第38話 走れ乙女!
どこで道を誤ったのだろう――。
何故、オルバさんはこんな所で死ななければ――。
俺は城へと続く道を走りつつ、後悔せずにはいられなかった。
『 グ マ゛マ゛ー !! 』
「くっ!?」
――ズシャーン!
だが、そんな俺の感傷をあざ笑うかのように、グママーの猛追は続く。
振り下ろされた前足を飛び跳ねて回避――。
グママーの走行速度は、俺の全速力を軽く上回っていた。
(でも……!)
そう簡単にやられはすまい!
ここであっさりくたばっては、犠牲になったオルバさんに顔向けができない!
「はっ……!」
俺は草原の上に着地すると、再び城に向けて走り出す。
そしてアイテムボックスを展開。
(高級ポーションは残り5本……)
買い置きしておいたのがまだ少しあった。いざとなったら、ドゥーム・ストライクの無敵時間を利用してでも生き延びる――!
「おーい! しっかり追ってこーい!」
『 グ マ゛マ゛ー !! 』
そして、追いかけっこは果てしなく続いた。
グママーが出現したのは、ブラウンベアーの無茶狩りをしたからだ。
では何故、無茶狩りをすることになったのか?
それは肉体改造計画を推進する上で、それが一番手っ取り早い方法だったからだ。
(つまり……)
肉体改造計画は失策だったのか?
否――体を鍛える事自体が、悪いことなはずはない。
問題はその方法だ。都合の良いチートを手に入れたことに浮かれて、あまりにも性急に、民を鍛えようとしすぎたのだ。
(どこまで行っても……俺の慢心……!)
どう考えても、その結論に行き着くしかなかった。
もう少しオルバさんを見習って、慎重に事を運ぶべきだった。
サーシャやセバスさんの意見をもっと聞くべきだった。
そしてもっと、自然に優しくすべきだった……。
『 グ マ゛マ゛ー !! 』
――ズオオーン!
盛大に吹き上がる土砂。
うなる巨体。
クマをいじめすぎた結果がこれだよ!
「因果応報ってやつか!」
目には目を、歯には歯を。
そしてクマにはクマを!
このゲームは、世の理というものを本当によく再現しているなあ!
プレイヤーの奢りによって損ねられたものは、全部きっちり返そうとしてきやがる!
「ぬおおおお! 城はまだかああああ!」
だが、なかなかお城は見えてこない。
HPが削れる勢いで爆走しているが、グママーとの距離は詰められる一方だ。
焦れば焦るほど、その道のりは遠く感じられてくる――。
『 フ フ グ マ゛ !! 』
「なに!?」
そこでグママーは、俺の行動を先読みするような動きを見せてきた。
これまで俺は、ギリギリまで引きつけての回避を繰り返してきたのだが――。
『 グ マ゛ア゛!! 』
「!?」
グママーは、俺を飛び越えるようにして、大きく跳躍してきたのだ。
その巨大な影が、俺の体をすっぽりと包み込む。
先回りだ!
「ぐっ!」
『 マ゛ア゛ー !! 』
――ズシイイーン!
そうなると俺は、進路を転針するほか無い。
右側から迂回するようにしてグママーをかわすも、そこに横からの前足が飛んでくる。
『 ア゛!! 』
「ちいいっ!!」
俺は反射的に飛び上がり、拳で下向きのナックルパリイを打ち下ろしていた。
――バシィ!
その反動で俺の体は宙に舞う。
一撃は回避できたが、これははっきり言って愚策だった。
このままでは、空中で狙い撃ちにされてしまう――!
『 グ マ゛ッ バ ー !! 』
「ふぬ!?」
思った通り、そこでグママーはアッパーを繰り出して来たのだ。
それは俺の得意技!
そんなものにやられるわけには――!
「ぐぬぉぉおおお!!」
俺は空中で右手に力をこめつつ、左手に高級ポーションを出現させる。
そして、切り札の名を叫んだ。
「ドゥーム・ストライク!」
――ギュオオオ!!
――ブウウウン!!
空中でぶつかり合う拳と拳。
だが、その一方はあまりにもデカすぎて、拳だけでクマ1頭分はある!
「うおおお!?」
そのような質量差で、巨大なエネルギー同士がぶつかりあえばどうなるか。
すなわち――。
――ドビューン!
「あーーーーれーーー!」
俺は、未だかつて経験したこともない高みへと打ち上げられてしまった!!
「ぬおおおおー!!」
もの凄い速度で景色がスクロールしていく!
俺はHPだけは回復させようと、左手の高級ポーションを握り割る。
だが、こんな高さから地面に叩きつけられたら、それだけでデスってしまうのではないか――!?
