第33話 一番後ろを走る


 俺がこの地に降り立った経緯は、次の日には全ての使用人の知る所となった。


 NPCからしてみれば、プレイヤーとは神にも等しき存在だ。

 どんな人が来るかによって、日頃の生活から運命の行く末までもが決まってしまうからな。


 暴君に当たった日には、それこそ目も当てられないだろう。

 だからみんな、始めて俺を迎える日はとても緊張していたのだという。


「いやはや、若い男の方がなんでご令嬢になられたのかと不思議には思ってはおりましたが……」


 庭の手入れをしながら、ダルスさんはそんな言葉をもらす。


「とくと合点がいきましたわい。古くからの想い人のためにと、一番最初のところから人に尽くされてたのですなぁ、オトハ様は」


 妙な脚色が施されてはいたが。


「なんか……勝手な動機ですんません」


 そしてその動機を失って、変な暴走をしてすみません。


「何をおっしゃいます。大抵の転生領主様は自分が楽しむことを第一に考えますのに、オトハ様は初めから善政を敷こうとしてくださったのです。ワシらとしては、こんなにも幸せなことはございませんわい、ほっほっほ……」


 そう言って朗らかに笑うダルスさんを見ていると、俺は何もかもが許されるような気がした。


――ヒュルルーン


 フルートを鳴らしながら、リューズさんが歩いてくる。


「オトハ様は、まことに尊き神にございましたのね……うふっ」


 ここにも勘違いしているのがひとりー!


――パラパパーン


 トランペットを鳴らしながら、ヴェンが歩いてくる。


「この胸にあふれる思い、是非とも詩にしたためなければ……」


 したためないでー!


 というか、2人とも忠誠度が95になってしまったぞ、どうすんだい!

 このままで神に奉り上げられてしまう!

 ホモオ神になってしまーう!


「つうことで!」


 今日から日例ランニングに復帰する俺だが、これから最後尾を走らせてもらう!

 ドンケツであれば、よもや神格化されることもあるまい……。


「では留守番組のみなさん! お庭の整備をよろしく!」


――いってらっしゃいませー!


 ダルスさんが花壇を増築するので、留守番組はそのお手伝いだ。


「おっと、いけない」


 俺は敷地を出る前に兵舎に向かう。

 ヘビプレを着て入口の前で準備運動をしているオルバさんに声をかける。


「お仕事、お疲れ様であります!」

「むっ……」


 と言ってビシリと敬礼。

 するとオルバさんも、なんだかんだと敬礼を返してくる。


 ついでにチラッとステ値を確認。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前 オルバ (忠誠度:25)

身分 徴用兵

職業 警備員

年齢 36

性格 気弱


【HP 180】 【MP 10】


【腕力 50】 【魔力   1】 

【体幹力60】 【精神力 25】

【脚力 60】


【身長 172】 【体重 75】


耐性   混乱C

特殊能力 気配察知B

スキル 罠設置C 罠解除C

月間コスト 25万アルス


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 もう十分に外の警備ができるレベルだ。

 装備がきちんとしていればクマにだって余裕で勝てるだろう。

 確実にトレーニングを進めて、能力値を高めていらっしゃるのだ。


(もうそろそろ、行けるんじゃないですかね……)


 とでも言ってランニングに誘いたいところだが、オルバさんは慎重なので、まだまだ鍛錬を続けるのだろう。

 俺もまた、納得がいくまでやってくれたら良いと思っている。


「では、いってまいります!」

「うむ……」


 そうして俺はその場を後にした。

 ペーター君は兵舎の奥で、グーグーいびきをかいて眠っていたけど……。



 * * *



 ノックス村を抜けて、いつもの穀倉地帯を行く。


 好きな小説を一つだけあげるなら、迷わずライ麦畑と答えるだろう。

 そういや俺も17歳。ぼちぼち危険な橋を渡る頃合いだ。

 親に内緒でいけないゲームに手を染めている現状は、どことなく、かの名作を思わせなくもない。


 だが俺は、キャッチャーではなくキーパーだった。

 キャッチャーミットなんて、手にしたことすらないからな。

 それに、もし畑の崖から落ちそうな子どもがいるのだとしたら、その子達が危ない目に逢う前に柵を作るとか、もっと別の場所で遊んではと提案するなどして、解決を試みるだろう。

 そもそも、そんな場所で遊んでは、ライ麦畑のおっちゃんに怒られるんじゃないかね?


(……なんてな!)


 誰かに怒られそうだから、この辺にしておく。

 ともかく俺は、列の最後尾から、土埃を上げて爆走していく武装集団を眺めていた。

 その頭の上に、HPバーを表示させて。


(あんまり無茶はしないでね……)


 何故かみんな、俺が先頭にいるときより頑張って走っている……。何故だ、何故なのか?

