第37話 とんでも大作戦


 クマが眠った。

 よろよろと庭の角っちょの方に歩いていき、そこにあるお花畑でバッタリ倒れた。

 そしてグーグーとイビキをかいている。


「ひとまずですね……オトハさま」

「うん……」


 MPの回復時間はこれで十分に稼げそうだが……。


「えと……誰かリューズさんとヴェンさんを、ゴブリンの巣に避難させてください」


 二人とも、自らの放ったネムレーンで爆睡してしまっている。

 究極睡眠魔法は、そのあまり強力さで使用者までもが寝てしまうのだ。


「では、私がヴェンを」

「あわわ、私はリューズさんを」


 アルルとコックスさんが、それぞれ2人を背負って運んでいった。


「お嬢様、ご献策をしても宜しかったでしょうか」


 セバスさんが言ってくる。


「はい、お願いします!」

「ここはオトハエ村の山間に陣を築き、誘導して集中攻撃を浴びせるのが良いかと存じます」

「……いけますかね?」

「はい、日々の鍛錬によって、領民たちの戦闘力は上がっています。被害は出るでしょうが、必ずや討伐できましょう……」

「うむむ……」


 確か攻略情報にも、戦闘系NPCが200体以上で討伐可能とあった。

 今の公爵領の戦力であれば、確かにいけるのかもしれない……。


「でも……」


 あのグママーの、巨体に見合わぬ俊敏さを考えれば、いかに防御に有利な山間に陣を築いたとしても、相当な被害が出るだろう。

 おそらくは主要な働き手を中心にして、多くの命が失われてしまう。


 俺のMPはもうすぐ完全回復する……。

 やはりここは、何とか領外に引っ張り出して……。


「お嬢様の考えていることが、私には手に取るようにわかります」

「サーシャ……」

「また、ご自分1人で背負い込むおつもりなのでしょう」

「うっ……」


 確かに今までの俺の行動を見ていれば、いとも簡単にわかってしまうだろうな。

 セバスさんも厳しい表情で頷く。


「いかにオトハ様でも、あのクマを単騎撃破することは出来ますまい。ここはどうかご英断を……」

「むぐぐ……」


 確かに、俺1人が背負い込んでどうなる話しでもないのだった。


「く……! 何でこんなことに!」


 領のみんなのためにってやったことが、こんな酷い形で裏目に出るなんて!


「では……そうしましょうか」

「はい、我らはみな、最後までオトハ様に付き従いましょう」


 俺は覚悟を決めざるを得なかった。

 今の俺に出来ることは、可能な限り奮闘して、1人でも犠牲者を減らすことだ。


「それではすぐにもオトハエ村に向かいましょう。時間はそう多くはありません」

「はい……」


 俺はその場にいる人達に目を向ける。

 そしてふと思う。


「そいういえば、ブラムさんとオルバさんは……」


 するとセバスさんとマジュナスさんが、どこか気まずそうに視線を交わす。


「ブラムはアトリエから出てきません……」

「こんな時でも絵を書いているの!?」

「はい……」


 見上げた創作意欲だ!

 一体何を描いているのだろう……。


「ブラム殿は兵舎に引き篭もっておりますぞー?」

「ああ! やっぱり!」


 あの慎重なブラムさんが、こんな危ない時に外に出て来るはずがない!


「まあー、建物の中でじっとしていれば問題ないじゃろ」

「そ、そうですね……」


 ある意味では、手間がかからなくて良いのかも……。


「そしてペーター君はお城か……はは、あいつは気楽でいいな……」


 つい、皮肉をこぼしてしまう俺。

 自分の生まれ故郷が、始まって以来の大ピンチであることなど露も知らずに、婚約破棄パーティーのご馳走に舌鼓を打っているのだろう。


 ああ……あのクマもペーター君みたいに、ご馳走食いに行ってくれたら良いのになぁ……。


「むっ?」


 ふとそんな事を考えた、その時だった。

 俺の脳裏に、とんでもないナイスアイデアが閃いたのだ!


「そうだ! 城だ!」

「むっ?」「お嬢様?」


――ピコーン!


 頭上に電球が灯るってこのことかー!

 ペーター君! 本当に君はペーター君だあー!


「うおおおお! その手があったああああ!」


 俺は拳を握りしめ、その場で飛び上がってしまった!



 * * *



 俺は、思いついた作戦をみんなに伝えた。


「ぬほぉ!?」


 流石のセバスさんも、目が飛び出んばかりに驚いたようだ。


「お嬢様……本当にお嬢様は……!」

「ごめんサーシャ! そしてみんな! 俺ってば、思い立ったらやらずにはおけないタイプなんだ!」


 その場にいる全員が、驚きを通り越して、呆れ返っていた。


「そもそも俺が招いた厄災だ、だからまずは俺の手で何とかしたい!」

「だからってあのクマを『ジャスコール城』にぶつけるなんて!」


 端的に言えば、そういうことだ。

 俺は前代未聞のモンスタートレインを、あの忌まわしき浪費源にかましてやろうというわけだ!

