第40話 お家に帰ろう


 アルサーディアに地平線は存在しない。

 どころか、地表すら存在しない。


 ただあるのは、どこまでも続く空の世界。

 そして白雲の中に浮かぶ、無数の浮島だけだ。


 そんな世界で、一体どのようにして陽が昇り、そして沈むのか。

 それは良くわからないが、とにかく辺りは宵闇に包まれ、空には丸いお月さまと一際明るい星々の幾つかが、キラキラと瞬いて見えるのだった。


「だぁー」

『 グ マ゛ …… 』

「…………」


 なんだかすごく疲れたなぁ。

 シンプルに出てくるのはそんな感想。

 今日はもう十分に働いたし、早く帰って寝たいところだ。


(いやーしかし……)


 何でグママーがまだ生きていて、しかもすごく大人しくなっているのだろう。

 それは確かに気になるのだけど、別に調べるのは明日でも良いんじゃないかなーって、俺は思ってしまっているのだった。


 もうね、グッタリだよ……。


【領民ハレミが『復讐のグママー』をテイムしました。名称が『マスコット・グママー』に変化します】


「はっ……」


 親切なシステムメッセージさん。

 なるほど、そういうことか。

 俺はその場にへたり込むと、ハレミちゃんのステ値を確認した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前 ハレミ (忠誠度:100)

身分 村人

職業 あかちゃん

年齢 1日

性格 ゆうかん


【HP 30】 【MP 30】


【腕力  7】 【魔力  10】 

【体幹力 7】 【精神力 20】

【脚力  7】


【身長 49】 【体重 3】


耐性   全属性A 全状態異常A

特殊能力 早熟A 感受性A 

スキル 飼いならす しつける 命令する


テイムドモンスター アルサーの使い マスコット・グママー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ほほー」


 俺は思わず感嘆の声を漏らしてしまう。

 まさに神の申し子だな。生後1日でこのステ値とは。

 新聞みたいな性格だが、たぶんそっちの「ゆうかん」ではない。


 アルサーの使いに至っては、ハレミちゃんを運んでくる時点で、すでにテイムされていたのだろう。

 どうやったかは知らないが、とにかく末恐ろしい素質をお持ちだ。


 年齢を考えると色々とスゴいのだが、絶対的な能力値としてはまだまだ心もとないハレミちゃん。一体どうやってここまで来たのだろう?

 いや、アルサーの使いに運んでもらったってのはわかるんだけど……その経緯とかね。

 ご両親と一緒に、鉱山に避難していたんじゃないのかな……。


「あばあば……」

「おっ」


 ハレミちゃんが、グママーの背中から降りてきた。

 その硬い毛をシッカリと掴んで降りてくる。

 アイアンメイスも、ちゃんとアイテムボックスにしまえたみたい。


 スゴいな。

 流石はゆうかんな早熟児だ。

 首もすでに座っていて、ちゃんとハイハイしてこっちまで来た。


「だぁだぁ」

「おお、よしよしハレミちゃん、ハイハイがおじょーずねー」

「だぁー!」


 俺はハレミちゃんを抱き上げる。

 あの荒ぶるグママーをテイムしたとは思えない可愛らしさだ。

 何かすっごく癒やされるなー。

 あの激しくカオスな戦いの後だから、なおのことひとしおだ。


「よくここまで来れまちたねー?」

「ばぶばぶ、たーだぁ」


 うんうん、なるほど。

 赤ちゃんだから通行税はかからなかったんでちゅね?


 まだ『だぁだぁばぶばぶ』としか喋らないけど、言わんとすることはなんとなくわかる。

 流石は感受性Aなだけのことはあるな。

 気持ちを表現することもお上手なのだ。


「クマさんと仲良くなれて、良かったでちゅねー」

「あばぁーばぁー!」


 よーしよしよし、おおー、喜んでいる喜んでいる。

 オトハおじょーちゃまも嬉しいでちゅよー?


