第45話 贈り物


「セバスさんって、どんな趣味をお持ちなんです?」

「わたくしですか?」


 紅茶を淹れてもらいつつ、俺はそんなことを聞いてみた。

 この世界の人々が日頃、何を楽しみに生きているのかが気になったのだ。


「剣でございますな」

「まあ、剣ですとな?」

「はい、剣を振り、剣と向き合い、心を落ち着けてその手入れをする。そんな時間がわたくしの最上の一時にございます」

「な、なるほど……」


 流石は質実剛健だ!


 さて、思いを伝えるとは決意したが、ただ胸の中にあるものを吐き出すだけでは格好がつかない。

 やはりここは、具体的な行動で示したいところ……。

 そこでみんなの喜びについて、山から戻ってきてからずっと考えている。


 大抵の村人は、お腹いっぱい食べて人と語らい、夜には安心して眠ることが出来れば幸せなようだ。

 狩猟、採集、栽培、収穫……それらの生きるための仕事が、半ば趣味のようになっている。

 ある程度身分が高く、時間と資金に余裕のある人であれば、セバスさんのように高尚な趣味を持つこともあるが、基本的にこの世界の人々の趣味というのは、そのような、実に素朴なものだった。


「うーむ……」


 だから、なおのこと難しい。

 どんなに凝った贈り物をしたとしても、結局は、俺自身の自己満足ということになりかねない……。


(そう言えばサーシャって……)


 普段はどんなことをして過ごしているのだろう。

 たまに弓の練習をしているのを見るけど……部屋の中で何をしているのかまでは、俺は知らない。

 ちなみにこの世界の人々は、現実世界の漫画とか小説とかを見せても、あまり興味を持たないようだ。ファンタジーな世界の人達に、ファンタジーな物語を読ませても、大して面白くはないのだろう。

 現実世界に生きる俺たちが、何の変哲もない『本当の日常』を見せられても、大して面白く感じないのと同じで……。


 それに、この世界にはこの世界の物語がある。

 創世神アルサーを中心とする神話のあれこれだ。

 その多くは口伝継承されているが、本として売られているものもあるようだ。


 他にも、この世界の人々が好むような本もきちんと存在する。それなり高価なものなので、屋敷の中にちょっとした図書室を作ってみるのも良いかもしれない。

 サーシャなんか、好んで利用してくれそうな気がする……。


(うん、図書室はやろう……)


 そういえばブラムさんが、屋敷を修理してくれた人達と、酒場が欲しいねって話をしていた。

 それに便乗して、屋敷の敷地内にライブラリーカフェみたいな場所を作ってしまうのも良いかもな……。

 屋敷で働く人達への福利厚生……村の人達も自由に使えるようにして……。

 ブラムさんの絵を、そこに飾ったりして……。


(うんうん……)


 ささやかながら領のみんなに、文化的価値のあるものをプレゼントしてあげられそうだ。

 いいね、なんだかワクワクしてきたぞ。

 これが『公爵令嬢の嗜み』ってやつかな!


「ずずず……」


 紅茶をすする。

 それはそれで、まあ良いだろう。

 しかしまだ、何かひと押し足りない気がする。

 もっとこう……サーシャ個人の胸に深く刺さるような贈り物を、俺は自分の手で作り出したいのだ。

 結局のところ、俺の身勝手なのかもしれないけれど……。


「ふう……」


 サーシャのことを考えたからか、ふと口寂しいと感じてしまった。

 紅茶のお供になるようなお菓子も確かにあるのだが、結構お高いものなのだ。

 基本、この世界の食品は高い。お菓子ともなればなおさらだ……。


(何かちょっと、つまめたらなぁ……)


 そのアイデアが舞い降りてきたのは、多分この時だったのだろう。



 * * *



――カアーン! カアーン!


 その一週間後、俺は鍛冶場で大槌を振っていた。


「どおおりゃあああー!」


――ガアーン!


 キミーノ領では麦がたくさん取れる。今なら鉄器だって作れちゃう。

 そして、ちょっとひとツマミといった感じのお菓子が、この世界には案外ない。


「ならば作るまでえええ! うおおおりゃあああー!」


――ズガガーン!!