(なんとかして無敵時間のうちに墜落しなければー!)
俺は本能的にそう思って、空中でジタバタともがく。
だが俺の体はすでに、浮遊大陸の端が見えるほどに舞い上がっていた!
(はっ……! あれは!)
最高点から落下軌道に入った時、緑の丘にポツンと建つジャスコール城がに視界に入った。
目的地だ! そしてその城門の前、水堀に渡された桟橋の上に、王太子さまが立っているのも見えた!
(うおおお! もう少しだあああ! 耐えろおおおお!!)
幸いというべきか、俺はお城方面に吹っ飛んだのだ。
徐々に地面が近づいていく。
俺は飛翔する方向に対して背を向けると、足、尻、背中の順で地面に激突した!
「ぐはっ!?」
――グルンッ!
そして再びポーンと跳ね上がる!
着地の衝撃は分散できたが、それでもとんでもない地形ダメージを食らってしまう。
「し、死ぬうう!」
空中でグルングルンと強制宙返りを打ちつつ、2本目のポーションをパキりと折る。
――ドムン! ザスン! ズザササー!!
何度もバウンドして、最後は顔面から地面に突っ込んでスライディング!
「いてー!!」
でもイテテで済んだだけで御の字いいいい!
俺は速やかに立ち上がると、再度ジャスコール城に向かって爆走する。
生きているって素晴らしいいいい!
―― グ マ゛マ゛ー !!
クマちゃんも追いついてきているうううう!
「うおおおおお王太子いいいいい!」
「……!?」
俺の叫びに気づいた王太子がこっちを振り向いた。
やつは桟橋の上で、腕を組んで仁王立ちし、苛立たしげに指をとんとんとやっていた。
そうか、そんなに俺を待ち焦がれていたか!
そこまで想いを寄せられたら、流石に俺も照れちゃうぜ!
だがな!
「来てやったぞおおおお!」
地獄を引き連れてなああああ!
「おのれ、貴様! 俺がどれほど待った…………ファ!?」
――ドドドドドドド!!
『 グ マ゛マ゛ー !! 』
「ファアアアアアー!?」
だが俺のあとを追ってくる巨大熊を見て、すぐさまその表情を豹変させる王太子!
さすがに面食らったようだなぁ!
「なんじゃぁぁああああ!?」
「はははははー! 手ぶらで来るのもなんだと思ってなああああー!!」
「ふああああ!? バカか貴様ぁぁぁああああ!!」
ああそうだよ!
俺はこのゲームが始まって以来の大バカ領主さあああ!!
「橋を落とせ! 城門を閉じろ! 絶対にあのバケモノを中にいれるなあああ!」
と言って、さっさと城の中に逃げ込んでしまう王太子。
流石だなあ!
「そうつれなくすんなってええええ! 高い税金払っているんだからさあああ! 責任もって国土防衛しろおおおおお!」
――ふざ! ふざけるなああああああ! オトハああああああ!
王太子の絶叫が城壁の中から響いてくる。
桟橋は落とされ、鉄製の城門がピタリと閉じられた。
だがそんなもので、俺の想いは止められんよ!
「さあグママー! ここがパーティー会場だぞお!」
『 グ マ゛マ゛ー !! 』
俺はそれから、城のまわりとグママーとともにグルグル駆け回りつつ、ドゥームストライクのチャージ時間が過ぎるのを待った。
そして。
「ドゥーム・ストライク!」
俺はその一撃を、『地面』に対してぶちかました!
――ドバッシャーン!!
草原が抉れて、土砂が舞い上がる。
俺の体は、その反動で天高く飛び上がる!
そして大きな放物線を描くようにして、ジャスコール城の上を越えていった。
――ぴゅーん!
「!? 何をやっているんだアレは!」
顎が外れそうな顔をしている王太子のアホ面が見えた!
「一体、何をやらかそうというのです!?」
その近くでオロオロしている聖女エルマの姿も見えた!
――ワーワー!!
――ギャーギャー!!
突如として押し寄せた災厄に、衛兵達が右往左往しているのも見えた!
無敵時間の10秒のうちにその全てを飛び越えて、俺は城の反対側に墜落した!
――グキリッ!
「いでえっ!」
痛いのは嫌だけど男の子だから我慢するぜ!
地形ダメージを再びポーションで回復!
でもだんだんと、高いところが飛び降りるのに馴れてきたぞ!?
そしてそんな俺を追いかけるように、グママーもまた城壁を飛び越えてきた!
計算通り!