「じゃあそろそろ、おうちにかえろっか?」

「んだぁー」


 おお、そうしよう、そうしよう。

 んだんだ。


 こうして俺は、ハレミちゃんを大切に胸に抱えると、大きなクマさんを引き連れて、公爵領へと続く道を戻っていった。


「おっぱいのんで、おねんねんでちゅよー?」

「あばあばっ」

『 ぐ ま ま …… 』


――ドスン、ドスン。


 後々思えば、かなり精神的にやられていたな……。



 * * *



 キミーノ公爵領に入ったところで、ゴッズさん達と合流する。


――ドスン、ドスン。


「あわあー」

「こりゃたまげたわい!」

「ふおおおーっ!?」

「……(ポカーン)」


 上からゴッズさん、マジュナスさん、ダルスさん、メドゥーナ。

 そりゃ驚くわな。


「なんとグママーはテイムされました……おー、よちよち」


 ハレミちゃんの手によってね。


「まあ、そりゃ見ればわかるがのうー」


 マジュナスさんは、しばしポカーンとグママーを見上げていたが、やがて思い出したように言った。


「みなに、作戦完遂を知らせねばならんのっ」


 そして右手に火球を出現させ、夜空の高くに放り上げる。


「エクスプロー……」


――ヒュルルルルー


「ジョン!」


――ドッパーン!


 夜空に綺麗な花火が上がった。


「わあー、キレイキレイ」

「キャッキャ、タアタア!」


 とくに打ち合わせをしていたわけではないけど、誰の目から見ても良いことがあったとわかる合図だな。

 流石は先生だ。


「私、先に行ってみんなに知らせてきますわあー」

「たのんだぞーい!」


 ゴッズさんが、オトハエに村に走っていく。

 予備知識なしにグママーを見たら、みんなビックリするもんな。


「お嬢様、よければワシが……」

「あ、はい、おねがいします」

「ばぁぶー」


 ハレミちゃんをダルスさんに預ける。

 それと同時に俺は、色んな肩の荷が降りたような気がした。


 ああ、それにしても……。


「オルバさんのことは、本当に残念だった……」

「むむ?」

「……(?)」


 コヌールさんと、奥さんに申し訳が立たない。

 ああでも、なんであんなところに女の人達が居たんだろうな……。


「あー、そのことでしたら」

「オルバ殿は無事でしたぞよ?」

「……(こくこく)」

「えっ!?」


 俺は思わず、大きな声を出してしまった。

 嘘! アレで生きていたの!?


「ふ、ふえ……ふんえ……」

「あっ!」


 しまった!

 俺の声にびっくりして、ハレミちゃんが泣き出しそう!


「あああ! ごめんねごめんね、ほらべろべろー」

「おお、よーしよーし」

「……(ぽっ)」

「ふんえ……ふんぎゃ…………なべてよはこともなし……きゃっ」


 ほっ……流石はゆうかんな子だ、我慢してくれた。

 何か深淵なセリフが聞こえたが、きっと気のせいだろう。


 そして俺は道すがら、俺が屋敷を出た前後の話しを聞いた。

 オヤジさんのことが心配になって、こっそり戻ってきていたコヌールさんが、兵舎の影に隠れていたらしい。

 オルバさんもまた、それには気づいていて、娘にグママーのターゲットが向かないかどうか、ヒヤヒヤしながら見守っていたようだ。

 あの時俺が見たオルバさんの表情は、それを物語っていたというわけだ。


 オトハエ村に行く途中で、コヌールさんが居ないことに気づいたユメルさんは、ベルベンナさんとともに、彼女を探しに屋敷まで戻ってきた。

 そして俺がグママーを引っ張り出そうとしたところで、運悪く鉢合わせてしまったのだ。


 その一部始終を見ていたコヌールさんは、自分のせいで危機的状況になったと思い、無謀にも飛び出してしまった。

 はっきり言ってしまうと、ジッとしていてくれた方がよっぽど良かったのだけど、思わず反射的にやっちゃったんだろうな。

 だから彼女を密かに見張っていたオルバさんが、すぐさまそれを庇いに飛び出たというわけだ。


「いやー、きわどいところでしたわい。あとHPが10足りてなかったら死んでおりましたのじゃー」

「日頃の鍛錬のお陰ですね……」


 それとやはり、親子の絆なのだろう。

 

――ドヨドヨ、ガヤガヤ。


「あっ」


 屋敷の正門のまわりに人だかりが出来ていた。

 夜の帳の下、松明の火がいくつも揺らめいている。


――ああ! もどっていらした!