「お嬢様……」

「すげえ……」


 鍛冶場の人達が半ば呆れた顔で見ている。

 炉で熱した鉄鉱石を叩いて不純物を飛ばし、さらに熱して叩くを繰り返す。

 するとだんだん柔らかくなって、加工しやすくなるのだ。


「ふむふむ……こんな機械が」

「世の中にはあるんだなぁ……」


 俺がここ一週間かけて作った設計図。

 それを村の人達が見てウンウンと頷いている。

 ガチでその機械を生産販売している会社にまで問い合わせて、機構の詳しい部分まで調べあげたのだ。


「これで本当に、美味しいお菓子ができるんだべか?」

「領主さまが言うんだから間違いねえべさー」


 そう、俺が今作っている機械それは……。


「どん菓子機だあああー!!」


――ガチコーン!


 一際大きな打撃音が、鍛冶場に轟く。

 俺はどん菓子機を作って、この地に麦パフお菓子を流行らせてやるぞおー!


 ここAROの世界には、『リアルクラフト』という概念がある。

 物理現象が詳細に再現されているからこそ出来ることだ。


 つまるところ、現実にあるのと同じ機械や道具を、ARO世界にある資源を駆使して1から作ってしまおうという話だ。

 先進的なプレイヤーの中には、島を1つ丸ごと工場のようにして、自動車のような複雑な機械を量産している人もいるらしい。


 もちろん非常に手間がかかるし、謎の物流業者を通して売り買いすることも出来ないので、その価格はプレイヤー同士の交渉によって決定されるしかない。

 大抵の場合、べらぼうな金額で取引されるようだ。


 そして、麦パフのようなちょっとしたお菓子というのは、案外この世界では流通していない。

 プレイヤーが食うに困ることは殆どなく、本職のパティシエさんが作るようなスイーツを、幾らでもアルスを稼いで手に入れることが出来るからだ。

 つまり現実世界で安価に手に入るものは、そもそもの需要がまるで無いのだ。


 もし酔狂な人がいて、それらの駄菓子をゲーム内で食べたいと思うのなら、それこそリアルクラフトによって製造装置から作らなければならないだろう。

 さらにパラドックスなことに、現実世界で安価に売られているものほど、大規模な設備が必要だったりする。


 故に、そんなものを作ろうという動悸もまた発生しにくい。

 現実世界で簡単に買えるものを、わざわざゲーム世界で苦労して作る必要はないのだからな……。


「あとはコイツを壺状に凹ませてえええ!」

「ほいほーい!」

「あいさあー!」


――カーン! カーン!


 俺が今やろうとしていることは、その事実に真っ向逆らうものだった。

 この世界のみんなが気楽に口にすることのできるお菓子を作る――。

 そのためにはやはり、こうして自分で汗水たらす他にはないと思った。


 色んなお菓子を考えたけれど、麦を原料に出来て、原理が単純で、リアルクラフトでも何とか作れそうなものをと突き詰めた結果、『どん菓子機』に至ったというわけだな。


「よーし! できたあああー!」


――ウオオオオオー!


 何とか形にして、さっそく試作第一号の試運転だ!

 鍛造で作った圧力釜はデコボコして不格好だが、ひとまず形にはなっている。

 鉄の容器に麦を入れてフタをする、そして火にかけてグルグルまわす!


「よーし、じゃあいくぞー!」


 蓋を外すための留め金をハンマーでぶっ叩く。

 上手くいけば、中の気圧が一気に下がって、麦の粒がサクサクのパフ状に弾けるはずだ。


「てええーい!」


――プスンッ


「あれ!?」


 本当はドカンってなるはずなんだけど……。


「領主さま、コゲコゲになってますぜ!」

「なにいいー!」


 どうやら熱が上手く行き渡らないのと、圧力が上手くかかっていないのとのダブルパンチだったようだ。

 ポリポリ……うーん、これではただの煎り麦だ。


「まあ最初はこんなもんだ! 次いこー!」


――おおおー!


