第35話 復讐のグママー
「……ガタガタ!」
「……ブルブル!」
みんな足がすくんで動けない!
どうすれば……!
「く! 一か八か!」
俺は大きく息を吸うと、渾身のスタンハウリングをお見舞した。
「ウルォォオオオオン!」
「!?」「!?」
本来なら敵の足止めをするスキルだが、どうやら味方に対する気付けの効果もあったようだ。
みんな、本能的に屋敷に向かって走り始める。
(……あっちの方向には確か)
ゴブリンの巣がある――!
そのことに気づいた俺は、すかさずみんなに指示を出した。
「みんなー! ゴブリンの巣に逃げ込めー!」
「「「「はい!」」」」
あんだけ巨体なら入ってこれないはずだ!
『 グ マ゛マ゛マ゛ ーー !! 』
ずおおんっと、巨大な風音をたてて、全長20メートルはあろうかという巨大熊が猛然と襲い掛かってくる!
「ヘイトォ!!」
俺はなけなしのMPでヘイトを打ち、そのターゲットを引き付ける。
――ズシャーン!
「うわああああ!」
前足の一撃をかろうじて回避するも、盛大にぶちまけられた土砂によって何も見えなくなる。
「ぬおおお!?」
ややあって視界が開くと、そこには直径5メートルくらいのクレーターが出来ていた。
「や……ヤベェ!」
やばすぎる!
みんな河原方面に向かって脱兎のごとく駆けていく。
日頃の訓練がなかったら、一体どうなっていたことか!
くっそ……こっちだ! ヘイトぉ!
『 グ マ゛マ゛マ゛ ーー !! 』
グママじゃねーよ!
どうすんだこんなの!
絶対倒せっこねえええー!
「みんな! 早く!」
真っ先にたどり着いたポンタ君が、次々とみんなをゴブリンの巣に招き入れる。
最後にオルマさんが駆け込んだところで、俺は狭い巣穴の中へと滑り込んだ。
『 グ マ゛マ゛ム゛ ーー !! 』
――ドスーン! ドスーン!
すると、巨大グマは洞窟の入口を殴り始めた。
どんどん土砂が降り注いで、洞窟の入口付近が崩落をはじめる。
「う、うおおおおー!?」
視界がどんどん失われ、やがて完全に入口が閉じて外が見えなくなった。
ゴブリンの巣は魔石のような照明があるので、ひとまず真っ暗ではないのだけれど。
「はぁ……はぁ……!」
―― グ マ゛マ゛ーー !!
土砂の向こうから響いてくる咆哮。
荒ぶる復讐のグママーは、一向に落ち着く気配がない。
「オトハ様、このままでは屋敷や領民達が……」
「あ、ああ……なんとかしないと」
こんな時こそ慌てず落ち着いて……。
俺はすぐに攻略サイトにアクセスして、復讐のグママーとやらについて調査した。
【復讐のグママー】
1国家につき1体が存在し、ベアー族を1万体倒すことで出現する。領主もしくは国王プレイの場合、領民や使用人が倒したクマの数も勘定される。
推定HPは1万。筋力値はまさに計測不能だが、重装備の高体力NPCであれば1〜2発はその攻撃に耐えられるだろう。
しかしながら自然回復量が多く、60秒間で2割程度、つまり秒間30ほども回復してしまう。
最高クラスの市販武器で攻撃しても、一撃で5〜10程度のダメージしかないため、上級プレイヤーでもソロで倒しきることは不可能。(超級プレイヤーなら可能かもしれないが)
確実に倒すには200体以上の戦闘系NPCか、50名規模の上級プレイヤーで絶えず攻撃を加える必要がある。中途半端な戦力で攻めても無駄なので、倒しきれないようなら諦めて暴れるに任せよう。域内のNPCを1000体ほど屠った後に、復讐が果たされて黄泉の国へと帰っていく。
初期段階で発生させてしまった日には目も当てられない。大抵の場合、デスペナによるログイン制限の間に全てが終わっているだろう。
戦力が整わないうちはベアー族を狩りすぎないこと。
以上、復讐のグママー情報である。
「もっと早く知っときゃ良かったー!!」
俺はこの時ほど、自らの危機管理意識の低さを嘆いたことはなかった。
――ズゴゴゴゴ!
「!?」
クマが洞窟を掘り進めてくる!
俺たちは、それに合わせて少しずつ洞窟の奥に下がる。
「く……!」
「このままでは!」
どうする!
どうするどうするどうするどうする!
考えろ……!
何としてでも解決方法を搾り出せ……!
「そうだ!」
俺はみんなを引き連れて、洞窟の奥へと駆け込んだ。
「確か、いくつか横穴があったはずだ! 一番掘り進んでいそうな横穴をみんなで探すんだ!」
「「「「はい!」」」」
――ドシーン……ズシャーン!