 なんという悪役令嬢!


「どれほど王家の恨みを買うかわかりませぬぞ?」

「それは良いんです! 公爵令嬢の俺は、どう頑張ったって悪役なんですから!」


 婚約破棄クエストを始めてしまった以上はな!


「でも、必ず上手くいくとは限りません。失敗した場合に備えて、セバスさんとサーシャは、今すぐにオトハエ村に向かって陣を構築してください。そしてゴッズさん、ダルスさん、メドゥーナで、ヘイトを使えるマジュナス先生を護送してください」


 俺の言ったことをしばし反芻し、みんな渋々と言った様子で頷いた。

 もし俺がトレインに失敗して、領内にクマが戻ってくることがあったら、誰かがヘイトを使えるマジュナス先生を背負って走り、陣の築かれた場所までクマを誘導するのだ。


「致し方ありませんな……」

「どうお止めしても聞かれませぬのでしょう……」

「大丈夫! 死にはしません!」


 なんたって俺はリスポーンできるから!


 そうと決まれば、さっそく行動開始だ。

 セバスさんとサーシャは、ノックス村の反対方向である、オトハエ村への最短経路をひた走っていった。


 マジュナス先生を運ぶ役のゴッズさんが、装備を軽いものにとりかえる。

 ダルスさんがその第一の盾であり、最終セーフティーがメドゥーナだ。


 そして、クマの前で待つこと30分。

 いよいよ復讐のグママーが目を覚ました!


『 グ …… マ゛』


 気だるそうに目をこすってのっそり起き上がるグママー。

 俺は腹の底に気合をいれ、相手にヘイトを打ち込む構えを取った。


「じゃあ、行きます!」


 俺の掛け声に、その場の全員が頷いて答える。

 そして俺は、とんでも大作戦を発動した!

 名付けて『ジャスコールに行こう!』作戦だ!


「さあ! ついてこい! クマぁ!」


 グママーが立ち上がったところに――


――ヘイトォ!


『 グ モ゛ァ ! 』

「きたぁ!」


――ドドドドド!


 地響きを立てて迫るグママー!

 俺もまた、正門めがけて走り出す!


 その近くには兵舎があって、戸口の影でオルバさんがガタガタ震えているのが見えた。

 大丈夫です! そのまま大人しくしていれば安全です!


 俺はそう胸の内で叫びながら、正門から外に走り出る!


 しかし!


「あらぁっ!」

「ひゃあ!」

「うわぁ!」


――ゴチーン!


 思いもよらぬことが起きたのだ!


「あう!」

「ひゃあッ!」

「おっふ!」


 なんと、門の向こう側から『ユメルさん』と『ベルベンナさん』が走ってきていたのだ!

 そして、ものの見事に3人でゴッチンコしてしまった!


『 グ マ゛マ゛ーー !! 』

「げえええ!?」


 そこに猛然と迫ってくるグママー!

 何でこんなところにユメルさんとベルベンナさんがー!?


「ああ! オトハ様あああああ!」

「!?」


 その声はユメルさんではない!?

 ベルベンナさんでもない!?


「うわあああああああ!!」


 俺は後ろを振り返る。

 レイピアを両手に構え、涙まみれの形相でグママーの前に立ちはだかる女性の姿、それは――。


「ごめんなさああああい!」

「!?」


 それは『コヌール』さんだった!


「このバカ娘があああああーーー!!!」

「!?」


 今度はなんだ!?


「うぬわああああああー!!」

「お父さん!?」


 兵舎の戸口から飛び出してきたオルバさんが、コヌールさんを突き飛ばす!


 もうわけがわからない!

 何でこんなに人がいるの!?


 俺はとにかく必死で立ち上がり、再度ヘイトをグママーにうちこむ!


 だが!


『 グ オ゛オ゛オ゛ーー !! 』


 その巨大な前足が、凄まじい威力でオルバさんの全身をひっ叩いたのだった!


――ボコオッ!


「ぐわっーー!?」

「オルバさーん!」


――ピューン!


 大きな放物線を描いて、屋敷に向かって飛んでいく、ヘビーフルプレート姿のオルバさん!

 その体は吸い込まれるようにして、屋敷の屋根に突っ込んだ!


――グガシャーン!!


「あッー!?」


 助からない! あれは助からないー!

 とうとう我が領に初の犠牲者が!


「あー! あああー!?」


 そしてお屋敷が事故物件になってしまった!

 うわあああー!!

 そんなあああー!!


「うおおおお! ヘイトぉ!」


 だが、嘆いている暇はなかった。

 俺は無我夢中でクマのターゲットを引き付けると、屋敷の敷地を飛び出した!


「ちくしょおおおお!! オルバさああああん!!」


 そして血の涙を流しつつ、城へと続く道を駆けて行った――!


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