 珍しい物好きな村人たちが、遅くまで俺の酔狂に付き合ってくれた。



 * * *



 そしてさらに1週間が経過した。

 どん菓子機の進捗は思わしくないが、屋敷の敷地内にライブラリーカフェを作るというアイデアは、使用人のみならず村人たちにも熱烈に支持された。

 1000万アルスほど投資して、アトリエを拡張する形で建設が進んでいる。

 進捗率は8割といったところ。もう殆ど形になっている。


 テラスにはおしゃれな白い椅子とテーブル。室内にはゆったりめのソファーとバーカウンターを配置した。

 思ったほどは集められなかったが、壁際に横並びに配置した棚に、100冊ほどの書物も納めることもできた。

 ベルベンナさんが持っていた宝石図鑑や、マジュナス先生の家にあった魔術指南書、楽師達が提供してくれた楽譜なども、そのラインナップに加わっている。


 なかなかレベルの高い図書室になったのではなかろうか?

 棚の上には絵画を飾るスペースも作ってある。あの歩哨を描いた絵に、その第一号を飾ってもらうとしよう。


「むむむ……!」

「これは素晴らしい……」


 そしてなんということでしょう!

 酒場の主に内定しているブラムさんととに、壁に掲げられたそれを見てうなる。

 ノックス村の機織職人達が、『領旗』を編んで寄贈してくれた!


 それは縦横1メートルはあろうかという大きな厚手の布に、鉄の盾と、2本のアイアンメイスが描かれた旗だった。

 まさにキミーノ公爵領の脳筋ぶりを表したかのようなその図柄に、俺は筋肉の涙(汗ともいう)を流さずにはいられないのだった……。


 一番目立ちそうな、バーカウンター横の壁に、その旗を飾った。

 きっと我が領の民は、永遠に筋肉至上主義の精神を失うことはないだろう……。



 * * *



「ファイヤーボール!」


――シュゴゴゴーー!


 どん菓子機の方も諦めない!

 マジュナス先生に教えてもらったファイヤボールを、炉の焚き口に打ち込む。

 さらに炉の温度を上げて、鉄をドロドロに溶かして鋳物にするのだ。


「ファイヤーボール! ファイヤーボオオオール!」


――シュゴゴゴゴゴーー!!


 MPがすっからかんになるドゥームストライクを打ちまくったせいで、MPの量が半端ないことになっていた。今こそ活用する時だ。

 さらに今は、ログイン時間の大半を鍛冶場で過ごしているから、腕力と魔力の上昇率もとんでもないことになっていた。

 打てば打つほど、火力が上がる!


「ファイヤーボオオオオル!!」

「りょ、領主様!」

「炉が溶け始めてますぜ!?」

「ふあ!?」


 おおっと危ない! またもや、やりすぎる所だった!


――ドクドクドク


 炉の下を塞いでいる栓を崩すと、中から溶けた鉄が流れ出てきた。

 どん菓子機の圧力釜は、どうにも鍛造だとうまくいかず、作り方を鋳造に切り替えたのだ。


「よし! じゃあ型に流します!」

「へい!」


 溶岩のような鉄を、柄杓ですくって砂型に流し込む。

 うーん、どんどん本格的になっていくな……。

 俺の作業服姿も、だんだんサマになってきたじゃないかっ?


「あとは、冷えるのを待つだけですわあ!」


 俺はお嬢様口調でそう言うと、近くの椅子に腰掛けて一息ついた。


「だぁだぁ」


――カンカン!


 なんと、ハレミちゃんも手伝ってくれている。

 アイアンメイスを上手に使って、ボルトや留め金などの細かい部品を作ってくれているのだ。


「でぃだ!」

「まあ、もう出来たのでちゅかー? すごいでちゅねー」

「んだあー」


 どうやってアイアンメイスでボルトを作っているんだろうな……。



 そして久々に、自分のステータスをオープン!



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前 オトハ・キミーノ

身分 公爵令嬢

職業 戦士

年齢 17

経験値 1591


【HP250】【MP  250】


【腕力 126】【魔力  80】 

【体幹力 74】【精神力 95】

【脚力  78】


【身長 175】 【体重 75】


耐性   恐怖A 刺突D 打撃D 火属性B(new!)

特殊能力 経営適正C 回復魔法C 宝石鑑定D 火魔法C(new!) 光魔法D 闇魔法C 受け流しC

スキル 猛ダッシュ 生産(宝飾)D 吠える スタンハウリング 掘る シールドスタン ナックルパリィ ドゥーム・ストライク

称号 拳豪 ゴブリン・スレイヤー 不屈の闘魂


装備


 薄手の作業着

 革のブーツ

 宝石バッタ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 腕力がやばい!

 MPもやばい!


 知らんうちに鍛えすぎー!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る