掘削音は遠のいたが、それでもクマの荒ぶりは十分に伝わってくる。
ややあってサーシャが、適切な横穴を発見する。
「よし! ここを開通させる! そして俺がここでクマを引き付けるから、その間にみんなは、領民たちの避難を!」
「「「「はい!」」」」
士気が乱れないのが唯一の救いだ。
俺は金塊を取り出して握りしめると、スキル名を叫んだ。
「ドゥーム・ストライク!」
そして渾身の力で横穴の先にぶちかます。
――ドッバーン!
横穴の壁が吹っ飛び、その先に僅かな光が見えた。
「うおおお……!」
さらに俺は無敵時間を利用して、モグラのようにその穴を掘り進めた。
そして這い出すように外に出て、クマの様子を確認する。
『 グ マ゛……! グ マ゛マ゛ア !! 』
多少は息が切れているようだが、まだまだその怒りは健在だ。
「オトハ様、ヒールを!」
「うん、たのむ!」
サーシャにヒールをかけてもらいながら、俺はシステムコールで謎の物流業者を呼ぶ。そして回復薬と詠唱し、高い順にソートした。
MPを瞬間回復させられる唯一のアイテムである高級秘薬『エリクサー』を買うためだ。
1本200万アルスもするが、背に腹は代えられない……。
だが。
【エリクサー 9999億9999万9999アルス】
「ガッテム!」
なんでだ! これもう売る気ないじゃないかー!
「オトハ様! 今は非常事態なので業者は来れないのだと思います!」
「それでこんな法外な価格設定かよ! ちっくしょー!」
他の回復薬も調べてみるが、押しなべて法外な値段に設定されていた。どうやら復讐のグママーが出現すると、謎の物流業者は現場から退避してしまうらしい。
「と、とにかくオトハ様、私達はまいります!」
「くっ……! 頼む……! ターゲットもらわないように気をつけて!」
「「「「はい!」」」」
だが、それがフラグみたいなものだったのだろう。
1人、また1人と穴から抜け出すが、最後に外に出たオルマさんが、スカートの裾をふんずけて、ものの見事に転けてしまったのだ!
「あふん!」
「ああ!?」
コケたオルマさんに駆け寄るペマさん。
俺は恐る恐るグママーに視線を戻すが……。
『 ……… グ ン マ゛!! 』
気づかれてしまった!
都道府県みたいな咆哮ととに、ゆらりとこっちを振り向いたのだ。
ぐぬぬ……! 来るなら俺の方にこい!
「オルマさん! ペマさん! 穴に戻って!」
「はわわー!」
「もうしわけございませんー!」
俺は恐慌状態におちいっている2人を抱きしめて言った。
「いいんです! 俺が招いた厄災です! 俺がなんとかします! だから2人は隠れていて下さい!」
「あれええ……」
「まああ……」
そして2人は、這いずるようにして穴に戻っていった。
――ドスン! ドスン!
「!?」
だがグママーは、サーシャ達を追いかけていった!
くそ! 何もかもが裏目にまわるな!
俺はその辺の適当な石ころを握ってそれを追いかけた。
だが!
「はえええ!」
でかいだけじゃなく、動きの速度も凄まじかった。
むしろ、デカイ分だけ早かった。
あっという間に、サーシャ達に追いついていく。
「みんなー!」
俺の声に気づいたサーシャが、アルルとともに立ち止まった。
「ポンタは行きなさい!」
「おうよ!」
「アルル!」
「はい!」
「今こそ練習の成果を見せるときです!」
「はいですとも!」
ポンタ君が先に危機を報せにいく。
勇ましくも弓矢を構えた2人は、グママーの顔面めがけて矢を引き絞った――!
「「はあっ!!」」
――ビュビュン!!
2人の放った矢は、寸分違わずグママーの双眸を射抜いた。
『 マ゛ッ ! ? 』
奇跡か!?
「いや……!」
あれは本当に、2人の練習の成果なのだ!
この危機的状況がもたらした火事場の集中力が、狙撃スキルとも相まって、奇跡のようなクリティカルをもたらしたのだ!
『 グ マ゛マ゛ア゛ ーー !! 』
流石の巨大熊もたまらずのたうち回る。
大きな手で顔面をかきむしり、仰向けにひっくり返ってもがき狂う。
「サーシャ! アルルー!」
俺はその横を通り過ぎて、2人と合流する。
「はぁはぁ……やりましたわオトハさま!」
「ふ、ふえええ……出来ましたあああ……」
「二人とも! 本当にありがとう!」
これで少しは時間が稼げた!
「いまのうちに!」
「「はい!」」
俺たちは全力で屋敷へと駆け戻った。
射抜かれたクマの目からは、ボコボコとマグマのような血が吹き出ている。
そして徐々に、新たなる眼球を形成していくようだった……。
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