんなでフォークダンスを踊って、それでひとまず解散ってやったんだけど、まだまだ飲み足りない大人連中がかなり残ってしまっている。
使用人達には、明日のことは考えなくていいから一緒に楽しんであげてと言ってあるが……。
――グママー、グママー、領主様のグママー
「む……?」
――何馬力かは、わからないがぁー
「ぬあっ……!?」
トラクター10台分くらいじゃないかな?
そしてヴェンさん、引き出しが多い……。
みんなもとても、楽しそうだ。
「ふう……」
なのに何で俺は、溜息なんてついちゃってるんだろう。
一番楽しんで欲しかった人だけが、楽しんでくれていない。
それは何と、悲しいことなのか……。
「お酒、飲んじゃおうっかな……」
本当にそんな気分だ。
俺はシステムコールで謎の物流業者を呼んで、グレンジャスコール20年とやらを購入した。
とりあえず高ければ美味しいだろう。
そんなふざけた理由で銘酒を飲む。
「とくとく……と」
グラスに注いで匂いをかぐ。
おや……王太子2世とはまた違った香りだ。
なんというか……土臭くて……シブい!
(今なら行ける気がする……)
俺は目をつぶり、ひと思いにゴクッといく。
「ううっ〜〜!」
やっぱり喉の奥が熱い!
「〜〜〜〜くはぁ!」
だが、何とかむせずにこらえきった。
美味いとか不味いとかはまだわからないが、とにかく飲めたぞ!
(これで、俺も大人になった……)
そう思うだけなら、俺の自由だ……。
(そういえば……)
と、ふと頭から抜けていた人のことを思った。
メドゥーナは、ちゃんと麦パフ食べたのかな?
「メドゥーナ?」
「……(シュタ!)」
相変わらず、良い動きだな……。
「メドゥーナ、麦パフ食べた?」
「……(こくこく)」
「美味しかった?」
「……(こくこく)」
「そうか、それは良かった」
「……(じー)」
む? メドゥーナが俺の酒を見ている!
実はいける口なのか!?
「メドゥーナも飲む?」
「……(ふるふる)」
「お酒は苦手?」
「……(ふるふる)」
「今夜はもう、飲んじゃってもいいよ?」
「……………」
俺がそう言うと、メドゥーナは少し考え込んだ。
「……(こくり)」
「じゃあ、たまにはメドゥーナもハメをはずそう!」
と言って俺は、彼女の分のお酒を注ぐ。
とくとく……。
「あれ?」
だが、俺は振り向いた時には、すでに彼女の姿は無かった。
「ええ?」
そして俺は再び孤独となる。
――おおグママー、グママァー
―― ぐ ま゛!
――ピューピュー!
――ワーワー!
――グママーも飲むかー!?
――ワハハハ!
「…………」
むしろより一層、孤独感は増して行くのだった。
* * *
――リーンリーンリーン……
鈴虫が鳴いていた。
グレンジャスコールを一本空けてしまった俺は、酷い酩酊の中で外をうろついていた。
「うっぷ……」
実際に酔っ払うわけではないのだが、視界がグネグネと波打って見えるのでひどく気持ち悪い。
お酒自体はおいちかった気もするのだけど、もう深酒はコリゴリって感じだな。
とにかく1人でいるのが寂しいので、人気が少なくなったところでバーにでも繰り出してみる。
すると――。
(あ……)
何とカウンターには、サーシャとメドゥーナが並んで座っていたのだ。
(あっぶねえ……)
2人とも歳が同じで、いわゆる気の置けない仲なのだ。
もう少しで、邪魔してしまうところだった……。
カウンターの中にはブラムさんが立っているな。
(やっぱ、未成年はさっさと寝るべきか……)
深夜のバーの中は、俺のようなにわか大人とは違う、本物の大人の空気が漂っていた。
この施設を作った俺が言うのも変だが、どうにもお呼びじゃない感じだ。
しかし――。
(心が言うことを聞かないって、このことか……)
結局俺は、腹を空かせた野良犬のように、バーの入口にしゃがみ込んでしまった。
くそう、胸がシュクシュクしやがる……。
人恋しくてたまらん感じだ。
――ポリポリ、サクサク……。
――コトリ……。
麦パフをつまむ音や、グラスがカウンターにあたる音が聞こえてくる。
さっきまでの喧騒が過ぎ去って、今はとても静かな夜になっている。
――サーシャ、のみすぎ?
はっ、メドゥーナが普通に喋っている……なんか新鮮だ。
そしてサーシャ、だいぶ飲んでいるのか?
――いいのよ、今日はお許しが出ているんだから……。
なんだろう。
何だかんだ言って、サーシャも心労を溜め込んでいるんだろうか。
――みんな楽しんでくれたし、お嬢様も、私達が楽しむことを望まれている……。
――うん……。
うっ、確かにサーシャにも楽しんで欲しかったけど……。
なんか、あんまり良い飲み方ではないのでは?
人のこと言えんが……。
――サーシャ……でも。
――飲んだくれろって意味じゃないわよね、わかってる、でも……。
さらにグイっと、グラスをあおったのではなかろうか。
コトリ、とグラスを置く音が響く。
――私だって、飲まないとやっていられないこともある……
なんだ? 一体なんの話をしているんだ?
あとでブラムさんに聞いてみようかな……無理かな。
――やっぱりオトハ様は、そうなんですかねぇ……。
と思ったら、ブラムさんが合いの手を入れた。
なんだなんだ、何がそうなんだ?
――お嬢様は私たちに、少しでも多くのものを残そうとして下さっている。
――うん。
――あんなにも、領地のために尽くしてくれる領主様なんて、アルサーディア中を探しても、おられないでしょう……本当に。
――とーとい。
――そ、そうね……はぁはぁ。でもそんなお嬢様が、もうすぐ私達の前からいなくなってしまう……
そして、しばしの静寂が……。
やっぱりみんな、何となく気づいているんだな。
俺がそんなに長く、この世界にいないってことを。
――それでも、つとめ、はたす……。
――うん、わかっている。わかっているけど辛いの……どこまで尽くしたところで、私達とお嬢様はけして相容れない……別の世界の存在なんだから。それがこのところずっと胸に沁みて、私、お嬢様に優しくされるほど……辛くて……うっ。
――サーシャ……。
――麦パフ……美味しいわね……うっう……。
――お酒にもあいますしな……ポリポリ。
――うん、いっぱい食べよ?
――うん……グス、ありがとう二人とも。こんなバカな女に付き合ってくれて……。
「…………」
なんか……胸が……張り裂けそうだった。
俺は物音を立てないように、ソーッとその場を後にした。
想像以上に、大人の会話だった……。
サーシャは、別に俺に愛想を尽かしたわけじゃなかった。
むしろその逆だった。
(そして俺はやっぱり……)
やりすぎてしまったのだな!
忠誠度100にして、さらにダメ押ししてサヨナラとか……鬼か! 俺は!
(うう、ともかく……)
ともかく、サーシャは麦パフを食べてくれた。
あんなに辛そうに食べるとは思わなかったけど、とにかく食べてくれた!
今日のところは、それで十分だ……。
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