 頑張りすぎて転んだりしたら危ないじゃないか。

 走ってHP削れたところで、転んでデスるなんてのは、結構あることなんだから。

 人を殺すのに、危ない崖は必要ない……。


 ヘビーフルプレートはオルバさんに渡したので、俺はいつものピンクドレスだ。

 武器も盾も持っていない。

 だから、自分の右手で左手を引っ張ったり、左手で右手を引っ張ったりして、腕力を鍛えていた。

 ある程度まで筋力がつくと、こっちの方が効率が良いのだ。


「むんっ、むんっ」


 金剛合掌にした拳を右へ左へと動かしながら、俺は自分のステ値を確認する。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


名前 オトハ・キミーノ

身分 公爵令嬢

職業 戦士

年齢 17

経験値 14591


【HP200】【MP  170】


【腕力 80】【魔力    20】 

【体幹力50】【精神力   65】

【脚力 50】


【身長 175】 【体重 65】


耐性   恐怖B 刺突D 打撃D

特殊能力 経営適正C 回復魔法D 宝石鑑定D 闇魔法C 受け流しC

スキル 猛ダッシュ 生産(宝飾)D 吠える スタンハウリング 掘る シールドスタン ナックルパリィ ドゥーム・ストライク

称号 拳豪 ゴブリン・スレイヤー 不屈の闘魂


装備


 淑女のドレス

 革のブーツ

 宝石バッタ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 かなーり腕力極振りっぽくなってきた。

 パンチの連打で戦っていると、腕力ばかりが上がっていくのだ。


 逆に言えば、パンチの連打速度を上げるには腕力を上げる必要がある。

 パンチは俺の主戦力であると同時に、最後の切り札でもある。

 だから俺は、あえて推奨されない腕力極振りでいこうと思う。


「おや……」


 少し前を走っている少年のHPが4割を切っているな、ちょっと声をかけよう。


「あっ!」

「ああ!」


――ガコーン!


 言っているそばからコケてしまったぞ!

 すごい金属質な音がする。


「大丈夫か!?」

「あっ、領主さま! すみませんボク、どんくさくて」


 言われてステータスを調べてみたら、確かに性格は『どんくさい』だった。

 ひどいな……。

 最大HPは普通に150以上あるのだから、全然どんくさくはないのだけど。


 俺はひとまずヒールをかけてやる。


「ありがとうございます!」

「うん! あんまり無理はしなくていいからね? 辛くなったらすぐに言うんだよ?」

「はい!」


 元気よく返事をした少年は、遅れを取り戻そうと、再びパタパタと走っていった。

 その両手に、普通に鉄の盾を装備して……。


「うーん……」


 思いのほか強くなっているな、我が民は。 

 重たい武器防具も自主的に購入しているようだ。


 ますます脳筋マウンテンを駆け上がっていく我が民達である。



 * * *



 オトハエ村に到着した時、とある重大イベントが発生した。


「オトハ様、是非とも!」

「この子の名付け親になって下さいまし」


 なんと、キミーノ公爵領に新たな命が誕生していたのだ!


「おお……! おおお、よしよし」


 まだ首も座らぬその赤ん坊を手に抱かせてもらう。

 この世界では、カップルの愛情値が一定以上に達すると、アルサーの使いと呼ばれる鳥が、赤ん坊を届けに来てくれるのだ。


「うーむ、良い目をしておる……」


 何かの映画で聞いたようなセリフをのたまってみる。

 そして実際、とてもぱっちりとした綺麗なお目々なのだった。


「女の子かなー?」

「かなー?」


 メイシャとコルンが、アイアンメイスを振ってあやそうとしている。

 いやそれ、ガラガラじゃないからな?


「その通り、女の子にございます」

「どうか健やかに育つよう、名前をお与えくださいまし!」

「うーん、なんてつけようかな……」


 責任重大だ。


 そう言えば、昨日の夜に財務諸表を確認した時、NPCの人数を読んでいなかった。たぶん、一つ数字が増えていたはずだ。

 そんな大事な数字を読み落とすとは。俺は気づかないうちに、大事なものを見失っていたらしい……。


 その自戒の意味もこめて、その子には渾身の名前をつけることにした!


「よしっ! 良い天気の時につける名前だから、ハレミと名付けます!」


――おおー!


 周囲から歓声があがる。

 どんなに頭をひねっても、俺にこんな名前しか思いつかない!


「素敵な名前ですわ! ハレミ! お前は今日からハレミよ!」

「領主様の名からも一文字頂いておりますな! 感激にございます!」


 狙ったわけじゃないけど、そうなったな……。

 照れるからそんなに褒めないでくださーい!


「ハレミちゃーん」

「ばぶばぶー?」


 相変わらずメイドの2人がアイアンメイスであやそうとしている。

 だからそれ、ガラガラじゃない。


「だぁー、だぁあー」

「おっ?」


 するとハレミちゃん興味を持ったのか、俺の腕の中でもぞもぞしだした。


「えー? もちたいのー?」

「おもたいでちゅよー?」


 とか何とか言いながら、一本10kgはあるアイアンメイスの柄を近づける。

 いやいや無理でしょ、普通に考えて……。


 だが。


「だぁ!」

「!?」


 なんとハレミちゃん、その柄の部分を力強く握ったのだ!

 そして、ブンブンと振り回した!


――ブウン、ブウン!


 嘘ぉ!?


「だあー、だぁあ……みよこのぜんわんきんぐん……ぬうぅん」


 おしゃべりまでおじょーず!?


「…………」


 そして俺は言葉を失う。


 それからもハレミちゃんは、すっかりアイアンメイスが気に入ったのか、あたかもガラガラで遊ぶようにして、小さなお手々をぶん回すのだった。


「あらあら、流石は鉱夫の娘ね!」

「将来が楽しみだなー、はっはっは」

「は、ははは……そーですねー」


 主神アルサーは見ておられたのだろう。

 そして、筋肉の申し子を使わされたのだろう……。


「だぁー」


 兎にも角にも。

 我が公爵領に、勇者が誕生した瞬間であった。


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