――本当に大熊を従えてきたああー!


 彼らはみな、俺たちの姿――というかグママーの姿――を見て、ワラワラと駆け寄ってきた。


「おおおおお!」

「うおおおお! オトハさまあああ!」


 その中には、ハレミちゃんのご両親もいる。


「ああ、ハレミ! よく無事で!」

「ありがとうございます領主さま! なんとお礼を申して良いか!」

「え? ああ、その、これは……」


 むしろ、俺がハレミちゃんに助けられたんだが……。


「なんということだ! 我らの領主様は神の使いなのか!」

「どこを探しても見つからなかったハレミちゃんをいともたやすく!」

「こんなでっかいクマまで従えて!!」

「ああああ! 俺もうどうにかなりそうー! ハァハァ……うっ!」

「あ、あのちょと……みんな」


 狂喜する者あり、過呼吸になって倒れる者あり。

 何だかすっかり神格化されてしまっていないか、俺?


『 ぐ ま゛ま゛あ ー 』


――おおー! 熊神さまああああ!

――すばらしきかなあああ!

――どうやったこんなデケえのテイムできるんだああー!

――オトハ様はついに、神になったのだああああ!


「……あっ」


 そうか、そう見えてしまうのか。

 まさか誰も、ハレミちゃんがテイムしているとは思わないもんな。


――ワーワー!!

――ウオオオオン!!

――キャーキャー!!

――ワンワンオーン!


 辺りがどんどん騒がしくなる。

 俺の周囲に群がってくる村人、その数ざっと200人!?

 あとベンジャミン!?


「ちょっと、通して下さいませ!」

「みな、落ち着かぬかー!」


 その人だかりを押しのけて進んできたのは、サーシャとセバスさんだ。


「お嬢様!」「ご無事で!」

「二人とも!」


 俺はすぐに2人に駆け寄り、手を握り合う。


「よくご無事で……」

「うん、作戦は大成功だったよ!」


 グママーも仲間になったしな!


「さぞかしお疲れでしょう、早くお屋敷へ」

「う、うん、まあそうなんだけど、あのクマさんどうしたものか……」

「えっ? ええと……お嬢様がテイムをされたのでは?」

「いいや、俺じゃない……ハレミちゃんなんだ。その突然、アルサーの使いと一緒に空を飛んできて、それでアイアンメイスでゴチーンって……それで」

「……はっ?」

「あの赤子がと……?」


 みんなして、今はお母さんの腕の中にいるハレミちゃんに目を向ける。


「ばぶばぶ、だーどー?」

『 ぐ ま゛…… ! 』


 何らかの意思疎通が、ハレミちゃんとグママーの間でなされたようだ。

 みんなはそれには、気づかなかったようだけど……。


「お嬢様、早く戻って休みましょう……お心に深刻なダメージが……」

「想像を絶する激戦だったのでございますな……おいたわしや……」

「え? ええっ!?」


 誰もハレミちゃんがテイムしたって信じない!?

 むしろ、俺が痛い奴と思われている!?

 そんな……!


「だぁだー」


 そんな……ってまあ、そりゃそうか……。


『 ぐ ま゛ま゛ー 』


 そして俺は、半ば無理やりに屋敷の中へと連れ戻された。

 集まった人々は強制解散。後日、祝勝会を開くという話になった。


 グママーはさも当たり前のように、屋敷の中庭に居座った。

 きっと、ハレミちゃんにそう命令されたのだろう……。


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