『 グ マ゛マ゛ー !! 』
――ウワアアアアアー!?
城の中庭に突っ込むグママー!
城壁の内側は、まさに阿鼻叫喚の地獄と化した!
――キャーキャー!!
――なんですのこのクマさんわあああーー!?
――おいお前ら! さっさと俺を守れえええ!
――ああジョーン様! エルマ怖いいいい!
――守れえええ! 俺とエルマを死んでも守れえええ!
「…………」
状況を作った俺が言えたことじゃないが、生き汚え悲鳴が聞こえるな……。
貴族達もパニックに陥っているようだ。
城壁の上にズラッとならんだ弓兵達が、すでに狙いを定めているが……。
――まてえええ! まだうつなああ!
――王太子さまの避難をまてえええ!
――裏の門をひらけえええ!
――馬をもてええええ!
王太子を逃すのに手間取っているな……。
そして城の一角が爆ぜる。
――ズシャーーン!!
――ぐわああああー!!
――グ マ゛マ゛ー !!
ターゲットが完全に城内NPCに移ったようだ。
中の様子は城壁に囲まれて見えないが、暴れるクマの頭や背中はよく見える。
どうやら王太子は、建物に逃げ込むのではなく、完全に城外に逃げ出す選択をしたようだ。
(うーん、そうきたか……)
お城はコンクリっぽい素材の強固な建物だけど、それでも屋根の上にでも飛び乗られてドシンドシンされたら、さすがに崩壊してしまいそうだ。
確かに、外に逃げるのが一番安全なんだろう。
――ウマはまだかああああ!
――暴れて言うことをききませぬううう!
だがそのせいで、あちこちに飛び回るクマから、衛兵たちが王太子を守らなければいけなくなってしまった。
城壁の上の弓兵達も何も出来ずにいる。王太子のいるところに人が集まるから、そこにクマが行ってしまうのだ。
はっきり言って愚策だ……。
王太子1人のために、どんどん兵力が削られていく。
――ウマの用意ができましたああああ!
――おそいぞたわけがあああ!
――もうしわけございませぬううう!
――命で償えええ! 死んでもアレを倒せえええ!!
――ははあああああ!!
うわあ……。
こんなお城に仕えたくないぞ……!
やがてガラガラと裏門の桟橋が降り始めたので、俺はそちらへと回った。
――ジョーン様! エルマを置いてどちらへ!?
――ああ可愛いエルマ、少し待っていておくれ、すぐに援軍を呼んでくるから。
――私、ジョーン様のお側がいいですわ!
――ふふふ、聞き分けておくれエルマ。これは戦略なのだ……。
――でも私、怖いですわ!
――ああエルマ、お前がいなかったら誰が兵を癒やすんだい?
――そ、そんな! 私にここに残って戦えと!?
「…………」
俺はその醜いやりとりを、茂みに隠れて見守っていた。
どこまでも生き汚い王太子と、何とかしてそれにすがろうとする聖女の図だ。
おいおいエルマさんよ、それでも王太子妃になりたいかよ。
――もちろん、エルマは優しいから引き受けてくれるよね?
――!?
うわー! 清々しいほどのゲスだあああー!
聖女の顔が引きつっているー!
――わ、わわわ、わかりましたわ!
そして聞き分けたああああー!
どーなっているんだ、あんたの精神んんんんー!?
聖女は城内に引き返すと、ダメージを負った兵士達の回復にあたった!
「もう許せねえー! まてや、王太子いいい!」
俺は茂みから飛び出て、白馬に乗ってどこかへと行こうとする白馬の王子様を引き止めた。
「ここはお前の城だろう! 何で我先にと逃げ出すんだ!」
「ははっ! オトハ! 貴様には言われたくないわ!」
まあ確かに俺も悪いけどさ!
でもさあ!
「それに俺は逃げ出すのではない、援軍を呼びに行くのだ!」
「どこへだよ!」
「どこへでもだ! この国の全ては俺のもの……いいや『俺そのものが国』なのだ! だから俺は、どんなことをしてでも俺の命を守らなければならんのだ!」
「へっ?」
ちょっとなに言っているのかわかんないっすね……。
「俺は何としてでも生き延び! そしてあのバケモノを退治する! そしてその次はお前だ! 覚悟しておれ、オトハ!」
それだけ言い捨てると、王太子は颯爽と去っていってしまった。
――ハーハッハッハ!!
「…………」
何だか全身の力が抜けてしまった俺は、少し離れた小高い場所まで、トボトボと歩いていった。
「……なんかもう、どうでもいいや」
そしてそこに座り込み、お城のパニックぶりを眺めることにした。
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